【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。 作:土ノ子
第二の獣、決戦。
オルガマリーが中空にできた花びらの路を駆けあがる。その額へ神殺しの短剣を突き立てるために。
人類最速のスプリンターでも易々と置き去りにする俊足。キングゥと同化したいまその身体能力は英霊のそれに近い。
『Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa――!!』
無論ティアマトもただ抑え込まれているばかりではない。
獣の本能が漠然とだが何か途轍もない脅威が迫っていると感じ、切り札を切った。
「「「キャハはハハハアはハハハハハッ――――!!」」」
無理やり身を捩ることでティアマトを封じる石柱が強引に粉砕され、出来上がった隙間から十一ものベル・ラフムが飛び出す。
ベル・ラフム達はケツァルコアトルが目を剥くほどの速度で冥府の空を翔け、オルガマリー目掛けて襲い掛かる。
「ッ!? 今更ラフムなんかに――」
ケツァルコアトルがオルガマリーへ向かうベル・ラフムの横っ面を殴りつける。強力で繰り出されたマカナと蹴撃がしたたかにラフムを切り裂き、打ち抜いた!
一匹、二匹。都市一つ持ち上げるケツァルコアトルの剛力がベル・ラフム達を次々に痛めつけていくが、
「「「キキキ、カカカカカカカカカ――!」」」
「速くて固い!? 気を付けなさい、今までのラフムとは段違いよ!」
驚くべきことに、無傷だ。
弱った様子もなく空を翔けるその正体は十一柱のベル・ラフム。ティアマトの真なる仔ら。
魔術王が従える七十二柱の魔神に相当し、神性すら上回る霊気出力を誇るティアマト直属の使い魔である。
「守るだけでなく矛も繰り出してきたか! 戦術眼もあるじゃないか、ビーストⅡ!」
人類側が体勢を立て直す暇を与えず次々とティアマトが手を打つ。獣の生存本能のなせる技か。思わずマーリンが称賛を叫ぶ好手だ。
「――こ、の。しつこい! それもオルガマリーばかり」
しかも敵の弱点を見抜き、執拗に狙う
如何に強大なりしケツァルコアトルといえども十一柱のベル・ラフムが相手では取りこぼしが出るのは必然だ。
一体一体が魔神柱以上の霊基出力。サーヴァントの
『厄介な奴らが来たぞ、警戒しろ!』
「無茶言うわね……! 前以外全部お願い!」
『クソ、無茶はどっちだ! やるけどな!?』
キングゥですら虚勢を張る余裕もなく警告する程。それでも張り巡らせた金色の鎖でベル・ラフムを拘束し、作り出した隙をケツァルコアトルに突かせる手腕は流石と言えよう。
ケツァルコアトルが奮戦し、キングゥが援護することでなんとかオルガマリーが花びらの路を走り抜ける余裕を与えていた。
だがそれ故につい意識から外れた
封印されたティアマトそのものだ。
『A――aaa――!』
ティアマトが哭く。それは勝機の一端を掴んだことを示す咆哮。
(なに? あ――ま、ず……!)
オルガマリーと封印された隙間から覗くティアマトの
ゾクリとした背筋の粟立ちに死を自覚する。
彼女が策の要と見抜いたか、ティアマトの輝く瞳から一筋の魔力砲が放たれた。
細く、弱くしかし光に近い速度で空を裂く閃光は回避不可。それでも最後まで抗わんとティアマトを睨みつけ、
「やれやれ、世話が焼ける――」
オルガマリーの頭上より放たれた
その輝き、その威光は何よりも眩しく、かつ見覚えがあり――、
「アーチャー!?」
まさかとありえないが同時。期待と否定が交差する。
もしかしたらとの思いを胸に閃光の主へと振り返り――、
「然様。余、アーチャーとして推参である! 崇めよ、人間ども!」
(――誰ッ!? え、本当に誰!?)
