【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。   作:土ノ子

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幕間の物語 王の旅立ち

 ゆっくりと、瞼を開ける。

 視界に移るは見慣れた玉座の間。

 腰掛けた玉座で政務を執る中、ひと時の休息についうたた寝をしていたことに気付く。

 

「……気が緩んだか。やはり、いかんな。このままでは」

 

 玉座に座る王、ギルガメッシュは一人呟く。

 ウルクの復興のため、日夜ウルクの民と自身を馬車馬の如くこき使いながらなんとかその目途が付き…。

 ひと段落、といった時期に至ることで、ギルガメッシュは今まで目を背けていた問題に目を向けることに決めた。

 

「……シドゥリ。シドゥリはおるか」

「はい。いかがされましたか、王よ」

 

 呼びかけると、すぐ姿を現すシドゥリ。

 休息の時間にもギルガメッシュの傍に詰めていたらしい。

 休めと言っただろうに、と思うが、同時にだろうな、とも思う。

 近頃のウルクでは民草の信仰に大きな変化が起きつつある。

 有体に言えば、これまで都市神だったイシュタルを崇めていた者達の内、少なからぬ割合でエレシュキガルへと信仰を変える者が増えつつある。

 

(グガランナ進撃の一件を思えば無理も無かろうな…)

 

 ギルガメッシュとしてはそれらの動きに殊更関与はしていない。

 エレシュキガルと共同でイシュタルの信者達への弾圧を加えないよう声明を出したくらいだ。

 幸いにと言うべきか、信望の厚いシドゥリが神官長を務めていること、良くも悪くもイシュタルの根っこの性格が()()であることをウルクの民は良く知っている。

 そのためイシュタル自身はともかくイシュタルに仕える神官たちへの風当たりはさほどでもなかった。むしろ同情の視線を向けられることも多い。

 ともあれイシュタル信仰の柱であるシドゥリがこの状況で手を抜いているように見せられるわけがない。状況も、本人の気質的にも。

 

「ウルクの有力者へすぐに我が元へ来るよう伝えよ。奴らに話すべきことがある」

「かしこまりました」

 

 恭しく頭を下げ、その場を去ろうとする腹心を呼び止め、言葉を付け加える。

 

「待て。もう一人呼びつける者がいる」

「はい? もう一人、ですか?」

 

 わざわざウルクの有力者と区切りながら、更にもう一人?

 疑問に首を傾げたシドゥリに、頷きながらその存在を伝えた。

 

「冥界のアレを呼べ。今頃はウルクに建てたエレシュキガルの神殿に詰めているはずだ」

「……しばし、お待ちを。呼んで参ります」

 

 さて、察しの良い腹心はいつもの仕事とは風向きが違うことに気付いたらしい。

 反対はされるだろうが、まあ、止むを得まい…。

 呼び出した者達が集まるまでの間、ギルガメッシュは再び玉座の背もたれに背を預けて体を休めた。

 

 ◇

 

 さて。

 玉座の間に呼び出されたウルクの有力者達

 神官長シドゥリを筆頭に衛兵長、都市内の市場を取り仕切る顔役、鉱石採掘職人の長、牧夫を束ねる長老などその顔触れは中々に多彩である。

 さらに特殊な立場にいるのは、見かけは平凡なウルクの民そのものの姿をした《名も亡きガルラ霊》か。

 が、当の本人は何故俺はここにいるのだろう…? と言葉にせずとも読み取れる困惑を顔に浮かべていた。

 いつも通りの、いっそ素直過ぎるほどに素直な能天気さにほんの少しだが愉快な気分を覚えた。

 だが奴()遊ぶのは後回しにするとしよう。

 まずは呼び集めた者達へ王の決定を告げるのが先だ。

 

「皆、よく集まった。これよりウルクの行く末に関わる重大事を伝える故、我が言葉をしっかりと拝聴せよ」

 

 王の威厳ととも告げると、皆思い思いの仕草・言葉で畏まる。

 我が言葉を聞く姿勢は整ったと満足そうに頷くと、ギルガメッシュは自らの決定を伝えた。

 

