【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。   作:土ノ子

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 《名も亡きガルラ霊》が言葉を終えたその瞬間、ギルガメッシュ王の口角が笑みの形に歪む。

 これは、そう―――

 

「面白い事を(のたま)ったな、雑種」

 

 命がけの綱渡り(ガチ)を行う道化を見る目だ。

 ですよね、エレちゃん様の使者だろうがここから先は言葉一つ間違えたら多分首チョンパ喰らいますよね。そうなったらこちらは(言葉と定義が正しいか不明だが)死にますよね。

 

「つまるところ貴様の目的は地上における鉱石採掘への介入…それに(かこつ)けたエレシュキガルの信仰獲得辺りか。今のあやつは如何に強大な権能を所有しようが、その職掌は冥府神の枠を出ぬ。畏れられども、慕われはしまい。これ以上の信仰を得るのは難しかろう。

 だが此度の介入をキッカケに奴が新たな側面を得られればあるいは…と言ったところであろう?」

 

 ……………………まあ、なんだ。分かり切ってはいたことだが、やっぱりこの王様はヤバイな。

 (恐らくは)滅茶苦茶強い腕っぷしよりも、全てを見通す千里眼じみた洞察力の方がこちらにとっては間違いなく恐ろしい。

 

「貴様の主ともども、随分と無理を言っている自覚はあるか? 如何にエレシュキガルが己が財宝だと喚こうが、鉱石の採掘ははるか昔から地上の民によって行われてきた生業。いきなり贖いなぞ求めようともはいそうですかとはなるまい。

 そも如何なる理屈を以て、採掘する鉱石を己が財と主張するつもりか」

 

 うんまあ、ウルク側…というか地上側の既得権益に踏み込むかなりギリギリな発言をしている自覚はある。

 でも本気で冥界を発展させようと思ったら危ない橋の一つや二つ、渡らなければ始まらないんだよ。なにせ冥界だ、粘土が食事で埃がご馳走とか揶揄(やゆ)された土地なのだ。

 ある物全部使い倒して、ようやく目が出るか。それくらいに厳しい、正直に言えば現時点では博打が成立しないくらいに勝算の見通しが立たない話なのだ。

 だからいちいち自分の命(死んでるけど)など惜しがってられる状況じゃないんだなぁ(決意)。

 

『我が女神、エレシュキガルの職掌は冥府、(あまね)く大地の暗き場所に及びます。故に大地の底に眠る宝玉、鉱石は即ちエレシュキガル様の所有物。我が女神の財を掘り出す者に然るべき処置が必要であると、そう申し上げております』

 

 The・言ったもん勝ちパート1である。パート2が出てくるかは知らない。

 エレちゃん様にも確認したが、大地に埋蔵された各種鉱石の所有権について領分は曖昧だ。確定していない、と言うべきか。

 だが先ほど口上を述べたように、エレちゃん様の領分は冥府。つまり地下こそが彼女の版図であり、そこに埋まっている物は何であれ彼女の所有物であるとも強弁出来る。

 そしてエレちゃん様自身は自覚がないようだが、彼女は多少の強引な物言いも周囲に認めさせるだけの強力な権威の持ち主だった。

 

「フン」

 

 それは地上における『人』を代表するギルガメッシュ王であっても変わりはない。《名も亡きガルラ霊()》が未だに威圧感たっぷりのギルガメッシュ王から消し飛ばされていないのは、その部分も影響しているはずだ。

 

『……贖いを求める、とエレシュキガル様は仰られました。しかし同時にその勇気を称賛することをお忘れになられる方ではございません。冥府へ挑む者達へ、その加護をお与えになることをお考えであらせられます』

「ほう。勇気、そして加護と言ったか」

『山を巡り、鉱床を探り当て、何より地下へ坑道を掘り巡らせ、地下…冥府の領域へ採掘に潜る彼らは冥府に近しき者とも申せます。我らの世界に踏み込み、暗闇・崩落・瘴気と戦う者をどうして無下に扱えましょうか』

 

 これは多少の御世辞は含まれているが、俺とエレちゃん様の本音だ。

 鉱山採掘はもっと後の時代でも死者が出るのは珍しくない、危険な仕事だった。

 そしてここは物理的に穴を深く掘るだけで冥界に繋がる神代のメソポタミアなのだ。坑道を掘る内に冥府に繋がるという事例、実のところそれなりにあったりするらしい。

 冥府の厳しさを知るだけに、端っことはいえ生きたまま冥府に近づき、宝玉に鉱石という宝を採掘することの危険性は十分に想像できる。

 暗闇の中に輝く命の光、それは尊ぶにふさわしい輝きであると思う。

 

『冥府の女神は彼らを高く評価しています』

 

 何も神の使者という上段からただ地上側の採掘事業で得られる上がりを寄越せなどと宣うつもりはない。

 何よりこちら側が欲しているのは宝玉そのものではなく『信仰』。

 そのためにも一方的にこちらが得するような申し出はむしろ損ですらある。

 そう、取引とは相互を尊重し、利益を伴わなければならない。だってお互いの尊重と利益がある限り向こうの方から繋がりを維持しようとしてくれますからね(遠い未来を生きたエコノミックアニマルの感想)。

 これは冥界とウルクの『取り引き』だ。少なくともこちらはそのつもりでいる。

 問題はこのとんでもないキレ者な暴君がそこをどう受け取っているかだが…。

 

「……その申し出はしばし脇に置くとしよう。討議の前に、一つ片付けねばならん問いかけがあるのでな。心して答えよ」

 

 ス…、と切れ長な目を細めて冷たい視線でこちらを睨みつけ、

 

「ここしばらく坑道に潜る者達から引っ切り無しに嘆願が届く。坑道の奥から少なからずガルラ霊どもが湧き、とても仕事にならんとな。これは貴様の仕業か、雑種」

 

 そう、舌鋒鋭く問いかけた。

 


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