【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。   作:土ノ子

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神代訣別争儀グガルアンナ


 エレシュキガル様から申し付けられた謹慎の一年が明けた。

 冥府に籠っての内政事業もひと段落。

 久しぶりの地上である。

 静謐で時に騒がしい冥府の空気に馴染んでいるが、地上の穏やかで雑然とした賑やかさのある空気も嫌いではない。

 

『各所に復帰を伝えて回るとするか』

 

 昨年は地上とのやり取りを恙なく《意志持つガルラ霊》に引き継ぎ、冥府に籠って内政に明け暮れた。

 が、その間も文書や口伝いで地上の有力者達と折衝することもあった。

 いつの間にか冥府の副王とやらに任じられた俺の権限は実はちょっとしたものなのだ。エレちゃん様の裁可が不要な案件は大体俺で裁ける程度には。

 ガルラ霊達には地上との折衝を引き続き担ってもらうつもりだが、良くも悪くも俺は冥界の顔としてよく知られている。

 再び顔を繋ぎ直すのも冥界にとって利益となるだろう。

 いざという時の高位の交渉チャンネル。そうと認識される程度にまた顔を売って回ることとした。

 で…。

 

『一年くらいでは皆早々変わるものではないなぁ』

 

 ギルガメッシュ王は相変わらず有能な暴君だったし、シドゥリさんは女神じゃないのが不思議なくらい女神だったし、宝石職人達は腕を磨くのに余念がなく、各都市の長達はエレちゃん様の使いである俺に敬意を払ってくれる。

 

『でもギルガメッシュ王だけは変わっていて欲しかった…。冥界を避難所兼リゾート代わりに使うのはあの人だけだぞ』

 

 王としての仕事にうんざりしたからという理由で誰も追ってこられない冥界にリフレッシュに来るキチガ…もとい、並外れた発想力の持ち主はあの王様だけだろう。

 確かに開発によって冥界は大分過ごしやすい環境になったが、だからってリゾート地に遊びに来るノリで死んだり生き返ったりされても困るのだが。エレちゃん様の怒りと俺の困惑を酒の肴にしている節すらあるし。王様がフリーダム過ぎて冥界大困惑である。

 かといってなぁ、冥界の開発計画にかなり手を貸してもらってるのも確かなのだ。あんまり直截にふざけんな帰れとは言い辛かったりする。

 あとエルキドゥ関連で時折探るような質問や視線を飛ばしてきたり、妙に背筋が冷える場面が多かった気がする。こう、単純に腹を立てているのではなく見定められているかのような…。怖い。

 

『さて』

 

 現実逃避の独り言もここまでにするか。

 俺の目の前にはエビフ山。つまりイシュタル様の神殿である。

 相変わらず全力で趣味が悪い。人類には早すぎるセンスの持ち主だ。

 

『あの方が果たしてどう出るか』

 

 いやまぁ、謹慎食らったのが丁度イシュタル様との謁見直後ですからね。

 勘ぐられるだけの要素はあるのだ。

 で、イシュタル様に正面から宝石細工の横流しやイシュタル様が課した禁を破ったことなどを問い詰められたら正直に白状するしかないのだな。嘘を吐くのが死ぬほど(もう死んでいるが)苦手な性質だとギルガメッシュ王のお墨付きを貰っているレベルなのだから。

 

『一応は定期的に貢物も送っているし、機嫌は取れているはずだが…』

 

 これまでも地上のガルラ霊達を通じて定期的に貢物を献上している。

 主のご姉妹に部下が手土産を以て挨拶に行く。何もおかしくはないな!

