【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。   作:土ノ子

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 マシュがゲーティアの第三宝具を受け止め、蒸発したその少し後、カルデアにて。

 けたたましいアラートがカルデア中に鳴り響く。そして建造物が次々と破壊される轟音が続いた。

 

「論理防壁、最終壁消滅! カルデア内部に魔神柱が侵入してきます!」

「全隔壁閉鎖だ。とっくにしている? あっそう! なら通路にエーテル塊を注入する。これで少しは保つはずだ。具体的には五分ほど! それまでに私の工房に避難して!」

 

 ダ・ヴィンチが指揮を取りながらなんとか魔神柱の侵攻遅延に努める。

 カルデアそのものが魔術師(キャスター)、ダ・ヴィンチが手を入れた工房。その堅牢さは並大抵のものではない。魔神柱という規格外の存在にも辛うじて抗っていた。

 

「あそこならまだ少しは保つ! 管制室は諦めて――「それはできません!」――おいおい、無茶言うね君達」

 

 それでも限界は近い。スタッフの命を守ろうとダ・ヴィンチが指示を飛ばすが、当人のスタッフ達が揃って首を横に振った。

 

「管制室の放棄はコフィンの停止に繋がります! マシュが……マシュ・キリエライトは最後までカルデアの盾となった! なら、彼女が守り抜いた二人の帰還を、私達のレイシフトを諦めることはできません!」

「――ああ。それはたしかに。となると後は私が何とかするしかないな」

 

 設備運営の要であるダ・ヴィンチが出撃せねばならない程戦況は悪い。十中八九、時間稼ぎ以上のことはできない。天才の浪費にも程がある。

 だとしてもそれしかないならそうしよう。そう思える程にダ・ヴィンチもまたカルデアが好きだった。

 

「なまじ映像は拾えたのが仇か、それとも救いか。難しいところだね」

 

 この絶体絶命のピンチにもスタッフは怯むことなく任務に臨んでいる。一方で命のための避難に難色を示す程使命感に燃えてもいる。ままならない、愛すべき人達にダ・ヴィンチは苦笑した。

 

「まあいい。こうなったらとことん悪足掻きを……ロマニ?」

「――その人生を、精一杯生きる。そうだね、マシュ。それはとても当たり前で、人間らしい願いだ」

 

 瞑目していたロマニが瞼をゆっくりとあけ、独り言ちる。その瞳に決意の光があった。

 

「……ああ」

 

 その光を見て悟り、そっと視線が落ちるダ・ヴィンチ。

 

「行くのかい? あそこに」

「うん、行く。僕自身が()()()ためにね。……マリーに謝らないといけないな」

 

 死んでいないことと生きていることは似ているようで決定的に異なる。

 ロマニはロマニ自身のために一歩を踏み出すと決めた。そのためにオルガマリーの願いを傷つけてしまうのは……本当に心苦しいけれど。

 

「その覚悟、称賛に値しよう。なれど今しばし気概を抑えるがいい、魔術師よ」

 

 管制室に誰でもない声が響く。

 地の底から響いたと錯覚する程に重々しく、威厳に溢れた声。

 冥府の死神(ハデス)が顕現したと言えば信じただろう。それ程にその声の主の位は()()。強いのではなく、高かった。

 

「――ッ!? カ、カルデア内の魔神柱の反応が次々と消滅していきます!? なんだ、英霊も退去したのに一体なにが」

「ワーオ。驚きすぎてどんな顔をすればいいか分からないや。これは貴方のお陰かな、お客人」

 

 スタッフ達が驚愕を込めた叫びをあげ、信じられないとモニター画面を何度も見直している。

 そしてダ・ヴィンチはそれを為したであろう”死”へと視線を向けた。

 

「然様。アレなる異形どもは語らいの場に不要なり。故に、しばし黙らせた」

 

 管制室の隅にいつの間にか現れた巨躯の人影があった。

 髑髏の仮面を被り、大剣を携えた剣士だ。仮面から覗く眼光は血のように赤く、纏う気配は静謐と威厳に満ちている。

 こともなげに魔神柱を鎮めたと語る男からはそれを信じさせるだけの格があった。

 

「これは頼れる助っ人だ――そう思っていいのかな?」

「否。我は頼まれごとを済ませにひと時立ち寄ったに過ぎぬ。己が命運は己が手で勝ち取るがいい、星見の(うてな)に集う者達よ」

「それは残念。だが値千金の時間に感謝を。私はレオナルド・ダ・ヴィンチ。カルデアに協力する万能天才サーヴァントさ。ダ・ヴィンチちゃんと呼んでくれたまえ!」

「……」

 

 髑髏の男にもいつもと変わらない天才節を遠慮なく発揮するダ・ヴィンチ。

 一呼吸程沈黙が下り、外したかなと冷や汗が一筋その額に垂れた時、底知れぬ髑髏面の男はゆっくりと名乗った。

 

