【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。   作:土ノ子

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 時間軸的には、既にギルガメッシュが不老不死を求める旅から帰還して数年後となります。
 そこら辺の厳密なタイムスケジュールは決めてないので、年などはふわっとしたものとなります。
 気にしないでいただけるとありがたく。




 ネルガル神からの冥界の併合宣言、事実上の宣戦布告が届いてから早数日。

 俺は冥府の代表として、ウルクを始めとする諸都市を回っていた。

 要件はもちろん事情を伝えての援軍……は、難しいので物資などの支援要請である。

 諸都市は概ね俺達冥府とエレちゃん様に同情的ではあったが、大々的な支援はどこも引き出せなかった。

 残念ではあるが予想の範疇だ。

 此度の企みが成就すれば、間違いなくネルガル神が冥府の王となる。

 自らの死後を預けることになるかもしれない恐ろしい神へ、睨まれるような真似をしたくないのだろう。

 悪足掻きのように、()()()()を通すのが精いっぱいだった。

 分かっていたことではあるが、落胆を禁じ得ない。

 

(だが、ウルクならば…)

 

 冥界と最もかかわりの深いウルクならば。

 英雄王ギルガメッシュが治めるウルクならば。

 そうした期待を以て俺はウルクを訪れ…。

 結論から言えばその期待は半分成就し、半分は裏切られた。

 

 ◇

 

「良いぞ。貴様ら冥界には借りがある。我が宝物庫の鍵を開けてやろう」

「お言葉、ありがたく!」

 

 流石はギルガメッシュ王。

 王の旅から帰還してから鋭すぎるトゲが大分なくなり、賢王の風格が出てきたともっぱらの噂だ。

 さすギル、という奴である。

 

「シドゥリ! 男手を用意せよ。蔵に収めたラピスラズリを馬車五台…いや、七台分積み込め。それとディンギルを蔵の予備全てと城壁の四分の一分くれてやる。

 ただし冥界までの運搬は貴様らガルラ霊が負担せよ! ウルクも順調に復興しているが、人手を余らせているわけではない」

「ははっ! すぐに手配いたします!」

 

 ディンギル、財宝に込められた魔力を起爆剤に『壊れた幻想(ブロークンファンタズム)』を魔弾として撃ち放つ、贅沢極まりない超兵器だ。

 これならばネルガル神の眷属にも十分効果が見込めるはず。

 いや、マジでありがたい。

 ありがたい、のだが…。

 

「……恐れながら、王よ」

 

 続く問いかけの内容を思えば、自然と口が重たくなる。

 確かに心の底からありがたい助力だが、想定されるネルガル神の戦力を考えるとまだ足りない。

 はっきり言ってしまえば冥府が喉から手が出るほど求めているのはギルガメッシュ王直々の出陣である。

 

「先んじて言っておく。我はこの戦には出向かんぞ」

 

 が、そんな希望を打ち砕くようにギルガメッシュは冷然とした表情で切り捨てた。

 

「王よ、どうか…!」

「ならん! これはネルガルと貴様ら冥界の戦。我がウルクは冥府を盟友として支えてやろう。これまで冥府がしてきたようにな」

「そのお慈悲はまことにありがたく! なれど冥界が求めているのはかの大神を打ち倒す益荒男なのです!」

 

 ここでギルガメッシュ王を引き込めれば、戦力的に相当なアドバンテージを得られる。

 それこそネルガル神の打倒も十分な実現性を持つはずだ。

 

「何卒! 何卒、王のお慈悲を…!」

 

 本当に、心の底から助力をこい願う。

 ウルクと冥府はこれ以上ないほどに()()()()だ。

 冥界がウルクに手を貸したことも一度や二度ではない。

 だからこそ、きっとギルガメッシュ王の助力を得られるだろうという希望的観測…否、()()は。

 

「囀るはそこまでにしておけ、下郎」

 

 極寒の冷気を放つ一言によって切り捨てられた。

 何よりも『王の財宝』から一振りの宝剣が俺の眼前に撃ち出され、続く言葉を強制的に止めさせられた。

 

「我がウルクのため、尋常ならざる危機が訪れた時は確かに冥府の助力を得たこともあった。だがグガランナの時のように、矢面に立つのは常に我と我のウルクだったはずだ」

 

 冷ややかな語調で道理を語るギルガメッシュ王に、俺はそれ以上の言葉を失った。

 こうして語り聞かせている姿勢こそギルガメッシュ王の慈悲だ。

 普通ならば道理を言って聞かせるまでもなく、無数の宝具によって躯体を串刺しにされていてもおかしくはない。

 

「だがこのまま我がこの戦に出向けば、ネルガル神と相対するのは我となろう。それでは()()()()()()()()()()()()()()。何よりも冥府には自衛する力もないと冥府そのものが侮られ、ネルガルに続く強欲なる略奪者を生む結果となろう」

 

 滔々と、理詰めでこちらの甘い考えを論破していく。

 俺はその言葉に反論することが出来なかった。

 

「貴様、エレシュキガルの顔に泥を塗りたくる気か?」

「――――――――……っ!」

 

 抗弁出来ず、言葉を飲み込むしかない。

 確かにギルガメッシュが言う通り、ネルガル神を撃退せねばと近視眼的な視野に囚われていたのは確かだ。

 だが、だからと言ってネルガル神を撃退する術が見出せていない現状、このまま引き下がる訳には…。

 そう迷うものの、ギルガメッシュ王はにべもなく俺に退出を命じた。

 

