【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。   作:土ノ子

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 その後も似たような会話をウルクの複数個所で並行してこなしながら本体の俺は聖塔の中心部で不朽の加護を万全に展開することに注力していた。

 もちろん俺個人の趣味という名の布教活動に走るばかりではない。正直に言えば趣味にだけ注力したかったのだが…。

 

「おお」

「これは《名も亡きガルラ霊》殿」

「お久しゅう。お会い出来て嬉しく思います」

「此度はウルクの救援、まことに感謝しております」

「皆、口々にエレシュキガル様の慈悲深さを称えておりますぞ」

 

 と、かつてウルクの城門で見送りを受けて以来顔見知りである門番達と和やかに挨拶したり。

 

「《名も亡きガルラ霊》殿。お会いしとうございました!」

「我らの守護者よ! 女神の使いたるお方」

「エレシュキガル様は…。かの冥府の女神は何と?」

「どうかウルクに女神の加護を…! ウルクに栄えあれ、女神に栄光あれ!」

 

 と、不安そうな坑道採掘や宝石加工に関わる職人たちの不安を宥めたり。

 混乱の芽をいち早く摘むために夜のウルクの隅々まで知覚を広げていた俺は結構活躍したと思う。

 エレちゃん様から更なる加護を享けたいまの俺は、かなり凄いガルラ霊にパワーアップしたのだ。これくらいなら不朽の加護を展開する片手間にこなすことが出来る。

 問題はウルクからプライベートという概念が無くなってしまうことだが、期間限定の必要経費(コラテラルダメージ)なのでセーフ。大丈夫、夫婦の営みだろうが都市第一級の機密だろうが俺の胸の内から出ることは無いですよ? 悪事や不正は除くがな!

 

『……そろそろ、王とエルキドゥがグガランナとの戦端を開く頃か』

 

 既にウルクが誇る最強の英雄たちは天の牡牛を討つためにウルクを発った。彼らが出せる最高速度ならば恐らくはもうそろそろ―――。

 

「ガルラ霊殿、ここにおられましたか」

『シドゥリ殿』

 

 聖塔(ジグラッド)の中心部、即ちウルクの中心に佇む俺の本体に声をかけたのはシドゥリさんだった。

 常と変わらぬ穏やかな笑顔、きっと彼女は明日ウルクが滅ぶと知っても前を向いてこの笑顔を浮かべ続けるのだろう。

 それはきっと王様達にも劣らない、人間が持つ()()なのだろう。

 だから俺は彼女を尊敬しているし、彼女を守る一助となれていることが嬉しいのだ。

 

如何(いかが)されました。何か騒ぎでも起きましたか』

「部屋で王の勝利を祈っていたのですが…思い返せばガルラ霊殿にお礼を申し上げるのを忘れていましたので。無作法者とお笑いくださいな」

 

 申し訳なさそうに困った笑みを浮かべる彼女。

 つくづく律儀な方だ、女神かな(魂ピカ―)。

 

『なに、お気に召されますな。我が主の御沙汰に従うだけの我が身に感謝は不要』

 

 いや、ほんと気にしなくていいですよ。ウルクとは貸し借りの清算が面倒なくらいにはずぶずぶな関係になっているし、溜まった分の借りを返すのはギルガメッシュ王ですからね。

 とはいえ俺の返事は正解ではなかったらしい。まあ気にするなといって真に受けるような類の人柄では無いですよね、貴女は。

 

『それでも気が済まぬと仰っていただけるのなら』

 

 ますます困った様子のシドゥリさんを見、足りぬ言葉を継ぐ。

 

『どうかウルクが無事暁を迎えられた日に、我らが女神に出来るだけの供物と、心を込めた祈りを捧げてくださいますよう。それが我らにとって何よりの喜びなのです』

「ガルラ霊殿は…」

 

 つくづく感じ入ったという風にシドゥリさんは頷き、さらりと爆弾をこちらに投げ渡した。

 

「エレシュキガル様を深く愛しているのですね」

 

 おおっと、キラーパスかな?

 や、分かっていますよ。エロスじゃなくてアガペー的なニュアンスですよね? …………ですよね???

 

『あの方の第一の臣として、斯く在りたいと思っております』

 

 まあ、愛しているかと言ったら愛していますよ。

 敬意か、親愛か、信仰か、父性愛か、同情か、()()か。

 それら全てがごちゃごちゃに入り混じり、その愛に占める感情の偏りがどんなものかはもう俺自身にも分からないけどな。

 

「はい。存じております」

 

 シドゥリさんはそんな俺の心を知ってか知らずか、慈愛に満ちた瞳でこちらを見つめてくる。

 あーほんとなんでこの人が女神じゃないんだろうな? いや、もしかすると女神じゃないからこそこんなにも女神らしいのでは?

 と、俺が女神の実例を脳裏に浮かべながらそんな馬鹿なことを考えた刹那。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――地平線の彼方から射した太陽の如く強烈な光に、ウルクが真昼のように照らされる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天が裂け、地が震える。

 比喩ではなく、世界が悲鳴を上げたのだ。

 大木をなぎ倒す勢いの突風が不朽の加護に叩きつけられ、断続的な地震いで幾つかの建造物が倒壊する。

 都市のあちこちで狂騒と悲鳴が上がり始めた。

 それも一度や二度ではない。断続的に、しかし絶え間なく続く。

 地平線の向こうで世界を揺るがす程の激闘が開かれた証だった。

 

『……始まったか』

「そのようです。戦士たちよ、どうかご無事で―――」

 

 膝をついて手を組み、地平線の彼方で激闘を繰り広げる王とその友へ祈りを捧げるシドゥリさん。

 俺もまた祈る。

 友よ、王よ。あの鈍牛の横っ面を一発ブチかましてきてくれと。

 尤もシドゥリさんはともかく俺の祈りなど、彼らは笑って突っ返してくるのだろうけど。

 

 

 




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