「我は無名。だが呼び名を求めるならばこう呼ぶがいい――”山の翁”、ハサン・サッバーハと」

「――ハハハッ!? そうか、君が歴代のハサン達から聞いた初代殿! なるほど、聞きしに勝るとはこのことか!!」

 

 そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 正史にてアズライールの霊廟を訪れたのは太陽の騎士ガウェインに対抗する戦力を求めてのこと。ガウェインに対抗できるキガル・メスラムタエアがいたこの時間軸ではその存在を伝聞以上に知り得なかった――ただ一人、正史を()()()()()イレギュラーを除いて。

 

「ロマニ・アーキマン」

「えっ、ここで僕!? 僕如きになんで貴方みたいな大物が――」

 

 興奮するダ・ヴィンチを置いて”山の翁”がロマニへ向き直る。

 暗殺者の頂点と相対したロマニはその霊基の強さならざる高さによって冠位の資格を確信しながら最早癖となった飄げた口調で答えた。

 

「魔術師よ、我に韜晦は不要なり。我はここに預り()()を二つ、届けに来ただけのこと」

「預りモノ?」

 

 この見るからに威厳に溢れた原初の暗殺者が預りモノ? らしからぬ発言にロマニが首を傾げたが、次の瞬間にそれも消し飛んだ。

 

「然り。まず一つ、天命より新たな命を預かりし無垢なる乙女。確かに送り届けた」

「――マシュ!? そんな、どうやってここに!?」

 

 翁が指し示した先には床に敷かれた漆黒の外套の上で昏々と眠りにつくマシュ・キリエライトの姿。

 死人のように青白い顔色だがその胸はゆっくりと上下している。すぐにダ・ヴィンチが駆け寄って診察し「生きてる! 容体も安定しているぞ!」と叫ぶとワッとスタッフが一斉に湧いた。

 

「まさか。貴方がマシュを?」

「否。この娘を救いしは我にあらず。乙女の天命なり。故に賞賛は相応しき者を知るまで収めるがいい」

 

 ゲーティアの第三宝具に焼かれたマシュに消滅以外の道はなかったはず。

 信じられない奇跡にまさかと問うがあっさりと頭が降られる。翁はロマニの疑問に頓着せず話を進めた。

 

「二つ、汝の友より預りし至宝を」

「友? それに至宝ってこれは……まさか――まさか、そんなことが?」

 

 聖杯を教義に存在しない異物と断じる”山の翁”なれど懐から取り出し、差し出す扱いは丁重であった。

 翁からすれば異邦の異教が産み落とした神秘である。だがその杯に込められた祈りは真摯であり、純粋であった。翁ほどの人物がその重みを測り違えるなどあり得ない。

 

(キガル・メスラムタエア。其方が遺した希望の欠片、確かに送り届けた)

 

 ”山の翁”は本来ティアマトの不死を断つべく第七特異点に現界するはずだった。

 その一手を()()()、ゲーティアへの隠し刃としたのは他ならぬキガル・メスラムタエア。前触れもなくアズライールの霊廟に現れ、言葉を尽くし、力を尽くし、遂に”山の翁”を翻意させた異邦の”人”だった。

 その『死』に触れる信念と責務は信頼に値し、語る願いは翁も認めるささやかで尊い願いだった。故に”山の翁”は今ここにいる。

 

「其方が為すべきことを為せ、ロマニ・アーキマン。力を尽くした果てに、あるいは道が開かれるやもしれぬ」

 

 ジッと、幾千幾万の言葉にならない思いを込めて差し出された聖杯を見ていたロマニがその両手で勢いよく自身の頬を張った。パンと快音が鳴り響けば、そこに希望を宿したいつものドクター・ロマンが立っていた。

 

「……彼にしっかりしろと横っ面をはたかれた気分だったよ。ああ、特等席でとびっきりを見せてやるさ」

 

 いつものふわふわとした頼りない、だがどことなく太々しい笑みを浮かべたロマニに翁は善しと頷いた。

 

「なにせお陰で勝ち筋が見えたからね」

 

 アーチャーはどこまで見通していたのかとロマニは思う。

 ロマニとアーチャーは多くを語った。一大決心とともにロマニの正体すら明かし、魔術王の正体を、目的を、取るべき方策を語り合い続けた。

 

 そしてその全てが今一つの線で繋がった。

 

 聖杯を見た瞬間、人理焼却に備え続けてきた男の脳裏に火花のように閃きが幾つも走った。これまでの旅路がここから取るべき道を示したのだ。あらゆる要素を組み込み、ロマニの脳裏に一つの勝ち筋が浮かび上がる。

 ここまで見据えていたというのならアーチャーはとんでもない策士。英雄王にも匹敵する智謀だろう。

 

(まあ、そんなはずないけどね)

 

 そしてどう考えても()()()()()()()と悟れる程度にアーチャーのことをよく知っていた。

 だからきっとアーチャーは信じていたのだ。ロマニを、カルデアを。信じて後を託した。丸投げともいうそれを信頼だとロマニは苦笑一つで受け入れた。

 

