【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。 作:土ノ子
異聞帯のビースト、カマソッソ。
彼と戦い、力戦し、力負けした。そう言っていいだろう。
こちらの行動を重ねるとカウンターで発動する
元からビースト相手に正面から戦うのは無謀なのだ。それでも何とか戦いになっていたのはひとえに特級戦力であるルーラーの奮闘だろう。
正面でカマソッソの攻撃を引き付けるルーラーを主軸に立ち回り、なんとかその猛攻を凌いでいた。
が、
「――消えた?」
地底山脈の暗闇を、さらなる暗闇が再び覆った。カマソッソが従える光を吸い込む蝙蝠の群れが飛散したのだ。この蝙蝠も一頭一頭がディノスの生体波動を貫通して吸血してくる魔獣。油断はできない。
マシュの後ろで構えながら私達はカマソッソの出方を窺い……蝙蝠とともにビーストもまた消え去ったのを確認する。
「向こうが押していた。退く理由はないはずだが……」
「いや、違う。ニトクリスがいない!?」
私、マシュ、ダ・ヴィンチちゃん、ハベにゃんにテペウとワクチャン。あとルーラーは無事だが、ニトクリスだけがいない。
そういえば堂々と次の機会を狙うって言ってたもんね。
ルーラー目掛けてゴッツンゴッツン痛いのを何度も入れてたからそっちに集中していた。迂闊だった。
「みんな、まだいける?」
特にカマソッソの猛攻で骨が何本かへし折れてそうなルーラー。
視線だけで問うと、ボロボロの見かけとは裏腹に力強い頷きが返ってくる。
「無論。とはいえ再戦には回復魔術を頂ければ」
「ん、了解。ちょっと待ってね」
白を基調にしたこの決戦用カルデア制服には回復魔術のサポート機能もある。前線回復スキルをルーラーにかけると全身の傷が光り、少しずつ癒えていく。
「みんなも呼吸を整えていて。ルーラーが治ったらすぐカマソッソを追う」
「一応聞いておきます。二トクリスを置いて先に行くという選択肢は?」
「ないよ、テペウ。もちろん同行を強制できないけど」
「もちろん同行します。今のはそう、言ってみただけというやつです」
とぼけた顔での問いに即答すると、さらなるとぼけた答えが返ってきた。
どこまでが本気でどこまでが冗談か分からないが……テペウのことだから多分全部本気な気がするな。
「テペウよぉ、答えが決まってるならなんで聞いたんだぁ?」
「敢えて言うなら確認、でしょうか」
「確認?」
「ええ、今の戦闘で我々がカマソッソに勝つ可能性が極小であることが判明しました。勝てない戦いに挑むのは無駄です。ならばカマソッソを無視して先に進むのが合理的……と、あなた達に出会う前の私ならそう言ったでしょう」
「……でも、今は違うんだ?」
サッカの儀式で私とテペウのチームで決勝戦を執り行うとなった時、
あの時から大して日数も経っていないのに、随分遠くに来たように思った。
それはきっと私達だけではなく、テペウもなんだろう。
「はい。たとえカマソッソに勝てずともニトクリスを助け、逃げることはできるかもしれない。限りなく低い可能性だったとしても、今の私はそれに挑みたい。こう思えるようになったのはきっとあなた達のお陰なのでしょう」
「テペウの話はなげぇなぁ。要するによ、藤丸達をすげぇ! って思ったから真似しようってんだろ? 懐かしいなぁ、オレも親父を見習って強くなったんだぁ」
「……ええ、どうも私は考えすぎるようだ。そうですね。私はきっと
ワクチャンの素朴すぎる言葉にテペウが
穏やかで、理知的で、少しとぼけた彼が意外と見せない笑顔だった。
