【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。   作:土ノ子

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 オルガマリーの心が限界を迎えたことを、彼女と同化し戦い続けたキングゥは誰よりも分かっていた。

 力なく膝を突き、虚脱する彼女の肉体を無理やり動かすこともできた。だがキングゥはそれを選ばなかった。

 

(ここまでか、姉さん……本当に、貴女はここまでなのか)

(……)

(そうか。それが姉さんの選択なら否やはないさ)

 

 その選択を諦めと罵るなら罵ればいいとキングゥは密かに吐き捨てる。

 血を吐いて、心を削り、親友を失った。その末に希望を失った彼女を罵れる者などロクな輩ではあるまいと。

 あまりにも人として真っ当で当たり前の選択を、だがゲーティアは失望したと吐き捨てる。

 

精神(ココロ)が折れたか。脆弱な。やはり君は守るべきモノを誤った、マシュ・キリエライト」

「……黙れ! 所長は、違う。そういうのじゃ、ないんだよ」

 

 その失望に藤丸が憤る。確かにオルガマリーは弱い人だと藤丸は思う。だが弱いだけでなく、優しい人なのだ。

 大体、当たり前のことではないか。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()!?」

 

 強いことが正しいのか。正しいことが優れているのか。折れないことが良い事なのか。人間とは決してそれ()()の単純な生き物ではない。

 弱いからこそ築けた絆が、開けた道があることをカルデアは知っているから。

 

「その悲しみは私が生み出す世界に存在しない。貴様が何を叫ぼうと我が大偉業の無謬を補強するばかりではないか」

 

 だが揺るがない。ゲーティアに最早人類を理解する意思はなく、そこにあるありふれた善性を見逃し、己の正しさを再確認するのみ。

 許せなかった。道端で懸命に咲く小さな花に微笑んだ次の瞬間、踏み躙られていたような気持ちだった。

 藤丸はグッと強く拳を握り締める。今にも胸から吹き零れそうな沸騰した思いの有りっ丈をせめて拳に握り込んだ。

 

「せめてその貧弱な拳で我が真体に触れる栄誉を得て死ぬがいい。その程度の慈悲は私にもある」

「――望むところだ!」

 

 勝ち目はない。だとしても退くことは絶対にできない。その想いが藤丸に絶望的な一歩を踏み出させようとし、

 

「――いいや、まだだ。まだ自棄になるには早い時間だよ、藤丸君」

 

 コツ、コツ、コツ、と足音が聞こえる。耳に慣れた男の声が、その一歩を止めた。

 あまりにも場違いですらあるゆったりとした声が喪心したオルガマリーにすら顔を上げさせ、次の瞬間その顔に驚愕が浮かんだ。

 

「ドクター!? どうして」

「……ロマニ? なんで貴方がここに――」

 

 カルデアの管制室で指揮を取っているはずのロマニ・アーキマンがそこにいた。

 ありえない男の登場にゲーティアすら一瞬驚きに目を見開く。

 

「僕がやるべきこと……いや、僕自身がやりたいことをやりに来た。マシュとアーチャーが僕にそれを教えてくれた」

 

 大切に、とても大切にしている宝物をそっとしまい込むように二人の名を呟く。

 ロマニは知っている。己が今()()にいるのは決して神の奇跡でも、ましてや運命の賜物ではない。大切な者達に背中を押され、選んだ選択の果てなのだと。

 

「という訳ですまないね、二人とも。ここから少しだけ僕の時間だ。何も言わずに下がっていて欲しい」

 

 いつもふわふわとした頼りない笑みを浮かべている男が、同じ笑みで、これ以上なく真剣な気配を醸し出している。

 言い知れぬ迫力に二人はロマニに場を譲ると、「ありがとう」と笑顔で礼を言われた。

 そして対峙するゲーティアとロマニ。あまりにも場違いで不釣り合いなはずの二人は、藤丸やオルガマリーからは不思議と似通って見えた。

 

「今更人間如きが何の用だ、ロマニ・アーキマン。……いや、待て」

 

 対峙する男を見て何とも言えぬ違和感に記憶をたどるために目を細めるゲーティア。

 似ても似つかない、だがどことなく覚えがある気配の男。限りなく全知全能に近いゲーティアが遠い過去の記憶を思い返す。それは三千年でほとんど初めてに近い、異様な事態だ。

