【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。 作:土ノ子
イシュタル様、乱心す。
自らの美しさに自信満々のイシュタル様は身形を整え、信徒たちに供を命じ、民衆の前で堂々とギルガメッシュ王に求婚したのだという。
だがギルガメッシュ王はこれまでのイシュタル様の行状を糾弾し、求婚を跳ねのけた。
自らに絶対の自信を持つイシュタル様は当然激怒した。
ウルクの冥府神殿に詰めるガルラ霊を通じてこの寝耳に水と言うべき知らせが冥界に届いたのだ。
冥界は揺れた。割と物理的に。エレちゃん様の怒りで地が震え、赤雷が迸ったのだ。
「何考えているのだわっ! あの愚妹! 最近ちょっとは可愛げも出てきたと思ったらこの大馬鹿騒ぎ! ちょっと男にフラれたからってありえないのだわっ! 不純、不純よ! 私も恋とかしてみたいのだわーっ!」
エレちゃん様も無事発狂中である。
最後の辺りに実に残念な本音が現れているあたりがまた…。
まあ冥界に出会いとか無いからなぁ。
『参りました…。とはいえ冥府としても座して見守ることは出来ませぬ』
それよりも問題なのはウルクに迫る脅威の方だ。
冥界とウルクは緊密な協力を結び、最近はエレちゃん様に捧げられる信仰もかなりのものとなっている。
ここでウルクが壊滅すれば冥界の計画も相当な遅れを強いられるだろう。エレちゃん様が発狂している一因はそれだ。
かといって正面から敵に回すにはグガランナはあまりにも強大な脅威だ。
「ありえないのだわ…。ありえないのだわーっ! よりにもよって痴話喧嘩に
頭を抱えるエレちゃん様の疑問も尤もだ。
確かにイシュタル様は古代シュメルでも抜きんでた神威の持ち主。
そして世界から、神々から甘やかされた度し難い傲慢さの持ち主でもある。
だがそれでも一連の流れに違和感を覚える。
『噂に高き
イシュタル様が使役する古代シュメル最大にして最強の神獣である。
その脅威を知るエレシュキガル様曰く、蹄によるただの一撃が大質量の
その威容、輝く空が落ちてくるかの如し。明けの明星が空を埋め尽くすかの如く、黄金の蹄は大地と空との間にある全てを粉砕する。
はい、噂を耳にするだけでヤベー脅威だと分かりますね。ここにイシュタル様がオマケとして付属する。古代シュメル有数の力ある女神であるイシュタル様が戦力的に
それこそ本来なら古代シュメルの存亡を決する決戦存在として持ち出されるべき代物だぞ。
とはいえ。
『が、ただイシュタル様の暴挙を黙って見ているのは悪手。ウルクへの助力を進言いたします』
冥界がこの事態を黙って見ているのは
俺が来る前の冥界ならば我関せずと見過ごしただろうが、既に冥界とウルクは富と信仰で結ばれたずぶずぶの関係だ。
ウルクの被害はそのまま冥界の損害に直結する。守るべきであるし、仁義を通すべきだ。何と言ってもウルクの民にはエレちゃん様を崇める者が急速に増えてきている。
それに言い方は悪いが、最悪の場合ウルクが壊滅的な被害を受けても冥界にまでその脅威は及ぶまい。グガランナと言えど冥界に立ち入ればその脅威は封殺可能なはずだ。
最後の逃げ場所が確保されていて、戦力供出の当てがあり、名分が立ち、神威を振るうことで利益が確保されるならばやるべきだ。
え、イシュタル様や他の神々から睨まれる?
イシュタル様に関しては今更で、神々に至ってはもう何千年も冥界に関心すら向けて無かっただろうが。エレちゃん様がエレちゃん様の都合で動いて何が悪い? ゴチャゴチャ抜かすなら冥界に直接やって来て言え。ふん縛って深淵に放置してくれるわ、エレちゃん様がな!(虎の威を借る狐)
『グガランナの迎撃はギルガメシュ王とエルキドゥ殿が担当するでしょう。グガランナはかの英雄達とて容易ならぬ大敵、天裂け地割れる激戦となることは必定。だからこそその激戦の余波一つでウルクは壊滅しかねませぬ。
ならば我らはウルクを守ることに注力するのです。ウルクの民はまだ生者なれどエレシュキガル様を崇める者も多い。名分は十分に立ちます』
エレちゃん様の前だからエルキドゥ殿呼びである。
公私の区別は大事だからな。
『これはご姉妹の確執でも、地上の民草のためでもなく、冥界のためにお力を振るうべき時と存じまする。どうか、ご決断を』
言うべきことを全て言上仕り、エレちゃん様の裁可を願う。
全て真実で、俺が思う最善の道だ。
友を思い、助力を願う心が一片も無かったとは言えないが…。
「……良いでしょう。貴方の言を受け容れます。これより私は地上へ向かい、ウルクに庇護を授けましょう」
簡にして単、要訣を得た返答にまずは安堵。
続いて反論の言葉を口に出そうとする、その寸前に。
「貴方は冥界に残りなさい」
と、端的に主命が下された。
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