【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。 作:土ノ子
さてさて。
果報は寝て待て、といつか遠くの未来でどこかの偉い人は言うことになるらしい。
とはいうものの実際には種を植えたら寝て待っている間に別の仕事をはじめ、いつの間にか果報を待っていることすら忘れるのではないだろうか。
少なくとも俺はそうだった。
まあ何が言いたいのかと言えば、だ。
徒歩オンリーかつ移動は夜間のみ、しかもノンアポで世界の果てまでイッテ
実際勇者と評しても異論は出ないだろう。
大航海時代に身一つで船に乗り込み荒海に挑んでいった船乗り、海賊にも負けない冒険者魂を持ち合わせた
彼らは冥界に適応した特殊なザクロや
それはエレちゃん様が長年探し求めた冥府でも咲く花そのもの。
彼らはことのほかその知らせを喜んだ女神から直々にお褒めの言葉を下されることになった。
「お帰りなさい。長き旅路から良く戻ったわ。皆、ご苦労様」
『ははーっ! お言葉、ありがたく』
『再びお目にかかれて光栄にて』
『エレシュキガル様ーっ! お会いしとうございました!』
と、エレシュキガル様が彼らに労いの声をかけると各々言葉を返す。
統一性のない返事だが、それだけ個性溢れる面々なのだ。
「貴方達が持ち帰った貴重な事物の数々、じっくりと検分しました。素晴らしい功績です。貴方達の名は冥府に不朽の功績ととも刻まれるでしょう」
『おおっ』
『そのお言葉、終の果てまで我が誉れと致しまする』
『エレシュキガル様の御為なら何ほどのこともございませんっ! なんならまたひとっ走り世界の果てまで―――』
最後の奴、気合い入ってるのは分かったから自重しろ。
見ろ、エレちゃん様があわあわしてて可愛い…もとい、対応に困ってるじゃないか(電球ピカ―)。
「そ、そうね。しばらくはゆっくりと休むといいのだわ。大任を果たしたものには然るべき褒章を与えねばね」
その言葉を受けて一斉に平伏する代表である《開闢六十六臣》を含む数多のガルラ霊達。
色々と雑多で自由な印象を受ける彼らだが、エレちゃん様に向ける忠誠は冥府の残った者達と比べても寸毫も劣らない者達だ。
むしろだからこそ頭おかしい難度の世界の果てまでイッテ
「ところで持ち帰るまでの旅路で何か問題はなかったかしら?」
恐らくエレちゃん様にとっては単純な疑問、あるいは問題が生じていればその解決に動くためのキッカケのようなものだったのだろう。
上司として部下が困って入れば助けるのは当然。素でそんなことを思えるエレちゃん様は神代では存在がほとんど確認できないホワイト上司なのだ。
が…。
『問題ございません!』
『他所の冥界は守りがチョロくて心配になってきますな…』
『ご安心ください。ちょいと入り込んで目当てのものをパチッてくる程度朝飯前でした!』
ちょっと???
確かに送り出すにあたってガルラ霊の連中でも一等図太くて逞しそうな、適切な表現が不明だが
『なぁに、手抜かりはございません。我らは極めて
『バレなければそもそも問題が発生しない。至言ですな』
『ご命令とあらば二度…、三度であろうと実行してまいります!』
でもここまで自重しない連中だとは流石の俺も見抜けなかったわ(節穴アイ)。
てっきり話し合いなり物々交換なりで片をつけたのかと思ってたんですが…。
エレちゃん様の心労と俺の苦労のためにももうちょっと自重して?
『副王殿はそう言われますがまあ、こちらもこちらで事情がありましてな』
『他所は他所で獰猛な三頭犬を飼い馴らしていたり、獄卒の類がそこら中に徘徊していたりとまあまあ厄介な場所も多くあり』
『しかも揃いも揃って頭が固くて話が通じない奴らばかり。話し合いも交易も叶わんとあらばまあ、パチるしかないということでして』
ああうん、事情は分かったよ。
ところでエレちゃん様がその言い訳を聞いてくれればいいな?
◇
その日、冥界に雷が落ちた。物理的に。
混沌・悪属性でありながらいわゆる委員長気質であるエレちゃん様が彼らの話をどれだけ受け入れたかという話なのだな。
とはいえやったものは仕方ないので、都合の良いところは受け入れ、悪いところは忘れるということで強引に終わらせた。
エレちゃん様だけだと多分いつまでも胸の内で抱えてそうだったからなぁ…。
俺はもう少し楽観主義と言うか、とりあえずいま問題が起きてないのだからしょうがないねという考え方だ。
パチってきたのも他所の冥府に自生する植物が大半で、そこに冥府の住人が価値を感じているかはよくわからんしな。そもそも問題自体発生しないこともありうる。
仮に問題になるとしても、未来の問題は未来の自分に考えさせればいいのだ。問題の先送りとも言う。
そんなこんなでなんとか一区切りのついた後。
長い旅路から帰還したガルラ霊達は他所の冥府の様子や世界を巡った見分を粘土板に残したり、持ち帰った植物たちの面倒を見る業務に就いた。
数年の間、古代シュメルの冥府に合わせて育て上げる手順の確立に悩まされたが、彼らの経験や地上の人間達の智慧を借りることでなんとか形になったらしい。
今では種類が限られるものの、冥府の各所に少しずつ花々や木々が生い茂り始めている。
しばらくの間、エレちゃん様もそれらの入手経緯に悩んでいたようだが、咲き誇る花々が彼女の冥界を美しく彩るのを見てついに笑みを綻ばせた。
かつて冥界に咲く花はただ一輪―――即ち、エレシュキガル様だけだった。
だが今はそうではない。
決して多くはないが、冥界の各所に花々や木々が生い茂り、冥府の住人達の心を癒している。
その功績は間違いなく、世界の果てまで旅路を征したガルラ霊達のものだった。