【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。   作:土ノ子

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「あいつと私は表裏一体の女神。あいつがね、誓約を破って零落したら、片割れである私も連鎖的にどんな影響が出るか分かったものじゃないのよ!? 勝手に! 私を! 連帯保証人にするなーっ!」

『…あー』

 

 それは思わず頷く程度には真っ当な怒りの籠った叫びだった。

 無意識にうんうんと納得の声を上げる俺である。

 さて、この魂の咆哮にどう答えたものか、悩みどころであった。

 

『(この叫びも本音だろうけど、()()()()って感じでもないしなぁ)』

 

 なんでだろうか。

 ほとんど面識もない偉大なる女神様だが、妙に親しみを感じるというか。

 流石はエレちゃん様の姉妹というか、根っこは似た者同士というか同じ属性(ポンコツ)を感じるのだ。

 

「さあ、私はお前の問いに答えたわ。次はお前の番よ。女神の問いかけに、()く答えを返しなさい」

 

 と、女神様は迷う暇も無く、(まなじり)も鋭く問いかけてくる。

 

『偉大なる女神に申し上げます。我が主エレシュキガル様は―――』

 

 ええい、ままよと腹をくくり口を開く。

 正直と誠実は概ね最良の戦術であると信じ、事の次第をありのままに語ろうとする、その寸前―――。

 

「やあ、イシュタル。今度はエレシュキガルの眷属に因縁を付けに来たのかい?」

 

 涼やかな美声とともに、緑色の閃光が俺とイシュタル様の間に割って入った。

 俺の視界に緑色の長髪が翻り、貫頭衣が風にふわりと揺れるさまが映る。

 たおやかな仕草で花のように佇む、美しい緑の人がそこにいた。

 

「なに、あんた? ウルクからわざわざ飛んできてご苦労様ね。でもね、あんたはお呼びじゃないの。今すぐ視界から消えてくれる? エルキドゥ」

 

 そしてその緑の人を視界に入れるや、イシュタル様の表情が苛立たし気に歪む。

 美しい唇から飛び出した言葉もその表情に似た、棘のあるものだった。

 

「ウルクの神殿から品性に欠ける派手な光が飛び立つのが見えてね。追いかけて見れば案の定またしなくてもいいことをしでかそうとしているみたいだ。

 彼は生命(トモダチ)ではなさそうだけれど、友達から彼のことを頼まれているんだ。君のような邪神に手を出させるわけにはいかないな」

 

 対し、俺に背を向けてイシュタル様と対峙する緑の人―――エルキドゥ殿は中性的な美声でもって涼やかにイシュタル様を罵倒した。

 流れるように溢れ出る嫌疑の言葉に、イシュタル様の額にそれは見事な青筋が浮かび上がる。

 ちょっとお二方?

 こちらを忘れて盛り上がってますけど、このままだと巻き込まれ確定なんですが?

 

「誰が邪神かっ! 言って良いことと悪いことがあるのよ、このポンコツ兵器!!」

「ハハハ、君相手に遠慮なんて機能停止しようとしたくない。大体君を邪神と言わず、誰を邪神と言えば良いんだい? 一応忠告しておくけど、万が一ここでエレシュキガルの名前が出てきたら僕の全性能を以て君の息の根を止めなきゃならないな」

 

 おかしいな、エルキドゥ殿の介入からほんの十数秒でいつの間にか両者臨戦態勢を整えてガチで殺り合う五秒前な空気が形成されているぞ?

 

「……よりにもよって私とあいつを比べるなんて、あなたよっぽど土くれに還りたいのね」

「冗談だろう? 少しで済ませる理由が僕にはない。全力で来なよ。そろそろウルクと君の因縁を断ち切りたいと思っていたところなんだ」

『失礼、お二方。どうかこのガルラ霊の声にも耳を傾けて―――』

 

 戦意のボルテージを二段飛ばしに上げていく両者を押さえるべく声を上げる。

 そしてもちろんその声が二人に届くことは無かった。

 

「疾く死になさい。女神の勅命よ」

「仮にも女神が相手だ。出し惜しみは無しで行くよ」

 

 イシュタル様がマアンナに魔力の砲弾を装填し、エルキドゥ殿がその繊手に光の刃を宿す。

 睨みあい、間合いを測り合う一瞬の間を挟み、

 

「度胸だけは一人前ね。いいわ、少しだけ遊んであげる」

「さあ、性能を競い合おうか」

 

 激突する。

 

 ◇

 

 わー、ドラゴンボ〇ルみたい。

 と、眼前の一対一の戦争じみた光景を見て身も蓋も無い直喩が胸の内で自然と湧いて出る。

 悲しいかな、完全に置いてけぼりになった身ではそれくらいしかやれることがないのだ。

 

「王冠よ、力を!」

「さあ、どこを切り落とそうか」

 

 マアンナから放たれる数多の魔弾が爆撃じみた物量で大地を抉っていく。

 対し、緑の閃光は魔弾の軌跡を掻い潜りながら大地から生まれ出る鎖を以て魔弾を迎撃する。

 ものすごい勢いで行われる超大規模な自然破壊のただなかに在りながら、俺が無事でいられるのはひとえにエレちゃん様の加護のお陰だった。

 

『これが不朽の加護。流石はエレちゃん様…』

 

 不朽の加護。

 俺を護るように、半球状に展開される真珠色の結界の名である。

 冥界に属する者へ、冥界や夜の間だけ与えられる絶対防御。

 この加護を破るには大神がその権能に大いに神力を込めて振るう必要がある大結界。

 事実、時折こちらへ向かってくる流れ弾を一つの例外もなく弾いている。

 本格的にそのご利益を目にするのは初めてだが、流石はエレちゃん様の加護と言えた。

 例え古代シュメル指折りの強者である眼前のお二方と言えど、破るには宝具と呼ばれる必殺の一撃が必要となるはずだ。

 

「とっておき、食らいなさい!」

「さあ、良い声を聞かせておくれ!」

 

 と、最初の方はこちらへの流れ弾をそれなりに気にしていたお二方だが、不朽の加護による絶対防御を見て気にする必要は無いと配慮を切り捨てたらしい。

 スーパー人外大戦は盛大な自然破壊を伴いながら、そろそろ佳境を迎えようとしていた。

 天井知らずに戦意のボルテージを上げていくお二方を見てポツリと呟く。

 

『良い空気吸ってんなー。一周回って楽しそう』

 

 とはいえこのまま冥界()が原因で天の女主人とウルク最強の兵器が相打ちとか割と洒落になっていない未来である。

 うーむ。

 仕方ないというかやむを得ないというか。

 やりたいかやりたくないかで言えば回れ右して俺は何も見なかったとエレちゃん様のいる冥界に帰りたいというのが本音なのだが。

 

『介入するか』

 

 短く、そう呟いた。

 




 お知らせ
 幽冥永劫楽土クルヌギア(略)⑤における宝石の翁について、原作設定等とのコンフリクトが激しい、このとんでもジジイの起用や所業はやりすぎという意見が多く見られたので、修正致しました。

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