【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。   作:土ノ子

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 第二の戦場。

 そこは本陣や第一の戦場と異なり、街のただ中だった。

 だが人気や活気のない、死んだ街だ。

 かつて死者のために整備されながらも、状況の変化によって廃棄された都市区画である。

 三々五々に分断されて廃棄都市に転移させられた敵軍を近くの小高い丘から見下ろす。

 どこぞの名軍師よろしく羽毛扇をで口元を隠しながら指揮官騎は呟いた。

 恰幅が良い上に落ち着きもある佇まい。

 

「……やりましたな、副王殿。うむ、実によろしい。是、勝機到来なり」

 

 指揮官騎は羽毛扇を軍配代わりに戦場を指し示し、麾下のガルラ霊に命じた。

 廃棄都市に分断して落とされ、右往左往する敵軍を各個撃破するべしと言うは易く行うは難い偉業を。

 

「では手筈通りに行くとしましょうか」

 

 今から始める戦闘に第一の戦場のような、派手で目を引く要素は何一つとしてない。

 ひたすらに地味で、高度な、ただガルラ霊達が積み上げてきた練度をぶつけるだけだ。

 だが()()()()()指揮官騎は思う。我らこそガルラ霊、我らこそ冥府の精鋭なりと。

 その意地をぶつけるような戦いが火蓋を切った。

 

 ◇

 

 ネルガル神率いる眷属の将たる『十四の病魔』。

 『屋根の主(ベールリ)』と『落ちる者(ミキト)』。それぞれ『癇癪』と『失神』を司る彼らは他の眷属よりも一段高い思考力を持つ。

 とはいえそれも《個我持つガルラ霊》達のような臨機応変なものではない。

 思考は機械的であり、従順であっても柔軟ではないと言えば分かるだろうか。

 

『…………』

 

 一言も発さずに同格の魔神と意思疎通を交わしながら、意思統一を図る。

 ひとまずは三々五々に分散され、意思統一のされていない自軍の統制を取らねばならない。

 自らの存在を誇示し、烏合の衆を呼び集めるべしと二柱の意見は一致した。

 

『…………』

 

 遠く離れた場所で二柱は互いに頷く。

 そしてそれぞれがその暴威を振るい、自軍を呼び集める狼煙としようした時。

 

『――――!!』

 

 感知する。

 眷属が、自軍の雑兵の反応が幾つか消えた。

 それも複数の箇所で。

 

『…………』

 

 ほぼ同時に分散された自軍が各個撃破されつつある。

 認識を一致させた二柱はすぐに動き出す。

 派手に廃棄都市を打ち壊し、眷属達にのみ通じる思念を周囲に放射して自分達の元へと集まるよう指示を下す。

 だがそれでも動き出しが遅すぎた…いや、冥府の軍勢が駆る破竹の勢いが凄まじ過ぎたと言うべきだった。

 

 ◇

 

 

『十七番隊、いの四十六へ移動し敵の正面を押さえてください。九十六番隊はへの二十二へ移動。敵軍の側面を衝いてください。無理な攻撃は無用』

 

 指揮官騎が矢継ぎ早に指示を下す。

 発しているのは別に暗号ではない。

 廃棄都市の縦軸をいろは順に、横軸を数字順に割り振り、区分けした数字だ。

 要するに将棋や囲碁のマス目と同じである。

 

『二十三番隊、ろの五十二経由で地下道に潜ってください。合図と共に仕掛けを起動するように』

 

 指揮官騎の眼前には廃棄都市を模した巨大な盤面がある。

 その盤上には幾つもの駒が並べられ、リアルタイムで数多のガルラ霊が忙しなく動かし、刻々と動き行く戦場の姿を捉えていた。

 この戦場図を作るために表に出ない数多のガルラ霊達の協力があった。

 敢えて肉体を脱ぎ捨て、ガルラ霊としての浮遊能力を生かして高所から偵察。この偵察班に三桁を超える数を投入。

 更に偵察班から挙がった報告を陣営のガルラ霊達がマンツーマンで対応。リアルタイムで戦場図の状況を更新していく。

 そうして作り上げられた戦況を俯瞰しながら、指揮官騎が絶え間なく各部隊へ同時進行的に指示を下し続ける。

 彼らの代表、《名も亡きガルラ霊》が繋いだ絆を通じて。

 

「やれやれ、副王殿には苦労をかけてしまいますな…」

 

