【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。 作:土ノ子
一夜明け、ジグラット。
世界が滅ぼうかという日でも太陽は昇る。そして玉座の間には場違いな程にけたたましい笑い声が響いていた。
「ク、ククク……! フハハハハハハハハハハハハハッ!? なんだ、それは!? 止めよ、我を笑い死にさせる魂胆か!? ならば許す! 天晴れ見事と言ってやるわ!」
玉座の上で腹を抱え、時と場所を弁えぬギルガメッシュ王の大爆笑が玉座の間に響き渡る。相変わらず笑いどころの掴めない王様だった。
その視線の先には、
『……えーっと。マリーが、二人?』
『うーん、こちらからの観測でも以前の
「お、大きい所長と小さな所長がっ!? 先輩、これは!?」
「大きい所長は美人だけど小さい所長は可愛いね!」
「確かにそうですね!」
「このポンコツマスターとサーヴァントめ。ちょっとオルガマリー? どういうこと、これ?」
そう、困惑のただなかにいるみなが語る通り
周囲の声、特に大爆笑を続けるギルガメッシュ王を額に青筋を浮かべながら睨みつけている。
「いい加減に笑うのを止めろギルガメッシュ!」
「馬鹿も休み休み言え、これが笑わずにいられるか! フハハ、随分と可愛らしい姿になったものだな、
相変わらずゲラゲラと笑い倒しながら面影の欠片もない少年の名を王があっさりと言い当てる。加えてオルガマリーとは全く異なり、かつ聞き覚えのある声質に皆がもしやと顔を見合わせた。
「確かにこの声は……」
「うん、キングゥだ」
「まさかあんた、本当にキングゥなの?」
その場の全員が信じられないと少年を見詰める。キングゥの名残は紫の瞳と簡素な白の貫頭衣くらいだ。
問われた少年は苦々しげに顔を歪め、そっぽを向いた。
「一体どうしてそんな姿になったのですか?」
「確かひどい重傷だったと思うんだけど」
「えーと……」
「さて、なんと言ったものか」
どう説明したものかと主従揃って頭を抱え悩む。なにせ彼ら自身この問いに答えを持っていないのだから。それは相談したアーチャーも同じだ。とんと見当が付かない。
「なんだ、まだ察しが付いておらぬのか? いや待て。そういえば冥界の、これは貴様自身も知らぬことであったな」
「ちょっとギルガメッシュ? もったいぶってないでさっさと話しなさいよ」
得心がいったと頷く王にイシュタルが促すと逆に胡乱な目で見詰められる。
「戯け。まさかと思うがイシュタル、貴様聖娼シャムハトを忘れたか」
「――そうか。そういうことね、思い出したわ。エルキドゥの姿は元々――」
シャムハト。その名を聞いたイシュタルがそういえばと頷く。神殿娼婦たるシャムハトのことはイシュタルもまたよく知っていた。
彼女は男女の垣根を越えて美しく、聡明で、慈悲深かった。そしてその全てを惜しみなく空っぽの泥人形だったエルキドゥに伝えた育ての親。
「エルキドゥの育ての親!? なんと、奴にそんな過去が……」
「そういえば御身がエルキドゥと出会った頃には既にあの姿でしたものね」
「生まれたばかりのエルキドゥは元々知恵や理性を持たぬ自然の化身。星の息吹を纏う泥人形であった。その頃の奴と出会い、己の全てを教え込み人の側へ招いた賢女だ」
王の言葉にウルクの関係者が一様に頷く。それほど彼女の存在は懐かしく、思い出深かった。
「真実怪物同然だったエルキドゥがあの姿になったのもシャムハトを真似たからよ。まあ、
「そこはむしろよくやったと褒めるところであろう」
「なんだとぅ!」
イシュタルが憤慨しているがアーチャーも同感だ、口には出さないが。
いつものウルク漫才を終え、眼下の
「ひ弱な見かけとなったが魔力も随分と落ち込んでいるな。貴様の感覚では如何ほどだ?」
「……一分以下だ。今の僕はもう敵にすらなれない。この返答で満足したか?」
歯を食いしばって心底忌々し気に、皮肉気に問うキングゥが嘘を言っているようには見えない。
一分。つまり最盛期の百分の一だ。とはいえ超級英霊の一角であるキングゥともなれば百分の一でも現代魔術師には仰ぎ見ることしかできないだろうが。
「了見せよ。元より生命維持が叶わぬほど衰弱していたのだ。出力低下は深手を補う意味もあろう」
「躯体そのものが現状に合わせて自身を最適化したと?」
