【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。 作:土ノ子
少し場所を変えると言ったオルガが俺を案内した先にあったのは――夜空。
昼間、藤丸とマシュを祝福した見果てぬ蒼穹は日が暮れて満天の星へとその姿を変えていた。
「……晴れたままで良かったわ。うん、ちょっと憧れのシチュエーションだったから」
カルデアの外。凍てつくような寒風が吹き荒ぶ雪嶺のただ中だが、俺やオルガにとっては何ほどでもない。ただ見惚れる程に美しい夜空を見上げ、堪能する。
「綺麗ね」
「真に」
あなたの方が、とは仮にも妻を持つ身としては言えなかった。たとえ本音であっても。
隣に立つ彼女が俺の手をそっと握り、微笑んだ。
『…………』
そのまま俺達はしばしの間ただ雄大な星々の連なりをただ見つめていた。
星は天体科のロードであるアニムスフィアにとって特別なもの。だからだろうか。こんな私でも少しだけロマンチックに浸ってもいいでしょ? とオルガは嬉しそうでも笑っていた。
「ねえ、アーチャー」
「はい」
そして遂にオルガが意を決したように俺へ呼びかけた。
「話があるの、大切な話が」
「謹んでお聞きします」
星空の下で俺達は真っ直ぐに向かい合った。
力強く俺を視る視線は強い意志があった。本当に大切な話なのだと確信させる程に。故に身を正し、見つめ返す。どんな言葉であろうと受け止めようと、そう思った。
(それだけのことはしてしまったからな……)
カルデアの霊基グラフを利用して召喚された俺は記憶の連続性を保っている。当然神代のメソポタミア冥府でオルガを深く傷つけたことも、当然。
故にどんな言葉だろうと俺は受け止める覚悟だ。
「ん……。少し回りくどく話すわね。まずあなたは何時まで現界しているつもりなの?」
だがオルガは言葉通り本題を避けて会話に入った。
「そうですな。本来ならオルガ、貴女やカルデアの者達に然るべき言葉を告げてから退去するべきなのでしょうが……」
ゲーティアを討った俺に最早責務はなく、英霊の座に退去するのが筋だ。失われたとはいえ元は冠位の霊基。特級の神秘は幾らでも悪用の余地がある。そこらのガルラ霊同然に劣化したとなれば尚更に。
だが彼女……オルガに別れの言葉もなく去るのはあまりに非礼であり、何より俺自身が――いや、これは余分であり、余計だろう。
「が?」
「……いえ、なんでも」
「そう」
言葉を濁した俺をそれ以上追求せず、ただ頷く。
そして彼女から一歩踏み込んだ。
「私はあなたに残って欲しい。英霊としての力なんかなくていい。ただの人間としてでいい。そばにいて私を助けて欲しい」
「それは……」
俺の言葉に真っ向から反対の願いを口にするオルガ。力強い意思の籠った瞳。迷いのない口調。本気の言葉であり、願い。
俺はそれを断る
「洒落抜きで言うけどこのままあなたが退去したらカルデアは滅茶苦茶大変なことになるわ。信頼できる人は足りてないし外の連中は厄介過ぎるし」
「うっ……」
そして肩を落としたオルガの言葉で一気に現実に返った。何故か良心がチクチクと刺激される。いや、人手不足は俺とは直接関係ないのだが、だからと言って見捨てるのはあまりに後味が悪い。
「私が本当に信じられるのは人理修復を共にしたみんなくらい。もちろんあなたもよ。ううん、あなたが信じられないなら誰も信じられない」
「……それは、光栄です」
「どこかに自前で人手を用意できて事務処理も優秀で信頼できる人材とかいないかしら? ちなみに私は一人だけ心当たりがあるのだけど」
「いえ、もちろん私もできることならお手伝いしたいところではありますが」
最早隠す気もなく俺をロックオンしているオルガに頬を搔いて誤魔化す。
いやまあ、同胞たるガルラ霊の皆を呼び出すくらいはこの霊基でもなんとかなるが。奴らは完全な非戦闘員となるが彼女の求めるところはそこではあるまいし。
「――なんてね。はい、理由付けはここまで」
「理由付け?」
困り果てた様子の俺を見てしてやったりと笑うオルガに苦笑を漏らす。謀られた、のだろうか?
