【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。 作:土ノ子
そうして第三冥界を突破し、辿り着いた第七層天文台メツィティトラン。
終末観測所に住む星詠み姫のイシュキックと私達は出会った。
真っ白なアルビノの、巨大な首長竜の姿をしたディノス――否、この異聞帯における『星の頭脳体』。アーキタイプ:アースだ。
心優しく聡明な彼女からデイビットの足跡やミクトランの歴史についての話を興味深く耳を傾けながら、不意にある一言が出た。
キッカケは人類とディノスのズレ。
世界の滅びというカタストロフィへのスタンスだ。
「ORTによって世界は滅ぶ。ですがそれは忌避すべきことではありません」
「――だって自分達が助かりたいから世界を守るだなんて、
「……っ、それは」
会話の中でイシュキックが何の気なしに口にした言葉にマシュが口籠る。
「世界が壊れることで生命が絶滅するとしても、それは摂理であって悲劇ではありません」
「生命はみな平等で、特別な個体はない。死も等しく訪れるもので、優遇していい生命はない」
「だから――――何があろうと、誰であろうと強く悲しむ必要はないのです」
「誰かを守りたい、何かを守りたい」
「そういった理由で戦うことは生命として間違っているのですから」
きっとマシュはイシュキックの言葉が正しいと思い、だけど私のために何も言えなかったのだろう。
彼女に悪気はない。命は平等であるという前提に立ち、
”正しい”のはイシュキックだ。
「私には皆さんを止める権利はありませんが、ORTによってミクトランが滅ぶことを懸念しているのであればそれは不要です。
だってデイビットがORTを起こさなくても、ミクトランの終わりはすぐそこまで来ているんですから」
「――――は?」
あまりにも穏やかにイシュキックが告げた”終わり”に私達の目が点になる。
絶滅を目前にした生命として違和感を覚える程に彼女はあっけらかんとしていた。
「テペウ兄、話していなかったのですか?」
「ミクトランの太陽はじきに限界を迎えます。あと10回の往復の後、太陽は爆発し、私達は絶滅する」
「ミクトランはもう滅びが決定している世界なんです。ディノス達はみんな知っていますよ」
その正しさを証し立てるように、穏やかにイシュキックは告げる。
世界の滅びすら鷹揚に受け入れるディノスの高潔さを。
凄い。尊敬する、という言葉では足りないくらいに凄い。私では絶対にディノスのように在れない。そう確信できるほどに。
(でも、それって――)
だけど私の胸の中でもどかしい気持ちがグルグルと巡る。言葉にならない思いを吐き出せない。
そんな時、
「――いいのですよ、マシュ、藤丸。
横からそっと言葉を差し挟んだのはルーラーだった。私達を見て、懐かしそうに微笑んでいる。何故だろう、少しだけ日本のお父さんを思い出した。
「むむむ。お義兄様、それはどういうことですか? 間違いは間違いでしょう? 何故過ちを肯定するのですか?」
難しそうな顔で可愛く小首を傾げるのはククルカン。
素朴であり、微笑ましさすらある疑問に律儀に付き合うルーラー。思えばククルカンからの問いかけにルーラーは必ず答えてきた。導くように、軌跡を示すように。
別に何かある訳ではないが、ふと気になった。
「ええ、貴女が言う通り間違いは間違いだ。ですが人間はその不完全さとともに生きてきた。つまりは間違いを犯しながら現在を生きているのです」
「間違いを犯しながら生きる……?」
今度こそ理解しがたいと腕を組んで首を捻るククルカン。微笑ましい姿だ。この異聞帯には存在しないジェスチャーなので、もしかしたらカルデアのスタッフの誰かがしているのを真似たのかもしれない。
「限りなく完成された生命であるディノスには理解しづらい感覚でしょう。ある意味その不完全性こそが人類とディノスを分かつ最大の差なのかもしれません」
「……とても興味深いです。お義兄様が見たディノスについてもっと知りたい」
「ふむ」
ルーラーは言い過ぎたかと悔いるように額に眉を寄せた。少し迷うように周囲を見渡したが、私を含む全員が続きを待っているのを見るとやがて諦めたように口を開いた。
「……言うまでもなく人類は不完全です。小さく、弱く、その癖多様だ。常に外敵に脅かされ、怯えながら身を守るために身を寄せ合い、しかしその多様性故にいとも簡単に分裂する。概ね時代を遡る程人類の
「……外敵はともかく同族で争うのですか? それはあまりにも――」
「
「……」
「ハハハ、私達を気遣ってくれたのですね。ありがとう、ククルカン」
困ったように沈黙するククルカンを見て穏やかに笑うルーラー。
「ですが個体ではなく種族として見た場合、それでよかったのだと思います。
人類は不完全な生命だったからこそ完全を求めた。欠けたものを満たそうとした。あれが欲しい。手に入れたモノは失いたくない。他者より優れていたい。死にたくない、生きたい、
ルーラーは決して私やマシュの方を見ないけれど。ククルカンは痛ましそうに顔を歪めたけれど。
その言葉に込められた
「不完全さ故に完全性を求めた人類は数多の欲望を肯定し、進歩を重ねました。時に取り返しのつかない過ちを重ねながら、せめてもの次善を掴み取ろうとした」
「なるほど。確かにディノスは人類と比べ、多くの点で満たされています。我々は満たされていたが故に進歩を必要とはしなかった」
