【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。 作:土ノ子
「……行くのか」
「はっ…」
文字通り憑き物が落ちたかのように冷静さを取り戻した俺は、再びイシュタル様の神殿へ訪ねることをギルガメッシュ王に告げた。
まだイシュタル様に向けた負の感情はこの胸にある。
だが直前までの己ごと燃やし尽きそうな憎悪の火は消えていた。
ギルガメッシュ王曰く、俺自身の憎悪と民草の憎悪が共鳴することで加速度的に人格の変容と神性の変質が進んでいたらしい。
エルキドゥの遺言とギルガメッシュ王の叱咤に俺の中の憎悪を祓われたことで神性呪詛への変性は歯止めがかかったのだろう、とのこと。
俺はまたしても二人の英雄に救われたのだ。
「我は付き合わんぞ。時間の無駄だ。まったく、世の中なるようにしかならんものがあると言うのに」
「それでも私は行くことに意味があると思います」
引き止めるギルガメッシュ王に己の意思を告げる。
面倒な奴だ、と王は小さく舌打ちした。
「……阿呆め。奴を…イシュタルを、曇りなき眼で見定めよ。アレはどうしようもない愚昧だが、その誇りまで地に打ち捨てておらぬ。扱いを誤らねば……とは思うが、時期が時期だ。保証はせんぞ。なにせ奴はイシュタルだからな」
「ご忠告、感謝いたします」
「全くだ。霊魂一つに我はどれほど慈悲深ければ気が済むのか…。我、自分が偉大過ぎて辛い」
瞼を閉じて腕を組んだ尊大なポーズで、冗談の気配が一欠けらも無しにギルガメッシュ王は言った。
ツッコミの一つも入れたいが、実際その偉大さと慈悲深さに救われた身としては何も言えねぇ…。
「エレシュキガルへの言い訳は自分で考えておくのだぞ。我は知らんからな」
「…………あの、どうか、その節は王からもお力添えを…」
「知ったことかと今言ったばかりであろうが。怒れる
目を背けていた問題を突き出されると思わず盛り立てた気合いがしおしおと萎びてしまう。
ちゃうねん、エレちゃん様の泣き顔が冥府のガルラ霊特攻過ぎるのだ…。
あ゛あ゛あ゛ぁ゛…今から帰った時のエレちゃん様の反応を思うと憂鬱過ぎるぅ…。
「フン…。忠告はしたぞ! 用が済めば速やかに冥界へ戻れよ! いいか、我との約定を破れば宝具針千本の刑に処すからな!!」
と、最後までこちらの方を窺いながらギルガメッシュ王は最期に忠告とも警告ともつかない言葉を残し、ウルクの方へ戻っていった。
うーむ、継承躯体のせいか、妙な方向にギルガメッシュ王が拗らせつつあるような気がするのは気のせいか…。
「イシュタル様、か…」
恐らく、というか間違いなく修羅場になるだろう。
命からがら逃げかえるという結末に終わるかもしれない。
それでもまだ胸の内で燻る炎、この熱に決着を付けたいと思う。
このままでは胸にもやもやとしたものが残るばかりで、前を向けそうにないのだ。
「行くか」
覚悟を決め、眼前の神殿へと足を進めた。
「御免っ! 《名も亡きガルラ霊》がイシュタル様を訪ねに参った! イシュタル様は何処か!?」
正面から神殿に入り込み、来訪を告げる
しかし、妙だ。
(人がいない…。イシュタル様が人払いでもされているのか?)
ありうるかもしれない。
あの誇り高き女神ならば、信者であろうと敗戦の直後に到底謁見を許す気分に離れないだろう。
その後も何度か声を張り上げながら奥に進んでいくが、やはり応えは無い。
ここまで徹底していると、最早何かしら女神の意図が働いているのだとしか思えない。
と、そうして進むうちに、遂に謁見の間まで辿り着いてしまった。
「―――不躾な輩が私の領域に何用かしら? ……ああ、久しぶりね、雑霊。ふん、霊魂の分際で肉の身を得たようね。それもこの世で一等気に食わない奴の名残りを」
鞭のように鋭い言葉が俺を叩く。
殺気混じりの言葉、視線が向けられるが、すぐにまあいいわと呟くと殺気を収めた。
とはいえ刺すような威圧感はそのままだ。
「よくもおめおめと私の前に顔を出せたわね。その面の顔の厚さは誰に似たのかしら?」
冷ややかな声だ。
しかし俺はその声にこたえるだけの余裕がなかった。
「―――」
瞠目した。
「イシュタル、様…。その装束は、一体…」
その美しい肢体を飾るのは豪華絢爛、しかしてボロボロに朽ちた―――戦装束だった。
戦装束には魔力が、その全身には覇気が満ちている。
グガランナは打ち倒され、此度の戦はイシュタル様の敗北と言い切っていいだろう。
とんでもない被害であり、大損害だ。
いかにイシュタル様自身が意気軒昂でも流石にしばらくは力を蓄えるために休息の時期に入ると予想していたのだが…。
目の前の光景はその予想を裏切っていた。
明らかに次の戦に向けた準備を進めている。
(まさか、ウルクに…?)
