【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。 作:土ノ子
宴が始まった。
生者も、死者も、王も、女神も、兵器でさえも肩を並べて笑い合う、混沌と歓喜が極まった宴が。
ウルク中心部の円形広場に誰も彼もが集まり、篝火を幾つも組んで、その周りに幾つも人の塊が出来ては、ウルク中の倉を空にする勢いで麦酒と肴をかっ食らう。
そこに悲嘆は無く、未来への希望があった。
まさに人類の最突端たるウルクの民に相応しい宴の光景だ。
「《名も亡きガルラ霊》殿っ!」
「おおっ! みんな、ここに立役者殿がいるぞ! 騒げ!」
「エレシュキガル様万歳! 《名も亡きガルラ霊》殿も万歳!」
のっけからテンション高いな、おい。
これは早くもウルク名物の麦酒が皆の口に入り始めてますねぇ…。
まあ、間違いなくウルクという都市国家の歴史に残る……それどころか後世に人類最古の英雄叙事詩として残ってもおかしくない出来事だ。
その立ち合い者となったウルク民達が騒ぐのも無理は無いか。
冥界としても彼らウルク民から捧げられる感謝の念、信仰心がものすごい勢いでガシガシ溜まっていくのが分かるのでウハウハフィーバー状態だ。
『……ま、この光景を見られただけでも命を張った甲斐はあったか』
命も何ももう死んでるけどな!
六日六晩を過ぎて七日目の中天に至るまでただ根性だけで繋ぎ続けた不朽の加護。
自惚れでもなんでもなく、アレが無ければこの場の大半は命を失い、ウルクはその痕跡を残すだけの荒れ地となっていただろう。
うむ、エレちゃん様の慈悲深さに感謝だな。
俺程度が根性振り絞ったところで肝心要の加護が無ければ秒で消滅の憂き目にあっていたのは確実。
俺としても、俺が行かなければエレちゃん様ご自身が消滅まで行かずとも
「エレシュキガル様、こちらの麦酒をどうぞ!」
「エレシュキガル様、併せてナツメヤシの実も如何でしょう!」
「エレシュキガル様、此度はウルクのため御尽力誠にありがたく―――」
皆楽しそうというか全力でハメを外しているのが一目で分かる。
特にシュールかつ大盛況なのがエレちゃん様回りだな。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってー! お願いだから一人ずつ話してほしいのだわーっ!」
「まあまて皆の衆。麗しき女神を悩ませるは本意ではあるまい。という訳でここは俺が代表してエレシュキガル様のお相手をだな」
「ふざけんなーっ!」
「引っ込めーっ!」
「体よくエレシュキガル様を独占するつもりだろ!」
「というかちゃっかりエレシュキガル様の隣に座ってんじゃねー!」
「ぶっ殺す」
ウルク中から一目見、挨拶しようと続々と人が集まって輪を成し、滅多にない経験にご本人はだわだわしている。
可愛いすぎでは?
で、それを周囲から冥界からやってきたガルラ霊達が囲み、テンション高めでシュプレヒコールかけたり、片っ端からウルク民に声をかけたり…。
あそこの絵面だけで既に
まあだわだわしているエレちゃん様を見れて目の保養…もとい、ご本人も嬉しそうではあるので放っておこう。
こちらがフォローせずとも周囲から自然と助けの手が伸びているのは人徳、というかこの場合は神徳か? 厳密に言葉を適用すれば間違いだが、この場合はどうなるんだろうな…。
まあいいや!(どうでもいいので思考打ち切り)
「王よ、どうか私の酌をお受け頂けますか?」
「シドゥリか。良いぞ。苦しゅうない、という奴だ」
周りを見渡せば機嫌良さそうにシドゥリさんから麦酒を注がれているギルガメッシュ王の姿もある。
崩れた瓦礫を臨時の玉座とし、リラックスした調子で注がれる端から杯を干している。
その周囲にもまた無数のウルクの民が集まり、自らの民からの賛辞に気を良くしているのが良く分かる。
「エルキドゥ! 無事でよかった」
「ありがとう、本当にありがとう…!」
「流石だ、エルキドゥ!」
「我らの美しい緑の人に乾杯!」
そして意外にも、と言っては失礼だったか。
今回のグガランナ討伐のもう一人の立役者、エルキドゥもまた多くのウルクの民から慕われていた。
一人一人からかけられた言葉に丁寧に返事を返し、礼を言われて礼を返し、笑みを交わし合う。
時に安堵で泣き出した子ども達を宥め、時に酒に酔った男衆からの強烈な抱擁にも文句ひとつ言わず抱擁を返していた。
ウルクの民にもどこか一線を引いた態度で接する印象が強かったこれまでとは打って変わって、能動的にエルキドゥの方から声をかけていた。
一人にかける時間はかなり短いが、その分言葉に真心が籠っていたのか、言葉を交わした彼らに不満げな表情は見えない。
そして周囲の人に声をかけ終わると、エルキドゥ自身が場を移動してまた別の人に話しかける。
その様子はまるで全てのウルクの民と早急に声を交わすことを望んでいるようだった。
(……
と、その普段とは違うエルキドゥの変化に俺はそれだけ考えて終わった。
気になるならばあとで問い質せばいいだろうと思って。
「どうされたのですか、ガルラ霊殿! 酒が進んでおりませんぞ!」
『や、我らガルラ霊は飲食が叶わぬ身でして…』
「なんと!? それはウルク名物の麦酒も味わえないということで?」
『まぁ、そう言うことですな』
「それは残念無念…。惜しい、まっこと惜しい。まあガルラ霊殿からお話を伺うには支障なし!」
「かくなる上はガルラ霊殿の分まで倉の酒甕を干すしかあるまいて!」
「然様然様! 我らの手でガルラ霊の敵討ちと参ろうぞ!」
無敵かよこいつら。
かくして俺自身も酔っ払い連中に包囲されて逃げ場なく。
しきりにヨイショしてくるウルク民に正直気分よく手柄話や自慢話(主に冥界でのエレちゃん様関連)などを語りまくっていたところ。
「やあ」
エルキドゥが現れた。
『ああ』
久しぶりの対面に、交わす挨拶は僅か。
だがそれだけで俺達には十分だった。
周囲の酔っぱらい連中も酔っているくせに素早く空気を読んだのか、楽し気な気配で口を出さずにこちらを見るのみ。
「少し話したいんだ。場所を変えても良いかな?」
『俺は良いけどな。この騒ぎの立役者を掻っ攫って後から文句を言われないかが心配なくらいさ』
「ハハ、きっと君が相手ならウルクの民は許してくれると思う。それに…」
と、一度言葉を切り。
「さっきまでに乳飲み子に至るまでウルクに住まう民全てと言葉を交わしてきたから。だからしばらくは大丈夫じゃないかな」
『…………それは』
「行こうか。ここは少し、明るすぎる」
何故だろうか。
いつも通りのアルカイックスマイルに少しだけ不穏なものを感じながら、歩き出すエルキドゥの背中を追った。