特徴的な一人称。アーチャーとは似ても似つかぬ容姿と傲岸不遜さを全身から漂わせ、彼と同じく太陽を従えるサーヴァントを見た。
失望と混乱を胸に見知らぬサーヴァントを見詰めるオルガマリーにジロリと見定めるかのような厳しい視線が返ってくる。
「フン、貴様が
「――
出会って早々オルガマリーをけなす男へ何故と叫んだのは旧知であるエレシュキガル。
互いによく知る、だからこそ問いかけにフンと鼻を鳴らす男。
「ハッ、よりにもよって貴様がそれを言うかエレシュキガル。無論、義弟の代理だ。なにより
「
アーチャーの義兄にしてもう一人の太陽神ネルガル。その言葉の意味を、彼らの因縁について当人から直接聞いていたオルガマリーはすぐに気付き、叫んだ。
ネルガルがほう、と感心した視線を向ける。
「悟ったか。中々敏い娘だな。然様、余と義弟は同じ太陽の裏表。天に昇り地に沈む時互いに権能を譲り合う我らは本来同じ場所に現界できぬ」
極めて遺憾かつ不服そうに語るネルガル。人間好きであり義弟を殊の外気に入っている彼にとってこの制限はひどく気に入らないのだろう。
「
ネルガルを招いたのはアーチャーの縁が引き寄せた連鎖召喚だった。
呪いと成り、果てた後まで自分を助けてくれるアーチャーにまたしても涙が滲むのをなんとかこらえる。後で思いっきり泣こうとだけ決めて。
「――満身の感謝を、ネルガル神。ついては一つ、願いを叶えて頂きたく」
自己紹介の僅かな時すら惜しんで頼もしい援軍にせめてもの一礼を示す。真摯に、実直に。アーチャーの如く。
その姿に懐かしいものを感じたネルガルはフッと優しく目を細め、オルガマリーの評価を改めた。
「会って早々に余に願いとは豪気なことよ。だが差し許す、余は今義弟の代理として立っているのだからな!」
「では遠慮なく。ティアマト神の喉元まで辿り着かねばなりません。そのために――」
「よかろう、請け負った。だがその前に」
ここにアーチャーがいれば
そして醜い大口を開けて迫りくる一体のベル・ラフムへ太陽の王笏を一振りし、
「ジャマだアアアぁぁ――ッ!!」
「この下品な土塊どもは速やかに大地に還すとしようか」
ネルガルへ食らいつかんとしたベル・ラフムが黒き炎に包まれる。
「ギ、ギャアアアアアアアアアーー!?!!??!?!!
肉体ではなく精神を犯す黒き炎に炙られたベル・ラフムが
ネルガルの本領、太陽がもたらす死を象徴する漆黒の炎だ。ネルガルはこと生命への有害性という点ではケツァルコアトルすらも上回る権能の持ち主。
黒炎はその殲滅性を遺憾なく発揮し、命ある限り消えない炎がベル・ラフムを苦痛とともに焼き尽くした。
「では行くぞ、オルガマリー・アニムスフィア。余に遅れるな」
「はい! ……私の名を?」
「仮初といえど義弟の主だ。名を呼ぶかは我が裁量だがな」
つまり、認められたということだろう。
ポジティブに解釈し、軽く頭を下げた。その程度のことで文句を言える程余裕がある状況ではないのだ。
「これよりは死地。覚悟はいいな、人間?」
「とうの昔に。仰る通り私は人間なので」
そもそも貧弱な
キングゥのお陰でサーヴァントに匹敵する能力を得たとしてもこの神話も斯くやという大決戦では大して変わりがない。
「で、あるか! よい答えだ、義弟の主でなければ妻に迎えてもいいのだがな!」
「……申し訳ありませんが、私にはもう心に決めた人がいるので」
小気味いい答えにネルガルが痛快に笑う。義弟を抜きに本気で気に入った証だ。
とはいえオルガマリーとしては無作法で開けっぴろげな求婚に一歩引いた。未婚の乙女ならば当然の対応である。
「クハハ、我が求婚を袖にするかよ。いつかの大戦を思い出すな。うむ、だが許そう。その想いを大切にするがいい」
「ええと、その……はい」
分かっているぞとばかりにうんうんと頷かれ、赤面しつつ困惑するオルガマリー。妙に距離が近い年長の親戚じみた言動にどう対応すれば正解なのか測りかねていた。そういうところだぞ、ネルガル。
「ちょっとそこ! 暇ならこっちを手伝ってくだサーイ! こいつら一体一体が手強く、て――ああもう鬱陶しい!」
「ケツァルコアトル!?」
「チッ、無粋な泥人形どもめ。余は二人目の義妹になるやもしれぬ娘との会話に忙しいというのに」
「……えっ!? あの、ネルガル神、それはどういう――」
今度は別の理由からワタワタと慌てるオルガマリーに頓着せず、ベル・ラフム達に向き直るネルガル。
実は戦力比で考えればケツァルコアトルにネルガルを加えても正直まだ分が悪い。だがそんな計算は微塵も見せずに残る十体のベル・ラフムに傲然と宣戦布告を告げる。
「遊んでやろう、醜い土塊ども。またしても義弟に会えなんだ余の鬱憤を晴らす的となれ」
太陽の王笏を一振りし、黒き炎を従えたネルガルが獰猛に笑う。
最も苛烈なる太陽と謡われた神性が瞋恚の炎を容赦なく振るわんとしていた。