「……実に心強い。藤丸、行きましょう。ニトクリス殿を助けに」
「うん。みんな、行こう!」
しばらく呼吸を整えている内にルーラーも回復してきたらしい。外傷だけではなく魔力もだ。何度となく強力な火力を撃ちまくっていたというのに驚異的な回復速度。まるで他所から
私は少しだけ疑問に思いながら、ニトクリスを助けるために先を急いだ。
◆
重い瞼を開けば暗闇が広がっていた。
頭の働きが鈍い。どうやら私は気を失っていたらしい。
「う……ここは」
覚醒に合わせて周囲を見渡せば、剣山のように尖った山々の頂きに崩れかけた廃墟が建てられている。見覚えのない地形だ。
「目覚めたか。激しき女よ」
「カマソッソ……ここはどこです? 他のみなは」
「蝙蝠が群れるオレの塒、闇が潜むオレの棲み処。即ち『恐怖の館』と知るがいい」
その右手に滴る鮮血を舐めとりながら答えるカマソッソを睨みつける。が、意に介さず顔をしかめた。
「ふむ。折角だからと吸ってみたがやはりサルの血はマズイ。少しは美味くなる努力をすればよいものを」
「何の話を……ああ、そういうことですか。ファラオの玉体を傷つけるなど不敬ですよ! それも眠っている女になどファラオでなくとも大変失礼です。猛省なさい!」
首筋が痛む。手で押さえると少量だがヌルりとした液体の感触。手を見れば真紅の色。
カマソッソに血を吸われたのだと気付き、乙女の端くれとしてカマソッソを糾弾するが、当の本人はどこ吹く風だ。
「うむ、許せ。オレは我慢が利かぬカマソッソ。吸いたくなれば吸う。攫いたくなれば攫う。それがオレだからだ」
「……行き当たりばったりなのですね。それで、何故私をここに?」
「忘れた。覚えていない。カマソッソは気紛れだ。そして過去を振り返らない。だが一つ問おう」
なんて胡乱な男だろうか。こちらの話は何一つ聞かず、その癖自分勝手に話を進めていく。
ぐいと近寄り、顔を覗き込んでくる異形の男を睨みつける。が、どこ吹く風とさらに近寄られ、目があった。星無き夜のような、漆黒の瞳だった。
「お前は何故忘れない? お前は何故ことを成した後に自らの命を絶った?」
「どこでそれを? あなたに生前の話をした覚えはありませんが」
「カマソッソの鋭き耳を知らぬのか。カーンの廃墟とチチェン・イツァーは近い。お前の話は風に乗って俺の耳に届いていた」
確かに、己の過去をチチェン・イツァーで語ったことはある。だがそんな遠方から盗み聞きをされるとは。とんでもない聴力に思わず感嘆の視線を送ってしまった。
「答えろ。お前は復讐を成した。復讐の後の解放こそ、お前の人生の報酬だった。なのにお前は自らの命を絶った。楽園とやらへも行かなかった」
理解が出来ぬと、カマソッソは
「はなはだ疑問だ。困難を乗り越えた後の救いを拒むとは! お前の人生は一体何のためにあった!?」
「それは……神官たちの暗殺計画に全霊を注いだので、楽園に旅立つ準備ができなかったから……」
「嘘だな。神官どもを殺した後、いくらでも時間はあったはずだ。外敵のいない王なのだから」
苦し紛れの誤魔化しはあっさりと切り捨てられる。
「神官どもを冥界で永劫に苦しめるため? それも嘘だ。そんなものはお前が出向かずとも冥界のシステムが勝手にやる。
お前は最初から楽園に行く気が無かった。そこは正直に話せ。カマソッソは嘘が分かる」
嘘が分かるのは本当だろう。これほど鋭い感覚と、人を見る目を持った男にはあったことがない。
「分からないのはお前が何故そうしたのかという理由だけだ。まさか――まさか、お前は自分を罪人と考えたのか?