 この繋がりを維持出来るのは、誰よりも()()に長けた我らの代表のみ。

 その負担は小さくなかろう。

 

「が、その甲斐はあったと言わせてみせましょう」

 

 両軍合わせて十万を優に超える戦場は一人が俯瞰して捉えられるものではない。

 事前に廃棄都市へ何度となく足を運び、その隅々まで記憶し、戦場図と脳裏の記憶を照らし合わせながらの指揮に頭が割れそうになる。

 処理能力の不足を補うため指揮官騎と同化し、その頭脳を貸し与える同胞達が更に多数。

 十万に近い戦力の約三割をバックアップに割り振る、思い切った戦略だった。

 巨大な一個の頭脳として絶え間なくガルラ霊達に指示を下し続ける。

 それでも余裕はない。気分はひたすらに目の前に迫り来る数多の仕事を判断時間一秒で捌き続ける電脳機械だ。

 誰よりも指揮官騎こそが自身を酷使しながら、戦場の差配に全力を投じていた。

 

 

 ―――…………。

 

 ガルラ霊に対し、三々五々に散らされたネルガル神の眷属達もまたこの戦場に対応し、動き始めていた。

 叶う限りに相互に声をかけ合い、ある程度纏まりのある集団を作り上げる。

 戦歴の長い眷属を集団に、簡易的な指揮系統すら確立した。

 そうして出来上がった眷属集団がとあるガルラ霊の隊と交戦する都市の一角にて。

 

 ―――正面に敵影を確認。迎撃する。

 ―――了解。

 ―――了解。

 ―――了解。

 

 ネルガル神の眷属達もまた叶う限りの最善を尽くしていた。

 彼らはネルガル神が操る死病の権能によって命を奪われ、死後の魂を捕らわれた死霊達だ。

 随分と長い間神の頸木に囚われ、人間性を摩耗した彼らはひたすらに従順に、効率よく敵を駆逐するだけの戦人形と化している。

 ネルガル神の支配力に囚われ、決死の勢いで交戦する文字通りの死兵達だった。

 

 ―――戦況優勢……側面から敵の奇襲を確認。数はこちらが多い。一隊率いて抑え込め。

 ―――了解。だが奴ら、どこから現れた?

 ―――建物の影に隠れていたんだろう。ここは死角が多過ぎる。

 

 局所的に数の有利を得て敵軍を押し込んでいた眷属集団だが、少しずつ歯車が狂っていく。

 

 ―――敵の圧力も大したことがない。これなら十分押し込める。

 ―――奇襲をかけてきた奴らも引いた。押し込むなら今だ。

 ―――分隊は引き続き奇襲を警戒。追撃は本隊のみで行う。

 ―――了解。

 ―――了解。

 ―――了解。

 

 潮が引いていくように撤退するガルラ霊達へ矛を向け、盛んに追撃をかける。

 これは、不利な戦である。

 まとまった数を散り散りに分けられ、敵の有利な死地へと飛ばされた。

 ならば有利を得たならば多少無理をしても追撃をかけ、少しでも敵の余力を削っておきたい。

 そう考えた彼らの指揮官の判断は全く妥当だったが…。

 

 ―――?! これはっ!?

 ―――何が…!

 ―――足元が崩れた…っ!

 

 崩落。

 彼らが追撃をかけた、先ほどまでガルラ霊達が足場としていた大地が突然に崩れ落ちたのだ。

 

『奴らは罠にはまった! 弓と投槍で追撃!』

 

 そこにガルラ霊達が逆撃をかける。

 その動きは予め打ち合わせていたかのように淀みなく、完璧な機を狙って行われた。

 

 ―――馬鹿な、奴らどうやって…!

 ―――迎撃を優先するぞ!

 ―――馬鹿を言え、この状況でどうしろと!?

 ―――救援は…分隊の連中はどうだ?!

