【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。 作:土ノ子
本日エピローグを3話一挙に更新。ご注意ください。
そして城壁跡地。
なんとなくの予感とともに足を運び、崩れかけた階段を上ったそこには三人の人物がいた。
「遅かったな、待ちくたびれたぞカルデア。キングゥは……ふん、余程に力を使い果たし寝こけておるか。まあよい。休ませてやる」
そこにいたのは賢王の装束を纏うギルガメッシュ王。
さらに楚々として微笑む才女、シドゥリ。
飄々と笑う花の魔術師マーリンまで王のそばに控えていた。
「ギルガメッシュ王! マーリン!」
「シドゥリさんも!」
「三人とも壮健そうでなによりです」
王は背を向けたままウルクの跡地を眺め、シドゥリがそっとお辞儀をする。マーリンもふわりと微笑み手を振った。
「うむ、苦しゅうない。ま、我は気合でなんとかしているだけだがな。直に冥府へ向かう予定だ」
「え!? 王様死んじゃったの!?」
「それは、もしかして……」
「イシュタルさんの宝具ですが……?」
サラリと爆弾発言に零す発言に一同の目が点になる。
やがて恐る恐る問いかけるがギルガメッシュ王は気を悪くした風もなく首を振った。
「いや、イシュタルは無関係だ。奴の宝具を叩き込まれる前から既に魔力の枯渇で死に体だったからな。それにしてももう少し手心を加えよとは言いたいが」
「ははは。いや、王様には悪いがあれは爆笑してしまったね。流石はイシュタル。本人すらも思いもよらぬ真似をしてのける名人芸だ」
「毎度その後始末に付き合わされる我の身になれ戯けが。その三枚舌を引っこ抜くぞ。一つ失くした程度で減る口ではあるまい」
「おっと、言葉が過ぎたようだ。これ以上は黙っているとしよう」
王の横顔を覗き込んで戯けるマーリンへそこはかとなく怒りを漂わせつつ、やがてまあいいと王は呟いた。
「そのイシュタルさんはどうしたのでしょう? それにエレシュキガルさんも」
「どちらも冥府だ。此度の騒ぎで冥府も大分被害を被ったからな。貯め込んだ魔力も大半を使い果たした。今頃必死になって復興に追われていようよ」
「……?」
なんとなくの違和感が藤丸の胸を過ぎるが形にならず消えていく。
イシュタルは復興ではなくエレシュキガルのために冥府に残った。それが王が口にしなかった真実だ。
「そう、ですか。残念です。最後にご挨拶できればと思ったのですが」
「生憎だが奴らはしばらく冥府で缶詰だ。そっとしておくことが一番の労りと知れ」
「きっとまたどこかで会えるよ」
「…………」
マシュは素朴に残念がり、王はそっけなくあしらった。藤丸はいつかきっとと希望を唱える。
そして極めて複雑な心境のオルガマリーは沈黙を保った。
「見よ、この景色を。人は残れど最早都市のカタチは残るまい。人もいずれ他所の都市へ流れていくだろう。ウルク第一王朝はここに滅びた」
「王様……」
王の言葉に導かれ、ひと際高い城壁の残骸から眼下を一望する。
眼前に広がるはガランとした廃墟が広がる都市の骸。ウルクの繁栄を微かに留める名残だけ。
淡々とした声音。振り向かずただ見せつける背中から王が何を考えているのか伺い知れない。
「貴様らもまた小さからぬ
その言葉にオルガマリー達も唇を噛みしめ、犠牲と引き換えに掴み取った景色を見た――美しかった。アーチャーが、彼らが命を賭して守った世界がそこにあった。
「数多の骸を積み重ね、世界は続いていく。この景色がどれほどの犠牲と綱渡りの果てにあるのか多くの者が知らぬままだろう。だが我だけは決して忘れぬ。そして称えよう」
王がゆっくりと振り向く。
その顔には見る者が絶無に等しい、純粋な称賛を込めた笑みが浮かんでいた。
「よくやった、カルデア。今を生きる者どもよ」
かつて遠い時の果てから来た霊魂をこの世界に根付き、ともに生きる者と認めた時のように。カルデアもまた王は認めたのだ。
ギルガメッシュ王からの純粋な称賛に三人が顔を見合わせるとゆっくりと喜びが湧いてくる。