 

「違う。お前はロマニ・アーキマンではない――()()()()()?」

「いいや、僕はロマニ・アーキマンさ。誰でもない僕自身がそう規定する。だが意外だね。気付くならお前だと思っていた。かつての主の顔を忘れたか、ゲーティア」

 

 かつての主。その言葉にゲーティアの中で二人の男が一致する。ロマニにソロモンの影が重なった。

 

「お前が一度は捨てた名だ。遠慮なく名乗らせてもらおう――我が名は魔術王ソロモン。カルデアを勝利に導く者だ」

 

 ロマニの霊基(カラダ)が輝く。一瞬の光の後、そこにはゲーティアが脱ぎ捨てた遺骸と同じ姿のロマニ――魔術王ソロモンその人が立っていた。

 今度こそ隠し切れない驚愕を浮かべ、ゲーティアは思わず一歩後ずさった。カルデアの人々も信じられないと同じ驚愕に呑まれている。

 

「馬鹿な……ソロモンに、あの人の心を失くした王にお前のような人間らしさがあるものかっ!? 外道、冷酷、残忍、無情! この私のアーキタイプとなった人間が、人並みの願いなど!?」

「ナチュラルに人をディスるなよ、失礼な奴だな。だが正しいよ。魔術王ソロモンとロマニ・アーキマンは同じ存在だがほとんど別人なんだから」

 

 そうしてロマニ……ソロモンは語り始めた。

 己の半生、人となってからの十年を。人になるまでの、神の機構(システム)であった時間を。

 ダビデによって神に捧げられたソロモンに人の自由はなく、神の意志を代行する機構であったこと。

 カルデアの前所長、マリスビリー・アニムスフィアとともに第四次聖杯戦争を勝利したこと。

 マリスビリーはカルデアスを完成させるための資金を、ソロモンは”人間になりたい”と願ったこと。

 だが英霊としての力を失う寸前に、人類の終焉(おわり)を視てしまったこと。

 終焉(おわり)を防ぐために十年、昼も夜もなくがむしゃらに生き急ぎ、生き抜いたことを。

 

「まあ、酷い目ロクでもない目に山ほどあったけど人の縁には恵まれたからプラスマイナスゼロってところかな」

 

 そう言葉を締めたソロモンが懐かしそうに笑う。そう笑えることこそ彼が得た最大の報酬だった。

 

「特にアーチャー、キガル・メスラムタエアとの縁は得難かった。彼こそがこの旅の鍵だった。今ならそうと分かる」

「またあの男か、キガル・メスラムタエア! 忌々しい、忌々しい、忌々しい!! 世界で最も無能な王の口から世界で最も不快な男の名が出るとはな! 想定以上に忌まわしい限りだよ!

 あの男がどうした! 奴は消えた、縁を断たれた奴がここに現れることはありえない!」

「……最後の決め手はお前がアーチャーに執着していたことだった。それでようやくお前の正体に辿り着いた」

 

 ゲーティアがソロモンを知るように、ソロモンもまたゲーティアを知っていた。その経験がソロモンに言葉を紡がせる。

 

「ゲーティア、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? そして――」

「黙れ、黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れッッッ! 消えろ、世界で最も無能な王!!」

 

 憤怒するゲーティアがソロモンに迫る。英霊を一撃で屠る拳が、秒間三桁に昇る連撃が容赦なく襲い掛かる。

 ソロモンの言葉はゲーティアが隠し続けた秘密、最も()()()()心を強かに射抜いたのだ。

 

 ◇

 

 ソロモンに秘密を暴かれたゲーティアは憤怒とともに殴りかかった。英霊を一撃で屠る拳が、秒間三桁に昇る連撃で叩き込まれる。

 

「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね――――!!」

 

 怒涛のラッシュが無数に叩きつけられ、ソロモンの展開した魔力障壁がそれを阻む。構わずラッシュを続ける。ゲーティアの演算なら二秒あれば障壁を粉砕できる。

 だが、

 

(硬い。私が一息に破れぬとは何を仕込んだ、ソロモン)

 

 殴打を重ねながらも障壁越しにソロモンを()()。その千里眼で捉えたのはソロモンの懐から零れ落ちる魔力の光。それも驚くほど力強い。

 

