【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。 作:土ノ子
ソロモンが紡ぎ、オルガマリーが願う大儀式、決戦術式・英霊召喚が執行される。
虹色に輝く無数の円環が一点に収束する。
目を開けていられない程眩い輝きにオルガマリー達は腕で目を庇う。白光に染まる視界の中、微かに見えたのは黒で切り取られた一つの人影。
光が収まった時、そこに在った者は――、
「問おう」
万感が籠る問いかけ。知りながら問う様式美。あるいは茶目っ気。
「貴女が私の――マスターか」
オルガマリーが、藤丸が目を瞠る。
「また、逢えましたね。オルガ」
「アー、チャー……ッ!」
感動と困惑にオルガマリーが声を詰まらせる。
その声は確かに彼らがよく知る”彼”のもの。だがその姿はあまりに見慣れぬ、予想外のもので――、
「
その姿を一言で言えばありふれた霊魂そのもの。そこらのエネミーと見た目は変わらず、
挙句、身を震わせる感動を示すかのように霊魂が蛍光灯の如くピカーッと光り輝く。
ソロモンやゲーティアにとっては見慣れた光景であり、オルガマリーや藤丸にとっては目を丸くする珍奇な姿だった。一言でいえばシリアスが粉微塵になった。
だがこの貧弱で緊張感のない霊魂こそ《名も亡きガルラ霊》の
「キガル・メスラムタエア――いいや、《名も亡きガルラ霊》!! その間抜けさ、幾千の時が経とうと変わらんか。不愉快な!」
「さて。そう悪し様に罵ってくれるなよ、ゲーティア。いいや、”友”よ」
緊迫した空気を壊し尽くしたちっぽけな霊魂に向けて唾でも吐きたそうな顔を向けるゲーティア。心底から忌々しげな声音だった。その言動以上に《名も亡きガルラ霊》個人への嫌悪が強い。
対し、光を収めた《名も亡きガルラ霊》も纏う空気を引き締めて神々しくも恐ろしい異形と向かい合い、
「妄言は止めろ。何が”友”だ。私達と貴様に如何なる関係があると言う!?」
「気付くのが遅れたことは謝ろう。だが過去は変わらん。
「――ッ」
過去を見抜かれたゲーティアが漏れかけた言葉を噛み潰す。無言こそが真実を最も雄弁に語っていた。
冥陽神話大戦。またの名をネルガル神撃退戦。
あの日、《名も亡きガルラ霊》は精一杯の助力を叫んだ――いま冥府を観測する全ての者達に俺の声を伝え、助力を得るための路を開けと。
その呼びかけは時の果て、世界の果てに届き。そしてもちろん
「本来の霊基を制限されながら髪の毛一筋程の勝ち目しかなかったあの戦いに来てくれた。戦いが終わってからも冥府の復興を助力してくれた。これを”友と”呼ばずして何と呼ぶ」
それこそがゲーティアが端々に表しながらもけして口にしなかった秘密。
結局のところ七十二柱の魔神が忌み嫌ったのは人間ではなく、人間が至る
オルガマリー達も驚きながら同時に腑に落ちる。あまりにも明確で異常な”彼”への執着はそういうことだったのだ。
「止めろ、我らの汚点を嬉々として語るな!」
「汚点か。お前の怒りは、
世界を変えなかった。その意味を判じかねた者達が首を傾げる。それはまるで冥府が世界すら変えうるポテンシャルを秘めていたかのような……。
「――そうだ! 貴様は裏切った。我らの期待を、
悲痛ささえ滲ませ、ゲーティアが思いの丈をぶちまける。隠し続けてきた忌まわしい秘密が暴かれた今、彼らに今さら隠すものなど何もなかった。
ゲーティアが語る
「あの美しい
「……ああ、そうだ。お前達が上げてきた要望と計画を俺は却下した」
「鍵たる貴様に否定されれば我らにそれ以上の術はない。全ての説得は無為に終わり、我らは失望という言葉では足りぬほど悲嘆した」
ゲーティアが語る鍵。それは即ち、《名も亡きガルラ霊》の
「
その機能を十全に活用し、悪用すれば天地冥界の境界そのものを崩せたかもしれない。そして新世界に最早生と死という概念は消えて無くなっていたはずだ。そんな世界を彼とエレシュキガルが認めるはずもなかったが。
意味、難易度、コストの全てから却下したのはあまりにも妥当。だがゲーティアら七十二柱の魔神達にとってはそうではなかった。
「お前さえ頷いたならあるいは世界全てを冥府の領土と塗り替えられたやもしれぬ! 業腹だが認めよう。お前達が
