【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。   作:土ノ子

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 第三の戦場。

 この戦場の差配を任された指揮官騎は行動力と口の上手さに能力値を全振りしたタイプである。

 指揮官というよりは扇動者(アジテーター)と評した方が性質的に近い。

 世界の果てまでイッテ(キュー)を企画したガルラ霊達の一人であり、それ故世界各地から持ち帰った物の性質を良く知っていた。

 

「んー。いやあ、敵さんもやる気だねぇ。怖い怖い」

 

 眼前には開けた戦場で一塊に密集したネルガル神の眷属達。

 陣頭には『十四の病魔』が立ち、病魔を中心に良く纏められた軍勢だ。

 それが、一斉に前進を始めた。

 間違いなく強敵である。

 だがその強敵を前にして平然と軽口を叩き、ヘラヘラと笑うその様子に良くも悪くも緊張は見られない。

 

「おーし。それじゃボチボチ始めるぞ、みんな!」

 

 突然の転移による混乱から立ち直りつつある敵軍。

 彼らを敢えて密集する形で転移してもらうよう《名も亡きガルラ霊》へ頼んだのは相応の理由があってのことだ。

 

「じゃ、()()()()イクゾー!」

 

 軽い語調で投入を促す秘密兵器。

 それはディンギルを模した投射機構から放たれる特製の擲弾。

 威力を投げ捨て装填されたモノを遠方へ投射することを目的にしたディンギルもどきは遺憾なく役割を果たし、特製擲弾が密集したネルガル神に従う死霊達へ幾つも幾つも撃ち込まれていく。

 もちろん万単位の軍勢に比べれば小雨が降っているような物量に過ぎない。

 だが生憎と撃ち込まれた(タマ)は普通では無かった。

 敵陣へ着弾するやいなや、モクモクと怪しげな煙を吹き出す。

 吹き出した煙は恐ろしい速度で広がり、全軍の少なくない範囲を覆い隠すほどだった。

 視る限り殺傷性はないが、目隠し程度にはなるかというのが『病魔』の評価だ。

 

『―――……!』

『……? ―――…!』

 

 音にならない想念で意思疎通を代わる二柱の『十四の病魔』。

 彼らの結論は無視して前進というもの。

 どうせ『十四の病魔』を除く眷属は雑兵…捨て駒の類。

 元よりネルガル神が振るう熱射と疫病の権能により倒れた人間達の魂を捕らえて兵とした軍勢。

 ネルガル神の権能に縛られ、絶対服従を強いられた哀れで貧弱な兵隊。

 失っても惜しくない戦力に過ぎず、減ったのならば後で地上から()()すればいい…という考えだ。

 間違ってはいない、普通なら。

 ()()()()()()()()。地上の理とは異なるルールで動く異界なのだ。

 

「おやぁ…? 応手を幾つか考えちゃいたが選りにも選ってそいつは悪手ですねぇ」

 

 ニチャァ…とエゲツなく、邪悪な笑みを浮かべる指揮官騎。

 どっちが悪役だよとこの場に《名も亡きガルラ霊》がいればツッコミを入れただろう。

 

「ひょっとして黄泉戸喫(ヨモツヘグイ)ってご存じない?」

 

 その意味するところは『あの世のものを食べると、この世に戻れなくなる』というもの。

 そしてガルラ霊達が撒き散らした煙幕には粉末状に粉砕した()()()()()()()がこれでもかというほどに詰め込まれていた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 元よりネルガル神の眷属達はネルガル神がその権能で命を奪い、支配した奴隷達だ。

 彼らがネルガル神に従うのはただ苦痛と恐怖から。

 ならば彼らを縛るネルガル神の支配を砕けば、最早彼らに戦う理由はない。

 

「後はそれを自覚させるもう一押し。どうぞ仕上げを御覧じろってな」

 

 ニヤリ、と指揮官騎は不敵に笑う。

 万単位の軍勢が蠢く戦場の騒音にも負けないようにと特製の拡声術式を自らの喉に懸ける。

 さらに自らの姿を拡大して空中に投射する投影術式も並行して走らせた。

 

 ざわり、と困惑の気配が漏れた。

 

 彼らの視点から見れば突然半透明かつ巨大な敵の指揮官が敵軍の頭上に現れた形だ。

 そのざわめきに手ごたえを感じると、二の矢を放つ。

 思い切り息を吸い込んで肺にため込み、腹の底から声を張り上げたのだ!

