【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。   作:土ノ子

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 とりあえず冥界の使者として交渉の口上述べるところからと考えていたらノータイムで開門され、美人なおねーさんのご案内付きで流れるように聖塔(ジグラット)の玉座まで連れていかれ、王様に謁見を許された時の心境を述べよ。

 正直に言おう。

 

 くっっっっっっっっっそビビるわ。

 

 なんなの? とりあえず交渉のチャンネル繋げられたらいいなーくらいのノリで来たら、余計な問答一切なしで向こうのトップと直接会談とかちょっと想定外が過ぎるぞ???

 

「どうした、雑種。(おもて)を上げよ。それでは話も出来ぬわ」

 

 そして王様もくっっっっっっっっっそおっかない(小並感)。

 まさしく威光(カリスマ)という言葉がふさわしい重圧。こっちの何もかもを見透かしたような視線。無為と判断すればバッサリとこちらの命脈を切って捨てそうな酷薄な気配。

 極めて有能な暴君というエレちゃん様の評は正しかったと絶賛身を持って体験中の《名も亡きガルラ霊》であった。

 

「名乗れ、冥府(エレシュキガル)の使者よ。貴様は(オレ)を知っていようが、(オレ)は貴様なぞ知らん」

『私は《名も亡きガルラ霊》。名乗るべき名を亡くした死霊であれば、どうかお好きにお呼びください。偉大なる人の王よ』

「ほう、エレシュキガルは(オレ)との交渉に名乗る名も持たぬ小物を寄越すか」

 

 軽いジャブとばかりに、ニヤリと口角を上げて笑みを作っての問いかけ。ただし威圧感は先ほどの十倍増し。

 ブラック企業の圧迫面接なぞこれに比べれば春風吹く中の優雅なピクニックだな。

 

『名乗るべき名を黄泉路の果てに亡くしたのは我が不明。どうかご寛恕頂きたく』

「ふん…?」

 

 それまでガルラ霊を視界に入れながら、有象無象の類と断じ、見ようともしていなかったギルガメッシュ王が、ようやく視点を合わせる。

 

「エレシュキガルも珍奇な道化を迎え入れたものよ。ガルラ霊、貴様このメソポタミアの大地から生まれた魂ではあるまい」

『……お分かりになられるので?』

(たわ)け。我を誰と心得る? 貴様の素性如き、一瞥もすれば見抜くことなど造作も無いわ!」

 

 叱責された。びびる。

 そして素直に感心する。ガルラ霊自身、自らについては記憶の損耗が激しすぎ、生前の名前すらもろくに覚えていないのだ。記憶の中で唯一明瞭なのは、正直に言えばエレシュキガルのキャラクターくらいのものであった。

 

「いずこの出自か読み取るには、魂魄に刻まれた摩耗が激しすぎるがな。そして敢えてそれ以上を読み取るほどの興味は貴様に無い」

 

 いやーむしろそっちの方がありがたいです、と内心呟く。

 《名も亡きガルラ霊》はエレちゃん様に仕えている今の自分に結構満足しているのだ。

 

「……が、良い。(オレ)に名乗る名を持たぬ件は不問に付そう。旅人が旅路の中で負った傷は、戦士が戦の中で負った傷に比すべきもの。戦傷を負った戦士が(オレ)の前で立ち上がれぬことを、(オレ)は無礼とは思わん」

『はっ! 王よ、寛大なお言葉に感謝いたします』

「許す。遠方から訪れた旅人を労うも王の度量というやつよ」

 

 もう完璧に彼我の上下関係出来上がっているが、一言弁解を言わせてほしい。

 この王様を相手に対等な関係を築こうとする人はもうそれだけで勇者と呼んで然るべきだと思う。

 そして激烈な圧迫面接から一転話が分かる風にオチを付けた辺りでグッと心理的に王様……ギルガメッシュ王に引き込まれた気がする。

 流石はエレシュキガル様が『彼女が知る限り最も有能な王様で金ぴか』と評した傑物と言うべきか。

 この辺りの交渉術も最早無意識にこなしていそうな…。正直な話、まともな意味で交渉するのは諦めるべきか。

 まあ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 大事なのは自身がエレシュキガルの名代であると言う事実を忘れないことだ。

 

「して、貴様がこのウルクを訪れた要件を聞こう。半ば見当は付いているが、物事には順番と言うものがあろう」

 

 マジかよ王様ヤベーな、とは思わない。

 こちらの意図で引き起こした騒ぎはギルガメッシュ王の耳にも届いているはず。

 

『ではお言葉に甘えて我が主人、エレシュキガル様に代わりそのお言葉を申し上げます。どうか、謹聴を』

「フン」

 

 鼻で笑いつつも、否定はしない。とりあえずあからさまにエレちゃん様を侮辱されない限りはスルーすることに決めた。

 

『【我、エレシュキガルは我が領域へ訪れ、我が財を掘り出す人間たちへ告げる】』

「ほう」

 

 玉座に腰掛け、尊大な『王様のポーズ』を取りながら、ジロリと視線を向けるギルガメッシュ王。静かな呟きながら向けられた視線はガルラ霊が自身の霊体に穴が開いたと錯覚するほど鋭い。

 正直に言って死にそうなくらい(もう死んでいるが)おっかないが、今のガルラ霊は女神エレシュキガルの名代だった。どれだけ怖気づこうと、ここでは意地でも突っ張る以外の選択肢はない。

 

『【冥府の片隅に足を踏み入れるその勇気に免じ、罪は問わず。しかし我が領域から財を掘り出す者へ贖いを求めるものである】』

 

 さて、無いはずの胃袋が胃酸で溶け落ちそうな交渉の第2ラウンドの始まりだ。

 

 

 


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