【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。 作:土ノ子
さて、やってきました夜のエビフ山。
その山腹に建設されたイシュタル様を奉じる神殿の前に俺は立っていた。
流石は古代シュメル有数の女神を祀る神殿と言うべきか、辺鄙な立地でありながら豪華絢爛な造りだ。
冥府の領域である夜に訪れ、その威容が半ば闇に埋もれて居ようとその絢爛さは十分に伺える。
『……イシュタル様らしいと言えばらしいというか』
ボソリと呟く。
ただ随所に若干の過ぎた華美さに奇抜さ、身も蓋もなく言えば悪趣味さが光るというか。
信者達が頑張って隠そうとしても隠し切れない残念さ加減が垣間見えるというか。
イシュタル様は美を司る女神であるが、どうにも凡人の俺にはそのセンスは理解しがたいようだ。
あれだな、多分彼女の感性は人類には早すぎるのだろう。
『しかし結局エレちゃん様には言い出せなかったなぁ…』
しゃあないねん、エレちゃん様にイシュタル様との遭遇したことを話した時点で冥界に軟禁されそうになったのだ。
いえ、ちっぽけな我が身をお気遣い頂けるのはありがたいんですけどね?
ハイライトの消えた瞳で、
「
と、筆舌に尽くしがたいというか言葉に依る表現力の限界に挑戦するレベルの危うさを湛えたエレちゃん様が呟く様はもう心底おっかなかったというか。
アレはヤバかったな、お陰で無いはずの膀胱から最上級の不敬をかましかねない危機パート2になるところだった。
その後、言葉に出来ないというか言葉にしたくない表情を浮かべたエレちゃん様を、言葉を尽くして落ち着かせ、今後も地上に出る自由をなんとか確保したのだった。
ただ結局エビフ山へ謁見に向かう話は出来なかった。
イシュタル様と一触即発な第一種接近遭遇をしたと報告しただけで
ましてやイシュタル様との謁見に向かうなど絶対に許してくれまい。
『なので黙って向かうしかない。Q.E.D』
いや、言っておいてなんだけど全然証明終了していないし、なんだったら冥界に帰ったら本気で軟禁かまされるかもしれないがそこはそれ。
世の中には結果オーライという言葉があるのだ。
もちろんそれで納得してくれるエレちゃん様ではないだろうが、
いや、エレちゃん様のためというと嘘になるな。俺が勝手にそう思っているだけだが、それでもこの謁見は俺の命を張る価値があると俺は思う。
そのために山ほどの貢物に、詐欺寸前の口車で手に入れた
『行くか』
改めて決意を固め、俺は数多の貢物を担いだ《個我無きガルラ霊》達を率いながら、イシュタル様の神殿へ足を進めるのだった。
◇
「よく来たわね、エレシュキガルの眷属」
『此度、偉大なる女神に拝謁を賜り、まこと光栄の至りであります。イシュタル様』
「あら、あの愚姉と違って礼儀は心得ているみたいね。」
あらかじめ先触れを出し、この時間に俺が向かうことは伝えてある。
それでも気紛れ一つでこの謁見を蹴り飛ばして、別の用事に向かっていることも考えられたので、ひとまず運がよかったと言えよう。
「それで……うんうん、約束した貢物はキチンと用意しているみたいね。良い心映えよ、このイシュタル様が評価してあげる」
『はっ。これが持参した貢物でございます。どうかお納めくださいませ』
「ええ、中々のモノだわ。この美しい輝きに免じて貴方の心意気は覚えておいてあげる!」
と、この場に持参した荷馬車数台分の貢物にニッコニコ笑顔でご満悦な様子のイシュタル様である。
まあ仮にもこのお方はエレシュキガル様のご姉妹であり、地上に大きな影響力を持つ大神の一柱。
この程度は最低でも必要だろうと張り込んだ宝石多めの貢物である。
最近の鉱山採掘の職人達が、ガルラ霊の助力を得て大いに業績を上げており、当然その一部はアガリとして冥界に収められている。
だからこそ揃えられた大量の貢物であった。
自慢ではないが、近頃の冥界は中々裕福なのだ。
特に冥界の宝物庫に収められた財宝、特に宝石はウルクの『王の蔵』にも追いつき追い越せと質と量双方を上げつつある。
尤も冥界における宝石は通貨や貴重品というよりも資源と言った方が扱いが近いのだが。
流石に冥界で通貨制度を導入する見込みは立っていないし、そもそも死後にそんなもの必要かということで検討段階だ。
「それで……えーと、何で貴方に謁見を許したのだったかしら?」
視界一杯の宝石の輝きに目が眩んだらしい。
今回の謁見の本来の目的まですっかり忘却していたようだった。
あのさぁ…。この女神様ちょっと欲望が即物的すぎない? もうちょっと健気で真面目なエレちゃん様を見習ってどうぞ?