「――ハ。やはり愚かだな、ソロモン。私がそれを考えないと思ったか」

 

 その輝きを聖杯と看破したゲーティアは嘲笑(わら)う。

 七つの特異点を巡る中で手に入れた聖杯。ゲーティアが作り出した万能の願望器。カルデアがそれを利用した時の方策など万と練ってある。

 例えば聖杯そのものに細工を仕込んでおくとか。

 

「自らの失策に灼かれて消えろ、愚王」

 

 カルデア内部で厳重保管されているならまだしも目の前にある聖杯に干渉するなど掌の上で球を転がすようなもの。

 聖杯に蓄えられた魔力そのものを爆裂させる術式を起動させ、障壁越しに嘲笑を浴びせた。聖杯そのものを至近距離で起爆させるのだ。どんな英霊だろうと致命傷である。

 

「――いいや。ミスをしたのはお前の方だ、ゲーティア」

 

 だが爆発は起こらない。術式が起動する手応えの欠片すらゲーティアの手元に返らなかった。

 何故と自問し、目を凝らせば胸元から零れる魔力だけではなく聖杯そのものをはっきりと目に移し、理解した。

 あまりにも妥当だ。今ソロモンを護るのはゲーティアが作り出した聖杯にあらず。術式が不発に終わったのもそのためだ。

 

「馬鹿な。何故貴様がそれを――()()()()()()を持っている!?」

 

 その名をウルクの大杯。

 かつてギルガメッシュ王が冥府とキガル・メスラムタエアに下賜した聖杯の原典とも言える神器だ。

 

「それは()が冥府の深奥に秘封し続けた至宝! 何故貴様なぞが持っている!?」

 

 疑問、そして()()

 策を破られた単純な怒りではない。ソロモンが大杯を所持していることそのものにゲーティアは怒っていた。

 

「友が遺した最後のピース。お前を討つ逆転の切り札。アーチャーが持ち込んだ()()()()こそこのウルクの大杯だ」

 

 第一宝具、玻璃の天梯(クリスタル・アーチ)

 第二宝具、黒闇照らす冥府の陽光(キガル・メスラムタエア)

 第三宝具、偽・天の鎖(エルキドゥ)

 そして第四宝具、ウルクの大杯。アーチャーがけして己が用いないという誓約を重ねて現界に際しようやく持ち込んだ特級の反則。神をも恐れぬルール違反こそがこの宝具だ。

 

「キガル・メスラムタエアアアァッ!? 何を考えている!? かの至宝をよりにもよってこの男に託すだと! 知性すら忘却し果てたかあの愚か者めが!!」

 

 単純な嫌悪ではない、まるで誇りそのものを踏み躙られたような怒り。憤怒を示す赤黒いオーラが一層噴き出し、深すぎる怒りにゲーティアは一瞬()()を忘れた。

 聖杯を所持するソロモンですらゲーティアの障害足り得ない。その確信が、傲りが彼にあるかなしかの隙を生み出した。

 

「――愚か。あまりにも愚か」

 

 そして傲りが生み出した間隙は、死神がその首に刃を乗せるに十二分の役割を果たす。

 

「全能がその眼を曇らせたか。人が人を哀れみ失望する傲り。それこそが貴様を死の淵へ招いた根底だと知るがいい――あの鐘の音が聞こえるか」

 

 ()()()、と。

 ゲーティアの背筋を悍ましい感覚が伝う。それは恐怖、それは畏怖。全能にして不死であり続けた彼が三千年で初めて感じた”死”の恐怖だった。

 

「晩鐘は汝の名を指し示した。告死の羽、首を断つか―― 死告天使 (アズライール)!!」

 

 鐘の音が鳴り響く。はらはらと天使の羽が舞い落ちる。漆黒の外套が翻り、髑髏の仮面から覗く青白い眼光がゲーティアを底知れぬ恐怖の淵へ叩き込んだ。

 ゲーティアが見過ごした――否、その千里眼から逃れ続けた神域の暗殺者が天命の時来たりて立ち上がる。

 冠位暗殺者(グランドアサシン)が振るう至高の一太刀が、過去と未来を見通す至高の千里眼すら潜り抜け、いま存分に振るわれんとしていた。

 




 この一瞬のために張り続けた伏線があった。
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