 

 大混乱。

 ネルガル神の眷属達の狂騒はそうとしか言えないだろう。

 

『まず、狙い通り』

 

 ほくそ笑む指揮官騎の言う通り、これは冥界側の策略である。

 この廃棄都市はガルラ霊が綿密に計画を立てて建造した都市だ。

 故にその構造は熟知している。

 崩れかけた瓦礫に中途半端に整備された道、地下には水路や溶岩流路を通そうとした名残が残っている。

 事前に調べ尽くした地の利を存分に生かし、移動・退避・奇襲に身を隠すのも自由自在である。

 今回は事前に仕掛けを施した地下道を故意に崩落させ、一隊を丸ごとはめる巨大な落とし穴としたのだ。

 かくして落とし穴にはまった本隊には絶え間なく弓矢と投槍が降り注ぎ、分隊にはまた別の部隊が差し向けられ数の差によって圧殺される。

 これと似たような構図がコピー&ペーストのように、廃棄都市の様々な場所で繰り広げられていた。

 

 頭上、側面から不意を衝かれる。

 応戦すれば風の如く退き、追いかければ霞のように消え失せ、深追いすれば横っ腹を衝かれた。

 無理押しをするには廃棄都市の道は狭く、障害物が多過ぎる。

 だがガルラ霊達は勝手知ったる彼らの庭とばかりに恐ろしく巧みに入り組んだ戦場を利用してくる。

 

 斯様に用いる手管は様々なれど、冥界側が有利なのは何処も変わりがない。

 地の利を掴み、通信のリアルタイム性という優位性を生かし、徹底的に有利を掴み取り、ゲリラ戦に徹した戦果だった。

 

「是こそが()()の最強―――即ち、連携と連帯」

 

 繋がり、絆こそガルラ霊達がもつ最大の力なのだ。

 精神論的な強さではなく、実際の戦場においても極めて強力な力だった。

 かくの如き有様が幾つも幾つも戦場と化した廃棄都市で繰り広げられる。

 

「順調、順調」

 

 そうして戦線が始まってから少なからぬ時間が経過し…。

 遂に敵戦力の九割方を撃破、対しこちらの損耗は一割に満たない。

 徹底して有利な状況を譲らず、一方的な優位を押し付けて勝ち取った戦果である。

 

「勝った」

 

 と、呟く指揮官騎。

 

『 ― ― ― ― ― ― ― ― ッ ! 』

 

 瞬間、可聴音域をはるかに超えた()()()()()が全てのガルラ霊達の肉体を叩いた。

 (ゴウ)、とド派手な衝撃波が廃棄都市を駆け抜ける。

 敵将『十四の病魔』が声なき声を以て無造作に廃棄都市を一角を吹き飛ばしたのだ。

 

「とは行きませんな。やはり」

 

 困ったものだと羽毛扇で口元を隠しながら韜晦する。

 恐ろしく凶悪な音響兵器。

 それも物理面、精神面の双方において極めて危険な威力だ。

 

「『落ちる者(ミキト)』。司るは『失神』。正面に立った者を粉微塵にする超音波に、聞いた者を精神喪失に至らしめるほどの凶悪な『声』の持ち主」

 

 噂以上の凶悪さだった。

 ただの一撃で廃棄都市の一角を灰燼に帰さしめ、複数のガルラ霊の部隊が壊滅した。

 ガルラ霊は例えやられてもいずれ冥界の暗闇から再び現れるが、少なくともこの神争いの戦線復帰には間に合わないだろう。

 

「力尽く。なれど効果的。やれやれ、力任せの平押しは戦力に優越する限り常に有効ですな。敵に勝る戦力をぶつける以上に優れた軍略なしとはよく言ったもの」

 

 下位の神性に匹敵する『十四の病魔』。

 その存在規模はガルラ霊一体一体とは比べ物にならない程に強力だ。

 いいや、万の数を束ねたに等しいだろう。

 

「なれど我らのことを侮ってもらっては困りますな」

 

 無論、だからといって負ける気など欠片もない。

 いいや、この時点で敵は詰んだと言っていい。

 

「御気の毒ですが、()()()となれば有利なのは我らですよ?」

 

 なにせ力任せの平押しは戦力に優越する限り常に有効なのだから。

 

 ◇

 

 『十四の病魔』は通常の眷属に倍する巨躯と何十倍もの膂力に魔力。何より固有の特殊能力を持つ巨大な悪霊である。

 その暴威を生かし、当たるを幸いに巨躯を躍動させ、廃棄都市を平らにする勢いで暴れまわる。

 廃棄都市に敷かれた道と建物が自軍の移動を制限し、時に誘導するのならば、戦場そのものを破壊し尽くしてしまえばいい。

 単純だが効果的な策である。自軍すら巻き添えにしてしまうことを除けば。

 というよりも眷属集団の大半が撃破されたからこそ出来る策だと言える。

 