疑問が脳裏を過ぎるが、理性がその疑惑を否定する。
いくら何でもグガランナが打ち倒された早々に次の戦を吹っかけるほどイシュタル様も好戦的では無いだろう。
彼女は直情的で喧嘩っ早い一方で、キチンと勝算を練った上で勝負を仕掛ける狡猾な一面もある。ウルクへグガランナを嗾けたのが良い例だろう。
自分で言うのは何とも面映ゆいが、俺とウルクの民が起こした奇跡がなければ、あれほどの大勝利は望めなかったはずだ。
「決まっているでしょう? ―――報復よ」
が、続く言葉にまさかという思考が脳裏を過ぎる。そういうことか…、と。
その怨嗟に満ちた言葉から連想される報復の恐ろしさに心がゾッと寒くなる。
「それは…ウルクに対して、でありますか?」
この問いかけの応答次第で、俺もまた覚悟を決めねばなるまい。
必要ならば全てを無視して再びエレちゃん様を召喚しなければ…。
「お前…冥界の死にぞこない風情が私の誇りを侮辱するつもり!? 多少なりと目に掛けた恩を尽く仇で返すのが貴様の報恩かしら!!」
混乱する。
果たしてイシュタル様は何を言っているのか。
分からない、分からないが…俺もイシュタル様にぶつけたい言葉がある。
「……恐れながらイシュタル様に申し上げます」
恐れながらと言いながら、必定以上には遜らない。
いまは文句なしにハードネゴシエーションの場面だ。
下手すれば直接的な手出しが起こりうる位には。
だからこそ、退かない。
ただこちらの主張を堂々と述べるのみ。
「此度の戦、冥界は盟友としてウルクを助けただけのこと。かの都市にはエレシュキガル様を慕う者もそれなりにいるのならば、これを守るのは神として至極当然」
むしろ何故ウルクの都市神であるイシュタル様が何故ウルクに向けて進撃したのかという話だ。
「故に冥界はイシュタル様に対し、含むところはありません。どうかご理解願います」
……ああ、冥界は含むところはない。
俺自身は正直なところ、整理はついていないものの、エルキドゥの死の遠因となったイシュタル様に思うところはある。
やろうと思えばエレちゃん様に無理を言えば、地上…イシュタル様の神殿に、もっと言えば天界にすら侵攻が可能となるかもしれない。
だがそれは超えてはいけない一線だ。
俺個人の怒りに冥界を、エレちゃん様を巻き込んではならない。
「……良いでしょう。どの道エレシュキガルにまで構っているような暇はありません。冥界のことは捨て置くとしましょう」
「暇がない、とは一体。また戦を起こすおつもりで…?」
「察しが悪い霊魂ね。その通り、と言ってやるわ」
「誰と?」
核心を突く。
ウルクではないと取れる言動だが、果たして一体何を考えている…?
「私の胸の内を察することも出来ないの、この…!? そんなもの
「―――? ……!? ???!」
何を言っているか、本気で分からなかった。
ここで何故、神々が出てくる?
奴らが此度の騒動で起こしたのは、精々イシュタル様を煽ったり、エルキドゥを呪うことぐらい。
それが何故イシュタル様の怒りに結び付く?
「彼奴等は、エルキドゥの命を奪った!」
そうだ、奴らはエルキドゥを呪った。
(だがそこに憤ると言うことは、つまり…イシュタル様の御意思では、無かった?)
この疑問を言葉にしなかったことに、俺は一生に渡り安堵した。
もし軽率に口に出していれば、その怒りの矛先は俺にも向けられていただろう。
「我が敵、我が報復の対象を、私に諮ることなく奪った! 我が憎悪の矛先を、奴らは奪ったのよ!」
続く言葉に、何となく腑に落ちる。
同時に誰よりも自尊心と執着心が強い彼女らしいとも。
「許せるものか! グガランナを打ち倒したギルガメッシュ、そしてエルキドゥ! 彼奴等の命は私のものよ! 思う存分、正面から蹂躙し、屈服させる。そのために
恐ろしく強烈な愛憎を彼方のギルガメッシュ王に向けながら、怨讐の呪詛を吐き出し続ける。
『女』の二面性を極端に強く持つのがイシュタル様の特徴である。
愛したモノにはとことん一途に、深く愛を向けるが、時にその愛は気まぐれの果てに失せ、無関心なもの・愛を失ったものに恐ろしく残酷な仕打ちを与えると言う。
イシュタル様を振ったギルガメッシュ王とそれを助けるエルキドゥに、心胆が寒くなる程に強烈な負の執着を見せていたように。
その矛先を神々が奪うことで、負の執着が憎悪に変化し、神々へ向けられた、ということだろうか…。
「我が神力の尽く捧げようと、奴らに女神の報復を味わわせてやるつもりだったのに…っ! その機会を! 奴らは! 我が手から奪った!」
憎悪で爛々と輝く瞳。
女神の瞳に宿る怒りの激しさに、震える。
その震えに宿るのは決して恐怖だけでは無かった。
「その愚行、その傲りの代償を…! 女神の怒りをいま一度奴らに思い知らせてあげるわ!」
「イシュタル、様…。私、は―――」
一瞬だけ、だが、強烈に惹かれた。
その怒りの鮮烈さに、劫火の如き熱量に、俺の中の炎が共鳴した気がした。
イシュタル様はそれを見透かしたかのように、透徹とした瞳で俺を見た。
「失せなさい、これは私の…私だけの復讐。霊魂一匹、何ほどの力となるでしょう。余計な異物は冥府の隅っこでカビにたかられていればいい」
取り付く島もない拒絶であり、俺が胸に燻る憎悪をぶつける最後の機会を奪う言葉でもあった。
恐らくはイシュタル様なりの気遣いであり、
イシュタル様は、気に入った者には情が深く、優しいのだ。
「話は終わりね。景気付けよ、吹き飛ばしなさい。マアンナ!」
イシュタル様の御座船。天翔ける舟、マアンナ。
女神が撃ち放つ一撃の砲身でもあるソレ魔力を充填し、イシュタル様は魔力弾を無造作に謁見の間の大天井へ向けて撃ち放った。
決して小さくない神殿の天井を豪快に吹き飛ばし、そのまま魔力砲弾は天へ向かって翔け上がる!
