【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。   作:土ノ子

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 その後、食堂で軽い栄養補給を済ませ、最後の休息を取った数時間後。

 想定通りの時間にカルデアと特異点は接続ギリギリまで接近していた。

 

「カルデアと最終特異点、空間接続を開始します」

 

 最後の特異点、冠位時間神殿とカルデアが遂に接続する。一部だが空間的に地続きとなり、カルデアと特異点双方向の干渉が可能となる。

 これまでの特異点とは全く異なる、カルデアにとっても未体験の領域。全員が文字通り命を懸けるオペレーションとなるだろう。

 

「……空間接続までのカウントダウン開始。十、九、八……………………三、二、一。接続完了、冠位時間神殿からの侵攻はまだ確認できません」

 

 空間が揺れる。非物理的な振動がカルデアを駆け抜け、数秒後に止まった。

 ひとまずは最初の難関を乗り越え、管制室に安堵の空気が流れる。

 ()()でいえば圧倒的に向こうが上だ。カルデアどころか人類でも未曽有の事態、何が起きてもおかしくはなかった。もっともそれはこの人理救済の旅の始まりからそんなものだが。

 

「油断は禁物よ」

「ここは既に虎口。後は口を閉ざして噛み砕くだけと奴らは思ってるのさ」

 

 スタッフの緩みかけた空気をオルガマリーとキングゥが引き締める。それをロマニ達が穏やかに笑ってなだめた。

 

「まあ、まあ。これから嫌ってほどトラブル続きなのは確定なんだ。最初くらいは順調なのを喜ぶのは精神衛生上もいいことだと思うよ」

「そうだね。出撃に備え私特製バギーの準備も万端だ。最高の性能を約束しよう。予備の二台目もあるから壊れても安心だよ。まあカルデアまで帰ってこられればの話だが」

「それは心強いことね。余計な一言がなければもっとよかったわ」

 

 ダ・ヴィンチの笑えないジョークに肩をすくめて皮肉をひと刺し。

 すぐに思考を任務へ向け、真剣な目で特異点を睨む。

 冠位時間神殿ソロモン。極点の星空が広がる荒涼たる大地を見下ろす。

 そう、最早カルデアと冠位時間神殿は一つ。魔術王を討ち、二つの接続を切り離さねばカルデアに真の未来は訪れない。

 

「二人はいつも通り管制室でバックアップをお願い」

 

 管制室からのバックアップにはこの二人が欠かせない。ロマニは後方指揮官として経験を積んできたし、ダ・ヴィンチもカルデアの設備を万全に稼働させるために必要だ。

 

「任せてくれ。万全のバックアップをこなしてみせる」

「万能の天才は言わずもがなだ。とびきりの奇跡を期待しているよ」

 

 心からの信頼とともに背中を任せられるスタッフがいる。その幸運を噛みしめながらオルガマリーは決然と指令を下した。

 

「これよりラスト・オーダーを開始します。敵は魔術王ソロモン。作戦の成功条件はこの撃破と全員の生還。誰が欠けても作戦は失敗と肝に銘じて臨むこと」

 

 厳しく、生真面目な声の優しい言葉にスタッフが口々に応と答える。彼女こそカルデア所長、オルガマリー・アニムスフィア。ちょっと頼りないが迷いなく全幅の信頼を置ける、最高のリーダーだ。

 

「これより敵特異点への侵入を試みます。私を含め、前線要員はコフィンへ搭乗。安定次第レイシフトを開始してください」

 

 いよいよ最後の特異点攻略が始まろうとしていた。

 

 ◇

 

 レイシフトによる特異点侵入が完了。同時に持ち込んだダ・ヴィンチ特製の多目的バギーに乗って特異点の中心部へ向かう。

 流石は万能の天才設計、製作の傑作バギー。悪路だらけの荒野が続く冠位時間神殿を快調に走破し、乗車しているオルガマリー達にもほとんど不快感を与えない乗り心地の良さだった。

 

「万能の天才は伊達じゃないわね。なにより悪路で速度を出せるのがいいわ」

『だろう? この天才をもっと褒め称えてくれたまえ』

 

 本作戦の骨子は一点突破の首狩り戦術。であるならば速力は必須である。

 

「第五特異点でこれがあったらもっと最高だったわね」

『ゴメンて。そこはもう謝ったじゃないか、過去は過去と見逃してくれたまえよ』

「あ、ごめんなさい。今のは単なる感想よ。気にしないで」

 

 北米を横断したり縦断したりと移動の足で難儀した第五特異点の旅を思い出したオルガマリーの目からハイライトが消える。彼女の中で地味にトラウマとして刻まれた特異点だったのだ。

 もっとも割とダメージが入ったらしいダ・ヴィンチの苦笑に慌ててフォローを入れた。

 

「それにしてもいつの間にこんな運転技術を身につけたの!?」

 

