【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。 作:土ノ子
絶望の化身が迫りくる。
古きメソポタミア世界の心臓部、ウルク目掛けて驀進するティアマト真体。
山をも凌ぐ巨体、世界を塗り潰す黒泥の浸食海洋、今も絶え間なくラフムを生み出す母神の権能。間違いなくメソポタミア世界最強最悪の一柱である。
目覚めてから僅か数日で地表の大半を黒泥で塗り潰し、始まりの母はウルクの喉元に迫った。
「よくぞ来た、母よ。歓迎の号砲をくれてやろう――
無論、そこには準備万端整えた人類が待ち構えている。
ジグラットに
ティアマトを出迎えるウルク城壁からの遠距離爆撃。王の財宝を起爆剤にする豪華極まりない火力の嵐がティアマトを襲う。
が、
「A、aaa……」
痛痒を感じていないことが分かる、ゆったりとした唸り声。
損害は軽微。ラフムが数百体ほど空から叩き落とされたもののティアマト本体には傷一つない。
「チッッッ! 知ってはいたが忌々しい固さよ。始まりにして終わりの女の面目躍如か」
自慢の宝を使い潰し、傷一つつかない現実に盛大な舌打ちが一つ。
驀進を続けるティアマトがただ進むだけで城壁を粉砕。子供が砂場の城を蹴散らすように無造作に都市が蹂躙されていく。
さらに黒泥が市内へ侵食しあっという間に黒で埋め尽くしていく。王の誇りたるウルクがなすすべもなく汚されていく光景にもう一つ、舌打ちがなった。
「だが想定済みよ。我が至高の財を以てウルクの守りを見せてやろう、光栄に思え!」
変わらず砲撃を続行。自身の存在を誇示するように王は一人ジグラットで敵を睨みつけ続けた。
無論全ては無為に終わり、巨神の歩みは止まらない。悠々と歩を進め、ジグラットまであと一歩の距離と迫る。
「A、Aaaa――!」
勝利を確信した獣の女神は勝ち鬨を上げ――、
大爆音、そして大震動。
天を衝く火柱と地を揺るがす轟音がウルク城壁の各所で同時多発的に発生した。
ティアマトを囲うように次々と爆裂する火柱に、女神も困惑を込めた声を上げる。
「A、Aaaa――?」
女神ではなく、ウルクが拠って立つ地盤への発破解体。
大地がグラグラと揺れる。己が拠って立つ堅固な大地が崩れていく。地の女神たるティアマトはその予兆を敏感に感じ取った。
「フハハハハハハハハハハハハハハハッッッ!! 驚いたか!? いや、驚け! でなければ我の命には到底釣り合わんわ!」
呼応するようにウルク全土を震撼させる途轍もない規模の地響きが鳴り響いた。
賢王ギルガメッシュ、一世一代の大博打にして最後の大立ち回りだ。豪華絢爛、ド派手にいかねばらしくないというもの。
「そうだ、ウルクの大城壁各所のディンギルにラピスラズリを有りっ丈詰め込んで起爆させた! 加えて冥府の者どもの工作でウルクの地盤そのものが崩壊寸前。全ては貴様を地の底に落とす算段よ!」
不敵に笑うギルガメッシュが種を明かす。ウルクそのものがティアマトを討つ殺し間なのだ。
このために戦争当初から酷使されていたガルラ霊には思う所もあるだろうが彼らの努力は賢王の命を引き換えにした特攻によって実を結んだ。
この作戦を提示した時、王は周囲の反対をこう押し切った。
『ことここに至っては最早衆をまとめる王は不要。ティアマトを討つために我が命を使う。これまで散った数多の者どもと同じようにな』
そして泣きそうな顔で己を見る今を生きる者達へ笑いかけ、後は託すとそう言ったのだ!
「ここが貴様の死地と知れ、原初の母よ!! 我が命と引き換えだ、この美しきウルクを地上最後の見納めとするがいい!!」
トドメの
地盤の連鎖崩壊が立て続けに起き、最早ウルクそのものが冥府へ墜ちんと加速した。
街が崩れ、ジグラットが崩れ、ティアマトすら巻き込んで巨大な穴がメソポタミアの大地に穿たれる。
大崩落。ウルクを巻き添えにティアマトが冥府へ落ちかけ――、
「A、Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa――!!」
なかった。
ビリビリと大気が震える程の咆哮とともに女神の巨大な双角が裂け、肥大し、構造までも変化させていく。
ここに及んでティアマトはさらなる禁忌に手を染めた。
『そんな……角が、翼に!?』
角翼と呼ぶべきか。双角は背部巨大骨格へ形状変化し、展開部から莫大な魔力を噴出する。ジェット噴射の如き魔力の奔流が崩れかけたティアマトの体勢を持ち直させた。
『姿勢が安定……いや、浮遊した!? まさか、飛ぶのか。あの巨体で!?』
『そんな、ありえない!?
「獣と化した女神にそんな道理が通じるものか。案ずるな、手は打ってある」
無論ギルガメッシュ王に余力はない。
だから彼は天を見上げた。
その視線の先にはウルク最後の光景をジッと見続けていた女神。片時も視線を逸らさず、瞬きすら忘れ、王の最後の雄姿を目に焼き付けたイシュタルだった。天舟マアンナに大気が震え上がる程の魔力を蓄えながら。
「やれ、イシュタル! ウルクを更地にする勢いで来るがいい、この時だけは我が許す!」
「言われなくても!」
敵ながら、あるいは敵だからこその阿吽の呼吸で王と女神が意を交わす。
そして主神エアより『滅亡させずともよいものを滅亡させ、創造せずともよいものを創造する』権能を与えられた女神がその本領を発揮する。
「望み通り金星を撃ち落してあげる! 大いなる天から大いなる地に向けて――母よ、我が全霊を見よ!!」
イシュタルは、思う。王の雄姿を見て、想う。
一度は惚れた男が、一世一代の意気を見せている。ああ、認めたくないが、誰にも言いはしないが、自分にだけは認めよう。惚れ直す程に格好良かった。流石はかつて求愛した男、至上の英雄と見込んだ私の怨敵。
だからこそ、
「あの馬鹿が珍しく本気を出してんのよ。私だって――!」
ここで応えなければ女が廃る!
主神も嘆くイシュタルの我が儘、強欲、傍若無人。だが彼女は誰よりも”女”であることを貫いた女神なのだから。
「派手に逝きなさい――
そして奴の命だけは誰にも渡さない。あの男を殺すは自分だとイシュタルが猛る。
”女”の独占欲に後押しされた絶大無比なるヴィナス・ブラスターが男目掛けて放たれる
「煽ったのは我だがやりすぎだ、馬鹿者が。……ま、
天から地へ降り注ぐ災厄の魔弾がティアマトの角翼にひびを入れる。イシュタルの命を削って放たれた一撃は七重展開された魔力障壁越しに地の女神へ強烈な圧力を加えた。
それは地の女神を冥府へ叩き落すのに十二分であり、さらにギルガメッシュの命をも狙い迫る。
皮肉にもティアマトが壁となってできた数秒の時間に王が苦笑う。つくづく己の言葉を素直に聞かない女神の筋金入りに、それでこそと笑ったのだ。
「なあ、エルキドゥ」
ここにいない、もうどこにもいない友へ何でもない言葉を告げ、王は獣諸共に真っ暗な闇の中へ堕ちていった。