【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。   作:土ノ子

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『介入するか』

 

 短く、そう呟いた。

 言葉にすれば覚悟も決まる。

 正直なところエレちゃん様の加護に恃むところは大いにあった。

 が、まあいい。何でもいい。

 このスーパー人外大戦に足を踏み入れる覚悟を固めるための材料になるなら何だっていいのだ。

 

『行くぞ』

 

 正直に言えば死にたくなるくらいに気が進まないのだが…。

 敢えて意思を言葉にし、眼前の戦場へえいやと一歩を踏み込む。

 更にもう一歩分、距離を詰めた。

 それをひたすらに続けていく。

 

「チッ!」

「おや…」

 

 当然その姿は互いの命脈を絶つために死力を尽くすお二方の目にも留まる。

 苛立たし気な視線が、興味を引かれたような呟きがそれぞれ向けられる。

 その全てを無視して天の女主人と生ける宝具が相争う戦場のど真ん中へ足を踏み入れ…

 

『不朽の加護、全開』

 

 エレちゃん様の加護ならば、その眷属たる俺にも多少は使い方も分かる。

 言葉とともに念じる。

 大きくなれ、もっともっと大きくなれと。

 その意に従って我が身を守る半球状の守護結界はその規模を爆発的に膨張させる。

 いまや俺を囲う不朽の加護は一軍をすっぽりと覆えるだけの規模へと急激な膨張を遂げていた。

 

「鬱陶しい…。下がっていなさい!」

「気に入らないけれど、同意見だ。ここは危ないよ?」

 

 そしてそんな破壊不能オブジェクトが唐突に戦場に出現したのだから、当然争い合う二人にとっても鬱陶しい邪魔物以外の何物でもない。

 もちろんこの二人ならばたちまちその神速を以て戦場を移すことは容易い。

 だがエルキドゥ殿はともかく、イシュタル様ならばそのプライドにかけて一介のガルラ霊に邪魔されてすごすごと引き下がるような真似はしまい。

 ほとんど付き合いのない間柄だが、何となく分かる。

 あの方は絶対にそういうところにこだわる意地っ張りだろう。

 だってエレちゃん様も地味にそういうところあるし。

 

「退かないのなら…!」

「良いのかい、イシュタル? その隙、遠慮なく突かせてもらうよ」

「こん、のぉっ! 邪魔よ、泥人形の分際で!?」

 

 当然自身が持つ最大火力で不朽の加護ごと吹き飛ばそうとマアンナに魔力を充填しようとするイシュタル様。

 もちろんその隙を見逃すほどエルキドゥ殿は甘くない。

 魔力充填に集中するイシュタル様へ攻撃を仕掛け、その溜め(チャージ)を中断させる。

 かといってイシュタル様もこの鬱陶しい、()()()()()()()加護を放置したくない。

 恐らくいま彼女は相当にイラついているはずだ。

 また機を狙って魔力を充填し、エルキドゥ殿に邪魔される。

 あとは延々とその繰り返しだ。

 はい、千日手の完成ですね。

 

『ここまでは、想定通り』

 

 呟く。

 流石に女神さまの耳に届くほどの声量を出す勇気は無かった。

 

『あとはお二方が乗ってくれるか、どうかか…』

 

 スゥ、と無いはずの肺に空気を取り込むイメージ。

 そして最大限の気合いを入れて、能う限りの大音声を張り上げた。

 

『偉大なる女神イシュタル様に申し上げます! どうか我が声に耳を傾け給え!!』

 

 喉も肺も無い身で、我ながらどういう理屈で声を張り上げているのやら。

 ともあれお二方が競り合う爆音を貫く勢いで放った俺の声は確かに狙い通りの人物に届いていた。

 

「……私の戦いに水を差す気? たかだかガルラ霊風情が」

 

 お二方の視線がこちらを向く。

 両者の間に漂う戦意は俺の横やりによって多少払われ、こちらの出方を窺う流れとなった。

 やがてイシュタル様が魔力を収め、鋭い視線とともにこちらの呼びかけに答えた。

 対してエルキドゥ殿はお手並み拝見とばかりに臨戦態勢を保ちつつ、イシュタル様から距離を取っていた。

 ここでどちらか片方が気にせず戦闘続行の意思を見せれば、こちらの企みはご破算だった。

 ありがたいことにこちらがやろうとしていることを邪魔する気は無いらしい。

 

『恐れながら言上仕りまする。イシュタル様のご威光はまさに天上統べる神々も驚嘆すべきもの。あまりに地上に、民草に無慈悲であらせられます。どうか無辺の慈悲を以てそのお怒りを静め、我が声に耳をお貸しくださいませ!』

「お前なぞに私の意思を制肘される謂れは無いわ」

 

 ツンと澄ました仕草で顔を背ける仕草に直感する。

 あ、これイケるわ。

 内心では引き下がりたいけれど体面のために引っ込みがつかなくなり、なんとか落としどころを見つけようとしているエレちゃん様にそっくりだ。

 となれば後は、誠心誠意褒め倒しつつうまい具合に互いが納得できる落としどころを探れば…。

 

『イシュタル様は私めに問いを投げかけられました』

「それが?」

『しかしながらその問いにお答えを返すにはあまりに時が足らず、またここは女神に相応しき場所ではありません』

「ふん…」

『故に時を改め、イシュタル様の神殿…エビフ山へ謁見に伺いたく存じます』

「あっそう」

 

 ううむ、反応が鈍い。

 もっとイシュタル様アゲを混ぜていくべきだったか?

