【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。 作:土ノ子
雲を衝く、という言葉がある。
体躯が大きいこと、巨大さの比喩だが、呆れたことにはるか彼方から此方へ進撃する神獣は
黄金に輝く牛骨と装具、そして積乱雲が一体となった姿をウルクの民は一目見るだけで恐れおののいた。
しかし無理もない。
それはまさに天然自然の暴威の具現化。古代シュメルが誇る最強の神獣、最悪の厄災なれば。
これまで数多の困難を打ち破り、ウルクを繁栄させた偉大なる王とその友と言えど、果たしてあの暴威に抗えようか…。
弱い人間である民草には、ついそうした不安と恐怖が頭をちらつくのだ。
「まさに威容よな。イシュタルめにこき使われているのが哀れでならんわ」
「ギル、彼我の戦力を算定した。僕と君が力を合わせても打倒は困難だ」
「それがどうした。王として立たぬ理由にはならぬわ」
グガランナの桁外れの力に瞠目しているのは民だけではく、ウルクが誇る最大最強の英雄たちも同様だった。
だがその反応は全くことなる。
その威容を認めながら、主の趣味が悪すぎると不機嫌そうに鼻を鳴らすギルガメッシュ。
そしていつも通りの自然体で傍に佇むエルキドゥも、自らの不利を口にしながら揺るがない。
なぜなら彼らは英雄であった。
困難、脅威を理由に自らが進む道を変えるような、可愛げがある存在ではないのだ。
「それで、何時ウルクを発つんだい? アレとは出来るだけウルクの近くでは戦いたくないと思うけれど?」
「もうしばし、待つ」
「待つ? 何を?」
「……」
夕日に照らされながらウルクの城壁に立ち、偉大なる神獣の進撃を見つめる二人。
神獣はいまだはるか彼方にある。
だがその進撃速度はかなりのものだ。
ただ歩を進めるだけで周囲を蹂躙する暴威の化身。その迎撃に向かえば夜闇の中で、待ち構えれば夜明けとともに戦端を開くことになるだろう。
だが叶うなら出来るだけ周囲に何もない場所で戦いたい。アレの相手は古代シュメル最強の英雄二人をして苦戦は必至、勝利は限りなく遠いと言わせるだけの怪物だ。
その戦いの余波だけで都市が消滅しかねない。自然、地形も同様だ。恐らく戦場となった場所は何もかもがすりつぶされて
それだけにウルクで待ち構える気配のギルガメッシュを訝しむ。
そんな中、エルキドゥの気配感知に突如として一つの存在が引っかかる。
「―――気配感知に感あり。北東、クタ方面から高速で接近。数は一。脅威算出、推定で神使以上。僕らが不在のウルクに対し、十分な脅威と認める。魔力性質は……っ」
「どうした?」
「……エレシュキガルの魔力性質に酷似。
親友の僅かな動揺に気付き、尋ねると、返ってきたのはいつも以上に静かな声。
いつも悠然としたアルカイックスマイルを浮かべ、その心を容易に掴ませない親友。
だが長く付き合ってみれば意外なほど感情豊かで、複雑な心情を抱いているのが分かる。そのくせ理屈をこねて、頭で考えた正しさに従おうとする面倒臭さの持ち主だ。
「ようやくか。待ちかねたわ」
「……冥界に援軍要請は出していないはずでは?」
「それでも来るだろう。奴ならな」
そうではないか? と試すように問いかけるギルガメッシュ。
押し黙るエルキドゥは無表情。だがその瞳に揺れる色合いに、ギルガメッシュはエルキドゥの内心を見た。
面倒くさい親友にまあいい、と呟いて一区切りつける。
「ハッ、賭けは我の勝ちだな。約束は覚えていよう?」
「そもそも賭けをした覚えもない。君が一方的に口にしただけだと記憶しているけれど?」
親友へ向けてからかうような言葉を放ると平静なようで冷ややかな声音が返ってくる。
激しているな、と他人事のように思った。
「……何のつもりだい、ギル。今は一刻の時間も惜しいはずだ。
「我がウルクを守る算段を付ける。加えて愛用する兵器の整備だ。何しろ相手が相手だ。全力稼働にあたり一片の不安も排除しておきたいのでな」
「僕は常に全性能を行使可能な状態だ。整備の必要は無い」
「それを決めるのは兵器ではない。兵器の主である我だ。違うか?」
「……」
再び押し黙るエルキドゥ。
そもそもギルガメッシュはエルキドゥを自らの友と規定している。
よって兵器云々に本心はほとんど含まれていない。
だが理屈で押し込まれれば頷くのがエルキドゥだ。
自らを感情のない兵器と規定し、どれほど理不尽な目に遭っても世界を恨むことが出来ない。エルキドゥが抱える宿痾の一つであり、自由意志を持つ存在へ抱く憧れの根幹。
そんなだから面倒くさいと言われるのだ、と内心だけで呟く。
なおギルガメッシュも自身が大概面倒くさい性質であるとの自覚があったが、都合よく無視している。
ジャイアニズムも真っ青な暴君理論だった。それを言うならギルガメッシュこそ人類最古の暴君だが。
「……もうすぐ着くようだ」
「ほう、中々の俊足よ。エレシュキガルからまた加護を授かったか」
夜の影が地を覆いつつある方角から一体のガルラ霊がウルクへ向けて密やかに忍び寄る。
影から影へ、闇から闇へ跳び移る。それをひたすら繰り返す。
影を媒介にした短距離転移。
魔法に近い域の大魔術。とはいえ神代ならばその使い手はままいるのだが。その連続行使によって瞬く間にウルクとの距離を詰めていく。
既に太陽は暮れつつあるとはいえ、いまだ西日が射す中で行動できているのはひとえに冥府の女神から賜った厚い加護のお陰だった。
行使する力こそ制限されるが、いまの《名も亡きガルラ霊》は日中であっても問題なく行動出来る。
やがて影に潜むガルラ霊の視界にウルクが映り、その城壁に強大な気配が二つあることを感知。
その近くの影へ最後の転移。
音もなく彼らの前に参上すると、戦装束を整えたギルガメッシュの姿が目に映った。
『ご機嫌麗しゅう、とはお世辞でも言い難き日ですな。不肖《名も亡きガルラ霊》、主が命によりウルクの一助となるため参陣致しました』
ギルガメッシュも当然のように《名も亡きガルラ霊》を視界に捉えている。
どうか戦列に加わるお許しを、と殊勝に頭を下げるガルラ霊に。
「遅いわ、たわけ! 貴様、手土産の一つも持ってきていような!?」
ギルガメッシュはいつものように理不尽な叱咤を放った。
『えぇ…』
と、威儀を正したガルラ霊が思わず脱力して呟く程度には、それは全く持っていつも通りの光景だった。
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