【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。   作:土ノ子

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「――え? ここは……」

 

 気付けばオルガマリーは真っ白な空間にいた。

 

「母さんの精神世界だ。どうやら僕も巻き込まれたようだな」

「キングゥ!?」

 

 同化していたはずのキングゥがあの小さなオルガリリィの姿で隣に立っている。これも精神世界だからだろうか。

 だがこんな寂しい世界に一人ぼっちではないことは少しだけ心強かった。

 

「見ろ、姉さん。彼女が母、ティアマトだ」

「あ……」

 

 ポツン、と。

 この真っ白な世界でたった一人、孤独に俯く双角の少女が立っていた。華奢で儚げな姿はとても()()ティアマトとは思えない。

 伏せていた視線がゆっくりと上がり、最古の母と最新の子が互いを見つめ合う。母の目は何かを問いかけているように見えた。

 やがてティアマトは静かに口を開いた。

 

「……多くの命を育みました。

 多くの命に愛されました。

 でも、子供たちは私を梯子にして、遠くに行ってしまうのです。

 ずっと愛していたいのです。

 ずっとそばにいたいのです」

 

 それは母の愛。間違いなどと誰にも言い切れない当たり前の喜び。全ての命を産みだした母の願いだ。

 

「私の愛は、間違っているのでしょうか」

「それ、は……」

 

 果たしてそれは問いかけだったのか。ただ答えのない思いを吐き出しているようにも見えた。

 オルガマリーは何も言えない。いや、何を言えばというのか。

 彼女を拒絶したのは人類だ。現行生命こそが先に彼女を裏切った。そんな彼女になんと声を掛ければいい?

 

「――決まっているだろう。貴女は間違えた。どうしようもなく、間違えたんだ」

「Aaa……キン、グゥ」

 

 言葉に詰まったオルガマリーに代わり、前に出たのはキングゥ。

 その姿を目にした途端、ティアマトは身を竦ませ、一瞬後に両眼からとめどなく涙が溢れ出す。姿かたちが別人と化したキングゥを見誤らなかったのは母の愛がなせる業か。

 

「ごめんなさい……ごめん、なさい。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい――」

 

 静かに涙を流し、壊れたように謝罪を繰り返すティアマト。

 人類悪、原罪のⅡ。獣の霊基に堕ちた過程で彼女の本質はどこか歪んでしまったのかもしれない。一度は我が仔と愛したキングゥへの裏切りは果たしてどこまで彼女の本意に沿っていたのか。

 ファム・ファタール、頭脳体としてペルシア湾に現れたティアマトは当初自らを縛っていたのだから。

 

「……止めてくれ、母さん。僕はあなたの謝罪なんて欲しくない」

 

 聞くだけで心が締め付けられる痛々しい謝罪を遮り、キングゥは母へ語りかける。

 

「あなたは間違えた――選ぶ機体(コドモ)を間違えた。だって僕はまだ貴女を愛しているから」

 

 裏切りがあった、許せない背信があった。

 でも愛していた、愛されていた。

 それだけは決して揺るがない事実だから。

 

「だけど僕は行くよ。姉さんと一緒に未来を探しに行く。だから――見ていてくれ」

「Aaaa……キングゥ。私の、愛しい仔」

 

 自らの元を離れ、遠ざかろうとするキングゥ。だけど(ティアマト)を忘れた訳じゃない。愛が消えた訳でもない。

 ティアマトが知らぬ愛のカタチがここにある。それを獣はようやく知ったのだ。

 

「立派に、なりましたね。母は……嬉しい」

 

 ティアマトは、微笑(わら)った。

 母はいま仔と別れる悲しみではなく、仔が母の下から巣立つ喜びを知った。

 ビーストⅡ、回帰の獣はいま倒された。神殺しの刃ではなく、母を思う仔の愛によって倒されたのだ。

 

「オルガ、マリー……(わたし)の言葉をよく、聞いて」

「……うん、母さん」

「母は逝く。私の霊基(カラダ)、は、二度と動かないよう、壊し尽くして」

「分かった、頑張るわ」

 

 母の記憶を持たないオルガマリーにも何故かティアマトの愛は染みわたった。

 母と呼ぶことに違和感はない。あるいはキングゥが抱いた感情との共振かもしれないが、どうでもよかった。

 

「頑張って、私の愛しいこどもたち。疲れたなら、母の下へ戻ってきなさい」

 

 バイバイと微笑んで手を振る姿がゆっくりと遠ざかり、白い空間が崩れていく。

 白は黒へと塗り潰されていき、オルガマリーの意識も闇に呑まれた。

 

 ◇

 

 意識が覚醒する。

 

「――はっ!?」

 

 咄嗟に起き上がり、周囲を見渡す。

 身を投げ出したそこには巨竜形態のティアマト本体が眠るように瞼を閉じ、沈黙したまま静止している。額には深々と漆黒の短剣が突き刺さっていた。

 だがこれは頭脳体が鎮まったことによる一時的なもの。本能で動く竜体はすぐに動き出すだろう。

 