『 ― ― ― ― ― ― ― ― ッ ! 』

 

 『落ちる者(ミキト)

 『失神』を司る病魔の一柱が放つ超音波もまたその破壊に一役買っていた。

 ちらりとでもガルラ霊の影を認めれば、周辺一帯を吹き飛ばす勢いで咆哮を上げる。

 咆哮を受けた建造物はたちまちに塵となり、ガルラ霊達が策を弄する余地を減らしていく。

 絶え間なく咆哮を上げ続け、遂にミキトが見渡す限りまともな形が残った建造物が無くなった時、反撃の嚆矢が放たれる

 

『全隊、構えーっ!!』

 

 檄を飛ばす前線指揮官のガルラ霊。

 咆哮による失神対策の護符に、穂先にガルラ霊達が満身の呪詛を込めた宝石付きの呪槍。

 それを一兵卒に至るまで装備されている事実がミキトをして警戒心を抱かせる。

 奴らは危険だと。

 ガルラ霊の一体一体は『十四の病魔』から見れば取りに足りない雑魚だ。

 だがそれらが開けた戦場で、全方位から無数の数が絶え間なく襲い掛かってくる状況となれば話は別だ。

 その様はまるで人が蟻の群れに(たか)られるが如し。

 ただしその蟻は一匹一匹が人間を傷つけ、肉を削げるだけの凶悪な顎を備えている。

 無論被害は尋常なものでは無いだろう、多数のガルラ霊達が戦線離脱の憂き目と遭うだろう。

 だが怯むことだけは()()()()()

 

『怯むなーっ! 戦え、倒れ伏しても槍を前に向けよ! 闇に溶けるのならば、傷一筋でも与えてからその贅沢を楽しめ!」』

 

 その檄に答えるガルラ霊達も一兵一兵が尋常ではない。

 恐ろしく高い士気を維持して負傷や死を恐れた様子もなく突撃特攻をかましてくるのだ。

 ここまでくるとほとんどホラーの領域である。

 

『エレシュキガル様のためにっ!』

(おう)、エレシュキガル様のためにっ!』

『ああ、エレシュキガル様のためにっ!』

『冥界に勝利あれ!』

 

 ここまでは、良い。

 ここまでは、何とか理解が出来る。

 

『ネルガルをぶち殺せ』

『殺せ』

『殺せ』

『殺せ』

『エレシュキガル様を傷つけた者に死を。その配下に制裁を』

 

 声の調子がひたすら淡々としているのが逆に恐ろしい。

 おぞましい程の呪いを載せて死を厭わずに呪槍を叩きつけてくるガルラ霊。

 女神信仰(ファンクラブ)の暗黒面に堕ち、タガの外れた有様であった。

 

『―――……ッ』

 

 なんだ、こいつらは。

 色々な意味で理解の外にあるガルラ霊達が抱く情念に、ゾクリと悪寒が走る。

 ミキトの脳裏に、理解不能の恐怖が満ちた。

 

 ◇

 

 一方、『落ちる者(ミキト)』の救援に向かおうとする『屋根の主(ベールリ)』にも同規模のガルラ霊の軍団が差し向けられていた。

 足止めなどではない。完全に彼ら『十四の病魔』の息の根を止める心意気である種の二正面作戦に臨んでいる。

 そして仮に彼らが壊滅したとしても、追加で投入可能な戦力をまだまだ十分に有している。

 眷属集団との戦闘に置いてほぼ冥界側の戦力が摩耗しなかったことが大きい。

 

『数的優位を以て強大な個を()()()()

 

 それこそが冥界側が採ったシンプルな戦術である。

 

『万のガルラ霊を束ねたに等しい霊格ならば、倍する数のガルラ霊に集られれば無傷とは行きますまい? ならば後はあなた方が倒れるまで繰り返すのみ』

 

 良かれ悪しかれ従順で強力な戦力だがそれ以上ではない『十四の病魔』に、智慧と策略で劣勢を覆せるような柔軟性はない。

 戦力比の天秤が一方に傾いた以上、勝敗は決まったようなモノだった。

 かくして第二の戦場は無数の弱きガルラ霊が火蟻(ヒアリ)の如く『十四の病魔』の命脈を食い荒らし、その活動を完全に停止させたのだった。

 

 第二の戦場―――蚕食。

 


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