 オルガマリーが次に声をかけたのは運転席でハンドルを握りかっ飛ばす藤丸。そのハンドル捌きや挙動は堂に入っており、熟練を感じさせた。

 

「ムニエルとシミュレーターで遊んでたら何時の間にか上手くなってました!」

 

 ジングル・アベル・ムニエル。

 やや小太りのフランス系男性。時計塔出身のカルデアスタッフだ。少々趣味に走る傾向があるものの魔術と科学、その他万事に通じる優秀な男だ。特にそのドライビングテクニックはプロ級である。

 

「なるほど、これがいわゆるこんなこともあろうかと! というやつですね。ムニエルさんが言っていました!」

「あの男、藤丸どころかマシュにまでおかしな影響を与えてるわね」

「……これが人間の多様性というやつか? いや何か違うような」

 

 優秀だが手放しに褒められないムニエルの欠点。オタク趣味を楽しみ布教に走ることに余念がない性質をこんなところで実感するとは。

 オルガマリーは思わず額に手を当てて憂鬱そうにため息を吐いた。キングゥも興味深そうにしつつ理解しきれないものも感じているらしい。

 そんな場違いと言える程呑気なやり取りを繰り広げる一行に、何の前触れもなく懐かしい声がかけられた。

 

「やれやれ、我らの領域で随分と品のない会話だ。少々緊張感が足りないのではないかね?」

「!? この声は――」

 

 移動中のバギーでも不思議とはっきりと耳に届く。だがそんなことよりも声の主こそが問題だった。ありえない、もうこの世にいないはずの男の声なのだ。

 藤丸が警戒してバギーを停止する。全員が驚愕とともに声の出所に求めて天高く見上げれば、

 

「レフ!?」

「レフ教授!?」

「そんな、レフは死んだはずじゃ――」

 

 高みから見下ろす男がいた。第二特異点で自ら呼び出した神の鞭アルテラに両断され、消滅したはずの男が。

 モスグリーンのタキシードにシルクハット、ぼさぼさの長髪。にこやかな笑みまで変わらない。相変わらずのセンスの悪さであり……平然とした立ち姿がたとえようもなく不気味だった。

 

「無論、王の恩寵だとも。七十二柱にして一たる我らを人類如きが殺めるなどできるはずがあるまい?」

 

 にこやかな笑みは変わらずに、嘲りの色が声に混じる。

 気圧されている。このままではダメだとオルガマリーは即座に行動へ移った。

 

「そう……でも悪いわね、レフ。あなたと再会を喜び合う時間も惜しいの。キングゥ」

「ああ」

 

 同化、そして増幅。

 戦闘形態へ変じたオルガマリーが鞭を振るうように腕を一振り。閃電の如き速さで放った金色の鎖がレフを拘束した。さらに幾百もの鎖が追加でその全身に絡まり、覆い尽くす。

 十数秒後、そこには金の鎖が人型に()()()()と蠢いていた。

 

「……さよなら、レフ」

 

 第二特異点では結局告げられなかった決別の言葉を零し、()()()と手を捻る。その動きに連動した金の鎖が絡みついたレフを捻り上げ、果汁を絞られる果物より徹底的に容赦なくその全身を捻り上げた。

 メキメキ、ベキベキと鳴ってはいけない音が鳴り響き、グシャリと鎖で覆われた人型が力なく崩れ落ちた。

 

「……グッ、ウぇ」

 

 今度こそ殺した。誤解する余地の一片もなく、明確に、オルガマリーの意思で。

 こみ上げる吐き気を抑えながらなんとか膝を折ることだけは避ける。

 

「大丈夫か、姉さん」

「……ええ、ありがとう。キングゥ」

 

 同化を解いたキングゥがその背中をさすり、気遣うとなんとか返事を返す。気分は最悪だが作戦は続行できるコンディションだ。

 ともあれこれで障害も排除したはずだと思ったのも束の間、

 

「だらしがないことだな。七つの特異点もその軟弱な性根を叩き直すことはできなかったらしい」

 

 再びの声。先ほど抹殺したのとは全く別の場所へ、無傷のレフ・ライノールが現れた。鎖を通じて得た手ごたえに失敗はありえない。ならば可能性は限られる。

 

「復活。いや、分身!?」

「前者だとも。このように、ね」

「今度は自殺!? 一体なにを」

 

 レフがこれ見よがしに指を首筋に滑らせると鮮血が飛沫(しぶ)く。誰の目にも明らかなパフォーマンスに一行は警戒心を高め――()()が来た。

 

 地響き。

 

 途轍もない規模の地響きが鳴り響く。特異点そのものが揺れ動いているのかと錯覚するほどの震動がバギーを襲う。

 一瞬後、天を衝く肉塊の柱が九本、大地を粉砕しながらオルガマリー達の眼前に突き立った。

 

