【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。 作:土ノ子
さて、玉座の間である。
本来ならギルガメッシュ王との謁見を果たすための空間は、王の令により人の目が届かないように人払いされていた。
まあウルク存亡の危機ではあるが、現状ウルクという都市が出来ることはほぼ無いからな。王様が勝ってウルクが存続するか、負けて滅ぶかの二択だ。王として民に下す指示は我の勝利を信じていろ、くらいのもんだろう。
そんなことを考えながら足を運んだこの静かな空間に、エルキドゥはどこか居場所がなさそうに立ち尽くしていた。
『よう』
「……」
声をかけるも、無言。
常のエルキドゥらしからぬ反応に、心の内になにがしかを抱えているだろうことが丸分かりだった。
「何故…」
『?』
「何故、君が来た? いいや、来ることが出来たんだい?」
ひどく不可解そうに、疑問と困惑を口に出すエルキドゥ。
その含むところなど何もない、だからこそ心の底から腹立たしい言葉に俺は―――。
『……………………あ゛???』
キレた。
正直に言って、この反応はちょっと予想外の斜め上だった。
俺は確かに言ったぞ? 必要な時にお前を助けに行くと言ったはずだ。それともあれか、俺の言葉は有言実行して見せれば首を捻られるくらいに軽いものだったか?
すいません、王様。ちょっとお言葉に従うのは無理そうです。
おっしゃ、勝ち目が無いのは分かり切ってるけど友達同士のガチ喧嘩パートワンいっくぞー?
と、ダメージゼロを覚悟してその顔に本気のツッコミを入れようとした瞬間。
「今のエレシュキガルなら君を失うことを恐れるだろうと思っていた。彼女と話した時に、君が彼女の心に深く根を張ってしまっていたことが分かったから。
女神の愛は深く、重い。例え君が救援の意志を示そうと、エレシュキガルがそれを許すことはない。そして君もまた最後には彼女の意志に従うだろうと」
……………………あー。うん、ええ、はい。何というかまことに仰る通りですね(納得)。
熱くなった頭が一瞬で氷点下まで冷えた。
今も思い返すと背筋の冷えるエレちゃん様の
『……ふ、フフフ。エレシュキガル様はお前が思うよりはるかに懐の広い女神なんでな』
我ながら喉が引き攣りまくったその声は震えていたと思う、うん。
「気のせいかな。声が震えているように聞こえるけれど」
と、首を傾げながら気遣う素振りすら見せるエルキドゥ。
うるせーほっとけ。
「僕という個体も……君という救援に対する対応を決めかねている。戦術的には君がエレシュキガルの加護を以てウルクを守ることは歓迎すべきことのはずだ。
だがウルクを守護する負荷に君という脆弱な
淡々と、情理を廃して予測する未来を語るエルキドゥ。
兵器として十分な性能と経験を持つエルキドゥが出力した予測ならばその確度は高い。
「同時にウルクを失うという未来予測に対しても同様の結果が出力される。君か、ウルクか。僕はウルクの王であるギルガメッシュの持つ兵器だ。当然ウルクを優先するべきなんだ」
自分に言い聞かせようとして、失敗したことを痛いほどに理解している声だった。
エルキドゥは彼/彼女自身が言うように兵器なのかもしれない。だがその兵器には間違いなく、『心』が宿っていた。
「それでも……許されるのなら、こう思いたい。いや、願いたいんだ。
エルキドゥはひどく不格好に笑っていた。
いいや、笑っていたのではなくその身にくすぶる暗澹とした感情を上手く出力出来ず、誤魔化すための笑みを作ろうとして失敗していた。
言うなれば、それは笑みの残骸だった。
(なるほど…。俺は死ぬ…いや、消えるのか)
その笑みの残骸を見た俺は、
この身はとうの昔に死んでるので、消えると言う方が表現としては近いだろう。
そう理解して一つ頷くと、ジワリとうすら寒い虚無感が襲ってきた。
(消える…。もう俺はエレちゃん様に会えないのか)
不意にその
これまでも何とかなってきた、きっとこれからも何とかなるだろうという甘い見込みが俺をこの場に誘ったのだと言われれば、否定することは出来なかった。
道半ばで倒れることに誇り云々と偉そうに語っていたことが、虚勢だったのだと分かってしまった。
そうして実感として喪失の恐怖に襲われれば―――そこにあったのは、思った以上に惰弱な自分だった。
(……いっそ、逃げるか?)