犠牲はあった、しかし確かに自分達は未来を繋いだのだと実感したのだ。
「「「はい!」」」
三人の声を合わせた力強い返事に王も満足そうに頷く。
「うむ。本来なら貴様らに褒美の一つもくれてやりたいところだが……我自慢のウルク名物、麦酒を生憎と切らしていてな。この光景だけで満足せよ」
「あはは」
「生憎と私達は未成年なので……」
「私は飲めますが、その、遠慮しておきます」
未成年二人は年齢を理由に、オルガマリーは職務上アルコールを避ける習慣からそれぞれ辞退した。
それを聞いたギルガメッシュ王は呆れた奴らだと肩をすくめる。
「なんだ、酒の味を知らんとはつまらん奴らめ。ま、この世の全ては我の
「……? はぁ」
王が語る謎かけの如き言葉に訳が分からず首を捻る一同。とはいえ王はそんな一般人どもに頓着せず言葉を続けた。
少しずつ、少しずつ足元から光となって消えていきながら。
「シドゥリ、後始末は任せた」
「最後まで王は王であらせられましたね。ならば私も最後まで王を支える者としてありたいと思います」
「スマンな、助かる」
「いえいえ。貴重な王の言葉が聞けたと思えばそれだけで」
「こやつめ……だが許す。貴様はシドゥリだからな」
彼女の方を向き、珍しく素直に礼を言う王にそっと口元に手を当て鈴を転がすように笑うシドゥリ。
ただ一人人間としてこの時代に生き残った彼女はこれから黄泉返った民達をまとめ、つつがなく次の時代へ向かわせるために尽力するのだろう。彼女の魔獣戦線はまだ続くのだ。
「我らは勝った。そして勝ち続けねばならん。己が正しいと、生き残るべきだと傲岸に主張するために」
「はい……。ティアマトも、頑張れと言ってくれました」
「母なる獣を討つではなく鎮めたか。まさに驚くべき偉業よな」
嘘偽りのない感嘆の念。恐らくは数多の平行世界でも指折り数える程の事例しかない特級の偉業だろう。
「なればこそ敗者を踏み越えた勝者には義務が生じる。より善いもの、より素晴らしいものを掴み取る未来を創るために力を尽くさねばならんのだ」
勝者は敗者が望んだ未来を奪う。だがそれは時に託し、託されることに繋がることがある。
そして失われたモノもまた何かを託し、去っていく。
「重かろう。だが貴様らならば背負えるはずだ。なにせ我が背を追う後進どもだからな」
英雄ではなくとも勇者であり、ギルガメッシュが認めるに足る人間達だ。王がそう言って憚らぬだけのものを彼らはこの特異点で示して見せたのだから。
「ではカルデアよ、さらばだ! 此度の戦、まさに痛快至極の大勝利!
貴様らの帰還を以て絶対魔獣戦線の終結とする。新たな悪、新たな地獄が貴様らを待つだろうが――臆するな。笑っていろ。いつも通り、この神代を走り抜けた時のようにな」
そう言ってギルガメッシュ王も消えた。
眩しく、鮮烈に。黄金のように輝かしい一瞬の光を残して。
「はい、ギルガメッシュ王。きっと……」
ギュッと胸の前で手を握り、静かに誓う。
残るは魔術王との決戦。未だに勝機は見えず、それでも戦う決意だけは揺るぎない。
「王様は最後まで王様だったねぇ」
『そういうお前も消えかけてるぞ、マーリン。幽閉塔に戻るんだろ……最後に何か言ったらどうだ?』
「おや、アーキマン。いたのかい?」
『途中から通信は回復していたけど空気を読んで黙ってたのさ。それで、どうなんだ?』
わざとらしく驚くマーリンに肩をすくめるロマニ。どこか気安く思えるやり取りだった。
「ハハ、気遣われてしまったね。とはいえ私から言うべきことは何もない。むしろ君達こそ言いたいことがあるんじゃないかな? どんな言葉でも受け止めるよ。それがせめてもの責任だろう」
そう言うマーリンはいつものように微笑んではいるが、その微笑みはいつもより固い気がした。
だがオルガマリーもマーリンを一方的に責める気はない。必要だった。それだけだ。
「マーリン、あなたは……どこからアーチャーの結末を視ていたの?」
「ほぼ最初からだ。とはいえ
