【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。 作:土ノ子
目が覚める。
今度こそ夢でも偽りのない、本物のカルデアだと五感が告げる。
時刻を見れば短針が既に一巡り以上回っていた。だがロマニが言った24時間には十分余裕がある。
「仕方ないわね……」
ベッド脇のチェストから取り出した霊薬を
「――よし」
気合を入れてベッドから立ち上がり、身支度を整え始める。
特異点での汚れはレイシフトで持ち込まれないが、気分を変えるために軽くシャワーを浴びた。
カラダに残る疲労感をシャワーで洗い流し、その肢体を流れる水滴を魔術で消し飛ばす。
そのまま新品の下着と卸したての服に着替えれば何とも言えず清々しい気分だった。デザインはいつもと変わらないが、こういうのは気分の問題だ。
鏡を見ながら自慢の豊かな髪にキッチリと櫛を入れ、丁寧に編み込んでいく。基本はロングストレートのシルバーブロンドを緩く流しているだけだが、一部は三つ編みにしたりと地味に手間をかけている髪型なのだ。
最後に全体の身だしなみをチェック。
「うん、我ながらどこから見ても完璧なカルデアの所長ね」
と、彼女が信じる才女がそこにいた。彼女の本質はそこにはないのだが、気分というのは大事だ。
「行きましょうか」
誰に言うでもなく、彼女は部屋の外へ足を踏み出した。
◇
まずは現状を確認したいとの思いから真っ先に管制室へ足を向けた。
スライドドアの開閉音にスタッフが一斉にこちらを向き、パッと顔を明るくした。もちろんプロフェッショナルである彼らはそれ以上過剰な反応はせず、粛々と業務に戻る。
とはいえ現在指揮権を預かるロマニやダ・ヴィンチといった一部にその縛りはなく、明るい顔で近寄ってくる。
「マリー! 起きてきたんだね」
「寝起きの気分はどうだい? 所長」
「悪くないわ。他のみんなは大丈夫そう?」
そう話を向ければ心配無用とロマニが力強く頷く。
「藤丸君とマシュはまだ休息中だ。バイタルは安定しているから心配はいらない」
「それとキングゥだが」
「――僕ならここだ。おはよう、姉さん」
管制室の壁に背中を預け、腕組みして仏頂面で立っていたキングゥがゆっくりと歩み寄ってくる。
一見不機嫌そうだが、どちらかと言えば居心地が悪いのだろう。同じ躯体から分かれたオルガマリーにはわかる。
原因はカルデア職員からチラチラと向けられる好奇と好意の視線か。今が緊急事態でなければ今頃カルデア職員から取り囲まれていただろう。
「おはよう、キングゥ。早いわね」
「僕以外が遅いだけさ」
その躯体に充溢する魔力は力強く、頼もしい。何より同じ躯体から分かれた姉弟だ。いつもの憎まれ口も気にならない。
「それよりも本気か? 魔術王の本拠地に乗り込むと聞いたが」
「ええ、そうよ」
「……一応忠告しておく。僕も何度か魔術王に会った。
不同意と示すため憂鬱そうに首を横に振るキングゥ。
特にカルデアはその最大戦力を失ったばかり。ただでさえ乏しい勝機はさらに遠のいたと見るべきだった。
「そうね、現状勝ち目はないわ。
そしてそんな状況において遠慮なく無理を言え、頼りになるキングゥを手放す選択肢などオルガマリーにない。
ごく自然に無茶が口を突いて出、その一秒後に無茶ぶりが過ぎたとオルガマリーは我に返った。
「その、ダメかしら?」
「……フン。今更だな」
無茶な要請と自覚があるオルガマリーからの
「もう慣れた。いちいちそれくらいで僕の顔色を窺うな、気持ち悪いんだよ」
「悪かったわね! 今度その口の悪さを矯正してやるから覚えてなさいよ!」
第七特異点でも無理無茶無謀を重ねた姉の所業に今更であると鼻で笑えばオルガマリーも激高して
そんな他愛もない姉弟の会話にロマニとダ・ヴィンチが愉快気に笑いながら言葉を差し込む。
「仲良くしているところすまないね、マリー。ひとまずここまでの経過と簡単な作戦概要について情報を共有しておきたい」
「キングゥ、君もだ。最後の特異点突入にあたり早めに君の意見を聞いておきたい事項があってね。時間をもらっても構わないかな?」
それぞれがそれぞれに声をかけ、姉弟は分かれることとなった。
ダ・ヴィンチとキングゥは格納庫へ向かう。一方ロマニとオルガマリーはその場で彼女が眠っていた間に起きたことを資料や映像を交えながら情報共有を始めた。
「……なるほど。分かってはいたけど魔術王からの招待を断るのは難しそうね」
「途轍もない魔力でカルデアそのものに干渉している。これを弾くのは人間業じゃ難しいと言わざるを得ない」
七つの特異点を修復したことでカルデアは通常の時間軸外にあるソロモンの玉座へ至る座標を手に入れた。だがそれはソロモンにカルデアの座標を把握されたことと同義。いまカルデアは魔術王が座す冠位時間神殿へ急速に引き寄せられていた。