「この場の皆に、告げる。これは我が下す決定事項だ。異論は許さん」

 

 と、王気(オーラ)を漲らせながら傲慢とすら思わず言い放つ。

 自らの傲慢を傲慢と思わないくらい、ギルガメッシュは生まれながらの王だった。

 我が言葉に民草が従うのは当然。

 天から地へ向けて林檎が落ちるのは当たり前だというくらいの感覚でギルガメッシュはそう思っていた。

 

「我は旅に出る。幾つもの年を跨ぐような、長い旅だ。その間、我が影武者をこの《名も亡きガルラ霊》に任せる。貴様らはそれを助けよ、よいな?」

 

 故にそのとんでもない発言も、皆が粛々と頷くだろうと思っていたのだが…。

 

『――――』

 

 一瞬の間が空くと、次いで蜂の巣をつついたような疑問、困惑、問いかけが爆発した。

 そしてその隣で《名も亡きガルラ霊》は何故俺がこんなことに…? とますます困惑を深めていた。

 安心しろ、貴様を呼んだのはここから先の本題と関わるからだ。

 とりあえず口角泡を飛ばす有力者達へ一言、ただ告げる。

 

「聞け」

 

 ()()、と先ほどに倍する王気を発し、異論を口にする者達を無理やりに黙らせる。

 異論は許さないとわざわざ忠告したにもかかわらず、その警告を無視した輩には過ぎた温情だった。まったく近頃の(オレ)は少しばかり人類(ひと)に対し優しすぎるかもしれない…

 気を付けねばな、と自身の本質を暴君…人類に対する試練と規定するギルガメッシュは思った。

 

「既に話した通り、決定事項だ。貴様らの意見は聞いておらん」

 

 王様節全開でただ決定事項を下した。

 皆賛成などしていないことは一目で明らかだったが、ギルガメッシュは気にした様子もなく頷いた。

 王が言うことなら仕方ないという諦観した空気が皆を包んでいた。

 

「話は聞いていたな、冥界の。しばしウルクを任せる故、励め」

 

 と、ここまで沈黙を保っていたもう一人の当事者へ命じると…。

 

「いえ、無理ですが」

 

 いっそすがすがしいほどにキッパリ断りを告げるガルラ霊。

 戯れに王気(オーラ)の圧を上げ、威を示すが動じた様子はない。

 

「フハハ」

 

 その図太さに愉快さを覚え、忍び笑いを漏らしながらついつい王気を本気で昂らせてしまう。

 あっけらかんとしたキレ味のある回答に、ほんの少しだけ友の面影を見たからだった。

 巻き込まれた周囲の顔色が中々に愉快なことになっているが、まあ我が興趣のため致し方なし!

 ギルガメッシュは清々しいまでに暴君だった。

 

「まあ、貴様はそう答えるであろうな」

「で、ありますればその次のお言葉も頂けるので?」

「うむ…。皆も聞け。我が旅に出る理由をな」

 

 ギルガメッシュの言葉にも、畏敬を示しながらも過剰な程には遜らない。

 神性と化し、エルキドゥの躯体を継承してから一皮剥けたようだ、と思う。

 飄然とした気質と生真面目なまでの誠実さはそのままに、どこか浮ついた部分が消え失せていた。

 それへ奴がエルキドゥの死を乗り越えた結果なのだろう、とも思う。

 

(最初は愉快な道化、珍獣の類を見たと思ったが…)

 

 ただ愚直さと主への忠節だけが取り柄の凡骨、雑種。

 その評価が間違っていたとは思っていない。

 このガルラ霊の本質は、どこまでも凡庸でありふれた()()だ。

 だがその凡庸さこそが地上と冥界という二つの世界を繋げた。

 愚直なまでに主に尽くす、愚かしくすらあるその在り方は嫌いではない。

 グガランナ同様、主の趣味が悪いという欠点はあるが、その程度は可愛いものだ。

 言葉にしないが、ギルガメッシュは《名も亡きガルラ霊》を高く評価していた。

 野に生きる獣は一度充足すれば()()()()を求めない。

 生きて、死ぬ。ただそれだけで獣達は完結しているのだ。

 その在り方をギルガメッシュは嫌ってなどいないし、むしろ潔いとすら感じている。

 だが安楽に浸るだけを善しとせず、自らの意思で限界へ挑む在り方に、ギルガメッシュは人の価値を見出した。

 前へ進もうとする意志、それこそが人と獣を分かつ最大の差だ。

 その点で言えば、このガルラ霊は合格である。

 何より自らが無力であることを自覚しながら、なお()()()()と高みに手を伸ばし続ける様はそれなりに可愛げがある。

 