鬼札。確かにアーチャーはそう呼ぶに相応しい、まさに逆転の切り札となってくれた。
だがそう言った時のマーリンはちっとも嬉しそうではなかった。むしろ目を伏せ、悲しそうにすら見えた。
「私はね、ハッピーエンドが好きだ。だからどう描いても
心底迷ったよ。だけどこれまでずっと見続けてきた君達の旅路が私に教えてくれた」
人でなしの夢魔は偉大なる騎士王に触れ、人の尊さを知った。そして星見の旅人達を眺める中でまた少しだけ人の在り方を知ったのだ。
「絶望を乗り越えた先に希望を見つけることがあり、終わりと思ったその先に道が開けることがある。
救われずとも報われることがあり、死んでいないことと生きていることは異なるとね」
アーチャーは消滅し、二度と現れることはない。それは事実だ。
だがまだ
「ハッピーエンドまでのルートは消えた。だがトゥルーエンドへ辿り着くことはできる。いや、糸よりも細い道筋を渡り切れればあるいは……これは戯言だな。忘れてくれ」
首を振り、顔を上げると力づけるように笑うマーリン。
「忘れないでくれ。彼はきっと君達の未来のために戦ったのだと。私もそのために微力を尽くそう。具体的にはカルデアへの魔力供給とかね!」
『そういえばカルデアで時々出所不明の魔力リソースが湧いてたような……ってあれお前の仕業だったのか!? ありがたいけど今度からは一声かけてからやれよ! 驚くだろ、主に僕が!』
「何を言ってるんだアーキマン! そんなのツマラナイじゃないか、主に僕が」
『よぉしそこに直れ。礼と説教を組み合わせて一時間は絞ってやる』
「ハハハ、すまないがもう退去の時間だ。次に会った時の楽しみにしておいてくれ。私はごめんだが」
本当に気安いやり取りだ。果たして何時仲良くなる暇があったのかとオルガマリーは首を傾げた。
最後に舌打ちに皮肉、短く端的な別れの言葉というロマニとの心温まる交流を終えたマーリンがオルガマリー達に向き直った。
「今度こそ本当にさよならだ、カルデアの諸君。どうか、最後まで善き旅を。その末に晴れ渡った青空が待っていることを祈っているよ」
いつもの胡散臭い笑みではない、心から愉快そうに笑ったマーリンが魔力となって光に還っていく。花の魔術師とは二度目の、そして穏やかな別れだった。
「あ……私達も退去が始まりました。このままレイシフトする流れでしょうか、ドクター」
『ああ。特異点の修復が始まった。レイシフトの準備も整ってる。君達はただ身を任せていればいい』
そう言っている内に意識と世界が揺らぎ、キャッチされる感覚。レイシフトが始まったのだ。
揺らいでいく視界の中、オルガマリーはこの時代で過ごした時を振り返った。
「さよなら、アーチャー」
最後に瞼の裏に映ったのはウルクの賑わいとそこで手を取り合って笑う自分とアーチャーの姿。
ほんのひと時、カルデア所長の責務を忘れて一緒に歩き回った楽しい時間だった。
ほのかな思いをそっと神代に遺し、オルガマリーはカルデアへレイシフトした。
◇
レイシフトが完了する。
コフィンから排出され、そっと目を開くといつも通りのカルデアの中央管制室だった。
「おかえり、みんな。今回もよくやってくれた。……本当に」
本来この場にいるはずだった一人とはもう二度と会えない。その悲しみを押し隠しながら努めてロマニは笑顔で振舞う。
「後始末は僕らに任せてしっかり休んでくれ。ああ、マシュ。聖杯はこちらで預かろう」
去り際にさりげなくマーリンから押し付けられた聖杯をしっかりと受け取りながらロマニが改めてその重要性を口にする。
「ソロモン王以前の時代に送られた聖杯。これだけは魔術王が直接手引きしたもの。なら奴の本拠地の座標データが残っているはず……それさえ特定すれば後は敵地に直接乗り込んで攻め込むことも出来るはずだ」
そこまで語り終えると突如としてカルデア全体に緊急アラートを告げるサイレンがけたたましく鳴り響く。AIによる機会音声が無機質に危機的状況を報せた。
「緊急アラート!? それもこれは――」