「なんだって理由があった方が納得しやすいでしょ? カルデアの所長としては100%本気だけど、オルガマリー・アニムスフィアとしての本心は違うわ」
「……本心。オルガ、それは」
「私があなたにそばにいて欲しい理由。分かってるでしょ?」
本心。オルガの本心。それはきっと――。鈍い俺にでも分かる、当たり前の心。
「私はあなたが好き。あなたを愛しています。あなたにも私を愛して欲しい」
「――ッ」
そして誤解の余地なきストレートを、ど真ん中に打ち込まれた。彼女からの告白に、言を左右にして逃げる訳にはいかない。たとえ俺が返す言葉が決まりきっているとしても。
「……オルガ。私は」
「うん、知ってる。応えられない、でしょう?」
「はい」
嬉しい、と思う。
守りたい、とも思う。
愛おしい、とすら思っていた。
だけど俺の心はずっと昔から”彼女”のもので、それはもう定まっている。オルガの求めるものを、俺は与えることができない。
俺はそれ以上言葉を返すことが出来ず、俯いた。
「分かってたわ。ずっと前から」
そう言うとクルリと俺に背を向け、その顔は見えない。だけどその背中は寂しそうに見えた。
最初から俺の返事を悟っていたのか、オルガに思うところはあれ動揺はない……ように見える。
(……何も、言うなよ。俺)
俺もまた思うことはある。否、ないはずがない。
だとしても、俺に何かを言う資格はない。慰めなど、どのツラ下げてと言う話だ。
「……うん、スッキリした。やっぱりあなたに直接言えて良かったわ。それがずっと心残りだったから」
またクルリと振り向いたオルガがなんでもないと取り繕うように笑っていた。だがその眦に涙の欠片を見つけ、胸が締め付けられる。俺はまた彼女を傷つけたのだ。
「その節は一言もなく……」
「いいのよ。仕方なかった。そうでしょ? まあ、あの時は本当に驚いたし、ショックだったけどね?」
決して恨み節という訳ではないだろうが。いや、やっぱり恨み籠ってるな。湿度の高いジトーッとした視線で見られると大変心が痛い。自業自得ではあるのだが。
「――でもね、あの時ようやく自分の心が分かったの。だからきっとあの
誰にでもできるけれど、何時でもはできない。そんなあやふやな奇跡を乗り越えた果てに俺達はともに夜空を見上げている。
その事実を彼女は誰よりも噛みしめているように見えた。
「でもそれはそれとして私は大変傷ついたのであなたには賠償を請求します。具体的には私の傍にいて支えて頂戴。さっきの告白は一旦置いといていいから」
「……こんな私でいいのなら。偽りなく貴女のために力を尽くしましょう」
そう、一歩引いて助力を求められれば最早白旗を上げるしかないだろう。
これだけの
俺自身、決して悪い気分ではないのだから。
「それでいいわ。ええ、私が告白して、振られた。でもカルデアに残って私を助けてくれる。今はそれだけで十分」
多分この一件が知られればカルデアのスタッフからは鬼のような形相で問い詰められるんだろうな。特にロマニ。あの男、オルガのことを娘のように思っている節がある。
(なんとか、収まる所に収まったか)
座に帰った時のエレシュキガル様からの折檻は免れそうだと胸をなでおろしたのも束の間、
「だからこれから頑張ってあなたを振り向かせてあげる。絶対に。死んでも諦めないから」
(……………………? …………???)