「我はな、天上天下にただ一人英雄の王たる者。生まれながらに世界の行く末を裁定する資格を持った者だ」

「……ギルガメッシュ王が偉大にして無双なるお方であることに、異論などあるはずもありません」

 

 ギルガメッシュの言葉を理解しようとするのを放棄したことを察しつつ、気にはしない。

 元より理解させるための言葉ではないし、ガルラ霊自身の言葉に嘘は無いからだ。

 

「が、エルキドゥが死を迎えてどうにも分からなくなった」

 

 呟きに潜んだその名に、その場の誰もが大小様々な反応を示す。

 好意的な者も、その反対の者も。

 世話になった者も、遠巻きに見守るだけだった者もいる。

 だがウルクに住む者の中で、エルキドゥを知らない者はただの一人もいない。

 

「……何を、でございますか?」

 

 ギルガメッシュ同様、最もその死に心を動かされたガルラ霊が代表して問いかける。

 エルキドゥがギルガメッシュの中でどのような存在になっているのか、正確なところは誰も分からなかったが故に。

 

()()()()()。ただそれだけのことが、民草達が当たり前のように為していることが、どうにも分からんのだ」

 

 ある意味でギルガメッシュらしい、非常に哲学的で遠大な悩みに誰もが絶句する。

 人は何処から来て、何処へ行くのか。

 自らは全てを知る者と思っていたが、そうではなかったらしい。

 

「このままではダメだ。このウルクが、幸福なる都市が、我が民草がその価値を欠く。我が胸に刻まれた欠損によって」

 

 自らの不備で自らが価値を認めたものを毀損する。

 意図してのことならばともかく、そうでないのならばギルガメッシュにとってこれ以上ない程の屈辱、無様である。

 

「要するに、このままウルクの王として立ち続けるには、今の我では問題がある。その問題を解決するために旅に出る。そういうことだ、分かったな?」

 

 恐らくその真意の深いところまでは分かった者はいないだろう。

 だがギルガメッシュがこの度の必要性に強く感じていることは伝わったはずだ。

 ならば誰もが納得はせずとも、旅に出る王を止められないと理解しただろう。

 なにせ民草が王の決意を翻すことなど、出来た試しがないのだから。

 

「故にその意味を探しに旅立つ。差し当たり不老不死でも求めるとするか」

「―――王よ、恐れながら」

「分かっておるわ、貴様の()()は余計な心配よ」

 

 敬意を示しながら同時に圧をも示すガルラ霊に頷く。

 不老不死、冥界の者達にとってもそれは小さくない意味を持つ。

 ならばその秘密に手をかけようとするギルガメッシュを冥府の者が掣肘するのは正しい行いだ。

 自らの職責から出た諫言を罰しようとは思わない。退ける時はあるが。

 

「宝とは使ってこそ価値がある。が、中には宝物庫にしまうことに意味がある宝もあろうよ」

「それが不老不死の秘法であると?」

「生と死の意味を知る。不老不死の秘法など、我にとってはその手掛かりに過ぎん」

 

 不老不死…誰もが求める夢想に、言葉以上の思いをギルガメッシュは抱いていない。

 ひとまずの旅路の目的でしかないのだ。

 

「深淵に至り、全てを見てくるとしよう。その間、我がウルクを頼みたい」

「……お気持ちは分かりました。私個人で言えば、ご協力したいとも思います。しかし、我が職責がそれを許すか…」

「無論、天上天下に唯一絶対なる我の影武者など例え誰であろうとこなせるはずもないことは分かっている。例え貴様がその躯体の性能を駆使し、我にそっくりな面相を得ようとな」

