【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。 作:土ノ子
死闘だった。
ケツァルコアトルとネルガル、人類側でも屈指の神性がタッグを組んでも劣位に立つ戦力差。ティアマトの切り札、十一柱のベル・ラフム。
だが、勝った。二柱は満身創痍となりながらもオルガマリーをネガ・ジェネシスの直前にまで送り届けたのだから。
眼前には灰色の球状空間。創世否定の理が敷かれたティアマトの
「ようやく、辿り着いた」
(ここからが正念場ね……)
ため息を一つ吐いたオルガマリーは内心で気を引き締める。油断は欠片もない。
なにせネガ・ジェネシス内部にはティアマトから産み出されたラフムが山と控えているのだから。
この先は頼もしい二人に頼る訳にはいかない。迷いを振り切るために一度目をギュッと瞑り、深呼吸してからゆっくりと開ける。
「二人とも、ここまでありがとう。この先は私一人で行きます。後は任せてください」
「……ええ。悔しいけど私はここまでね。頑張って、オルガマリー」
覚悟を決め、ここまでの護衛を見事に果たしたへ別れと決意を告げる。
苦く、しかし信頼を乗せた笑みでエールを送るのはケツァルコアトル。限界を悟ってしまったからこその精一杯のエールだ。
だがネルガルは違った。心底おかしいとばかりに深刻な空気を愉快気に笑い飛ばす。
「クハハ。馬鹿を言うな、オルガマリー・アニムスフィア。ここからがまさに余の見せ場だろうが」
「!? ネルガル神、なにをっ」
あまりにもあっさりと、一歩。
訝しんだオルガマリーが止める暇もなくネルガルはネガ・ジェネシス内部へ――己を否定し、拒絶する空間へ足を踏み入れた。
「グッ……!」
ネガ・ジェネシスに入るや女神が敷いた生命拒絶の理がネルガルを襲う。
それは
「今すぐ結界から出て! 早く!」
「フ――そう喚くな。今のはそう、ちと疲れが足に来ただけよ」
額から脂汗を一筋流しながらも虚勢を張るネルガル。
だが全てが虚勢という訳でもない。そも虚勢一つで耐えきれるほどネガ・ジェネシスは甘くないのだから。
「……なるほど。流石は母、ティアマトよ。それ程に貴女を拒んだ我らが憎いか、その存在を否定する程に!
だが敢えて言おう、些事であると! 余は死して蘇る太陽、ネルガルなのだからな!」
ゆっくりと、だが力強く立ち上がる。
太陽とは地平線の彼方に落ちては再び昇るもの。死しては蘇る復活の象徴。
すなわち太陽の権能を用いた疑似的な連続
その権能を使い、ネルガルは無理やりネガ・ジェネシス内部でも動き続けるつもりだ。全身を少しずつやすりで削られるような苦痛と引き換えに。
「ネルガル神、これ以上は……」
「言うな、オルガマリー・アニムスフィア。貴様のサーヴァントは誰だ、言ってみろ!?」
人一倍痛がり屋で怖がり屋、それ故に他者への気遣いが深いオルガマリーが咄嗟に止めようとするのを当のネルガルが拒絶する。
代わりに問うは二人にとって因縁深い者の名。
「……アーチャー、キガル・メスラムタエアです」
「そうだ。そして我が義弟ならば貴様を一人送り出すはずがない。ならば余が遅れを取る訳にはいかぬ!
意地だ。男の意地、義兄の意地。そして義弟の護ったモノを尊重せんとする気概。痛みと喪失如きでそれを失ってたまるかと一人の男が吼える。
アーチャーとは異なる、だが天に輝く太陽のように傲慢で輝かしい在り方に誰もが畏敬を抱かざるを得ない。ケツァルコアトルでさえ敬意を払い、静かに目線を伏せた。
「道中の障害は余が焼き尽くす。貴様はただ前へ進め。よいな?」
「――はい! 護衛、よろしくお願いします、ネルガル神!」
「いい返事だ。余に遅れるな、義妹よ!」
「はい!」
ネルガルに続き、オルガマリーもまたネガ・ジェネシスへ足を踏み入れる。一瞬、違和感が身を包むが今を生きるオルガマリーに影響を及ぼすことは能わず。
最早憂いはないと強く花びらの路を踏みしめ、前へ前へと走り出した。
◇
ネルガルは強かった。
その瞋恚の炎は、心を持たないラフムを震え上がらせる程に熱く、凶悪だった。
最も苛烈なる太陽は濁流の如き溢れ出すラフムの群れの大半を焼き尽くし、焼き払ったのだ。
「ここまで、か……」
そしてそれは後先を考えないが故の強さだった。今ティアマトへ続く道半ばでネルガルは崩れ落ち、燃え尽きようとしていた。
元よりネガ・ジェネシスの否定の理を常に受け続けながら復活の権能で無理を押し通したのだ。霊基が砕けぬはずがない。
「ここから先は貴様一人……いや、二人だ。よいな、オルガマリー」
「はい。後は私達に任せてゆっくり休んでください」
『ここで寝てろ……いい仕事だった。誰にも文句は言わせない』
「フッ、生意気な。だが許そう。これほど酷使されたのは冥府以来よ。流石の余も疲、れた故……な――」
霊基が魔力へ還る。優しい光とやり遂げた顔を遺し、ネルガルは退去した。
ネルガルはこの時、確かに人類を救った。オルガマリーだけでは辿り着けなかったはずの道を、彼の意地が繋いだのだ。
「……さようなら、ありがとうネルガル」
そっと、一呼吸にも満たないが黄金よりも貴重な時間を費やしてオルガマリーは短い時間をともにし、深く心に刻まれた太陽神へ別れを告げた。
「行きましょう、キングゥ」
『ああ』
オルガマリーが立ち上がり、走る。最後の力を振り絞り、駆けた。
ティアマトまでの距離はもうほとんどない。オルガマリーは獣の喉元へ迫らんとしていた。
「キキキ――」
「――カカカ」
「ころせ ころせ」
ネルガルは無尽蔵にすら思えたラフムの大半を焼き尽くした。
だがまだラフムはオルガマリーなど圧殺して余りある程の数が残っている。隊列を組んだラフムが波状の如く眼前に迫っていた。
「あ――あああ――――あああああああああああああああああああああああぁぁぁッ――!!!!」
あと少し、ほんの少しでティアマトの喉元へ届く。それは確信だ。
(ごめんなさい、藤丸、マシュ。魔術王との戦いは任せたわ――)
自分の命さえ諦めればそれが叶うのだという確信。そして自分が落ちても未来を取り戻す旅は続くという計算。
それがオルガマリーに我が身を顧みない突撃を選ばせた。
『馬鹿、自棄になるな! ――ああ、クソ!? ここを突け、多少はマシだ!』
迫りくるラフムの壁。
最も
「フォウッ!」
「え、ちょっ? なにこれっ!?」
『まさか、空間転移か!? いや、なんでもいい。好機だ。やれ、姉さん!』
モフモフふわふわな獣の鳴き声が聞こえた次の瞬間、カメラのコマ落としの如く突如視界が切り替わる。
眼前に迫っていたラフムの群れはそこになく、代わりにどこか呆けたように見えるティアマトの顔が見え――、
「こん、のおおおおおぉぉッ――――!!」
乾坤一擲。懐から漆黒の短剣を取り出し、構える。
差し違えるつもりで花びらの路から空中に身を躍らせ、迫るティアマトの額へ神殺しの短剣を突き立て――、