【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。 作:土ノ子
アニメで最初に聞いた時はただ良い曲だなーとだけ思って終わりでしたが、改めて歌詞の解釈など調べてから聞き直すと世界観にぴったりと寄り添った名曲としか言えねぇ…。
歌詞がこの世を去る
歌詞の解釈を念頭に置いてバビロニアのアニメを見直すと気が付けばボロボロと泣いてました…。
あの感動の一〇〇〇分の一でも表現できていることを願って。
エルキドゥが俺を連れてきたのは、ほぼ全損と言っていい規模で崩れ落ちた城壁の残骸付近だった。
普通なら一歩踏み場所を誤れば瓦礫による圧死や転落死を免れない危険区域だが、俺もエルキドゥもいまさらその程度の危険に脅かされるような可愛げはない。
特に気にせずに足を進め、適当に向かい合って話せるだけのスペースを見つける。
そうして互いの視線を交わし合ってからどちらから言うでもなく瓦礫の上に腰を下ろした。
「君と、…」
『?』
「話したかった。だけど皆には悪いことをしたかな。今夜の主役を一人、貰ってしまった」
『それはお互い様だ。なに、皆も分かってくれるだろうさ』
苦笑を一つ、交し合う。
「……さて、何を話そうか」
『話したいことがあったから誘ったんじゃないのか?』
「実はそうなんだ。君と話したかったけど、何を話すかは決めてなかった。……変かな?」
驚く。
さて、こいつは果たしてこんなことを言うキャラクターであったかと。
『いいさ、たまにはそういう時もあるだろう』
が、まあいい。それはいい。
多少のキャラ変で今更かかわりを変える程度の繋がりではないのだから。
『それなら、だ。お前と顔を合わせたら是非言ってやりたいことがあったんだ』
「? なんだい?」
不思議そうに問いかけるエルキドゥへ向け、俺はできる限り尊大に、威張り腐って言った。
『
此度の騒動、俺もそれなり以上の働きを示した自負がある。
特にエルキドゥが変えられない定めだと嘆いた俺の消滅という運命を覆したのは、いっそ
ありていに言えば、俺は俺の手柄を
そうした諸々を込めて渾身のドヤ顔を披露すると、エルキドゥ一瞬キョトンとした顔を見せ、すぐにクスクスと笑み崩れた。
珍しい、いっそあっけらかんとした感情の発露に珍しいこともあるものだとまた驚く。
「ああ、参った。……本当に、やられたよ」
不意に空を見上げたエルキドゥに釣られ、俺もつい顔を上げてしまう。
『――――――――』
そこにあったのは満天の星。
明かりが極端に乏しい原初の時代だからこそ見られる、鮮やかに輝く星々の煌めき。
その美しい光景を目の当たりにし、不意に心を緩んだ気がした。
「……戦いに赴く前に語った通り、僕は君の消滅を予測していた。ほぼ動くことのない、確定した未来として」
『ああ』
「だが結果は真逆だ。君は健在、それどころか望む限り最上の結果を得た。それは僕や、ギルと一切かかわりのない、
『…ん』
心に沁みいるような言葉だった。
誰よりもエルキドゥこそがその事実に感嘆していたのだと思う。
「素晴らしい成果だ。素晴らしい、奇跡だ。本当に……度し難く、愚かしいのは僕一人だけだった」
『……エルキドゥ?』
「君達を、守らなければと思っていた。誤りだった。僕の力など必要ない。もうとっくに
『それは…』
違うだろう、と言いかけて言葉を飲み込んだ。
客観的に見てエルキドゥとギルガメッシュ王がいたからこそ、グガランナ討伐は叶ったのだ。エルキドゥの力が不要であるなどという論法が成立するはずがない。
だがエルキドゥの真意はそんな考えとは全く別のところにあると思われ…。
その直感を裏付けるように、安堵に緩んだ表情で、とんでもない言葉を口にした。
「
『…………………………………………は?』
あまりに意味不明すぎて理解が全く追いつかない言葉の羅列に、馬鹿みたいな呟きを返すと。
いつも柔らかなアルカイックスマイルを浮かべ、飄然と佇む美しい緑の人が…無様に土を噛んでいた。
『エル、キドゥ…?』
ありえないのだ。
エルキドゥが、ウルク最強の兵器が、体のバランスを崩す程度ならまだしも、受け身の一つも取れないなど、そんなことあるはずが―――!?
