【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。   作:土ノ子

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「雑霊…。お前は()()が私に相応しいと言うのかしら?」

『はっ。我が言葉に一片の虚偽を込めたつもりはございません。その宝石細工は確かにイシュタル様の手元にあることこそが相応しい品でございます』

 

 直前まで期待感に溢れていたイシュタル様の声音は、俺が差し出した一品を一目見るなり極寒の刺々しさに変わる。

 だが無理はないのかもしれない。

 俺が差し出した一品は、丁寧に作られているがどこか不格好で一目で駄作と分かる宝石細工だったのだから。

 

「戯言を…。多少は見どころがあるかと思ったけれど、雑霊は所詮雑霊―――」

『その宝石細工の由来でございまするが』

 

 苛立たし気なイシュタル様の声を敢えて無視し、無神経を装って口上を続ける。

 

「お前…余程私の手にかかりたいのね?」

 

 イシュタル様の声音がさらに一段と冷え込む。

 内心は今にもぶっ殺されるのではないかとギリギリの綱渡りは何とかに挑む心境だが、せめて外面だけは取り繕わんと上っ面の平静だけはなんとか維持する。

 なにせ機嫌を損ねたイシュタル様が直接的な手段に訴えれば、如何に不朽の加護があろうがどうにもならない。

 以前のドンパチではあくまでエルキドゥ殿がいたからこそ、フィールドギミックとして嫌がらせの役割を果たせたのだ。

 防御しか出来ない不朽の加護では、イシュタル様の全力に抗うことは叶うまい。

 だからこそ、せめて思いの丈を言葉に込める。

 我が想い、僅かなれど届いてくれと願いとともに。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 意図して謹厳な口調で整えた言葉をなんとか言い切る。

 

「――――――――――――」

 

 対し、イシュタル様は俺の言葉に何も語らない。

 だが不遜な雑霊を誅するために構えられた死神の鎌の如き繊手を振りかぶるのを止めた。

 ひとまずはその事実を喜ぶべきだろう。

 恐らく今すぐに死ぬ(もうとっくの昔に死んでいるが)ことは無いと。

 

「あいつ…エレシュキガルが、これを?」

『はっ!』

「……エレシュキガルは、これについて何か言っていた?」

 

 不格好だが、丁寧に作り上げられたことが一目で分かる宝石細工を手にしながら。

 天真爛漫にして傍若無人な女神様には珍しく、どこかこちらの様子を伺うような問いかけを貰う。

 

『―――何も。エレシュキガル様は何も語られませんでした』

 

 俺はただ事実だけを答えた。

 なお更に身も蓋も無く真相を語ると、かなり酷いオチが付く。

 近年冥界で一大産業と成りつつある煌びやか宝石細工。

 一部のガルラ霊が地上の職人からその技を習い覚え、急速に技術を蓄積しつつある成果だった。

 そして仮にも冥界の主神たる己が冥界の誇る技を何も知らずにはいられないと。

 そんな生真面目さと若干の好奇心を働かせたエレちゃん様が、ガルラ霊に習いながら創り上げた習作。

 それがこのどこか不格好な宝石細工の正体である。

 

(出来を恥ずかしがるエレちゃん様を土下座と褒め殺しとおねだりをかまして何とか下賜頂き、そのままイシュタル様に横流し。エレちゃん様にバレたら流石に叱責じゃ済まんかもなぁ…)

 

 それでも俺は胸を張って言える。

 これなる宝石細工は天地冥界に二つとない貴重な品であり、イシュタル様が保有するに相応しい財宝であり。

 そしてエレちゃん様とイシュタル様を繋ぐ架け橋に相応しい品であると。

 もちろんそれを為せるかはこれからの俺の弁舌にかかっているわけだが。

 

『なれど眷属として御心を察するならば、エレシュキガル様はイシュタル様にいまも並々ならぬ関心をお持ちであらせられます。しかし過去の確執から決して素直なお心を吐露されることは無いでしょう』

 

 これもまた事実。

 少なくとも俺の主観的な見方においては。

 エレちゃん様はイシュタル様に並々ならぬ、正と負の感情を抱いているはずだ。

 そう、抱いているのは決して負の感情のみではないと俺は思っている。

 

「ならば、この宝石細工があいつなりの意思表示という訳?」

『……………………』

 

 頭を下げたまま静かに沈黙を守る。

 否定も肯定もしない。

 なにせどっちにしろ反応した瞬間にファンブルな結果に陥るのが見えているからな。

 そして俺は都合の悪い事実を問い詰められて白を切れる自信は一欠けらもないのだ! なにせギルガメッシュ王のお墨付きだからな!

