【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。 作:土ノ子
デイビット・ゼム・ヴォイド。
最後のクリプター。セムの男。虚空のうろ。イシュキックが見通せなかった人型の観測不可領域。
「冥界行ならばこちらが先輩だと驕っていたようだ。流石はカルデアのマスター。歴戦だな」
その男がいつの間にか私達の背後に迫っていた。
「……あなたがくれた物資が無ければ多分無理だったかな。だから言っておくね。ありがとう」
正直助けてくれた理由がわからなくて不気味だし、掴めないところがあるけれどそれはそれとしてお礼は言う。筋を通すのは大事だ。たとえこれから戦う敵であろうと。
「気にするな。今のはこちらの目算が狂ったことの感想で、お前らにここへ来てもらうのは想定の内だからな」
が、なんでもない顔で流された。ちょっと初めての反応だった。
「……どういうこと? それ」
「なに、大した話じゃない。ただの保険だ」
「保険?」
「俺が失敗した時はお前達が最後の希望だ。後は任せる」
「――――は?」
なんだそれは。
ORTを目覚めさせ、世界を滅ぼそうとしているのがデイビットで、私達はそれを止めに来ている。
なのに私達が最後の希望? まるで意味が分からない。
「それは如何なる理屈だ、クリプター? あなたは何を狙っている?」
その視線が問いかけたルーラーに向く。
「キガル・メスラムタエア。俺達とは異なる編纂事象から来た異邦の英霊。噂には聞いていたが、会うのは初めてだな」
「互いに伝聞でのみ知る者同士、礼節としてはじめましてと言わせて頂く。聞いた通り随分と変わった方のようだ」
「言葉を飾らなくていい。人間とは思えない、だろう? それは事実で、俺はそこに何を思うこともない」
淡々と言葉を重ねる二人。だがやはり異質なデイビットにルーラーは戸惑っているように見えた。
一秒、二秒。デイビットがルーラーを”視”、……そして視線を外した。もう興味がないと示すように。
「聞いていた通りの男、だな。計画遂行の障害とならないと判断したのは正しかったようだ。お前は俺の敵じゃない」
「……ふむ。私はともかくカルデアはそう容易くはないと存ずるが?」
こちらの最大戦力の一騎であるルーラーが敵じゃない? ルーラーも含めて皆が首を傾げるが、デイビットもまた首を横に振った。
「もっと本質的な話だ。ルーラー、
「……それは」
「ルーラー……?」
「違うのならそうと言えばいい。お前が主人と仰ぐ彼女の前で」
私達の間に小さな動揺が走る。
本来なら、違うと一言言えばいいだけの問いかけだった。それだけの信頼をルーラーは築いたのだから。なのに、口篭った。
「……嘘」
なにより生体波動を
デイビットの指摘が事実であると彼女は気付いた。そして彼女が気付いたことに私達も気づいた――動揺が連鎖し、拡大するのが分かった。
「どうやら賭けはオレの勝ちのようだ。お前が全てを明かしていればオレに勝ち目はなかっただろう」
ルーラーと私達の間にあった僅かな間隙をデイビットは突いた。
それに得意げになるでもなく開いた間隙を淡々と抉じ開けにかかる。正直、私自身動揺を収め切れていない。
「では戦おう。カルデア。時間稼ぎといかせてもらうぞ」
デイビットに纏わりつくように複数の影……いや、虚空が現れる。
黒ではなく、あらゆる色を吸い込むが故に結果として黒に塗りつぶされた存在のブラックホール。今までの経験では比較的
「ORTの『棺』まであと20メートル。俺の歩みを止めてみろ」
何かの歯車がズレたまま、私達は戦いに向かった。
◆
一歩。また一歩。ゆっくりとデイビットが近づいてくる。
虚空の影と、サーヴァントやUがぶつかり合う縫い目をスルリスルリとすり抜けてくる。私自身その姿を捉えながらみなの指揮とフォローに手一杯。デイビットが悠然と歩み去っていくのを横目で見ているしかなかった。
(止められない……!?)
戦いは奇妙なシーソーゲームの様相を呈していた。
まるで合わせ鏡のようにこちらが攻勢を強めれば虚空の影もまた勢いを増す。
結果、デイビットの歩みを止められない。それでも全力を傾け、なんとか私達が競り勝った。
「2秒遅いな。オレはもう棺の前だ」
「痴れ者め。1秒あれば十分だ!」
そして遂に『棺』へ続く断崖の縁にデイビットが辿り着いた。もう余裕がない!
U-オルガマリーの雷撃がデイビットを灼く……いや、何故か雷撃がデイビットに吸い込まれた!?
