【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。 作:土ノ子
ネガ・ジェネシス。
それがティアマトが展開した概念結界の名だった。
「マーリン、知ってるの!?」
「ビーストⅡの象徴。現在の進化論、地球創世の予測をことごとく覆す概念結界だ。正しい人類史から生まれた英霊があの結界に踏み込めば問答無用で消滅する」
「そんな!?」
英霊が主力である人類側にとって致命的な情報だった。その凶悪無比な能力はまさに旧来の生命を否定し新たな命を産み出すティアマトに相応しい。
「ティアマトは籠城戦を選択した。あの結界に篭りつつ、ケイオスタイドで冥界を侵食するつもりだ」
「……厄介なんてものじゃないわね。あんな砦に篭られちゃ冥府の全軍をぶつけてもそう簡単には破れない」
「ならこちらも対抗して少しでもケイオスタイドを抑え込む。全員聞いてくれ」
誰よりも冥府の底力を信じるエレシュキガルの言葉は重い。となれば自然選択肢は限られる。
「エレシュキガル、君の発熱神殿でなんとしてもティアマト本体を抑え込んでくれ! マシュ、君はネガ・ジェネシスだ。その白亜の城ならば創世否定の理にも対抗できるはず!」
指示を飛ばすのはマーリン。優れた頭脳と知識を駆使して司令塔として最適解を下す。
守りに優れたサーヴァント二人が即座に動いた。
「お願い、メスラムタエア――冥界の護りを知りなさい!」
「真名、開帳───私は災厄の席に立つ……!」
魔力が滾る。
熱い血潮が全身を駆け巡り、負けられないのだと意地を叫ぶ。
エレシュキガルの握る槍に赤雷が、マシュが握る盾に純白の光が宿った。
「開け、発熱神殿! これが私の
「それは全ての疵、全ての怨恨を癒す我らが故郷───顕現せよ、
宝具、展開。
女神の導きに大地から噴出するエネルギーが巨大な石柱へと姿を変える。ネガ・ジェネシスの内部に幾つも幾つも突き出した石柱がティアマト本体を強引に拘束し、封印する。通常時には見られない封印形態の
さらに際限なく拡大するネガ・ジェネシスを穢れ無き白亜の城が押し留める。その守りは使い手の心に比例し、一切の穢れや迷いがなく、心が折れない限りその城壁と正門も決して崩れ去ることはない。
『Aaaaaaaaa――Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa――!!』
ほんの短時間、だがビーストの全力を押し留める大偉業だった。忌々し気に咆哮を上げるティアマトこそその証明だ。
「く、ううう、あああああああああぁぁぁッ――!」
だがその代償は軽くない。際限なく膨れ上がるネガ・ジェネシスの圧力にマシュの膝が折れかける。その爆発的な勢いはある種
「マシュ、踏ん張って! ここはあなたが要よ!」
「はい! ですがこのままでは長くは……!」
「全ての令呪を以て命じる――頑張れ、マシュ!」
「ッ!? イエス、マスター! 貴方を守る! それが私の選んだ、私の道だから――!!」
一瞬圧力に屈しかけたマシュへ即座に藤丸が全ての令呪を思い切りよく、これ以上なく単純で効果的に使い切る。令呪のよる多段ブーストで滾る魔力がマシュを後押しし、世界同士のぶつかり合いに等しい衝突が拮抗した。
ここに英雄王がいれば不敵に笑い、称賛しただろう決断力。藤丸もまた歴戦のマスターとして成長していた。
『抑え込んだ! 凄いぞ、マシュ、藤丸君! エレシュキガルも!』
「とはいえ時間稼ぎにしかなりまセーン。マーリン、何か手はあるの?」
「正規英霊を消滅させるネガ・ジェネシスは凶悪だが抜け道はある。今を生きる生者ならあの結界の影響を受けない」
その言葉を聞いた英霊が一斉に顔をしかめ、マーリンを睨む。が、夢魔の人でなしは躊躇なく最適解を握る人物へ水を向けた。
「この意味が分かるね、オルガマリー」
「……ええ、もちろん。私が行くわ」
「所長、でも」
「危険です! もうアーチャーさんもいないのに!?」
マーリンの助言に迷わずにオルガマリーが名乗りを上げた。その決断にギリギリのところでネガ・ジェネシスを抑え込んでいる藤丸とマシュすら血相を変えて反対する。
「
確認するわ、マーリン。私も人としてカウントされてるのよね?」
「ああ、オルガマリー。君は紛れもなく今を生きる人類だ。ネガ・ジェネシスの否定条件には引っ掛からない。キングゥもね」
アーチャーが逝ったことで良くも悪くもオルガマリーは一皮剥けてしまった。
鉄の決意で心を覆い、躊躇なく死地へ足を踏み入れる。その選択はどこまでも正しく、しかし彼女らしくはない。
「なら僕も行く。いいな」
