【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。 作:土ノ子
本作執筆にあたり、ご都合主義や時系列や原作設定の無視が多数ございます(前話の宝石の翁や女神様達の性格が依代持ちのFGO時空寄りになっていることなど)。
その点を考慮して本作をご覧になっていただけますと幸いです。
Q.つまり?
A. こまけぇこたぁいいんだよ! の精神でお読みください。
いつもの如く夜のウルクに赴き、シドゥリさんとの会談を済ませた帰り道。
俺は一人クタへ続く街道をゆっくりと進んでいた。
ウルクにおけるエレちゃん様の信仰普及は順調だ。
大々的に崇められるというよりもそのご利益を受けている層や死者の葬儀といった必要とされる時に厚く信仰を集めている。
地上からの人材もつい最近になって没した名人・職人達を冥界に迎えつつあり、拡充の道筋が立ち始めている。
近頃はウルク以外の都市にも信仰の普及を進めており、エレちゃん様の名代として顔を出すことも多くなっていた。
特にクタはエレちゃん様を都市神とするだけあり、ひと際敬われている。
尤もその分何故ウルクへ真っ先に契約の話を持って行ったのかと遠回しに非難と恐怖を交えて問いかけられたりもしたのだが、どうかご勘弁を願いたい。
あの当時最も魅力的な契約先がウルクだったというだけで、クタに含むところはなかったのだ。
そんなことを考えながら今日もエレちゃん様のために働いたという満足感に浸り、街道を進む。
その姿は無防備に見えるが、当人からすれば護衛など不要という認識だった。
夜は冥府に属する人ならざる者のための時間。
即ち地上においても俺がエレちゃん様からの加護を受けられる時間帯である。
エレちゃん様の加護を受ける俺を害することが出来るのは、よほどの大神かそれに匹敵する強者くらい。
故に油断があったと問われれば否定は出来ない。
冥界に繋がる黄泉路がクタの近郊に開いており、そこへ向かう帰り道。
「……―――ぁぁぁッ!」
天上から、微かな金切り声とともに途轍もないなにかが降ってくる。
それを察知できたのは、無数の光の矢が俺の周囲に降り注ぐ一秒前で…。
当然のことながら、何が起こったのかその時は咄嗟に分からなかった。
「見ぃつけたぁぁっ! あんたが、諸悪の元凶かーっ!」
耳に届いた怒声の内容も心当たりがなく困惑するばかり。
この時起こったことを端的に言えば、俺は天から女神様の襲撃を受けたのだった。
◇
我らが女神エレちゃん様のご姉妹であり、天上を自由に翔ける大神である。
そしてエレちゃん様とは神代が始まった頃からの犬猿の仲であった。
「あんたが近頃噂になっているエレシュキガルの眷属ね!」
小規模なクレーターを幾つも大地に穿ちながら、空から降ってきた女神さまのお言葉であった。
天舟マアンナに騎乗し、ズビシッ! とこちらに指を突き付けながらの大音声を上げる源を見遣り。
『…は。私は《名も亡きガルラ霊》。エレシュキガル様に仕えるガルラ霊でございます。このような場所でお目にかかれて光栄です。女神イシュタル様』
丁重に頭を下げつつ、若干の皮肉を込めて挨拶する。
なにせ先ほどの魔弾は一発も当たらなかったが、余波だけでこちらは消し飛んでもおかしくは無かったのだ。
というかエレちゃん様の加護が無ければ、確実に消し飛んでいた。
俺自身は所詮常人が死後ガルラ霊になっただけのモブ。
霊基の強度、器は一介のガルラ霊と変わりはないのだから。
「……ふーん、度胸だけは一人前ね。一人で私の前に立って口が回ることは褒めてあげるわ」
『お褒めに預かり恐悦至極。して、此度はこのガルラ霊めにいかなる御用向きであらせられるのでしょうか?』
「とぼける気? 言っておくけどね、あんたに心当たりが無くてもこっちは要件が幾らでもあるのよ!」
さてさて、どれのことだろう。
そう指摘されると確かに心当たりは結構ある。
近頃ウルクでエレちゃん様の信仰を普及させている件か、はたまたその一環で坑道採掘の職人達から宝石を貢がれていることか。さもなければもっと直接的にエレちゃん様に関わることか。
地上で最も顔が売れているガルラ霊は俺であり、仮にイシュタル様と関わるとすれば俺であろうとも覚悟はしていた。
「あんたには幾らでも言ってやりたいことがあるけどね、何よりも言いたいのはエレシュキガルのことよ! 仮にもあいつの眷属であるあんたが、何故あいつが無茶苦茶やるのを見逃した!? 返答次第じゃ本当に生きて帰さないわよ!」
そう言われても既に死んでいるのだが、まあ言いたいのはそういうことではないのだろう。
『……無茶苦茶、とは?』
「決まっているでしょう! あの『比類なき死者の楽土』を為すとかいう馬鹿みたいな誓約よ。神霊である私達は約束に強く縛られる。あんな無茶な誓約、ほとんど自殺と変わらない! だっていうのにあの馬鹿は!?」
憤懣やるかたない、という言葉そのままに憤るイシュタル様。
「前からギッチギチに自分を縛り付けていたくせに、今度はもーっとガチガチに自分を縛って! しかもそのキッカケがあんた!? あの根暗女は地上に出てこないから歯ぎしりして我慢してたけど、元凶が地上に彷徨い出るというなら話は別! 直接問い質しに来てやったわ!」
と、滞空するマアンナの上で腕を組み、真っ直ぐに視線を向けて問いかけてくるイシュタル様。
その凛々しさすら帯びた怒りに、女神の威厳を感じ取る。
『なるほど』
頷く。
ひとまず向こうの事情は分かった。
『……御身の問いにお答えする前に、どうか私に一つだけ質問をお許しいただけますでしょうか』
「女神の下知に従わないなんて、あなた本当にいい度胸ね。つまらない問いかけならばこの場で誅すわ。その覚悟で問いなさい」
『しからば、ありがたく』
恐れではなく敬意から丁重に頭を下げ、問いかける。
『何故御身はそれほどまでにエレシュキガル様を気にされるのですか。お二方が分かたれて幾年月。姉妹と言えど、その交流はほとんどなかったはず』
厳密に言えば冥界下りに挑戦して酷い目に遭わされたりしたことはあったはずだが、決していい思い出とは言えまい。
その真意を確かめておきたかった。
「何故…? 何故ですって…!? よりにもよってあの女の眷属であるあんたがそれを言うかーっ!?」
プルプルと総身を震わせながら、咆哮を上げる女神様。
なんだろう、方向性は違うけど姉妹だけあってエレちゃん様と同じ
「あいつと私は表裏一体の女神。あいつがね、誓約を破って零落したら、片割れである私も連鎖的にどんな影響が出るか分かったものじゃないのよ!? 勝手に! 私を! 連帯保証人にするなーっ!」
『…あー』
それは思わず頷く程度には真っ当な怒りの籠った叫びだった。