「我は忙しい、これ以上用が無ければさっさと下がれ―――ああ、いや、待て」

 

 良い考えも思いつかず、唇を噛み占めて退出しようとした俺の背中に、王が声をかける。

 

「わざわざウルクに顔を出して我の慈悲を乞う殊勝さに免じ、せめてもの土産をくれてやろう。我の慈雨の如き寛大さに、五体投地を以て感謝を示しても構わんぞ。今なら指を差して笑ってやろう」

「土産、でございますか?」

 

 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべるギルガメッシュ王に、また悪癖が発動したかと内心で首を振る。

 賢王の風格が出て来たとは言え、基本的なキャラクターそのものは変わってないんだよな。この人。

 

「うむ、良いモノだぞ。まあ我直々にくれてやるのだ。なんであろうと感涙に咽びながら受け取るのが礼儀だろう。ん?」

「……ご配慮、ありがたく」

 

 パワハラじみた発言の意図が読めないが、ひとまず大人しく礼を告げる。

 最悪、ただの趣味の悪いからかいという可能性もあるのがギルガメッシュ王の性質が悪いところだな。

 偉大であり慈悲深くもあるのだが、根本的なところで性格が捻じ曲がってるんだよなぁ…。

 

「そら、ウルク名物の麦酒だ。せめてこれでも飲んで英気を養うが良かろう」

 

 と、王の蔵から黄金の波紋と共に取り出した杯に満ちた麦酒。

 その黄金の輝きをこれ見よがしに見せつける王に、思わず深い深い溜息を吐いた。

 麦酒を飲んでスーパーガルラ霊に変身できるならともかく、いま上等なだけのアルコールになぞ用は無い。

 

「……では、私はこれにて失礼致しまする」

「なんだ、詰まらん奴め。からかい甲斐の無い」

 

 と、言葉とは裏腹に面白そうにこちらを見るギルガメッシュ王。

 ……なんだ? 妙に含みのある表情だが…。

 

「ではせめて器だけでも持っていけ。なに、勝利の暁に祝杯を挙げる時にでも使えば良かろう」

 

 そう告げて麦酒を干した黄金の杯を無造作にこちらに放り投げ―――……っておいこれは。

 

「ぬ、っおおおぉっ…!」

 

 地面に転げ落ちそうになった()()を咄嗟にダイビングキャッチ。

 手の中に納まった黄金を確かめると、そこにあるのは杯から滾々と溢れ出る莫大な魔力リソース。

 これこそは世界すら変えてしまえそうなほどの力を秘めた万能の願望機。

 

(これはウルクの大杯…()()じゃねーか!?)

 

 ギルガメッシュ王の蔵にある財宝でも、恐らくは屈指の価値を持つ大秘宝である。

 あるいは大神ネルガルを相手取ってなお、希望が見えるほどに強力な王の財。

 俺が抱いた王への不満など即座に雲散霧消し、むしろ罪悪感で自殺したくなるほどの代物だ。

 

「王よ―――」

 

 これほどの代物を寄越されたことへの礼は、ただ俺が頭を下げる程度では到底足るまい。だがそれでも精一杯の言葉を言上しようとして…。

 

「うむ、いまの貴様の珍妙な姿は中々笑えたぞ。その功績に免じてその杯は貴様にくれてやる、好きに使え」

 

 ちょっと???

 いま俺物凄くシリアスなキメ顔しながら、物凄い大真面目にお礼を言おうとしてたんですけど?

 王様自らこちらのはしごを外すのマジで止めません?

 

「ハッ! 鬱陶しい湿気た面構えも多少はマシになったか。馬鹿め、悲壮感と決意に満ちた顔なぞ貴様には似合わんことこの上ないわ。見ているだけで怖気が走ると言うものよ」

 

 やれやれと頭を振るギルガメッシュ王が俺を見る視線は、言葉とは裏腹にどこか温かい。

 その顔は微笑(わら)っていた。まるで先達が後進を見守るように。

 

「いつも通りに、愚かしいまでにただ真っ直ぐ進め。下を向くな、顔を上げて笑っていろ。貴様らにはそれが似合う」

 

 続けて繰り出される罵倒に見せかけた王の激励に、俺は言葉を失い、黙ったまま頭を下げた。

 いつか必ずやこの恩は返すと胸に誓いを抱いて。

 

「行け。そして勝って来い。勝利の暁には我とともに祝杯を干す名誉を与えてやろう」

「ははーっ! 必ずやご期待に添いまする!」

 

 こうして俺は最上の成果を手に、冥府へ戻った。

 いまだ勝利の道筋は見つかっていない。

 だが決して絶望などしない、している暇などないと気概を得て。

 

 ◇

 

 冥界に戻った俺は、六十六臣を筆頭に個我持つガルラ達と幾度となく話し合いを繰り返した。

 聖杯という莫大な魔力リソースと、理屈が立つならば即座に願望を現実へと反映させる願望機としての機能。

 これさえあれば俺達が諦めていたあれやこれやを実現できる…。眷属集団相手ならば恐らく善戦以上のことが出来るはずだ。

 問題は肝心要の、ネルガルという大神を打ち倒す術が、まだ得られていないことだが、それは冥府の皆とともに練り上げていくしかないだろう。

 皆が一丸となって叶う限りの準備を推し進め、そうして瞬く間に日数が過ぎていき…。

 

 ―――そして、遂に十四の病魔を筆頭に数多の眷属を従えたネルガル神は冥府の門を叩いた。

 


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