「僕らが目指すのは完全無欠のハッピーエンドだ。誰一人欠けずこの旅の終わりを見る、僕らの冠位指定(グランドオーダー)を果たしに行こう」

 

 ロマニはスタッフを見渡し、確信とともに宣言する。この旅の全てに、確かな意味があったのだ。

 

 ◇

 

 そして刹那の回想が終わり、ソロモンの眼前に死神が如き最高峰の暗殺者が現れ、討ち果たすべき獣へ向けて刃を振りかぶる。

 ゲーティアが見過ごした――否、その千里眼から逃れ続けた神域の暗殺者がいまその刃を振るった。

 

 ――――斬。

 

 冠位暗殺者、”山の翁”の一刀は不死すら殺す天命の一振り。死ぬべき時を見失った者へ天主に成り代わり救済を与える慈悲の刃。全ては天の意思であり、天の意思であるが故、”山の翁”と対面し者は運命の終わりを知るという。

 

「神託は下った」

 

 パキン、と硬質な音を立ててソロモンの十の指輪が両断された。ゲーティアが嵌めた九の指輪はもちろん、ソロモンが嵌めた最後の一すらも。

 冠位暗殺者の一刀がゲーティアの肉体ではなく、その全能を支える源を斬り裂いたのだ。

 

「天より与えられし恩寵を(ほしいまま)に用いたその乱行、許し難し。原罪の獣よ、己が罪を数えるがいい」

 

 ()()()()()()()

 七十二柱にして一。一つが倒されようと常に損害を補填し、七十二柱であり続ける完全性と全能性。その繋がり故に保たれていた完全性と全能性は、繋がりそのものを断たれることで亀裂を入れられた。

 

「おお……お、おおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ――……ッ!? なんだ、これは!? 我々(ワタシ)が解けていく、(ワレラ)がバラバラになっていく! 我が全能が零れ落ちていく!? 正気か貴様、我が大偉業が破綻するのだぞ! 救いのない歴史が紡がれ続けるのだ! その意味をお前は分かっているのか!?」

 

 0だった勝ち目が1になる程の致命的(クリティカル)な一振り。

 ゲーティアの全能は砕かれた。七十二柱にして一たる群体は分断され、結合は解け、個別の魔神へと零落していく。

 

「全能に盲いた者よ。全てを視る目を持ちながら全てを視なかった者よ。悲しみに囚われ、その目に映る価値あるものを見過ごした。その誤謬を認め、今一度世界を直視するがいい。それが貴様に与えられた贖いである」

「ふざけるなっっっ!! もう十分だ、もうたくさんだ。うんざりするほど悲劇を視た。これ以上何を視ろと言う!?」

 

 翁が諭す言葉も理解できず、ただ赫怒する憐憫の獣が猛る。

 

「死ね、いや、消え失せろ!」

 

 生存本能に突き動かされ、ゲーティアは慢心の欠片もなく全力を振るった。

 ネガ・サモン。

 あらゆる英霊を否定・破却する獣のスキルは翁の一刀でランクが落ちたとはいえまだ健在だった。*1

 無音無形の衝撃が至誠の一刀を振るった”山の翁”に容赦なく叩き込まれる。

 

「――――」

 

 霊基そのものに直接損傷を受けた翁は、しかし無言のまま耐えた。

 冠位の霊基だったことに加え戦闘続行、ランクEX。通常の戦闘続行とは次元の違う()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とも形容されるスキルの恩恵だった。

 だがあくまで耐えただけ。あと一押しで消えると誰が見ても確信する程に翁の重厚過ぎる存在感が消え失せていた。

 

「我が天命は此処に果たされた。故に獣の討伐は貴様らに託す、冠位の同胞よ」

 

 天命。為すべきことを為したと翁は己の最期を知りながら静かにソロモンへ語り掛ける。

 

「我が亡骸を使うがよい。冠位を冠せしこの霊基、呼び水と為すに適任であろう」

「お互い苦労人だね、翁殿。……ありがとう、あなたの一刀に至上の感謝を」

 

 少しずつ、少しずつ足元から光と化して消えていく翁にソロモンが力強く請け負った。

 ゲーティアの全能と不死性は砕かれた。だがカルデアを蹂躙し、光帯の最終演算を終える余力は残っている。ここから先をカルデアは独力で切り抜けねばならない。

 

「さらば」

 

 それでも翁に不安はない。

 ただ一振りで未来を()()()()()冠位暗殺者がただ一言を遺し、退去する。砕かれた霊基はソロモンの手元に集まり、最後の援軍の呼び水となるだろう。

 一瞬の出会いと別れをカルデアに刻み込んだ、あまりにも偉大な冠位暗殺者の最期だった。

*1
ソロモン王の第一宝具と比較すれば翁の一刀と言えど効果は低い。

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