「むむ…。何やら邪念を感じるような」
おっと、イシュタル様への呆れの念が若干ながら漏れていたようだ。
すぐに胸中で無念無想と唱え、心を落ち着ける。
大丈夫だ、何故だか分かる。
このイシュタル様はチョロい、と。
ひょっとするとあれだな、エレちゃん様のご姉妹だからかもしれない。
一見正反対なお二人だが、多分根本的なところではそっくりだぞ。
となれば(例えちょっとばかり銭ゲバ成分強めでも)俺にとってはイシュタル様は敬愛の対象だ。
「むむむ…。今度は邪念と尊崇の念の両方を感じるわ。不敬だけど尊崇の念が強いしここは相殺ということで見逃してやろうかしら」
みょんみょんと妙な電波を受信しているらしいイシュタル様が中々危険なことを言いだす。
俺は誤魔化す意味を込めて声を張り上げた。
何よりこの一筋縄ではいかない女神さまとの謁見、最初の方で
『恐れながら申し上げます。此度の貢物はこれらが全てではございません』
と、荷馬車に詰め込んだ財宝を指し示しながらまだ続きがあるのだと期待感を煽る。
そして目論見通りにというべきか、イシュタル様の視線が一気にこちらに向いた。
『献ずる財宝の中で最も貴重な一品は、まだ私の懐に保管しております。大変貴重な品でありますため、不遜ながら私めの手からイシュタル様へお渡ししたいのですが、よろしいでしょうか』
期待感が最高潮になるよう煽りながら、意味ありげに懐を探る仕草を見せる。
「ふぅん…。これ以上の貢物、ね。良いわ、出しなさい」
と、余裕ありげに台詞を紡いでいるイシュタル様なのだが…。
おかしいな、イシュタル様の瞳にまだ存在すらしていないはずの『
清々しいまでに欲望を隠せていない女神様。
その素直さにいっそ感心すらしながら、懐から件の『貢物』を取り出す。
……惜しいなぁ。正直イシュタル様のことが無ければガチで家宝というか、ずっと俺の手元に収めておきたかった一品なのだが。
が、仕方がない。
それにイシュタル様の手元へ移るのならばそれはそれでこの宝石細工に相応しい運命であるとも言えるかもしれない。
『どうぞ。お受け取り下さいませ。天上天下、最もイシュタル様の手元にあることこそが相応しい一品にございます』
「随分と期待させてくれるわね。どれどれ…」
許しを得た俺はゆっくりとイシュタル様の傍に近寄り、適切な距離になった地点で跪く。
そして極力恭しい仕草で懐から取り出した一品をイシュタル様へ差し出した。
「雑霊…。お前は
『はっ。我が言葉に一片の虚偽を込めたつもりはございません。その宝石細工は確かにイシュタル様の手元にあることこそが相応しい品でございます』
直前まで期待感に溢れていたイシュタル様の声音は、俺が差し出した一品を一目見るなり極寒の刺々しさに変わる。
だが無理はないのかもしれない。
俺が差し出した一品は、丁寧に作られているがどこか不格好で一目で駄作と分かる宝石細工だったのだから。