「思うに、王の()()()()ところを皆の衆は案じておられるのでは?」

 

 鋭い切れ味のツッコミであった。

 なお思わず視線を向けたウルクの有力者達は一斉に視線を逸らした。シドゥリでさえも。

 こやつ、気のせいかエルキドゥに似てきていないか…? と密かに首を傾げながら、無視する。

 下々の民を振り回すのも王の特権である、と王様ルールを発動させながら。

 

「貴様、この間下の者が随分と育ち、職務にも余裕が出てきたと言っていただろう。我が目から見ても、近頃のガルラ霊共の働きは及第だ」

「まあ、確かにそのようなことも話しましたが」

 

 冥界が信仰獲得のためにウルクを始めとする地上の諸都市に進出してもう何年も経っている。

 自然とその間に積み上げたノウハウが冥府のガルラ霊達の間で共有され、莫大なマンパワーがようやく有効活用されつつあった。

 

「ならば貴様が今抱えている仕事を下に投げ、貴様自身は新たな職務に取り組む頃合いだ。その進路として我が影武者の任は相応しかろう」

「……しかし、私はあくまでエレシュキガル様の臣であり」

「都市の統治。一度本格的に携わるのも悪くは無かろう。エレシュキガルには家臣が育つ機をむざむざ捨てるかと言っておけ。我からも話す」

「……ウルクの民が果たしてギルガメッシュ王の影武者など受け入れるか…」

「貴様ならばまあ、問題は無かろう。シドゥリ?」

「はい。畏れながら《名も亡きガルラ霊》殿が王の影武者として立つならば、皆はそれと知った上で受け入れるかと。王の影武者を()()()のは他の都市と天上の神々に対して。その認識でよろしいですか?」

「然様。ウルクの象徴たる我が長い間都市を離れるのは本来好ましくは無いからな。我が不在が長期に渡れば欲心を出す輩もいよう」

 

 ガルラ霊は分かっているなら自重してくれねぇかなぁ…という顔をした。

 フハハ、こやつめ。宝具針千本の刑に処してくれようか。

 が、まあいい。許してやろう。我は寛大だからな!

 

「……いっそ()()()()()を打ち捨てて旅に出るかと思うこともあった。だがそれは貴様とエレシュキガルがいたからこそ得たウルクが立ち直る機を捨てることになる。何より影武者が露見しても、当の影武者が貴様となれば軽々に神々もウルクに手を出せまい」

 

 ガルラ霊が積み重ねた実績を信頼し、ギルガメッシュは自らの思いを率直に伝えた。

 

「貴様だからこそ任せるのだ、冥界の」

「……………………王よ、そのお言葉はあまりに卑怯かと。応じる他無いではありませんか」

 

 最大の殺し文句に、たっぷり四回分は呼吸出来る時間を挟み、ガルラ霊は応じた。

 その間に挟まった沈黙の間に何が含まれていたかは、ガルラ霊のみが知る。

 

「知ったことか。我は王だからな。我が望みを言って何が悪い」

 

 応じる言葉はいつも通りの王様節だった。

 

 ◇

 

 その後、ギルガメッシュは人知れず不老不死を求める旅へと旅立った。

 旅立ちを見送る者は誰もおらず、しかしその日のウルク民達はどこか様子が違ったと言う。

 そして民草は影武者に親しんだが、決して彼をギルガメッシュの名で呼ばなかった。

 それから何年もの時が経ち、《名も亡きガルラ霊》はギルガメッシュ王の影武者として何とか政務をこなし続けた。

 幾度か、ギルガメッシュの不在によりウルクを危機が襲ったが、冥界の女神による庇護でそれを乗り切り…。

 ギルガメッシュの顔を知らない幼子が増えて来た頃、全てを見た人はウルクへと帰還した。

 何一つ形になる()は得られなかったと、清々しい顔で笑う旅の顛末を土産にして。

 ただ一つ言えることは、長い旅路から帰ってきたギルガメッシュの顔は暴君と呼ばれていた頃には無い落ち着きと、賢王の風格を備えていたという。

 

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