【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。 作:土ノ子
戦った。
死力を尽くした。
英霊も、ゲーティアも、人類も、魔神柱も。
誰もかれもが己の尊厳と存在意義を懸けて戦い果てた。
ジークフリートはその身を盾にオルガマリーと《名も亡きガルラ霊》を守り抜いた。
スパルタクスはゲーティアの全力の拳すら受け止め、倍にして跳ね返した。
ヘラクレスはその剛力で魔神王を相手に真正面からの殴り合いを演じてみせた。
ソロモンは全ての英霊にバフを、魔神柱にデバフをかけ同時並行で全戦域の援護をしてみせた。
クー・フーリン・オルタは我が身を顧みない狂戦士の戦いぶりで幾つもゲーティアに傷を与えた。
ガウェインは太陽の聖剣でゲーティアの片腕を奪った。
キングゥは黄金の鎖でゲーティアを拘束し、英霊達の戦いを助けた。
戦いの果てに英霊達と魔神柱の大半が相討ちとなり、互いに戦力はほとんど残っていない。
七十二柱の内、既に九割以上が機能停止か結合解除によって統括局ゲーティアの統制を離れた。虫の息に近い。
ゲーティアが憤怒と疑問を込めて吼え猛る。
「貴様が邪魔だ! 貴様が、貴様らが! 一人、一騎。どちらかだけでいいのだ! だというのに私は何故奴らを殺せない――!?」
削られていく。失っていく。全身から力が抜け、大地に膝を突く。この戦いが始まってから初めてゲーティアに土が付けられた。
屈辱以上にそれほどに弱体化が進行していることの方が深刻だった。
「崩れていく。我々の結合が、解けていく――!」
(
その存在が始まった時からゲーティアを構成する全能性が秒を過ぎるごとに消え失せていく。あまりにもあやふやで頼りない感覚。天が落ちることを憂う者を指して杞憂と呼ぶが、ゲーティアはまさに世界が壊れていく感覚を味わっていた。
自身の存在の矮小化に伴う世界観の激変。かつてない感情がゲーティアから手足の力を奪っていく。
(勝っていたはずだ。否、勝負すら成立しないはずだった。何故、何故、何故――)
感情が揺さぶられる。全てが未知であり、恐怖だった。
こんな。助けてくれ、と叫びたくなる恐れを。奪わないでくれ、と懇願したくなる嗚咽を知らなかった。
これほどの後悔、これほどの焦燥、これほどの情けなさをゲーティアは知らなかった。
耐えられない。とても耐えられない……だからこそ、だからこそ恐ろしい。
(勝てないのか? 私が……人理焼却式、ゲーティアが! 馬鹿な、そんなことは
ありえない、ではなくありえてはならない。自身の敗北を許されないものと規定するゲーティアが咆哮した。
「負けられぬ、負けてたまるものか! あの地獄を肯定し、存続させようという愚行を認められるものか!?」
追い詰められた土壇場でゲーティアを動かしたのは”愛”だった。これ以上悲劇を視たくないという憐憫であり、共感。
「おおぉ……ォォォ……オオオオオオオオォォォォォッ!!」
力を籠める。魂を籠める。歯を食い縛り、ゆっくりと少しずつ立ち上がっていく。
時間神殿を構築し、聖杯を創り出し、人類史を焼き尽くしたはずの真体がこれほど頼りなく見えたのは初めてだった。それでも負けられないのだと歯を食い縛って体勢を立て直した、その瞬間に。
光が、瞬いた。
今も光帯から流出する熱量は途切れず英霊達へ流れ込んでいる。だが突如としてその一部がゲーティアへ向けて流れ始めたのだ。
一つ、二つ。三つ四つと流れ込む光の数は少しずつ増えていく、あまりにもささやかで儚い光がゲーティアを支えるように集っていく。
《名も亡きガルラ霊》の宝具の弊害だ。これはただ
「なんだ、これは……? 声? 貴様らは、何を言っている……何、を……」
声が聞こえる。小さく、弱く、耳を澄ましても聞き取れない程に微々たる声が。
幾つも幾つも群れ集い、押し寄せてゲーティアへそっと囁いては力だけを遺し、消えていく。
「――……馬鹿な、ありえん」
その声は小さすぎて、多すぎて、ゲーティアには聞き取れない。だがそこに籠められた想いは悲しい程に染み入ってくる。
「ありがとう、だと!? 狂ったか、私は
喘ぐように理由を問うゲーティア。だが問うても答えはない。ただ力を遺し、消えていくだけ。
助けて欲しいと願っているのかもしれない。頑張れと応援しているのかもしれない。あるいは……あるいは、
「何故だ、道理に合わん……狂ったのか。私は、狂っているのか?
ゲーティアを助けんと群れ集う光の正体は人類史の敗北者達。勝者と栄光が生み出す光の影で踏み躙られ、打ち捨てられ、切り捨てられた者達だ。
光があれば影があり、勝者がいれば敗者がいる。
英霊は、カルデアは人類賛歌を謳う。
対してゲーティアは人類の悲劇しか視なかった。人の一面だけを視てその価値を否定した。それは確かに過ちだろう。
だが……人類とその歴史に常に悲劇が付いて回り、度し難い悪行に塗れていたこともまた否定できない事実だった。
「あ……」
だからこそ彼らはゲーティアの大義を肯定する。
彼らこそゲーティアを肯定する者であり、ゲーティアが最も救いたかった者達だ。
「あああ、あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁ――!!」
その日、ゲーティアは運命に出会った。
人間を想い、人間を憐み、しかし人間を知らなかった獣は全能を喪い、故にこそ人を知った。神にも等しき獣は消え、いま生まれ、いま滅びるだけの
絶叫とともにゲーティアの神にも等しき真体が剥がれ落ちていく。ボロボロと
「もう魔神王の
魔神王を名乗った頃の禍々しくも神々しい威容は消え失せた。
最早魔神としての形は消え、無残に崩れ去るのを待つばかりの人間の身体。どこかドクター・ロマンに似た肉体に右腕は無く至る所にヒビが入り、ボロボロになっている。
だがその
「私はいま生まれ、いま滅びる。
喪われた全能に未練の欠片も見せずゲーティアは
無意味であっても挑む理由はあると人王は譲れぬ価値のためにカルデアの前に立ち塞がった。
「──我が怨敵。我が憎悪。我が運命よ。
力を遺し、去っていく彼を慕う者達が人王を突き動かす。
ゲーティアは最早
断言しよう――
この物語の始まりに告げた言葉を、最後にもう一度だけ繰り返そう。
是は、マスターの物語ではない。
是は、サーヴァントの物語ではない。
是は――――この星に生きた者達の物語だ。