【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。   作:土ノ子

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 死者達が安らげる世界であって欲しい。

 そのささやかで大きなエレちゃん様の願いはすぐさま全てのガルラ霊に周知され、やはり我らの女神は尊いと奮起する源となった。

 とはいえ、だ。

 無視できない問題もあった。

 というか問題ばかりだが、とにかくひときわ重要な問題があった。

 従来の冥界を脱却し、数多の新しい試みを定着させ、楽園と呼ばれるにふさわしい世界へと変える。

 これはもうほとんど国家を一から創り上げるのと変わらないと言える。

そして当たり前だが一介のガルラ霊の俺やひたすら冥府でルーティンワークをこなし続けていたエレちゃん様にそれらの技能が備わっているわけがない。

 もちろん《個我持つガルラ霊》の助力は得られる訳だが、流石に彼らに頼める仕事にも限度がある。

 この類の仕事は特に無茶ぶりが過ぎた。

 故に手詰まりであった。

 頼れるツテが冥界だけならば。

 

『いま、冥界は斯様(かよう)な次第となっておりまして。雲を掴むような頼みで恐縮ですが、何かご助言など頂けないでしょうか。シドゥリ殿』

 

 足りないものは他所から持ってくる。

 基本である。

 というわけで俺は今、夜も更けたウルクで司祭長シドゥリさんと向かい合い、正直に冥界の窮状を伝え、打開策について助力を願っていた。

 無茶ぶりであることは承知の上だが、こちらの要望を汲んでくれるならば、例の契約内容についても半年後の更新で譲歩する用意がある。

 そこらへんを伝えながらの、ダメ元での()()()であった。

 

「まあ、それはなんとも壮大な…」

 

 と、感心したような、こちらの苦労をねぎらうような何とも柔らかい表情を浮かべるシドゥリさん。

 相変わらず物腰柔らかな美人さんである。

 しかも有能。

 彼女と結婚したら穏やかで幸せな生活を暮らせそうだ。

 既に死者と化した身には縁遠い話だが、彼女の旦那になる男が大変羨ましい俺だった。

 と、ここまで考えて何故か背筋を走った寒気に首を傾げる。

 霊魂は物理的な寒さで寒気を感じるような代物ではないのだが…? 特に気温が低い訳でもないし。

 

「……お話は承知いたしました。それでしたらそういうことにこれ以上ない程向いたお方を紹介できるかと」

 

 おっと、まずは目の前の話に集中せねば。

 しかも肯定的なお返事だ、俄然こちらとしても前のめりになる。

 

『まことですか!? 流石はウルク、メソポタミア最大の都市国家は都市を支える人材も豊かなのですね』

「いえ、それほどでも。それに何分極めて多忙な方ですので…。私が出来るのは紹介まで。また過度な干渉をお嫌いな方でもあるので、出来ることは本当に助言という形になるかと思います」

『何分、我らには疎い分野でありますので。ご助力を頂けるのは、本当にありがたいのです』

「それは重畳です。どこまでお力になれるか分かりませんが、精一杯応えたいと私も願っております」

 

 と、交渉人ではなく誠実な神官の顔をしたシドゥリさんからのお言葉であった。

 エレちゃん様がいなければ、今頃俺はシドゥリさんを信仰していたかもしれない。

 そう思わせるほどに善意と誠実さに満ち溢れていた。

 つまりシドゥリさんは女神だった…?

 

「では早速その方の下へご案内いたします。確か丁度政務がひと段落したところであるはずですので…」

『どうかよしなにお願い致します』

「そう固くならずに。ええ、私は神官としてエレシュキガル様にお仕えするガルラ霊殿にご助力出来て、とても嬉しいのです」

 

 と、淑やかに笑うシドゥリさん。やはり女神なのでは?

 かくしてシドゥリさんの後に続きながらウルクを巡り…。

 ……あの、この方向は聖塔(ジグラット)を真正面に捉えて進んでいるのですが。

 というかこの道筋は前に、というかウルクへ()()()来た時と全く同じルートなんですが。

 

「フフ…」

 

 視線での問いかけに微笑み一つで黙殺され…。

 やはり、と言うべきか、まさかと表現するべきか…。

 聖塔(ジグラット)最上部の玉座の間、ギルガメッシュ王が政務を執る空間へ案内されたのだった。

 

「どうした、シドゥリ。また冥府絡みでなんぞ要件が持ち上がったか?」

「然様にございます、王よ。どうかしばしお時間を頂ければと」

 

 クスリ、と自然な笑顔で微笑をこぼしながら。

 

「既にお気づきでしょうが改めてご紹介を。国家運営について我らウルクが誇る最大の叡智、ギルガメッシュ王であらせられます」

 

 シドゥリさんマジパネェ(語彙力喪失)。

 平然とした顔でよりにもよってギルガメッシュ王を紹介してきやがった。

 

 ◇

 

「馬鹿を言うな。何故俺が冥界なんぞのために働かねばならん」

 

 それがシドゥリさんを通じて冥界からの依頼を聞いたギルガメッシュ王の第一声だった。

 いや、まことにごもっともです。

 流石にウルクの主人であるギルガメッシュ王に、冥界の創世に関わってもらうのは無理筋じゃねーかなと俺でも思う。

 