それは天啓に似た悪魔の囁き。
(ウルクを見捨てる不利益と、俺を失う不利益…。比較すれば後者が勝る。冥界のことだけを考えるなら、逃げるのも手だ)
確かめるように、計るように心の内で己の醜く薄汚い部分を天秤にかけていく。
(ギルガメッシュ王からの報復も、冥界に引き籠ればシャットアウト出来る。ウルクが壊滅しても他の都市で巻き返せる目はある。ウルクを失うのは痛手だが、冥界を纏める俺の損失ほどじゃあない。エレちゃん様も……俺が逃げ出したとしても、きっと責めないだろうな)
結論として、逃げることそのものに支障は無い。
いいや、冥界のためにも俺は逃げるべきだ。
(うん、なるほど)
結論は出た。
そして天秤はもう片方に決し、動かない。
だから俺は…、
『
敢えて言葉に出し、自らの弱く醜悪な側面を心の中で思い切り殴りつける。
正直に言おう。
俺はビビった、芋を引いた。
唾を吐きかけられ、軽蔑されるべき弱さだ。
「ナナシ…?」
『ああ、分かっているさ。俺は、弱っちい。エルキドゥ、お前やギルガメッシュ王に比べれば笑っちまうくらいに、弱っちいんだ』
「それは……いや、君の言葉は正しい。だけど―――」
中途半端な慰めの言葉などかけず、ただ諭そうとしたエルキドゥの言葉を手で押さえる。
俺は小さく、弱い。でも小さく弱いままでいたくないし、例え変われないのだとしても
だって俺たちは、友達なのだから。友達とは、対等な者のことを言うのだから。
『それでも…』
ああ、それでもさ。
『小さくたって、弱くたって―――大きくて、強いお前たちを助けたいんだって、思ってもいいじゃないか。どこにでもいるような
俺自身の弱さを押さえつけ、恐れに震える心を奮い立たせたのは、何ということはない、友達とは対等でいたいというささやかな意地だった。
「――――――――」
その呟きを耳にしたエルキドゥはただ言葉もなく、目を見開く。
果たして俺の言葉は、彼/彼女の心に届いているだろうか。届いていればいいなと俺は思う。
『助けさせろよ。
このウルクこそが俺の言葉を証明している。
ギルガメッシュ王は古今東西に比類なき偉大なる王だ。
だがギルガメッシュ王だけでウルクという偉大な都市を築き上げられたかと言えば、それは否。断じて否だ。
偉大な王が治めるに足ると断じた、小さくて、弱くて、それでも偉大な民草がいなければウルクは生まれなかった。
『俺だけじゃない、俺だけじゃないんだよ。エルキドゥ、お前を助けたいと思っているのは。シドゥリさんも、神官も、門番の奴らも…。ウルクの皆が、ガルラ霊が、他の都市の奴らだってお前を知っている。お前に助けられたことを覚えている。今度は俺達がお前を助けたいって、皆が思っているんだ』
やはり、エルキドゥは無言。
それでも思いよ伝われと念じ、言葉を継いだ。
『俺にお前を助けさせてくれ、エルキドゥ』
例えその果てに俺という存在を燃やし尽くすことになったとしても、それは決して
俺がこの神代のシュメルという舞台を生き抜いた果てに迎える
安楽に沈むことを善しとせず、自分の限界に挑む
俺は既に死してガルラ霊になった身だが、心は人間のままでいる。ならば俺は主と友のために、自分の限界に挑みたい。
「……………………」
エルキドゥは結局、最後まで俺の言葉に応えることは無かった。
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