 

 

 

「聞こえてますかあぁっ、惨めに糞神の使いッ走りさせられてる負け犬どもぉっ!!」

 

 

 

 さあ、オンステージだと、不敵に笑う指揮官騎。

 雷鳴の如く轟き渡る大声に、一瞬戦場が硬直した。

 どこか怒りと戸惑いを感じるのは気のせいでは無いだろう。

 これまでずっと戦場の背景(モブ)として扱われてきた彼ら眷属に向けられた初めての声だったからだろう。

 『十四の病魔』ですら、何事かと様子を見るために足を止めた。

 

「聞こえているようでけっこー、けっこー。ところでこんな地の底の僻地まで飛ばされて自分の仇みたいな神様にコキ使われてる気分はどう? 俺だったらもう耐えられないって言うか衝動的に自殺したくなるんじゃね? って思うんだけど」

 

 戦場に轟く大音声。

 通りが良く、ハリがある美声と言っていいソレを、絶妙に厭味ったらしく心を掻き毟るような語調で使う指揮官騎。

 目の前の誰かを煽り倒すという一点において、彼に勝るガルラ霊は存在しない。

 

 ()()()、と目に見えない怒りのオーラがネルガル神の眷属達から膨れ上がる。

 

 一歩間違えれば指揮官騎個人に向きかねない敵意の兆候を感じ取る。

 だが指揮官騎はそれこそしてやったり、とばかりに笑った。

 

嗚呼(ああ)、全くさ。糞糞の糞山だよな。こんな、あんたらに何一つ関係ない戦いに駆り出された挙句、訳が分からないままに斃れていくなんざ」

 

 なあ、と親し気に呼びかける指揮官騎。

 ぐるりと見渡された視線は、独特の技術により、誰もが自分と目が合った、自分に語り掛けていると感じたことだろう。

 これは魔術ではなく、人前に立って民衆へ語り掛けることに長けた指揮官騎の技術である。口先の魔術師というあだ名は伊達ではない。

 

()()()()()()()()()?」

 

 捉えた視線を、意識を深く引き込んで放さない。

 更なる楔を打ち込んでいく。

 

「良い訳ねえだろ、なあ!? あんたはどうだ?!」

 

 指を向けられ、視線を向けられた先には一騎のネルガル神の眷属。

 戸惑いを抱いたのは一瞬。

 『彼』は指揮官騎の問いかけに答える自由すら無いのだと自嘲しようとし…次の言葉にそれを止められる。

 

「いいや、あんたはもう自由だ」

 

 なに、と疑問が脳裏を過ぎる。

 

「試してみろよ。叫んでみろ。ネルガル神は糞野郎だってな!」

 

 ……馬鹿な、とすぐに否定する。

 次にもしかしたら、という期待が芽吹こうとした。

 だが彼らを睥睨する『十四の病魔』への恐怖がその期待を押し潰した。

 当然の話だ、奴隷のように抑圧され続けた彼らの心根を立ち直らせるのは至難の業。

 たかだか言葉の一つや二つで立ち直れる程彼らが受けて来た仕打ちは軽くない。

 だがそれで良いのだ、元より彼らの自発的な反逆など全く期待していないのだから。

 

「ネルガルは糞だ。ネルガルに従う奴らも糞野郎だ。だがあんたらはネルガルに支配されてるだけだ。本当なら冥府で『次』に向かうまで、のんびり暮らしていたはずのどこにでもいる人だ」

 

 だがそれでもなおと親しみを以て語り掛ける指揮官騎の言葉が、僅かな共感を抱かせた。 

 そしてその心の動きが隙となり、指揮官騎は()()()()()()()

 

 

 

「許せねぇ…」

 

 

 

 ()()()()()

 淡々と、しかし凄惨ですらある口調で漏れたその呟き。

 魔術によって拡声されたその呟きは、ネルガル神の眷属達に例外なく寒気を覚えさせた。それも背筋に氷柱を突っ込まれたような強烈なやつを。

 

「奴は冥府の領分にすら手を突っ込みやがった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 濃厚な狂気の気配が香る。

 平時の指揮官騎は陽気で、口が上手く、朗らかな気の良い男である。

 

 だが奴はガルラ霊だ。

 

 エレシュキガルを女神と崇める冥府の住人なのだ。

 言動の端々から零れ落ちる狂気が、ネルガル神の眷属達に純粋な怖気(おぞけ)を抱かせた。

 つまり、()()()()()()()と。

 

「許せねぇ…許せねぇよなぁみんな!」

 

 と、今度は凄惨差を押さえた声で自軍のガルラ霊達に向けて呼びかけた。

 ガルラ霊達は口々に据わった声音で答える。

 

 応。

 許せん。

 殺せ。

 殺せ!!

 ネルガル神を殺せ!!

 吊し上げだ。

 縛り首だ!!

 いいや、串刺しだ。

 心臓を引き裂け。

 ネルガル神の仲間は皆殺しだ!!

