【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。   作:土ノ子

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「あの邪神が自らの掌に飛び込んできた君を、犬猿の仲であるエレシュキガルの眷属を無事に返すとは思えない」

『かもしれません』

「なんなら僕が君に同行してもいい。君の安全は僕が保証する。どうかな?」 

 

 さて、この提案をどう返すべきか?

 中々悩みどころではあるな。

 

『…………』

 

 二呼吸ほど時間を置く。

 エルキドゥ殿からの提案について悩む…というよりも、覚悟を決めるための時間だった。

 悩みどころとは言ったが、実のところほとんど選択肢はないに等しい。

 イシュタル様とエルキドゥ殿は水と油、犬猿の仲。そんな関係性の彼/彼女を連れてイシュタル様に謁見するとはそのまま喧嘩を売っているのと同義だ。

 

『ご配慮、ありがたく』

「うん、実はそう言うと思っていた」

 

 実質的な拒絶の言葉を口に出すと、分かっていたばかりに穏やかな仕草で頷かれた。

 

『お見通しでありましたか』

「エレシュキガルがイシュタルを相手に神争いを行う覚悟を決めているならともかくね。僕が同行しても今日の二の舞になるだろうから」

『残念ながら仰る通りかと。なればこそ、お怒りを(ほど)きに行ってこようと思います』

「あの女を相手にまともに付き合おうとするだけ時間の無駄だと思うけどね」

 

 嫋やかな笑みでドギツイ毒を吐くエルキドゥ殿。

 うん、言動の端々から察していましたけど、本当に心底からイシュタル様が嫌いなんですね。

 が、それはそれとして俺を案ずる気持ちにも嘘は無いように思える。

 

「気を付けて、と言ってもどうにもならないかもしれないけれど無事に帰ってきて欲しい。これ以上あの女を許せない理由が増えたら、果たして自制が利くか僕自身分からないんだ。友達になるかもしれない君」

『なに、この身はエレシュキガル様に仕える眷属なれば。主に無断で傍を離れる不忠を働く気はありません。軽くこなしてきますよ、エルキドゥ殿とはこれからも末永くお付き合いを願いたいですからね』

「そうだね。そうなればいいと僕も思う」

 

 俺の言葉に軽く頷くエルキドゥ殿。

 

「うん、それじゃあ」

『はい、ここまでですね』

 

 なんとなく、語るべきを語り終えたという空気を互いに感じ取る。

 そしてどちらからともでもなく別れの言葉を切り出した。

 

「また会える日を待っているよ、ナナシ」

『ええ、落ち着いたら私から貴方を訪ねに行きます』

「その時は歓迎しよう。……返事はこれでいいのかな? 人間の機微というものは難しいね」

 

 本気で言っているのだろうと分かるズレた発言。

 だが穏やかな笑みに若干の悩ましさが混じり、そこが奇妙に人間臭い。

 うーむ、やはり独特の雰囲気を持つ御仁だな。

 エレちゃん様ともギルガメッシュ王ともガルラ霊達とも違う。シドゥリさんが比較的近いが、何と言うかもっと自然体で、同時に無機質だ。

 

「じゃあね」

 

 そしてその言葉を最後に残し、エルキドゥ殿は閃光とともにこの場を去っていったのだった。

 

 ◇

 

『……………………フゥ―』

 

 そして一人残された俺は、改めて無いはずの肺から安堵の息を吐いた。

 

『死ぬかと思った』

 

 と、真顔で呟く。

 九死に一生を得たと言っていい一幕だった。

 もしエルキドゥ殿が来なければ、イシュタル様を説得出来なければ、今頃消滅の憂き目にあっていた可能性は十分にある。

 不朽の加護といえど、お二方程の超越者ならば必殺の一撃をもってすれば破れる護りでしかないのだから。

 だが、まあ、とりあえず(とっくに死んだ身だが)生き延びたのだ。

 終わりよければ全て良し、とするべきだろう。少なくとも今日のところは。

 

『それにしても景気よくぶち壊しまくってるなー。その有り余った神力、冥界(こっち)に分けてもらえんものか』

 

 周辺の破壊され尽くした景観を一望し、呆れと感心が半々となった感想を漏らす。

 大地は荒々しい傷跡が幾つも刻まれ、樹木はもちろん雑草単位で植物は焼き払われている。地図単位で見るならば恐らく地形も変わっているだろう。

 

『ここはウルクとクタを繋ぐ街道でもあるんだが…。まあ気にするような方達でもないか。いや、エルキドゥ殿はそうでもないか?』

 

 翌日か、翌々日あたりにこの辺りを通過した民草は、恐らく力ある神同士が争ったのだろうと盛んに噂を交わし合うだろう。

 だがその内周辺の都市国家…恐らくはウルクが音頭を取って人足を集め、街道の復旧に取り掛かることだろう。

 古代シュメルの人類は逞しいのだ。

 

『冥界も一口噛むか。コトの発端は俺だしな…』

 

 責任があるかと言われれば無いと否定したいところだが。

 景観破壊の大半はあのはた迷惑な女神様の所業なんですよね。

 イシュタル様を怒らせたのは確かに俺だが、だからと言ってその責任を全部俺におっ被せられても困るというのが正直な気持ちだった。

 

『それにしても』

 

 と、独りごちる。

 先ほどから自覚できるレベルで独り言が多いが、それはごく近い将来に直面する問題に起因する。

 ありていに言えば、この後のことを考えてひたすら憂鬱になっていた。

 

『……エレちゃん様には何て報告したもんかなぁ。あの方を説得した上でイシュタル様のところに謁見に向かう自信とか正直全く無いぞ』

 

 一難去ってまた一難。

 まだ生まれていないだろうことわざが身に染みる今日この頃である。

 

『まあ、なんとかなるか。いや、なんとかするか』

 

 凡人に過ぎない俺に出来るのは何時だって足掻くことだけなのだから。

 そのためには出来ることは全てやるしかないのだ。

 例によってまた難題が文字通り空から降って来たが、日々襲来する厄介事に頭を抱えるのは最早日常茶飯事なのだった。

 


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