 俺のゴマすりスキルもレベルが足りない…。

 

『無論、女神の時を頂くのですから、それに相応しき貢物も捧げさせていただきまする』

「貢物…? ふぅん、そう…。悪くないわ、ええ、悪くないわね」

 

 なんか気のない様子で相槌を打ってたのが一変した。

 精一杯クールな声を出そうとしつつその瞳から物欲が迸っておられる…。

 あ、エルキドゥ殿から失笑を漏らすのを精一杯堪えている気配が。

 そういえばギルガメッシ王もイシュタル様をこう評していた。

 あの女は何より宝石を好みながら、宝石との縁が致命的に欠けているのだ、と。

 であれば。

 

『貢物には宝石の類を多く含めようと考えておりますが、イシュタル様は如何お考えになられますか?』

「はあ? 立場を弁えなさい、雑霊。何故私がお前にそんなことを教えてやらなくちゃいけないのかしら? まあでも? ガルラ霊風情にしては? それなりに良い考えなんじゃないかしら」

 

 と、ツンツンしつつニマニマ笑って結局答えを教えてくれる女神さまが何か言ってる。

 最古のツンデレ女神かな?

 ちょっとばかり邪神成分が強すぎる問題はあるが。

 

『では準備を整えまして、いずれエビフ山へ謁見に参りまする。どうかしばし時を頂戴したく』

「良いでしょう。お前の到着を待ってあげる。忠告してあげるけど、あまり女神を待たせないことね」

『はっ。肝に銘じまする』

 

 ふぅん、と気のない相槌を一つ打ち、彼方へと飛び去ろうとするイシュタル様。

 その直前に矛を交わし合った仇敵へ捨て台詞を投げるのも忘れない。

 いやーなんというか流石です。

 

「それじゃあね。ああ、エルキドゥ。貴方との決着はまた今度にしてあげるわ。女神の慈悲に感謝なさい」

「彼の奮闘に免じてこの場ではこれ以上闘争を続けるのは止めるとするよ。君を見逃すのは()()()()()()のことだ。忘れないようにね?」

 

 ギチギチと空気が軋むような、視線の(せめ)ぎ合い。

 一触即発に似た危うい雰囲気が流れつつ、両者が同時に視線を切ると霧散する。

 そのままイシュタル様は一条の流星となってエビフ山の方角へ向けて飛び去って行った。

 

『なんとか、なったか…』

 

 ふぅ、と今度こそ溜息を吐き、肩を撫で下ろす。

 いやあ懐かしい。

 ギルガメッシュ王との圧迫面接以来だな、この無いはずの胃痛の感覚。

 

「やあ、災難だったね。エレシュキガルの眷属殿」

 

 と、最大の胃痛の原因が飛び去っていき。

 当然残った片割れ、エルキドゥ殿がこちらにむけて悠然と歩み寄りながら語り掛けてくる。 

 俺に叶う限り礼を尽くして言葉を選ぶ。

 

『お初にお目にかかります、エルキドゥ殿。ギルガメッシュ王が誇る最強の兵器(チカラ)にして財宝(タカラ)。かのお方と唯一肩を並べる者。美しい緑の人』

 

 出会えて光栄です、と頭を下げると彼/彼女は涼やかに微笑んだ。

 




 並行して執筆中のオリジナル小説のストックが尽き、向こうの執筆との兼ね合いもあり、そろそろ不定期更新(ガチ)になりますが、ご理解頂ければ幸いです。
 お暇つぶしにオリジナル小説の方もお読みいただけますとなお幸いであります(宣伝)。
 拙作のオリジナル小説『騎馬の民、シャンバラを征く(略)』はモンゴル&チベット風の山と草原に跨る異世界を舞台にしたボーイミーツガールから始まる冒険譚です。
 『もののけ姫』『ラピュタ』などのジブリ作品やその他たくさんの作品を鑑賞して感じた異文化感、ワクワク感を目指して自分なりに作りこんだ小説となります。
 本作とはまた大分作風が違いますが、きっと楽しんで頂けると思います。
 筆者(土ノ子)のページの投稿小説リストから該当小説まで飛ぶことが出来ます。

 以上、どうぞよろしくお願い致します。

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