 

 掛け値なしの狂気と殺意と怒りが混じった叫びが次々と上がる。

 満足そうに頷いた指揮官騎はいっそ朗らかで人が良さそうな笑みすら浮かべて問いかけた。

 

「あんたらはどうだ…? あんたらは俺達の敵か?」

 

 だがその瞳は決して笑っていない。

 何より指揮官騎の背後でおぞましいまでに強烈な感情が漏れだす瞳が一斉に()()とこちらを睨んだ。

 少なくともネルガル神の眷属達は例外なくそう認識した。

 知らず、湧き上がった恐怖がネルガル神の眷属達の心を縛った。

 

「違うよな? あんたらはネルガル神に虐げられただけの被害者だ。俺達の仲間だ。一緒にネルガル神をぶっ倒す戦友だ!」

 

 例え異議があっても最早それを唱えられる空気では無かった。

 いいや。

 

 嗚呼(ああ)、ネルガル神に敵対すれば()()と戦わなくて済むのかと。

 

 ネルガル神の眷属達はそんな場違いとすら言える安堵を抱いた。

 極めて悪辣なことに、眷属達が知らない内に、眷属達を覆う煙幕の質が変わっていた。

 

 この煙幕はインドから持ち帰った製法で作り上げた疑似神酒(ソーマ)を希釈し、霧状に散布したもの。

 

 ある種の興奮剤としての機能も持ち、ネルガル神の眷属達のタガを知らず知らずのうちに外していた。

 分かりやすく言えば気が大きくなり、普段なら絶対にしない行為にすらあっさりと手を染めてしまう。

 ネルガル神への反逆という、あり得ない行為にすら。

 

「『十四の病魔』は何処だ?」

 

 指揮官騎は問う。

 まるで生贄を指名する魔術師のような、邪悪な声音で。

 意識することなく、戦場の全ての視線が二柱の『十四の病魔』へ向いた。

 地の底で炯々と光る何万対もの視線に流石の『十四の病魔』も一歩後ずさった。

 

「ネルガル神の手下を、ブチ殺すぞ!! 俺達で!」

 

 その弱気を見て取り、()()()()()()()

 何より指揮官騎の言う、『俺達』に今の今まで敵同士だったはずのネルガル神の眷属すら含まれていることが大きい。

 

「復讐だ」

 

 ()()が、ポツリと呟いた。

 一滴の雫が水面に落ちたような小さな波紋がネルガル神の眷属達の間に広まっていく。

 波紋が広がる範囲は小さい…しかしその小さな波紋は一つでは終わらなかった。

 続けて幾つも幾つもさざ波の様にネルガル神の眷属達の間で広がっていった。

 

「復讐だ!」

「ネルガルに俺達の痛みを思い知らせろ!」

「『十四の病魔』はネルガルの手先だ!」

「あいつらを許すな!!」

「殺せ!」

「奴らを、殺せえええぇぇっ―――…!!」

 

 狂奔が戦場に充満する。

 恨みと、恐怖。

 二つの強烈な感情に後押し()()()()()彼らは後先考えずに近くにいる者から手あたり次第に『十四の病魔』へと襲い掛かる。

 しかもそれが妙に強い。いっそタガが外れたと表現したくなるほどに強かった。

 

 神酒(ソーマ)はただの興奮剤ではない。

 摂取したモノの心身に力を漲らせる強力な精力剤でもあった。

 それが片端からバラまかれ、ネルガル神の眷属達の限界を一時的に取り払った。

 彼らは最早哀れな被害者ではない、群衆という総体に意志を預けた暴れ狂う獣だ。

 

 加えて一部のガルラ霊達は希釈した気体ではなく、原液に近いモノを摂取している。

 彼らの武装は他の戦場と変わらず、魔除けのアミュレットに《壊れた幻想》を仕込んだ宝石を装填した投槍程度。

 だが強い。

 いっそ蛮勇と呼ぶべき無謀な突撃で『十四の病魔』に痛手を与え、躊躇なく死地に踏み込んで潔く散っていく。

 その蛮勇と無数の眷属に()()()()()()()恐怖が『十四の病魔』の動きを鈍らせていた。

 『十四の病魔』が如何に強大な個とはいえ、所詮は二柱。

 対するはガルラ霊達とネルガル神の()眷属を合わせた合計十万を優に超える暴徒達。

 

 士気と数。

 戦場の趨勢を差配する重要な要素を支配した指揮官騎の独壇場。

 敵と味方の境界を取り払い、全てを()()()()()()にした戦場は混乱に沈み…やがて一方が他方を蹂躙し尽くした。

 

 第三の戦場―――氾濫。

 

 

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