「あ、はは…。思ったよりも早く
『エルキドゥ!? なんだ、一体何が…!?』
すぐにエルキドゥのそばに駆け寄り、その体を抱き起こす。
まるで悪い冗談であるのように、その体はうすら寒さを感じるほどに軽かった。
「神々の、呪い…さ」
『神々…? 古代シュメルの神格達か?! 彼らが何故…!?』
エルキドゥの突然の不調に、神々の呪いという理解不能な事態に思わず何故と叫んだ。
「神々は『天の楔』としての役目を果たさないギルを疎んだ…。イシュタルの激情に付け込み、グガランナでウルクごと排除しようとしたんだ…」
『な…』
なんだ、それは…?
「ギルは、神と人とを分かつまいと作られた『天の楔』は神の側ではなく、人の側に立つと決めた。イシュタルとの婚姻は、神々がギルに与えた、人から神の側へ走る最後の機会だった…。
それを蹴飛ばした瞬間…、神々はギルを見限った。だからグガランナを―――」
語り続ける間に苦痛で身を捩り、話を中断するエルキドゥ。
こいつが苦痛に苛まれるということは、常人なら発狂するレベルの激痛だろう。
だというのに、なぜ語ることを止めない?
「グガランナを、送り込んだ。グガランナによる排除が失敗すれば、今度は彼が持つ最強の兵器である僕を呪い、その排除を目論んだ…」
エルキドゥの語りに耳を傾けながら、気付く。
音の出処に目をやれば、そこには少しずつ…本当に少しずつ指先から砂のように崩れていくエルキドゥの躯体が―――!?
『もう、いい! 喋るな、すぐにギルガメッシュ王の下へ連れていく! だから…!」
恐慌に駆られて俺は叫んだ。
この事件の裏事情などどうでもよかった、何でもよかった。
ただこの友達の命さえ助かるのなら―――!
「頼むよ、きっと、これが最期だ…。君とまともに話せる、最期の機会なんだ…!」
倒れこんだエルキドゥを抱き上げようとした俺を押し留め、ただ会話の続きを望む友に。
(なん、でだ…。なんでだ…!?)
胸の内で、叫ぶ。
崩れ行くエルキドゥを見て、その瞳に宿る光を見て、叫ぶ。
「僕にとってギルは肩を並べて、背中を合わせて戦える、初めての対等な
今にも死にそうだというのに、その躯体が泥と砂に還ろうとしているのに。
何故こんなにも、エルキドゥの瞳は優しいのか…?
理不尽だと、俺は恐らくこの時初めて世界と神々を呪った。
「君は、僕と
『当たり前だろうが!?
その程度の意地も張れずに友と名乗れるはずがあるものか…!
「ギルは、僕に…僕にっ、星のように輝く言葉で
嬉しかった。本当に、嬉しかったんだ。だから―――」
いまこのひと時こそが、彼/彼女が抱いた幸せの象徴であるかのように。
「ありがとう」
透き通るような笑顔を浮かべ、エルキドゥは言った。
そこに死へ向かう恐怖も神々へ抱くべき恨みもなく、ただ美しい
『―――ッ』
こんなにも美しい
俺には、分からなかった。
こんなにも苦しいのに…! こんなにも、別れ難く思う友なのに!?
俺は、エルキドゥにかける言葉一つ分からないのだ!