絶対的な正義、復讐の権利を持ちながら
「……………………」
「語らず。沈黙とは肯定……はは。はははははははははははは! 復讐者として生き、それを成し遂げながら! 復讐者である自分を拒み、裁かれるべき罪人と証明した!」
けたたましく笑うカマソッソ。だがそこに嘲笑はないのだろう。それどころか私を見る目は……どこか、太陽を見るような。
居心地の悪さに私は身じろぎした。
「この上なく愚か。だがこの上なき我の強さ。太陽の女よ、カマソッソは理解した。お前は神になるのではなく、自らの信念に殉じたのだな」
「そういうことに……なるのでしょうか」
けして誇りに思えない私の
「納得した。カマソッソは満足だ。退屈な食事に戻るとしよう」
「待ちなさい。こちらだけ過去を探られるのは不公平……というか不愉快です。なので私も質問をします。いいですね?」
「……手短にしろ。カマソッソの気は長くない」
「あなたはミクトランの真の王と名乗った。なら滅びを前にしたミクトランをどう考える? 太陽は滅び、あなたもまた消滅するのですか?」
滅びを前にこの男はどう考えるのか。そのスタンスには純粋に興味があったし、カルデアとして確認もしておきたかった。
だがカマソッソは退屈そうに欠伸をするのみ。さして関心を持っていないようだった。
「カマソッソは滅びない。滅び去るのはミクトランのみ。ディノスは絶滅を受け入れるだろう。だが俺は違う。地の熱さえあればいい。元よりカーンとはそういう文明だ」
「……カーン王国。やはり、我ら人類とはまた異なる生態でしたか」
「10万年をかけ地熱を糧に生きる哺乳類はヒトとなった。10万年の
「600万年……」
何という膨大な時間の連なりだろう。ただ一言で紡がれる、カマソッソの時間の堆積に思わずめまいがしそうだった。
「王の権能は”不死身”。それだけがカマソッソの武器である」
「武器……本当に? あなたにとって不死身とはただそれだけのことなのですか!?」
「当然だ。何を怒る? 太陽の女よ」
「怒る? 何故私が怒るなど。その目は節穴か、暗闇の王!」
「……とんでもない女だ。カマソッソの手に負えぬ」
彼の言葉があまりに胸を衝いて、思わず叱りつけてしまう。いけない、冷静にならなければ。息を整え、気持ちを静める。
だがカマソッソは理解ができないと首を傾げるのみ。ますます腹が立った。
「太陽が消えようがORTが
何の苦しみも憂いもない、自らの影すらない、”今”が永遠に続くのだ」
「……やはり、あなたは……」
何もかもを忘れ、何一つ自分に与えないことでカマソッソは600万年を生きたのだ。……生きるしか、なかったのだ。
彼に同情するのは……
「もういいか、死霊使い。この山頂から出れば殺す。それ以外は自由にしろ」
「随分と自由を許すのですね、カマソッソ」
「カマソッソは縛られぬ。故に縛ることもない。だが……ああ、言うべきが一つあったな」
何でもないという風に見せて、カマソッソからの圧力が高まる。
宙を飛翔していたカマソッソが私の前に降り立ち、暗い黒の瞳が私を覗き込んだ。
「異霊にだけはなるな。カマソッソはそんなものを見ない。そう決めた」
「……だから私を攫ったと?」
「知らん。知らん。カマソッソは覚えていない」
ケタケタとおかしそうに、空虚に笑いながら再び暗闇を飛び回るカマソッソ。自由奔放な振る舞いのはずがそうは見えないのは何故なのだろうか。
「そういうことにしておきましょう。ですが私を攫ったのは迂闊でしたね。彼女は
「彼女?」
「我が同盟者。あなたの言うカルデアの神官。人類最後の戦士が、ここに来ます」
藤丸立香。私の同盟者を思えば自然と苦笑がこぼれた。
「まさか。獣を見、知りながら挑む程愚かだと?」
「ならば賭けますか。蝙蝠の王」
「賭け?」
これは賭け……などというものではない。だってどちらの目が出ても私の勝ちだからだ。それでも多分カマソッソは乗るだろう。そう思った。
「彼女がここに来るか、否か。私はもちろん前者に賭けますが」
「……何を賭ける。褐色の女」
「”私”を。これ以上あなたに手向かわず、その言葉に従うと誓いましょう」
そして……”私”が続く限り、あなたの隣にあろう。まあ、けして成立しない代価だが、思うことは自由なのだから。