さながら逆さまに空を翔ける流星のように。
「私が勝とうが負けようがしばらくこの神殿には戻らないわ。信者達のこと、しばらくあんた達に任せるから。私に対し、少しでも悪いと思ってるなら面倒を見ておきなさいよ。あ、あとこの神殿の修理もね」
開いた天井の大穴から豪快な脱出を遂げたイシュタル様。最後の大脱出はただの嫌がらせでは…?
自分が言いたいことだけを伝え、そのまま天へ翔け上がろうとするその背中に。
「イシュタル様!」
思わず呼びかけてしまった。
呼び止め、こちらを振り向いたイシュタル様へ果たして何を言えば良いのかと今更になって焦る。
「―――どうか、ご武運を!」
ただそれだけを何とか言葉にし、女神への餞とすると。
何も言うことなく、ただ「それでいい」と語り掛けるように。
「さあ、行くわよマアンナ! 今度は金星よりもずっと近い、
結局、俺の言葉に答えることなく、イシュタル様はマアンナとともに天へ去った。
俺はその後ろ姿が遠く消え去るまで、ずっと見つめていた。
◇
「…………」
天へ、神々の座す世界へ一直線に昇っていくイシュタル様の姿を見つめながら、胸の内をゆっくり探る。
この気持ちをなんと現わせばいいのか、俺にはまだ分からなかった。
胸の内で燻った炎はいつの間にか随分と弱まっている。
イシュタル様が抱いた怒りの炎の激しさに、押されてしまったのか…。。
なんと言えば良いのか、恐らくは俺は抱える憎悪の矛先を見失ったのだと思う。
エルキドゥの死の遠因を作ったのはイシュタル様だが、彼女の視点で見れば、彼女は理不尽ではあっても道理を外れた行いはしていないのだ。
自らの面目を潰したギルガメッシュ王に報復をしたのも、彼女からすれば当然のこと。
そしてグガランナを打ち倒された時、彼女は歯噛みして悔しがっただろうが、決して呪詛をかけるという陰惨な形での報復は企まなかった。
むしろ正々堂々と、正面から報復の機会を企んだ。
まあ、その手段がグガランナマークⅡの創造というのはちょっと予想の斜め上だったが。古代シュメルの大地をあれだけ
何と言うか、イシュタル様をエルキドゥの仇と恨むには彼女はあまりに真っ直ぐすぎるのだ。
そしてエルキドゥを呪った神々へ怨嗟を向けるには、俺は奴らを知らさなさすぎる。
面識の一つもない相手に憎悪を抱き続けるのは、凡人の俺には難しかった。
(結局、ギルガメッシュ王の言う通りだったな…)
世の中、なるようにしかならんというアレだ。
胸の炎も落ち着くところに落ち着いた気がする。
黒い炎は未だ俺の胸の内で熾火のように燃えている。
だがきっと、この胸の炎が燻り続け、時に再び燃え上がることはあっても、それに振り回されることを善しとは出来ないだろう。
亡き友はただ俺の幸せを願い、報復などただの一度も望まなかったのだから。
だから俺は俺の幸せに向かって歩いていこう。
引きずられず、しかし友の死を胸に抱えて。
こうして俺は一つの区切りをつけ、また歩き出した。
歩き出した先で、エレちゃん様の泣き顔や、不老不死を求め旅に出たギルガメッシュ王の影武者としてウルクに引っ張り込まれる一幕もあったのだが、それは余談というやつだろう。
先日の先行告知で早速殺意の高い神殺しメソッドを考案している名誉ガルラがいて草。
正式な告知は以前の冥界DASH企画と同じような形式を考えておりますので、ひとまずは胸の内でアイデアを練り上げるのにとどめて頂ければ幸いです。