 イシュタル様からは俺宛(に見せかけたエレちゃん様宛)の伝言だったりご自慢の(悪趣味な)品を土産に持たせたり、信徒達を通じて冥界に便宜を図ったりと意外と良好な関係が続いている。

 ちょっとずつだが、姉妹の間で凍った感情は溶けだしつつあった。

 イシュタル様との関係は良好だ、そのはずだが。

 

『イシュタル様だからなぁ…』

 

 つまりその一言に集約されるのだ。

 基本的に美しく、誇り高く、高慢だが不思議な愛嬌もある。周囲から崇められ、愛される女神様。ただし割と致命的なうっかり癖の持ち主。

 ビックリ箱と言うかパンドラの箱というか。

 ふたを開けたら何が飛び出てくるか分からないおっかなさがあった。

 

『まぁ、行かない選択肢だけはないしな』

 

 俺は腹を据えて、エビフ山の神殿を足を進めるのだった。

 

 ◇

 

『……うーむ』

 

 はい、謁見シーンはカットです。

 何でかって言ったら謁見そのものは何事もなく不気味なほど平穏に終わったからですね。

 こちらの挨拶に機嫌よく答え、一年間も顔を出せなかったことを詫びると手のひらをひらひらさせて気にしていないと流した。

 結局こちらの貢物を機嫌よく受け取り、エレちゃん様宛に上から目線の伝言を預かると謁見は滞りなく終わった。

 とはいえ気になる一幕もあったと言えばあったのだが…。

 

「ねえ、雑霊」

『はっ!』

「私を見なさい」

『はっ?』

 

 いきなりそんなことを言われ、正直大困惑だったな。

 全く同じセリフを全く別のニュアンスを込めて口にしたわ。

 

「私は美しいわよね」

 

 イシュタル様、それ質問じゃないですよね? 

 太陽が東から昇るのは当たり前よね、的なニュアンスが込められた自讃ですよね?

 

『ははーっ! 美の女神たるイシュタル様が美しくなければ、誰がその資格を持つのでしょうか! まことイシュタル様の美しさは天の星々を凌ぐ程でございます!』

 

 とりあえずヨイショだ。全力でヨイショにかかる。

 事実を言うだけだから心苦しさとかもゼロだ。

 それにイシュタル様が美しいということはご姉妹であり、そっくりなエレシュキガル様も美しいということでもあるし…。

 うん、全力で褒め称えるのを控える理由は何もないな!

 

「うんうん、お前はよく分かってるわね。私なら、いいえ、私こそ()()()に相応しい女なのだわ」

 

 そういってニヤニヤと笑み崩れるイシュタル様は相当に機嫌が良かった。

 その後も機嫌よく応対は続き、適当なタイミングで謁見は終了。

 こうして神殿を背に冥府への帰り道でイシュタル様の様子を思い返している。

 

『薄気味悪い程に上機嫌だったな…』

 

 不穏である。

 エレシュキガル様曰く、イシュタル様の機嫌が良い時は大体何かロクでもないことが起きるらしい。

 そしてイシュタル様の機嫌はとびっきり良かった。

 ……不安しかねぇ!

 

 ◇

 

 神々にその美しさを褒め称えられ、唆されたイシュタル様がギルガメッシュ王に求愛して手ひどく振られ、その腹いせに天の牡牛(グガランナ)をウルク目掛けて進撃させるまであと僅か。

 

 ―――古代シュメル(人類)滅亡の危機はすぐ間近に迫っていた。

 




 この世界線におけるイシュタルの暴走の裏には古代シュメルの神々による策謀がありました。
 本来神々の側に立つべきギルガメッシュは人の王として立ち、そんなギルガメッシュを繋ぎとめるべきエルキドゥもまたギルガメッシュと肩を並べ、人のための兵器となった。
 彼らを危惧した神々はイシュタルの暴走を後押しし、ギルガメッシュとウルクの排除を画策します。

 Q.つまり?
 A.唐突なシリアス展開、グガランナ編の始まりです。あんまり長くはならない予定ですが、書き溜めて一気に放出したいのでお時間下さい。



今更ですが誤字報告のご連絡下さる方々にこの場を借りてお礼申し上げます。
見直しているつもりでも毎回のように誤字は出る…。
ご指摘、まっことありがたく存じます。

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