『マリー! 無事か、応答してくれ!? マリー!』

「ロマニ!? 状況は!?」

『君がティアマトの額に刃を突き立てて反応がなくなってから数十秒ってところだ! 何があった!?』

「ティアマトと和解したわ。でも決着を付けるためにこの竜体をなんとか破壊しないと」

『和解!? 何がどうなったらそんな――いや、それはいい。ともかくティアマト本体を破壊すればいいんだね。だがそんな火力はもうどこにも――ああくそ、動き出したか!?』

 

 ゴゴゴ、と地が震える。

 ゆっくりと、ゆっくりとティアマトの心臓が鼓動を打ち始める。無尽蔵の生命力が一度は停止した竜体の再起動を促したのだ。

 

『A――aaa――aaa――』

 

 弱り、死にかけ、それでも冥府を半壊させて余りある怪物が動き出す。

 

「こうなったら私の捨て身の一撃で」

「仕方ないわね。私も付き合うわ」

 

 あと最後の一押しがあれば倒せる。

 その確信に霊基の消滅すら覚悟に入れて二柱の女神が魔力を練る。最早魔力はからっけつ。ならば霊基を構成する魔力そのものを使うしかないと。

 だが不幸中の幸いか、その決断に至る前に最後の騎兵隊が到着した。

 

「あああああああああああああああああぁぁぁっ――――!! やった、なんとか間に合ったあああああああああああああああああぁぁぁッ――!!」

「なぁにが間に合っただこの戯け!! ほとんど終わってしまっているではないか!?」

 

 ひどく懐かしい、だがありえないはずのない声が冥府の天蓋より振ってくる。

 みなが()()()と顔を見合わせた。

 だが天蓋より流星の如く下りてくるその姿はまさに――

 

「「「ギルガメッシュ王!?」」」

「それにイシュタル!? 何しに来たのよ今更!?」

 

 喜びと困惑を等量含んだ声音でカルデアの三人がその名を叫んだ。ついでにエレシュキガルも姉妹神の名を呼んだ。

 マアンナとヴィマーナの原典。双方が誇る飛行宝具に騎乗する王と女神が高速でこちらへ向かってきていた。

 しかもギルガメッシュは賢王ならざる英雄王、王ではなく英雄としての全盛期を示すアーチャーの霊基だ。

 

「そうだ。我、参上である。そして此度ばかりは我も言い返せぬ……。神をも恐れぬ大遅刻、誠遺憾なり。

 それもこれも貴様がむやみやたらと力を込めて宝具を放つからだぞイシュタル!? お陰で現在位置を見失った挙句冥府の遠方まで飛ばされ、ここまで飛ばさねばならんかったのだ。反省せんか反省を!」

「うるっさい!? こんな状況どう想定しろって言うのよ! あんたが私を挑発したのが悪い!」

「我がいつ貴様を挑発した!? 言いがかりも大概にせんか貴様!?」

 

 互いが互いにキレ散らかすいつものウルク漫才にみななんとなく経緯を悟る。そしてどんな経緯があろうと今この場にあっては誰よりも頼もしい援軍に他ならない。

 挙句漫才のついでに最高速度を出してティアマトの鼻先からオルガマリーを()()()()()。ネガ・ジェネシスが消失したとはいえ流石の早業だった。

 

『話は後だ! ギルガメッシュ、君に最後の大仕事を頼みたい! ティアマトに後先考えず最大火力を叩き込んでくれ!!』

「なんだ、ギリギリ見せ場は残っていたか。であれば任せよ、油断も慢心も抜きに我渾身の一振りを馳走してくれるわ!」

 

 ロマニの急な要請にも鷹揚に頷き、総身に渦巻く魔力をかつてなく滾らせ始める!

 ヴィマーナにしがみ付くオルガマリーが驚くほどの魔力の胎動だ。

 

「それと――オルガマリー・アニムスフィア!」

「は、はい!」

「良く戦った、貴様を勇者と認める。後は我に任せ、休むがいい」

「あ……」

 

 不敵に笑み、称賛する英雄王のなんと頼もしい背中であることか。

 知らず強張っていた体から力が抜け、もう大丈夫だという安心がオルガマリーを包んだ。

 

「出番だ。起きよ、エア!」

 

 宝物庫の鍵を回し、最上の至宝と断ずる世界最強の宝具を取り出す。

 その名は乖離剣エア。ランクEXの対界宝具。ギルガメッシュが誇る切り札である。

 

「原子は混ざり、固まり、万象織り成す星を生む。死して拝せよ――」

 

 それはありとあらゆる宝具の頂点の一。英雄王ギルガメッシュが放つ最強の一振り、かつて混沌の世界を天地に分けた乖離剣エアによる究極の一撃。

 乖離剣を構成する三つの円筒が回転し、世界に満ちる風を飲み込んでいく。圧縮され鬩ぎ合う暴風の断層が擬似的な時空断層を生み出し、ティアマトすら討ち滅ぼすに足る絶大威力を引き出す。

 

天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)!!」

 

 一切の油断と慢心を捨て去り、滅ぼすべき悪に裁きを下す一撃がティアマトを飲み込み、その巨大な竜体が灰となるまで微塵に討ち滅ぼした。

 

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