と、ディノスであるテペウが頷いてそう応じる。その言葉にはディノスの優越も、人類への侮蔑のどちらもなく、ただただ客観的な知性と好奇心だけが籠っていた。
「こうありたい、と自発する生命が人類なら。
こうあるべき、と自制する生命がディノスです。
あるいは正しさを選ぼうとして間違える人類と、間違いを犯さないディノスと言い換えてもいい」
正しい事と、間違いを犯さないことは違うのだとルーラーは語る。
「ディノスの知性故にコミュニケーションが滑らかなため誤解しそうですが、人類とディノスは種の方向性が違いすぎる。ある意味では魔獣や幻想種以上にその差は大きいかもしれない」
一理あるかもしれない。
これまでの特異点や異聞帯で出会ったどの生命も『生きるために戦う』という点で一貫していた。『価値観』という点でディノスは異質だ。もちろんこの場合はいい意味で、なのだが。
「取り返しのつかない過ちを犯しながらも次の最善を目指して諦め悪く
どちらが上か下かという話ではない、と断りながらも自負を込めてルーラーは語る。
人類とディノス。どちらにも長所はあるのだと。
と、ここまでルーラーの言葉を聞き、俯きながらジッと考え込んでいたククルカンが顔を上げる。緊張を表に表し、一歩踏み込んだ。
「ディノスは……マィヤは、間違えたと思いますか? もし6600万年前にディノス達をもっと違う
それは形にならない
私達から見ればディノスは限りなく理想的な知的生命体。でも
どこか祈りにも似た問いかけに、ルーラーは――ハッキリと首を横に振った。
「私はそうは思いません。というよりも正誤で判断しようとする思考こそが間違いでしょう」
「……それは、どういう?」
「私は人類の善性を美しいと思いますが、その悪性を軽視するつもりもない。
何の意味もない浪費と殺戮のために消費される
そうだ。私達が拠って立つ足場は血に濡れている。切除された異聞帯の命を考えるまでもなく、人類はそれだけの血を流して
「しかしディノスは万の年月を経ても過ちを犯さなかった。これは人類が有史以来一度たりとて得られなかった得難い善性でしょう。本当に素晴らしい。この時点で単純に人類とディノスを比較することは出来ません」
隣の芝生は青く見える、ということわざがあるとルーラーが紹介し、テペウやククルカンは興味深く聞いていた。
それだけ他人との比較という行為がミクトランには存在しなかったのだろう。
「だから私がディノスについて口を挟むことは何もない。ですが敢えて言うならマィヤは
「欲、張る……?」
理解できないとポカンとした顔のククルカンへルーラーはあっけらかんと
「人類とディノス。双方のいいとこどりを狙って悪いということはないでしょう? 互いに改善すべき点があるなら変わるのは今からだって遅くはない。我々もディノスには見習いたいところが本当に多くありますから」
遠い、尊敬すべき隣人を真似ることは近づくための第一歩であり、今は無理でもいつか本当の意味で両者は理解し合うことができるかもしれないと。
ルーラーもまたありえたかもしれない
(ううん。違う、もしもで終わらせちゃダメなんだ)
ミクトランは滅ぶのだろう。ORTや私達とは無関係に、滅ぶのだろう。終わるのだろう。
でも本当の意味で終わらない。
そのためにも――、
「ぃよしっ!」
「せ、先輩!?」
パン、と頬を張る。うん、気持ちは切り替えられた。もう迷わない。
「ありがと、ルーラー。気合が入った」
戦う理由を再確認した。もう一つ、戦う理由が増えた。
人類とディノスは単純に比べるにはあまりに違いすぎるイノチだ。
ディノスは凄い。そして人類は
その上で私はディノスのいいところを見習い、人類の悪いところを見直していきたい。そのためにもここで終わる訳にはいかない。
そして心情に変化があったのは私だけではないらしい。
「ふ、ふふふふ――アハハッ! ああ、なんて簡単なことだったのでしょう! だというのに私達は何故……いいえ、大事なのはこれからですものね。
ありがとう、
普段の親し気な顔とも違う、大人っぽい気配でルーラーを見て高らかに、晴れがましく笑うククルカン。
そう、なんというか透徹して、神々しい。ククルカンを通してミクトランの
「実に、興味深い語りでした。不完全故に完全を求めて試行錯誤を繰り返す。時に過ちを繰り返しながら。無駄を善しとし、過ちを受け入れる。あなた達はその重なりを歴史と呼び、物語と呼ぶのですね」
テペウもまたいつもは理知的な瞳に輝きを灯しながら冷静に、でも少しだけ力を込めて語る。
「それは確かに私達にはない価値観だ。ディノスはエネルギーの浪費を嫌います。無意味な活動に価値を見出さず、個体として完結したディノスは変化の必要が無かった。私達は6600万年の年月を重ねながら変わることなくマィヤが創り出した幸福と安寧の揺り籠でただ生きてきた」
あくまで客観的な視点を崩さずに。
「それが悪かったとは思いません。ですがより善い道を提示されたなら苦難を予見していようと歩むべきなのでしょう。あるいは間違うかもしれずとも、あなた達を見習って一歩ずつ前へ」
「テペウ……ありがとう」
だけどテペウ、私達の友達はディノスの在り方を変えて私達へ手を差し伸べてくれた。
もちろん私達もその手を取る。遠い遠い場所にいる私達の友達の手を。
「マィヤ、私達は――」
それを、ククルカンが眩しそうに見つめていた。気がした。