あまりに愛おし気で、懐かしむような口ぶり。それは彼らの黄金時代。全能ならざる不自由な霊基で思うが儘に力を尽くし、確かな成果を得た喜びと共感。同胞と肩を組んで歓喜に湧いた日々すら懐かしい。
その喜びの皮一枚下に潜むマグマのように煮え滾る怒りはその想いが裏切られたからか。
「神代が終わり、ガルラ霊の霊基を捨て冥界より退去する我らは最後の望みを懸けた。請願すらした。どうか冥界よ、この醜悪な世界を変えてくれと。せめて――せめて、その試みの残骸だけでも遺っていてくれと」
あの訣別の日をゲーティアはけして忘れないだろう。
時を超えてソロモン王の治世が続く時代へ戻り、その千里眼で見渡した世界には……何もなかった。
「だがそんなものはどこにもなかった。お前は無為に世界を変える可能性を切り捨てた」
期待していたからこそ失望は莫大だった。
魔神達は過去を、神代のメソポタミアを、そこで繰り広げられる輝かしい軌跡を見た。ともに肩を並べ力を合わせた。輝かしき黄金時代が照らす光に目を焼かれ、”彼”なら最後にはきっと
千言万語で語り尽くせない失望を味わった魔神達には、ゲーティアには最早選べる道は一つしかなかった。
「貴様は千載一遇の機会を棒に振ったのだ! なんという愚劣さ、なんという怠慢か!? ならば――ならば我ら自身がやるしかないだろう!? 我ら自身の手で
ゲーティアが絶叫する。我が思いを知ってくれと、泣き叫ぶように吼えた。
恐ろしくも神々しい姿はそこになかった。まるで、泣きじゃくる幼い子供が大人へ向けてちっぽけな拳を叩き続けるような、そんなやるせない光景だけがあった。
「どうだ、キガル・メスラムタエア。貴様に我らの
魂を籠めた問いかけに、燃えるような視線と視線を合わせた《名も亡きガルラ霊》がハッキリと答える。
「――
否と。
「この世界は誰か一人だけのものじゃない」
「みんなのものとでも言うつもりか! 下らんお為ごかしを――」
「いや、それも違う」
「なに?」
薄ら寒くなるような綺麗事が返ってくるかと吐き捨てれば、それすら首を振って否定するガルラ霊。
「全ての命は一人で生まれ、一人で死ぬ。結局人は一人に過ぎず、だから敢えて言うなら世界は一人”達”のものだ」
だから、と続ける。
「俺も、お前も、みんなも。同じ”一人”だ」
《名も亡きガルラ霊》はゲーティアを認めた。その価値を否定するのではなく、同じ地平に立つ対等な者なのだと。
「俺達は誰もが自分の世界の主人だ。時に世界はぶつかり合う。誰もがぶつかり合いの中で意思を通し、世界を広げ、変えていく権利がある。俺にも、お前にも。
だからゲーティア、俺はお前の掲げる大偉業を否定しない」
巨視的に見れば生物が他種を資源に使うことなどよくあることだ。
有史以来人類が何度他種を絶滅させた? 幾度その骸を己のために使い潰した?
ゲーティアの所業に憤り、否定する者はまず自らの胸に問うがいい――人類にその資格はあるのかと。
「だけどお前の偉業を俺達が阻むことも否定させない。お前の偉業は俺達が積み上げた人類史を否定する――だからここから先はどちらの意思を貫き通すのか、それを決めるだけの殴り合いだ」
だからこそキガル・メスラムタエアは断言する。
認めよう、人類は愚かだ。だが愚かなままでいることを選択しなかった。最悪の選択を幾度となく繰り返しながらそれを次の最善に繋げるために足掻いてきた。
その果てに全てが集う結集点こそがここだ。
「絶望に抗った
征くぞ、ゲーティア――
「ふざけるな愚昧がぁっ!」
激昂する。ゲーティアは油断も、遊びも抜きに全力を以てカルデアを滅殺することを誓う。
今もゲーティアの力は削がれ続け、彼らが掲げる大偉業から刻一刻と遠ざかっている。だが眼前のちっぽけなカルデアを叩き潰すにはいまだ十二分すぎた。
「我らの嘆きを知れ、我らの怒りを知れ、我が誕生の真意を知れ! 私はゲーティア! たとえ誰に望まれずとも虚空の星を目指す者、魔神王ゲーティアである!!」
光帯が暗黒に染まり、ゆっくりと回り始める。加速し、回転し、臨界に達する。
無限に重ねた人類史そのものと言える破滅の熱量が、いま再びカルデアへ襲い掛からんとしていた。