「いいだろう。戯れてやろう。お前の賭けに乗ろう」
そうしろと彼は言い、そうすると私は言った。条件付きで。ならば乗る。
私の見立ては当たった。
「カマソッソは冥界の玉座を賭けよう。勝てば持っていけ。負ければ――」
「全て、聞きましょう。何を?」
「ここに留まるがいい。あとは自由にしろ。カマソッソは縛らぬ」
何の意味もない条件に思える。むしろカマソッソにばかり不利な条件なのはそれだけ自分の勝利を確信してか。
「いいでしょう――そして早速ですが賭けは私の勝ちです」
「なに……?」
「聞こえるでしょう、暗闇の王。その耳の鋭さは私よりあなたが上のはず」
ガチャガチャと、ガヤガヤと。騒がしい足音。
賑やかですらある音を耳にしたカマソッソは腹を抱えて笑った。
「ハ――ハハハハハハハハッ!! 愚か、あまりにも愚か! 勝ち目はない。逃げ場はない。自らカマソッソに血を捧げに来たか、カルデアの神官!」
「ニトクリスを取り戻しに来た! 文句ある!?」
「無論、あるはずもない。そうでしょう、カマソッソ? これで賭けは私の勝ちだ」
「……ニトクリス? 賭けって」
「ご安心を、同盟者よ。やっとこのミクトランで私が果たすべき役割がわかりました」
笑う。マスターに向けて。これでようやく役に立てる、と安堵しながら。
その笑みを見たカマソッソが何故か焦った顔を見せた。
「――止めろ」
カマソッソが、叫ぶ。
「止めろ止めろ止めろ――! オレは見ないと言った。カマソッソの言葉を忘れたか!」
自らの危機ではなく、私が変わることを恐れた。
「お前の心は、矜持は他者に捧げられるためのものであってはならない。神の供物になどなるな、他人のためになど生きるな! かくも激しく、かくも悲しい女よ」
最後の言葉はどこか哀願にすら似ていた。
「――これ以上、お前の人生を灼き尽くすな」
私を案じてくれるのですね。カマソッソ。偉大なる王。
あなたはそう呼ばれることを厭うでしょうが……やはり、私もあなたを偉大と思う。あるいは最も偉大なファラオに劣らぬ、私では及びもつかない偉大なる王なのでしょう。
「
納得よりも悲しみを込めて思わず呟く。
私は、私の復讐を後悔していない。いいや、
だから私は楽園に行く気はなかった。死後の準備を整えなかった。
罪を――背負いながら生きることにした。
(だからあなたを私にこだわった、のですね。どんな理由があれ、あなたは罪に背を向けてしまったから)
言葉にすればそれは彼の矜持を傷つけてしまう。だから胸の内だけで呟く。
「あなたは何もかもを忘れ、苦悩を踏み倒すことで永遠の
カーン王国の、文字通り
だってそうだろう。
600万年。600万年だ。汎人類史。私達が遡れる記録の全てを積み重ねても一欠けらにしかならない年月をカマソッソは生き続けた。それはほとんど永遠と言っていい時間の積み重ねだったのではないか。
死にたくても死ねず。償いたくとも誰もいない。永劫に続く孤独とは地獄に似ている。
「愚か、この上なく愚か! カマソッソにそんな感情はない。
オレの
「責めているのではありません。憐れむのでも。ですが、やはりそれは罪だったのです。カマソッソ」
「罪……? オレに罪を、咎を語るか!?」
「ええ、言います。そしてその罪を、咎を私が
かつての私は兄弟を助けられなかった罪はもちろん
恩讐を超えた先で、今一度復讐の業火に身を委ねよう。ありえなかった私の続きへ手を伸ばそう。
そのために必要な象徴は――心臓。
「我が死後に、我が罪を量る心臓は不要!」
右手を胸の中心に置き……五指を皮膚に食い込ませ、肉を割き、臓腑ごと抉り取った。
酷く、寒い。空っぽになった胸が
「――
我らの世界に在っては死後の罪を量るもの。
このアステカ世界に在っては神へ捧げるもの。
強大で、偉大で、でも私を徹底的に変えてしまう神性の濁流に押し流される。これはアヌビス神の意志ではなく私自身の意思。必要だからと決断した選択の果て。
後悔はない。でも少しだけ怖い。私が私でなくなってしまうのは、どうしようもなく怖かった。
(暖かい……)
なのに、最後の最後で私は変わらなかった。変わらずにいられた。私の魂が暖かい
それはきっとエジプト第六王朝の歴代ファラオ……私の兄弟や先達の王達の加護だったかもしれない。