「そんなところであろう。我が見たところ出力を落とした分些少の魔力でも稼働するよう燃費が大幅に向上しているな。オルガマリー・アニムスフィアを真似たのが効いたか。存在としては以前よりはるかに安定しておるわ」
つまるところ、と玉座に腰かけたまま愉快気に続ける王。
「今の貴様は英霊よりも今を生きる人類に近い。我ですら予期しえぬ変化だ、驚いたぞ」
その言葉に王を知る誰もが驚く。賢王が驚いたという事実こそ驚天動地の出来事という証左なのだから。
「……僕が、人類? 馬鹿を言え、人形の僕が」
「純粋な人かなどさして重要ではない。そこの珍妙な主従を見よ」
と、指し示すはオルガマリーとアーチャーの二人。
二人揃って私!? とびっくり眼で王を見詰めているが、周囲の面々は確かにと頷いていた。
肉体を万態の泥で補うオルガマリー、神性へ至った果てに強大なる太陽神を打ち倒し汝こそ人と認められたアーチャー。どちらも純粋な人間と言えるかはまあまあ怪しい。
「だがこ奴らを人と認めぬ輩はおらぬ。詰まらぬことに悩む暇があれば自らの命題を探すがいい」
「命題……」
「母も生まれも関係なく、己が進むべき道を見出し、進め。それこそが貴様に課された
「……」
王の言葉に思うところがあったのか、沈黙して考えるキングゥに一瞬前とは打って変わって軽く声をかける。
「ま、急がずともよい。ティアマトに負ければ世界は今日終わる。ならば多少の思索はただ休むに似たり。無為よ。
逆に我らが勝てばそこのオルガマリーの背を見て人を学べ。どこにでもいるようなその女は、人を知るに好適であろうよ」
「お待ちを、ギルガメッシュ王」
「なんだ、冥界の。我、久しぶりに気分良く語っていたところなのだが? 詰まらぬ問いは宝具針千本の刑ぞ」
上機嫌に語っている王へ無視できぬ言葉を聞いたアーチャーがカットを入れる。若干不機嫌そうに顔を歪めたが、それでもまだ機嫌は良さそうだ。本当に悪ければ警告抜きに宝具針千本なのだから。
「詰まらぬ問いで恐縮ですが必要な問いです。オルガに付いていくとは一体?」
特異点を修復すれば退去するのだからどちらにしても時間はないことに変わりはない。
故の問いかけだが、呆れたとギルガメッシュ王が深々とため息を吐く。
「少しは頭を回せ。こ奴らは元より同一の躯体。それも万態の泥だぞ? オルガマリーに同化すればそちらの計器を騙しカルデアへ付いていくことなど容易いわ」
『えっ!? ……えー? そう来る? そう来ちゃう? レオナルド、技術担当としての見立てをお願い』
あまりにもあっさりと口にされた、レイシフトの大前提を覆す言葉にカルデアのロマニが技術担当、万能の天才の方を向く。問われた天才も顎に手を当てて考え込むが、結局首は横に振られなかった。
『……うーん。実際のところはやってみないと分からないというのが本音だけど……既に解析済みの躯体データや現在のキングゥの計測データと合わせると理論上は不可能じゃないってのが回答になっちゃうね』
『……それマジ?』
『大マジだとも。元々万態の泥はその名の通りあらゆる物質を再現する神秘の素材。加えて今の二人は計器上の数値が極めて近い。計器が誤認して取り違えかねないレベルだ。
一つから分かれた二つの泥粘土を再び混じり合わせた時、そこに違いを見出すのは難しい。となるとレイシフトの性質上ありえないハードルを案外あっさりと越えかねない』
神代ヤベーなと天才がお手上げのポーズを取る。天才にも手が届かない領域はあるのだ。
「私は……キングゥ、あなたに来て欲しい。私自身がまだ話したいって言ったのだもの」
王が示した思いもよらぬ道にオルガマリーが迷いを振り切り、覚悟を秘めた目でキングゥをジッと見る。
「待て、勝手に決めるな。僕はまだ」
「今すぐ決めろとは言わないわ。だから、考えておいて」
「……」
戸惑うキングゥの目をそっと覗き込むと彼は目を逸らした。まだ答えなど出ていないのだ。
「無論、全てはティアマトを討たねば泡沫の夢と消えるがな。今は現実を見、備えよ」
浮ついた空気を王の言葉が引き締める。
そう、結局全てはこの絶望的な難局を乗り越えてからなのだ。だが昨日まで蟠っていた暗い空気は幾分か薄れていた。
「……僕は」
「まだ整理は付かぬか。が、よい。キングゥよ、聞け」
「なんだ、一体……」
俯き、言葉に迷うキングゥが声をかけられ視線を上げた先には――笑みがあった。