 

「ふぅん…。へぇ…。そう、そうなの」

 

 そしてイシュタル様は俺の沈黙をどうやら己にとって良いように受け取ってくれたらしい。

 姉妹手ずから作った贈り物(誤解)をされたことにようやく実感が追いついたらしい。

 イシュタル様の機嫌が露骨な程急上昇している。

 

「……ここはまあまあ。……あ、嵌め細工に歪み見っけ。んー……」

 

 そのまま地を蹴ってふわりと宙に浮かびつつ。

 興味深げに手中に収めた不格好な宝石細工を矯めつ眇めつ眺め、その出来を検分し始めた。

 時折イシュタル様が漏らす批評の言葉以外、平穏な沈黙で守られたその時間は果たして如何ほどに及んだか。

 その間、俺はひたすらに沈黙を保ち、イシュタル様の楽しみを妨げることはしなかった。

 やがて思う存分不出来な宝石細工を愛でる時間をかけた後。

 

「へったくそな代物ねぇ。これなら私でももうちょっとマシなものを作れるわ」

 

 と、やけにツンツンとした声音でイシュタル様は宝石細工にそう評価を下した。

 なお口ではボロクソにこき下ろしながら、手中の宝石細工を決して傷つけないように繊細な手つきで取り扱っている辺りでその内心が読み取れる。

 まあイシュタル様ならそういうこと言うやろなって。

 イシュタル様、幾ら古代の女神様だからってそんな古典的なツンデレを発揮しなくていいんですよ?

 生暖かい視線でジッとイシュタル様を見つめると、件の女神さまは居心地悪そうに視線を逸らした。

 

「……なによ?」

『無論、何もございません。それともイシュタル様に何かお心当たりでも?』

「なんにも無いわよ! 悪い!?」

 

 だから何もないって言ってるじゃないですかー(生暖かい視線を続けながら)。

 ハハハ、しかし悪い!? とか逆ギレしている辺り自分の胸に手を当てて考えてみてはどうでしょうかね?

 

「ああもう! 分かった、分かったわ!! 私が悪かったからその鬱陶しい目つきは止めなさい! この宝石細工、逸品ならざる不出来な代物。それでも確かに私の宝物庫に相応しい一品であると認めるわ! これでいいでしょう!?」

『しからばお手打ちは免れたと取ってもよろしいでしょうか?』

「しないわよ! これで手打ちにしたら私は神々の笑い者でしょうが!?」

『ご無礼を仕りました。お忘れくださいませ』

 

 俺のジト目攻勢はイシュタル様のなけなしの良心を刺激したらしい。

 キレ気味かつ素直でない物言いだが、確かにエレちゃん様手づからの宝石細工をイシュタル様は肯定的に受け入れたのだった。

 しかも腕を組んでそっぽを向きつつ、頬は朱に染めたままという完璧なツンデレムーヴを披露しつつの発言である。

 

(うーんこの似た者姉妹。やっぱり俺イシュタル様のこと結構好きかもしれん)

 

 もちろん女神様として敬愛の対象であるという意味だが。

 加えて言えば同じカテゴリーではエレちゃん様が揺るぎない第一位に位置しているので、申し訳ないがイシュタル様が二番手以上になることもあり得ない。

 が、それはさておきこの謁見にかけるやる気はもりもり湧いてきたぞぉ(魂ピカ―)。

 

(やはりこのご姉妹、仲違いよりも喧嘩をしつつも意を通じ合うような…そんな関係が似合うな)

 

 互いが互いを慈しみ合う、いわゆる麗しい姉妹愛が似合うようなお二人では決してないだろう。

 だが過去の確執を引きずり、ただ憎み合い対立するような関係はそれ以上に似合わないだろうと思ってしまうのだ。

 これが出過ぎた真似とは百も承知。

 俺にもエレちゃん様の一の眷属であるとの自負はあるが、イシュタル様に向ける心情は知らないことの方が多いだろう。

 それでもせめて、と俺は思うのだ。

 

(エレちゃん様が冥界第二の創世にかける思い、イシュタル様にもご理解頂きたい。願わくばエレちゃん様のお心を汲み取り、助力頂けずともせめてその意思を認めて頂ければ…)

 

 イシュタル様はいわばエレちゃん様にとってもう一人の自分。

 一つから二つに分かたれた双子の如き関係のご姉妹だ。

 ならば自身の半身に自らの思いを肯定されれば、きっとエレちゃん様も心強いのではないだろうか。

 そしてその思いはこの一幕でより強くなった。

 きっとイシュタル様は強くエレちゃん様のことを思っているはずだ。

 俺は天と地に分かたれた姉妹お二人を取り持つべく、これからの謁見に気合を入れ直した。

 

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