とんでもない豪速球のセカンドストレートが俺の
オルガの眼は
「一度振られた程度で諦める道理はないわ。私、自分で思ってたより諦めが悪い女みたいなの」
それはもう星見の旅路で数限りなく見てきたとも。
弱いようでしぶとく、脆いようで逞しい。決して揺るがない芯を持ち、重すぎる責務にも背を向けず立ち向かう。オルガマリー・アニムスフィアはそういう素晴らしい美点を持つ
だがその美点が今俺を追い詰めていた。押されていた。正直ちょっと打つ手がなかった。俺は
「……あの。オルガ、あの……?」
「なに? どうかした?」
「いえ……」
恐る恐る問いかけると返ってきた太陽のような笑顔に俺は何と言えばいいのか。
恋する乙女は天下無敵なのだと、はるか昔にエレシュキガル様に聞いた気がする。あれは珍しく信者たちから捧げられた神酒を飲んで強かに酩酊した時だったか。
だから”女”には気を付けなさいと続く言葉に女房妬くほど亭主持てずと苦笑したのだが……今思えばあれは正しく至言だったのかもしれない。
「それにエレシュキガルから言質は貰ってるし」
「言質?」
「ええ、冥界で私の一生分くらいはあなたを貸してもいいって。本当よ?」
思わず首を傾げると驚きの言葉が返ってくる。どこかで誰かがあっと声を漏らした気がした。
(……エレシュキガル様? あの? ちょっと? ほんとですか?)
答えはないと知っていてもつい胸の内で問いかけてしまう。一方でうっかりな彼女のことだから
(マズイ……断る理由がない)
俺がこれほどまでに危機感を覚え、退去への道を探しているのは決してカルデアに助力するのが不服ということではなく……
オルガマリーに仕えた日々はかつて冥界で過ごした過去と変わらぬ輝きがあった。その言葉に嘘はないのだから。
「アーチャー」
「――ッ、はい!」
「もう……そんな目で私を見ないでよ。傷つくんだからね」
拗ねたように頬を膨らませる彼女の目に羞恥と脅えがあるのを見て、俺の中で半ば覚悟は決まった、決まってしまった――俺の負けだと。
「……あなたを傷つけました。きっとまた傷つけます」
「知ってるわ。それが私の選んだ道だから」
「……俺はあなたの心に応えられない。こんなロクデナシはさっさと忘れるべきです」
「私の心は私が決めます。忘れたくなったらあなたに言われなくてもこっちからそうしてあげる。……どう思った?」
「……逞しくなったな、と。ですが、とても好ましく、あなたらしい」
問われ、想像して少しだけ心がささくれ立ったのは男の見栄で口には出さないことにする。
そんな気持ちを微妙な表情の変化から感じ取ったのかオルガが嬉しそうに微笑む。思わず見惚れてしまいそうなくらい魅力的だった。
「一応言っておくけど今更撤回なんて許さないんだからね」
「ハハ――」
強気なようで自信なさげにそう宣言されると俺も思わず苦笑を免れない。
その不安を拭うように、彼女の前に膝を突いて臣下の礼を取る。何時かのように、誓うように。
「ライダー、《名も亡きガルラ霊》はいつも貴女のそばに。黄泉路に亡くした我が名に懸けて誓約を」
そして、
「■■■」
オルガに近寄り、そっと耳元へ名を告げる。
「えっ?」
「どうか願わくば――末永くともに」
それは星見の旅路を巡る中で正史とともに思い出した俺の名前。彼女とともにあったからこそ取り戻した名前だ。
《名も亡きガルラ霊》の通称も、冥府の太陽の名も俺にとっては大事な名だ。だけどこの名は俺と彼女にとっての”特別”。そんなものが一つくらいあってもいいだろう。
(きっと座に戻ったらこっぴどく折檻されるのだろうな)
同時にきっとその後仕方ないわねと肩を落として呆れたように笑ってくれるだろうとも思う。
満天の星の下、俺と彼女は再び契約を結んだ。死が二人を分かつまで続く契約を。
◆
ここから先はきっと長い長い延長戦。彼女が、彼を振り向かせるのが先か。それとも彼の理性が役目を放棄するのが先か。
どちらにせよこれからも彼と彼女を中心に『愛と勇気の物語』は続く。だがこれ以上は蛇足であり、一旦ここで筆をおくとしよう