「
呟きが耳に届く。
「初めて、なんだ…。いつ壊れてもいいはずの、僕のイノチをこんなにも惜しく思うのは」
エルキドゥの弱々しい声が、痛いほどの静寂を破り、俺の耳に届く。
その躯体を襲う激痛ではなく、これから訪れる別離こそエルキドゥは悼んでいた。
「僕は、
……間違っていた。僕と
血を吐くように切迫した叫びが俺の耳を貫く。
「みんなと、もっと会いたい。もっと、話したかった…っ!」
無念だと、エルキドゥは遂に弱音を零した。
『ふざ…、ふざけんな馬鹿! 勝手に諦めるな、俺はお前のイノチを一欠けらだって諦めちゃいないんだぞっ?! だからお前も諦めるな、死ぬなんて…言わないでくれよ…」
勝手に決めつけるなと、目の前の現実を否定したくて声を荒げる。
でも現実は残酷で、当事者だからこそ誰よりもその現実を知るエルキドゥは申し訳なさそうに笑った。
そんな笑顔、見たくなかった。
いつものように馬鹿みたいな掛け合いがしたかった。死ぬほど下らない、今はもう手が届かないやり取りを…。
「……すまない。本当に、すまない。もう、どうしようもないんだ…。だから、せめて最期にみんなと…、キミと…、話したく、て…っ」
苦痛に身を捩りながらも途切れ途切れに話していたエルキドゥが、動きを止める。
それはまるで一線を越えて死後の世界へ踏み込んだようで―――。
『……エルキドゥ? おい、しっかりしろ! エルキドゥ!?』
まるで死んだように身じろぎ一つしないエルキドゥへ必死に声をかけ、揺さぶって起こそうとする。
何度揺さぶっても目を覚まさないと分かると、恐慌からもっと激しく揺り動かそうとし、
「―――そこまでだ、冥界の。その手を放すが良い。永の眠りにつく前の、ひと時の安らぎを邪魔してやるな」
俺の背中にいつの間に宴から抜け出したギルガメッシュ王の声がかかる。
「案ずるな、とは言えんな。が、まだこやつは死なぬ。……遠くない内に死するさだめにあろうがな」
『ギルガメッシュ王!? エルキドゥが…!』
「全て承知している。その上で奴の希望を酌んだのだからな」
恐慌に襲われ、嘆願に近い響きでギルガメッシュ王に助力を求める俺。
その焦り切った嘆願を他所に、平静な声で応じたギルガメッシュ王は地に倒れ伏したエルキドゥを無造作に抱き上げた。
そのまま何事もなかったかのようにウルクの中心部へと歩いていく。
迷いの無い歩みはまるで全て予定通りだと背中で語っているように見え…、
『…!? 承知の上で、放っておいたと!?』
やるせなさと、悲しみと、怒り。
溢れかえる負の感情を爆発させ、常なら絶対にしない詰問を投げつけた。
「ああ。こやつは死ぬ。それは最早神々でさえ覆せぬ運命よ」
対し、ギルガメッシュ王は何でもないことのように頷くのみ。
(なん、だ…! その言葉は…。それだけ―――なのか…!?)
そのあまりに情の無い言葉に直前以上の怒りに駆られ、反射的にその背中を追いこして歩みの前に立ち塞がろうとし―――絶句する。
自らの正面に捉えたその顔は…、
『王、よ…』
「―――何も言うな」
泣いていた。
「それ以上は、何も言うな。我は、王なのでな…」
傲岸不遜を絵に描いたようなギルガメッシュ王が。
一筋、二筋と次々に溢れ出す涙を拭おうともせず、ただ親友を抱き上げたまま空を仰いでいた。
「だが、たまには王の務めを忘れてもよかろう…?」
『…………』
何も言えない。
俺は何時だって、こんな時に無力だった。
言葉を得手としている癖に、肝心な時ほど言葉が出ないのだ。
神性を得たからと、俺の本質は何一つ変わっていなかった…。
「
呆れたようにギルガメッシュ王は苦笑を零した。
「言葉の価値を知る者は、言葉の限界を知る者でもある。言葉を秘め、沈黙を選ぶ智慧を指して、無力とは言わんものだ」
ギルガメッシュ王はもう一度、誇れとくり返した。
「こやつが健在な間はお前たちに、呪いに倒れてからの時間は我がもらう。そういう約定でな。エルキドゥの身柄は我が預かる。
いずれこの地上を去るさだめは変えられぬ。だがそれまでの時間をどう使うかは我が裁量よ…。
貴様も時を置いて訪ねよ。言葉を交わせずとも、一目見るくらいは叶うだろうさ」
そう言ってエルキドゥを抱えて遠くなる背中を見つめながら、俺は何もすることが出来ず、ただ立ち尽くしていた。
胸の内で燻り始めた黒い炎の存在がゆっくりと育っていくのを感じながら…。
◇
ギルガメッシュ王の言葉通り、エルキドゥはその後、十二日間に渡り神々の呪いと戦いながら、そのイノチを繋いだ。
そして神々の呪いに侵されてから十二日目、美しい緑の人はギルガメッシュ王とこれまでの思い出を語り合い、共に冒険し半生を寄り添った親友に看取られながら、荒野の土塊へと還った。