「第一級警戒のそれです。カルデアに直接危機が迫っているという」
『カルデア外壁部、第三から第七領域の攻撃理論、消滅。存在証明不能。
疑似霊子構造に異常検出。
量子記録固定帯への接近確認。何者かに引き寄せられています。
カルデア外周部、20XX年への確定までの残存時間、マイナス4,368時間。
カルデア中心部、20XX年12月31日への確定予測時間、■■■時間です』
魔術王に先手を打たれた。
アナウンスからそうと悟ったロマニが顔を険しくする。
「……手が早いな。繋がれた縁を辿れるのはこちらだけじゃないか」
「ロマニ、私が指揮を取るわ。サポートを」
「いや、君を含めて前線メンバーは24時間の休息に入ってくれ。これまで無茶を通しすぎだ。ドクターストップって奴だよ」
緊急事態に顔を歪め、カルデア戦闘服を纏ったまま管制室の中央に立とうとするオルガマリーをロマニがそっと押し留める。
だがオルガマリーは困った顔のロマニをそんな場合かと睨みつけた。
「ダメ。緊急事態よ。認められないわ」
「分かった、言い直す。24時間でその疲れ果てた身体をベストの状態に戻して来て欲しい。レイシフトできる人員は君達3名だけ。それにこれ以上なく厳しい特異点攻略になるのは明らかだ」
「……大丈夫よ。疲れてないの、本当よ」
『いや、その優男の言う通りだ。ここは大人しく休んでおけ、姉さん』
突如響く第三者の声。
一瞬後、オルガマリーの躯体が眩しく輝く。光が収まったそこには小さなオルガリリィ、もといキングゥの姿があった。
「キングゥ、何を――あれ?」
「僕と同化していた分の出力が落ちただけでそのありさまだ。大人しく寝て魔力を回復させろ。さもなきゃ死ぬぞ」
ガクン、と膝が折れる。咄嗟に力を籠めようとして留めきれずそのまま膝から崩れ落ちた。
どころか地面に両膝を付いたまま立ち上がれず、全身が強烈な脱力感に襲われていた。深刻な魔力欠乏による症状だ。
キングゥ本人も額に手を当て、心なしか顔色が悪そうだ。躯体の同化による一時的な
「……僕が姉さんを運ぶ。案内を。それと部屋を一つ用意してくれ。独房でも文句はないが、横になるスペースくらいは欲しいね」
「所長が君を受け入れた以上そんな真似をするつもりはないよ、キングゥ。君の部屋は藤丸君とマシュの隣だが構わないかな?」
「ハ、口では言いつつ警戒は忘れていないか。だがそっちの方がやりやすい。任せる」
「了解だ。藤丸君、マシュ。案内を頼む。君達もそのまま休息に入ってくれ。要望があるならできるだけ応えるよ」
大丈夫と藤丸とマシュが答えて部屋へと先導し、矮躯も気にせず自分より大きいオルガマリーを背負ったキングゥがその後に続いた。
その背中を穏やかな視線で見送ったロマニは彼らが視界から去るとキッと表情を引き締めた。
「これより24時間は僕が一時的に指揮を取る。ここから先はカルデアを含めて安全地帯はない。誠に済まないが、総員覚悟を決めてくれ」
一呼吸おいてゆっくりと管制室の人員を見渡せば全員が不安と緊張を浮かべながらもしっかりと頷きや応えが返ってくる。
最良のメンバー達と仕事ができる幸運を噛みしめる。
これがカルデア。二十人にも満たない人類を救うベストチームだとロマニは胸を張って断言できる。
「敵本拠地を冠位時間神殿ソロモンと呼称。これよりカルデアは
淡々と、だがはっきりとした声音で作戦を告げる。
あらかじめ作戦の詳細は作成して全員に共有済みだ。カルデアの総員が淀みなく一つの目標に向けて動き出す。
「……君から託されたモノはちゃんと繋いでみせる。だから安心して見ていてくれ」
友よ、ともうこの世界のどこにもいない友人に決意を告げ、ロマニもまたオペレーションを開始した。
この物語の始まりに告げた言葉を、もう一度だけ繰り返そう。
是は、マスターの物語ではない。
是は、サーヴァントの物語ではない。
是は――――この星に生きた者達の物語だ。
最終章、冠位時間神殿ソロモン――2023/10/05開幕。