「しかし王よ。我らウルクと冥府は既に浅からぬ契約を結んだ間柄。此度の助力を持ってますますその仲が深まることはウルクにとっても良策であると考えます」

「下らぬ言を弄すな、シドゥリ。契約は契約。此度の申し出とは別の話よ」

 

 シドゥリさんの抗弁をバッサリと断ち切る。

 取り付く島もない、と言った様子だが、怯んだ様子もなく抗弁を重ねるシドゥリさんであった。

 

「ギルガメッシュ王こそそのお言葉は冥界に対し義理を欠くのでは?」

「ハッ! 何を言うか。我の言葉に誤謬などどこにもありはせんわ!」

「この大地に生まれた命はやがて等しく冥府へ還ります。我らウルクの民もまた。此度の冥界の皆々様のお働き、巡り巡っては王が治める民の死後の安寧を約束するためのもの。であれば多少なりと助力するのもまた王の威光をますます輝かせる結果となるかと?」

「それも含めて冥界の者どもが果たすべき仕事であろうが…」

 

 シドゥリさんの説得にひたすら面倒くさそうに対応していたギルガメッシュ王だったが、楚々とした笑顔を崩さないシドゥリさんを見て渋々と承諾した。

 傍若無人、唯我独尊を地で行くギルガメッシュ王にもどうやら苦手とする人間がいるらしい。

 

「我は忙しい。逐一貴様らのつまらん仕事にかかずらうつもりはない。貴様らの仕事ぶりに助言程度ならくれてやろう。貴様ら残らず雁首を揃え、平身低頭をきめながら我の慈悲深さにむせび泣け」

『ははっ! ギルガメッシュ王のご助力を得られたこと、百万の援軍を得た思いです!』

「感謝と称賛の念が足らぬわ! 我を称えたければその三倍は持ってこい!!」

 

 当初は乗り気ではなさそうだったが、やるとなったらそっくり返っての王様笑いをキメるギルガメッシュ王である。

 

「それと我の名前を冥界の歴史に不朽の地位を持って刻み込め。その程度では全く持って我を動かすには足りぬが、その不足分はシドゥリの言葉を持って充たすこととする」

 

 のちに冥府の特別名誉顧問(仮)の地位にギルガメッシュ王の名が永久欠番で刻み込まれる原因となる一言であった。

 

「では早速資料を持ってこい。我がこの目で精査するのだ。相応の出来のものを用意しろよ?」

『申し訳ございませぬ。流石にこの場には…』

 

 そもそも一縷の望みをかけてシドゥリさんを頼ったのだ。

 そこまで手回しが出来たらそれは有能ではなく未来が見える異能者だろう。

 

「手回しが鈍いわ! 不敬にも我の手を煩わせるか!?」

『申し訳ございません! 至急用意致します!』

 

 叱責に大人しく頭を下げながら、胸の内で最短での手配を検討する。

 流石に理不尽じゃねーかなと思いつつも、ギルガメッシュ王なら多分それくらい見越してやれそう。

 でもですね、流石にシドゥリさんからギルガメッシュ王を紹介されるとか予想しろってのは無茶ぶりにもほどがあると思うんですよ。

 

「これだから珍獣の類は…。ええい、次だ。次に来るときに持ってこい。良いな」

『ははーっ! ギルガメッシュ王の御慈悲に感謝致しまする!!』

 

 この夜は流石にこれにてギルガメッシュ王との謁見は終わりを告げた。

 そして後日の謁見を願い出ると、大人しく玉座の間から下がるのだった。

 

 ◇

 

 なお後日、ギルガメッシュ王へエレちゃん様含む冥界総出で作り上げた冥界運営計画表(ロードマップ)を見せると以下のような批評が返ってきた。

 

「なんだこの稚拙な出来は!? 貴様ら国家運営を遊びと勘違いしておるな! 治世とは即ち王の顔を示す鏡よ! エレシュキガルの顔に泥を塗るのが貴様らの仕事か、ガルラ霊ども!? フハハ、それはさぞ楽しかろうなぁ、ん?」

 

 なんだとぅ…?

 あぁん?

 その言葉、宣戦布告と判断しても? 

 

 今思えば露骨な挑発にプッツンと来た俺以下《個我持つガルラ霊》総員で、ギルガメッシュ王の手で数えきれないほどの訂正を強いられた冥界運営計画表(ロードマップ)の改善に着手した。

 そしてその度にギルガメッシュ王にフルボッコにされては、無いはずの眼球から涙を流しながら復讐の念を新たにするのだ。

 果たしてダメ出しされた訂正箇所、改善してはダメ出しを食らう回数をそろそろ数えなくなった頃。

 

「ま、及第点であろう」

 

 との言葉を得た日には冥界が揺れた、割と物理的に。

 邪知暴虐なる暴君に一矢報いたぞと皆が肩を組んで歓声を上げたのだ。

 なおその裏で、

 

「何時までも我の手を煩わされてもたまらん。早急に鍛え上げてやったわ。我の慈悲深さには、天も滂沱の涙を流すであろうよ」

 

 とは、なんだかんだ素人同然だったガルラ霊達に付き合い、あくまで机上での話だが王自身が「及第点である」と言葉を許すレベルになるまで面倒を見たギルガメッシュ王の言葉である。

 やっぱこの人飛び切りの暴君だが、同じくらい面倒見がいいんじゃねーかなぁ。

 後に諸々の舞台裏についてシドゥリさんから笑顔で教えられた時の素直な感想であった。

 


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