「我が名を忘れたか? レフ・ライノール・フラウロスの名を! 我らは七十二柱にして一! 脆弱なる人に我らを殺めること能わず!!」

 

 九本の魔神柱、その一つからズルリと生々しい音とともにレフの上半身が()()()。しかも肉体の各所におぞましい眼球が幾つも幾つも埋め込まれた姿で。それは最早怪物と呼ぶしかないだろう。

 

「玉座への道を抉じ開けに来たのだろう? 喜べ、我らの方から来てやったぞ!」

 

 魔術王の玉座は冠位時間神殿の中心部にあるが、莫大な魔力の渦に守られている。いわば固く閉ざされた城門だ。

 その硬い城門を突破するには特異点の末端から中心部へ常時送られる莫大な魔力の流れを断つしかない。玉座を守る砦を一つ一つ破壊するのだ。

 

「どうした? 王を討つのだろう? 人類の未来を取り戻すのだろう? やってみせろ。そのささやかな力で、我ら七十二柱を一息に倒せるのならな!! ハハ、ハハハ、フハハハハハハハハハハハハハハッ!」

 

 だがその道のりは果てしなく遠い。圧倒的な霊的質量以上に驚異的なのがレフも見せたその不死性だ。

 

「まさか……七十二柱の魔神という概念をまとめて一個の使い魔として定義してるの? できるの、そんなことが!?」

 

 ティアマトの逆説的復元と同じだ。七十二柱の魔神という概念を一個の使い魔として見立て、組み上げられた彼らは撃破されても常に七十二体存在する状態が維持される。つまり、魔神柱を倒すには七十二柱を常に殺し続ける他にない。

 戦慄する。魔術師だからこそ分かる絶大なる神秘の業。仰ぎ見ることすらできないその高みは果たしていかほどか。

 そして更なる地響き。

 レフの哄笑を皮切りに次々と特異点各地で魔神柱が蠢き出す。荒涼とした大地は見る間に魔神柱に浸食され、やがて視界一面が魔神柱に占領されるに至った。

 

「溶鉱炉、解放。一擲の真理に至れ。我ら九柱、音を知るもの。我ら九柱、歌を編むもの。‟七十二柱の魔神”の名にかけて、我ら、この灯火を消す事能わず……!」

 

 Ⅰの座、溶鉱炉。

 

「情報室、開廷。過去を暴き、未来を堕とす。我ら九柱、文字を得るもの。我ら九柱、事象を詠むもの。‟七十二柱の魔神”の名にかけて、我ら、この研鑽を消す事能わず……!」

 

 Ⅱの座、情報室。

 

「観測所、起動。清浄であれ。その痕跡を消す。我ら九柱、時間を嗅ぐもの。我ら九柱、事象を追うもの。‟七十二柱の魔神”の名にかけて、我ら、この集成を止む事認めず……!」

 

 Ⅲの座、観測所。

 

「管制塔、点灯。全てを知るがゆえ、全てを嘆くのだ。我ら九柱、統括を補佐するもの。我ら九柱、末端を維持するもの。‟七十二柱の魔神”の名にかけて、我ら、この統合を止む事認めず……!」

 

 Ⅳの座、管制塔。

 

「兵装舎、補充。共に愛しながら憎み合うのか。奪い給え。我ら九柱、戦火を悲しむもの。我ら九柱、損害を尊ぶもの。‟七十二柱の魔神”の名にかけて、我ら、この真実を瞑る事許さず……!」

 

 Ⅴの座、兵装舎。

 

「覗覚星、開眼。数多の残像、全ての痕跡を私は捉える。我ら九柱、論理を組むもの。我ら九柱、人理を食むもの。‟七十二柱の魔神”の名にかけて、我ら、この憤怒を却す事、断じて許さず……!」

 

 Ⅵの座、覗覚星。

 

「生命院、証明。生きとし生けるもの、皆平等に燃えるべし。我ら九柱、誕生を祝うもの。我ら九柱、接合を讃えるもの。‟七十二柱の魔神”の名にかけて、我ら、この賛美を蔑む事能わず……!」

 

 Ⅶの座、生命院。

 

「七つの座、全ての魔神柱を倒さないと……そうじゃなきゃ、玉座に」

 

 玉座を守る七つの座が起動する。

 世界そのものが敵に回ったのに等しい津波の如き質量。虚ろな声でそう呟くオルガマリーの眼前に絶望が広がっていた。

 




 Q.空間的に接続してるのレイシフトするの?
 A.理由がいまいち分からないけど原作だとそうなってる。

 ちなみにバギーは映画版でも登場した公式仕様。結構好きなデザインだったが登場早々レフ(か魔神柱)にぶっ壊されてもにょった記憶が……。ただしその後のアレクサンダーの活躍にもつながったので結構複雑。
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