「ありえない! サーヴァント以上に頑丈な人間がいる訳がない!」
「簡単だ。オレに異星の神の攻撃は効かない。何故なら――異星の神の心臓がここにあるからだ」
グイ、と強引に開いて見せたジャンパーから覗く胸元には……人類規格に合わない異形の臓器を無理やり移植した痕跡があった。
それを見たUが頭痛を堪えかねているように顔をしかめ、声を荒げる。
「ぐっ……! そうか、思い出したぞ。あの時――」
「地表で咄嗟にボーダーを守った君の消耗を突かせてもらった。テスカトリポカは生きたまま心臓を抉る名人だ。小細工もした。とはいえ誤魔化せるのが二日程度と考えていたが……結局君は気付かなかったな」
それは何故、と私も考えるがすぐにデイビットが言葉を続けた。
「不思議に思っていたが理解したよ。君は、『弱いままの自分』ならカルデアとともにあれると思っていたんだな」
「ッ! 違う、私は――」
「愚かだな。少なくともORTを止めるという一点においては」
動揺するUへデイビットはどこまでも淡々と『正しい』言葉を吐く。Uが怯えたようにビクリと身体を震わせた。
その一幕に、何故かすごくムカムカした。
「――なら、私はその愚かなUが好きだ。あなたが馬鹿にしたオルガマリー所長が大好きだ!」
いいじゃないか、愚かでも。馬鹿でも。間違っても!
どれだけ罪を重ねたって、どれだけ道を違えたって、まだやり直せるんだって信じてもいいじゃないか!?
「私のトモダチを馬鹿にするな、こんちくしょ――――っ!!」
力の限り、腹の底から思い切り叫ぶ。
腹が立つ! 腹が立つ! 腹が立つ!
ハラワタが煮えくり返る思いのまま、私はデイビットを睨みつけた。
「――その反応は予想外だった。少し、驚いたよ。藤丸立香」
「無表情でそんなこと言われてもさぁ、響かないんだよ!? もうちょっと! こっちの事情を! 考えろ!」
「無茶を言う。すまないがこちらに忠告を実践する”次”はない。代わりと言っては何だが君達に情報を提供しよう」
腹立ちのまま怒った私に向き合ったデイビットの頬には……笑み?
気のせいかと思える程に微かな笑みがあった、気がした。
「――君達がORTを倒した”次”に必要となる情報だ」
「ORTを倒した――”次”?」
ORTを倒すなど絵空事にしか思えない状況でその”次”?
冗談にしか思えないが、どう見ても冗談を言っている顔ではなかった。
「ああ。元々はキリシュタリアとの約定だった。だが、今なら微かだが奴の気持ちが分かる気がする。宇宙全体に対する地球に等しい程度の量だが」
キリシュタリア? 彼が、一体……?
「キリシュタリアとの約束……?」
「言い交したわけではないが互いにそう理解していた。万が一それぞれのプランが失敗した場合に備えておくべきだと」
「何を……貴方は一体なにを言っているのですか、デイビットさん! あなたは一体何がしたいのですか!?」
あまりにも理解不能な言葉と行動。一貫性が取れない不条理の塊。その癖後からその行動を見直せば合理の一言。カドックの評価は全く正しかったと思い知る。
今もそう。ORTを目覚めさせようとしながら、ORTを倒した”次”の話をしようとしている。
理解不能を体現した男、としか言いようがない。
「何がしたいのかと聞いたな、キリエライト。
単純だよ。オレの目的は『秩序の維持』だ。それが人類にとって善い事だと判断した。
七つの異聞帯が切除された時、
「ヤツ? 人理保障?」
感情ではなくデイビットなりの理性で避けるべき未来を語るが、やはり意味が分からない。デイビットの言うヤツは明らかにU-オルガマリーを差していないのは明らかだ。
一体何を言っている、デイビット!?
「その前にオレは地球を破壊する。その方法でしかカルデアを───────元凶である
時が凍る。
そして、ゆっくりと動き出した。
「異星……………………は? カルデアスが? それは、どういう」
「ありえません! いくらカルデアスが極小規模の惑星天体モデルでも――」
「そう。君が思う以上に精密、精巧な地球のコピー。サイズと歴史だけが異なる地球。つまりは異星だ。マリスビリー・アニムスフィアが作り上げた執念の産物」
異星の神。U-オルガマリー。オルガマリー所長。かつてレフの手でカルデアスに飲み込まれたあの人。……そういう、ことなのか?
地球白紙化現象。オルガマリー所長の『異星の神』になったのも……カルデアが全ての元凶なのか?
「俺はマリスビリーに計画を止めるよう迫ったが、奴は拳銃自殺によってその手段を絶った。見事だよ、この時点で俺は奴の計画に乗り、獅子身中の虫にならざるを得なかった」
マリスビリーのプランを破壊するにはギリギリまでカルデアである必要があったからと。
「もし君達がORTを停止させ、俺のプランを破綻させた場合、南極へ向かえ。カルデアスは破壊などされていない。今も稼働し続ける異星の神の本拠へ赴き、全てを知れ――言うべきことは以上だ。それじゃあな、カルデア……
最後に一点だけ、デイビットは訂正した。
「君達は新しいカルデア、ノウム・カルデアだったな。いい名だよ。
何もかもを乗り越えて、何もかもを巻き込んで、君達は君達の道を行くといい。オレもキリシュタリアもそこは絶対に否定しない」
最後にチラリとUを、オルガマリー所長を見て――私達へ手を振った。
軽く、ただの別れを告げるように。
「今度こそさよならだ、ノウム・カルデア」
そうして――まるで散歩へ行くように気軽な足取りで、デイビットは落ちた。
ORTが眠る『棺』、ミクトランの本当の最深層へと。
そして――――”怪物”が目覚める。