「僕らが取れる手段は限られる。カルデアと特異点をソフトランディングさせ、空間的に接続。その後に特異点へ逆侵攻して魔術王を打倒。然る後に崩壊する特異点から自力脱出。……これが現状提示できる最善のプランだ」
「控えめに言って、厳しいわね」
空間接続、魔術王打倒、崩壊からの脱出。難所は幾つもあり、そのどれもが容易ではない。
「だがそれ以外に僕ら、人類が未来を取り戻す術はない。少なくとも僕やダ・ヴィンチちゃん、
「なら後はもう打って出るしかないか。ま、いつものことね」
分が悪い勝負に慣れすぎて苦笑一つで済ませるオルガマリー。
良くも悪くも変われた、変わってしまった彼女をロマニは喜びとも悲しみともつかない複雑な表情で見た。そしてまったく唐突に頭を下げる。
「……すまない、マリー」
「ロマニ? どうしたの、突然。作戦のことならあなたの責任じゃないんだから気にしなくても」
そう告げるも違うと首を横に振られた。ロマニが案じていたのはオルガマリーその人だ。
「アーチャー、身を護るためのサーヴァントを失ったキミすら前線に立ってもらうしかない。藤丸君やマシュも。一応は大人だってのに情けなくてね」
「適材適所って奴よ。それに、キングゥもいるしね」
キングゥがいればオルガマリーの戦力は瞬間的にだがサーヴァントに匹敵する。普通に考えれば十分すぎる戦力だ、普通に考えれば。
ロマニもそれが分かっているから暗さが晴れないのだろう。
「……そうだね。だが」
「もう、景気の悪い顔をしないで! あなたは一応私に次ぐ席次、カルデアの№2なのよ!? そのあなたが暗い顔をしてちゃ士気に関わるでしょうが!」
情けない男の背中をバンと張りながら叱り飛ばす。
実際明るく剽軽に振舞うロマニはムードメーカーとしてもカルデアを支えてきた。その彼の顔が曇っていればスタッフの士気に影響が出るだろう。
(アーチャーがいればもう少しマシだったのかしらね)
純粋な疑問としてそう思う。
ロマニとアーチャーは仲が良かった。オルガマリーを除けば一番かもしれない。藤丸とマシュすら抜き去って、だ。アーチャーが友と呼ぶその重み、分からぬはずがない。
そんなアーチャーを通じてオルガマリーも以前よりロマニを知った。
例えば彼に何か隠し事があることとか、だ。
「……あなたが色々隠し事してるのは知ってる。だから、もう少しだけ頑張って」
そっと近寄り、ロマニの耳にひそりと囁く。ロマニは信じられないと顔を強張らせた。
「――マリー、君は……本当に?」
「なんとなくね」
なにがという訳ではないがこれだけ長く付き合っていれば本能的に分かるのだ。あ、こいつ
一見賑やかでノリがいいロマニの本質は弱気で、悲観主義で、根性なしで、そのクセ根っからの善人みたいなチキン。一部を除いて自分に近い人間であると*1。きっと人類やカルデアの未来のため無理して楽観的に振る舞っているに違いない!
オルガマリーの人物眼はある意味で正しく、ある意味で致命的に間違えていた。
「カルデアのみんなで旅の終わりを見るの。……もうそれは叶わないけど、これ以上誰一人離脱は許さない。そのためにあなたも気張りなさい、いいわね」
「――ああ、アーチャーとも約束したんだ。最後の最後まで諦めないってね。なのに僕自身が忘れかけちゃ世話がないよな……ありがとう、マリー」
ロマニに纏わりついていた陰鬱な空気が晴れる。いつものふわふわとした笑みが戻ってきていた。ようやくいつものふわふわ男が戻ってきたとオルガマリーも満足げに頷く。
そこにタイミングよくスライドドアの開閉音が再び鳴った。
「あ、所長」
「キングゥさんも。二人とももう起きていたのですね」
「二人ともおはよう。怪我や疲れはない? 無理は禁物よ」
藤丸とマシュだ。いつもの服装に着替えた二人が肩を並べて管制室へ足を踏み入れた。
開口一番心配するオルガマリーへ二人もすぐ顔を向けて笑顔になった。
「バッチリです! ……多分」
「私も少し体に疲労が。この後もう一度休息を取るつもりです」
「そう……後で霊薬を差し入れておくから二人とも飲んでおきなさい。
元気よく振る舞う二人だが目の下に隈が落ち、目の光に精彩を欠いている。恐らく一度は気絶するように眠ったが、一度起きると再び眠ろうにも眠れなかったのだろう。
それが落ち着かなくて管制室へ来た。そんなところか。
「その後もう一度仮眠でいいから取っておきなさい。それだけでだいぶ違うはずよ」
「……あはは」
「はい、そうしますね」
少しだけ恥ずかしそうに、嬉しそうに頭を掻いたり目を逸らしたりする藤丸とマシュ。二人のお腹からぐ~と見事な腹の虫が鳴った。その音にオルガマリーもいつの間にか空腹感に襲われていたことに気付く。
「まずは食堂でランチでも取りましょうか。ロマニ、悪いけどもう少し管制室をお願い」
「了解だ。ブリーフィングの時間まで十分余裕は持たせてある。なんだったらそのままひと眠りしてくるといい」
いつもの自然体で請け負うロマニに再び管制室を任せ、三人は食堂へ向かった。