「キングゥ……ありがとう」
「勘違いするな。……母さんと、話せるのなら話したい。それだけだ」
「ええ、分かったわ。でもその代わりに」
「仕事はやるさ。今はお前の……”弟”だからな」
短くも濃密な時間、オルガマリーを見た。
あの別れは――誰も間に入れない、特別な一幕だった。それだけの
ならば、彼女を”姉”と仰ぐに否やはない。
オルガマリーがキングゥが差し伸べた手を取ると――
さらにキングゥが魔力の光を発し、目の前から消えた。
「これは……鎖? キングゥ、あなたなの?」
『そうだ。お前と同化し、援護する。身体補助と鎖の操作はこちらに任せろ。だけど意思決定と魔力の行使はお前の領分だ。抜かるなよ』
オルガマリーを取り巻くように鮮やかに輝く金色の鎖が幾つも空中を旋回している。一部は肉体に絡みつき、さらに手足の一部が露出した動きやすい服装と変わっている。元々長かった髪は長さと体積を増し、さながら豪奢な純白のケープかマントのよう。
それだけではない。身に纏う魔力も最早魔術師ではなく
その正体はキングゥ。オルガマリーの戦力を少しでも増すための工夫だった。元は同一の躯体だ。意思を分けつつ同化する程度難しくない。
『……驚いたな。今の所長の魔力量はサーヴァント並みだ。これなら太陽風のただなかだろうが、ラフムに襲われようがなんとかなりそうだ!』
『侮るな。僕がいるんだ、ラフム如きどうにでも片付けてやるさ』
『大言壮語とは言えない数値だな、これは。とはいえティアマトが相手だ、護衛の一つも欲しいところだね』
今まではアーチャーが担っていた役目にケツァルコアトルが手を上げた。
「ならネガ・ジェネシスに辿り着くまでの護衛は私が。……最後まで守ってあげられなくてごめんなさいね」
「いいえ、ありがとう。頼りにしてるわ、ケツァルコアトル」
「ええ、お姉さんに任せて。どんどん頼ってくれて構わないわよ?」
にこりと笑い、ウィンク。その陽気な頼もしさに随分と救われているなとオルガマリーは思う。
ティアマトへ向き直ったケツァルコアトルが声を張り上げる。
「聞け、獣の女神よ! 我が身は遠い魔境の神性なれば、汝の神威を恐れる故はなし! 翼ある蛇、太陽の主神を知れ! 我は汝に終わりを届ける者なれば!!」
殊更に魔力を滾らせ、ケツァルコアトルが吼える。我を見よ、我を恐れよと。
己の神威を誇示するためではなく、少しでもオルガマリーへ向かう敵意を引き受けるために。
「オルガマリー、
「マーリン? これ、は――!?」
マーリンから柄を向けて差し出されたのは――切っ先から柄頭まで全てが闇を凝縮したような黒で出来た短剣だった。
受け取ると直前まで氷に触れていたかのように冷たく、なのにどこか温かい……。その矛盾した感覚にオルガマリーは何故か泣きたくなり、思わぬ言葉が零れ落ちる。
「――アーチャー?」
「見抜いたか。流石は彼のマスター。そう、退去したアーチャー、いやアヴェンジャーの霊基の欠片から錬成した神殺しの短剣だ。一戦限りの急造品だがね」
「……まだ、私を助けてくれるのね。アーチャー」
如何にビーストといえどこんなものを弱点の頭部に突き立てればただではすまないだろう。
だがそれ以上にアーチャーがまだそばにいてくれているようで思わず漆黒の短剣を掻き抱いた。
「そして僕もささやかながら援護する。役立ててくれ」
花の魔術師マーリンが杖を振るい、花びらが舞った。
魔術師の最高峰、グランドキャスターの資格保持者が今こそその秘奥を開陳する。
「──小さな窓が、ここにはひとつ。そこは壁もなく城もなく、国すらない始まりの空。
地の底で輝く原初の星、──魂の在りかを見せようか。
それはマーリンが幽閉された『塔』の再現。たとえ彼に許された空間がわずか十メートル四方の牢獄であり、彼に与えられた風景が遥か上空に切り取られた空だけであろうと。
花の魔術師マーリンいるところ、そこは地獄ではなく、希望に満ちた大地とならん。
「これ、
「花の魔術師の本領発揮さ。君が前に進む限り道が途切れないことだけは保証しよう」
冥界に踊る無数の花びらがティアマトへの道となるマーリン渾身の宝具だ。
加えてオルガマリーを含む味方陣営への無数の
「ありがとう、マーリン。あなたの魔術は最高よ。それ以外は……ちょっとどうかと思うけど」
「誉め言葉と思っておくよ。なにせ人でなしの夢魔だからね――さあ、行きなさい。彼が望んだ、誰でもない君自身の未来を取り戻すために!」
マーリンのエールを背に受けてオルガマリーが花の路を駆けだしていく。それにケツァルコアトルが続いた。
最後の決戦もいよいよ終わりに近づこうとしていた。