「過去なくして現在はなく、現在が続くからこそ未来はある。だが過去に囚われるは愚の骨頂、過去とは未来のためにある」
王が笑む。見る者が絶無に等しい柔らかい笑みだ。世界にただ一人の親友を思う時に見せる笑みだった。
「過去より歩みだし、今を生きよ。そして未来を見に行くがいい、《天の鎖》の裔どもよ」
それは祝福だ。かつての暴君、今は峻厳なる賢王からの寿ぎの言葉。
エルキドゥの遺したものが後世に続くのはギルガメッシュ王もまた望むもの。無論下手な者が手を出せば烈火の如き怒りは免れぬだろうが、幸いなことにこの二人はそうでなかった。
「未来……僕に、そんなもの」
「ある。否、ないなどと言わせん。皆も聞け――ウルク第一王朝は滅びる。これはティアマトを倒そうが避けられん。人が死にすぎたからな」
極めて単純明快な事実。度重なる女神の災厄で起きた人口の圧倒的減少がメソポタミアに与えた影響は甚大過ぎる。ギルガメッシュ王が胸に秘める策があろうとウルクの存続は叶わないだろう。
だがそれはけして絶望でも無為でもない。王が語る言葉が、その目に宿る光が語らずしてそう語る。
「だがウルクが滅びても後に続く者は現れる! 我らの血ではなく
唯一絶対にして人類の価値を秤る者。全てを見、全てを為した王がティアマトに抗う叛逆の号砲を上げ、それを聞いた誰もが呼応していく。
「行くぞ、終わりを乗り越えようとする者達よ――原初の母を打ち倒し、閉ざされた未来を抉じ開ける」
やはりギルガメッシュは”王”だった。
どれほど残酷で悪趣味であろうと、衆をまとめその力の行先を指し示すカリスマは圧倒的。個我の強い女神達ですら頷き、戦意を漲らせている。まさに人類を背負うに足る大器だった。
応、と言葉に出さずしかし誰もがこの時心を一つにした。
場に滾る熱気が膨れ上がる。民の九割以上が冥界や北壁に避難し、ガランとしていたはずのジグラットが俄かに活気づいた。
その熱気に共鳴しながらもただ一人乗り切れないのがキングゥ。その出自を考えれば当然だが、王の言葉に感じるものがあったこともまた事実。
「……お前の言うことはよく分からない。僕は母に捨てられた。だけどすぐに割り切れもしない」
「然様か」
戸惑い、躊躇い、言葉を選びながらギルガメッシュただ一人を見て言葉を紡ぐキングゥに王は鷹揚に頷く。
「だから
「ない。貴様は貴様の思うままに生きろ、キングゥ。我はその決断を寿ごう」
キングゥが見せた意志にギルガメッシュが言葉少なに祝福する。
そして唐突にある者へ視線を向け、呼びかける。
「オルガマリー、オルガマリー・アニムスフィア」
「はいっ!?」
ここで私っ!? と再びのびっくり眼を晒すオルガマリーへ嫌味なく笑いかける。
「我が友の遺児をよく導いた。……大儀である」
オルガマリー、アーチャー、キングゥの相関関係
・オルガマリー
→アーチャー:自身が最も頼りにする、
→キングゥ:歪んだ鏡越しに見た自分。似た者同士。目が離せない弟のように思っている。
一言:何時か差し伸べられた手を、今度は自分が差し伸べる立場となったイマをくすぐったく思いつつ誇りとしている。
・アーチャー
→オルガマリー:愛すべきマスター。人として成長した彼女を案じる必要などもうどこにもない。彼女はこの先傷つき、失い、立ち止まっても何時か再び歩き始めるだろう。
→キングゥ:親友の骸に宿った別人。複雑な思いを抱いていたが、オルガマリーとの対話を経て変性した彼を見て答えを出した。即ち、彼もまた運命に翻弄され、与えられた生を必死で生きる者だと。
一言:
・キングゥ
→オルガマリー:妙に押しが強くお節介で構いたがる女。彼女が姉を自負していることに苛立ちつつも拒絶しない自分を不思議に思っている。
→アーチャー:オルガマリーが最も信頼するサーヴァント。何故か知らないがとても嫌い。
一言:生まれたばかりの幼子は差し伸べられた手を取り、弱々しくも自分の足で一歩を踏み出した。その在り様は最早《天の鎖》にあらず。どこにでもいるありふれたニンゲンだ。
追記
新規向けにタイトルとあらすじを改稿(戻)しました。
最近はランキングに載ってもご新規さんが増えないのが悩み。
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