【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。   作:土ノ子

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 一時間。六十分。三六〇〇秒。

 五十万を優に超える冥府の軍勢が一丸となってネルガル神に抗い、得た時間である。

 

(ありがとう、みんな…)

 

 そうとしか言えない、言いようがない。

 (ボウ)と過ごせば瞬く間に過ぎる一時間という単位。

 だが今の冥界にとっては数多の犠牲と奇跡に支えられて掴み取った黄金に等しい時間だ。

 

 あの大神を相手に、一時間だ。

 

 どれほどの犠牲を強いたか、どれほどの奇跡に恵まれたか。

 その全てを見届けた者として軽んじることはありえず、軽んじる者がいれば絶対に許さない。

 

「……認めよう。冥界の勇士は《名も亡きガルラ霊》だけではない…。貴様らに弱卒などただの一人もいなかったとな。一兵卒に至るまでこのネルガルに恐れを見せず立ち向かう。果たしてどれほどの難行であろうか…。故にこそ、容赦はせぬ!」

 

 ()()()()()()()()()()()()

 ネルガル神は多少の疲弊は見せてもまだまだ意気軒昂。

 グガランナマークⅡも変わらず『火の巨人』の軍勢に足止めを食らっている最中。

 冥府のガルラ霊達をすり潰して得た黄金の時間を使い果たしてなお、もう少しの時間が欲しい。

 

 これより為すは無理無茶無謀……を通り越した()()()()

 目的を果たすまでのほんのひと時だけ成就すればいいという類の乾坤一擲。

 冥界各所に設置した儀式回路(サーキット)と世界各地から集めた聖遺物を聖杯へ接続。

 俺自身の霊体に取り込んだ聖杯を通じて、()()()()()()()()()()()()

 神性に達した俺の霊格を、更なる神秘の欠片と莫大な魔力を採りこむことで一時的に霊基出力そのものを爆発的に向上させる荒業。

 その儀式の準備に全てを注ぐ俺には一手たりともネルガルの迎撃へ裂く余裕はない。

 

(もう少し…。だがあと五分。三〇〇秒。黄金を積んで買えるなら冥界の天蓋に届くまで積み上げてやる…! だから、誰か…誰か―――!?)

 

 助けてくれ、と恥も外聞もなく胸の内で叫ぶ。

 俺はこの期に及んでもまだ諦めていない。諦められるはずが無い。

 他力本願の神頼みと自覚しても、都合の良い助けの手を求める俺に、ネルガル神は容赦なく牙を剥く。

 

「天蓋を仰げ。貴様が見上げる太陽の輝きが余である」

 

 ネルガル神の言葉通り、冥府を照らす強大なる太陽がひと際鮮烈に輝く。

 大地をマグマ化させる超熱量の出力、増幅、収束、放射が一工程(シングルアクション)で行われる、文字通りの神業。

 ある種ネルガル神そのものである太陽から絶大なる熱量(エネルギー)そのものが俺に向けて放たれ、死を覚悟した。

 その刹那―――、

 

「おや。これは思わぬお出迎えだ」

 

 緊迫した戦場に、場違いですらあるのんびりとした声が割って入った。

 

 ジャラララララララ―――……!!

 

 金属を(キシ)る音が無数に響き渡る。

 冥府の大地から飛び出した数多の()()()()が束ねられ、巨大な黄金の盾と化す。

 黄金の盾は全てを純白に焼き尽くす光の柱を千々に裂いた。

 

(なに、が…?)

 

 巨大な黄金の鎖盾に守られた俺は無傷。

 一体何が起きたのかと呆然とする俺の背に…。

 

「ああ、良かった。間に合った」

 

 あまりにも懐かしい、声変わり前の少年のような中性的な美声がかけられる。

 その聞き慣れた、最早世界の何処にもいないはずの声の主は…。

 

嗚呼(ああ)…」

 

 ただ万感を込めた言葉にならない呟きが零れ落ちる。

 その時、俺の胸に宿った感情(モノ)は果たして何と呼ぶべきか…?

 

「遅くなってスマナイ…。どうやらこの僕の躯体(カラダ)が出来上がるのに時間がかかったみたいだ。でもまあ、一番良いところには何とか間に合ったから怪我の功名というやつかな?」

 

 気取りのない悠々とした足取りで俺を追い越したその声の持ち主は、果たして…?

 淡く柔らかい色合いの緑髪、どことなく幼さを残した体つきに質素な貫頭衣を身に纏った俺の友がそこにいた。

 エルキドゥがそこにいた。

 

「エル…、キドゥ?」

「うん、僕だ」

 

 エルキドゥが俺の声に振り向いて微笑む。

 ただそれだけのことが、何故こんなにも懐かしいのだろうか…。

 

「なんで、ここに…?」

「友を助けるのに理由が必要かい?」

 

 本当に何でもないことのように首を傾げるあどけない仕草はまさに俺の知るエルキドゥそのもの。

 答えになっていない答えだが、彼/彼女と一言交わすごとに確信を深めていく。

 此処にいるのは確かに親友(エルキドゥ)なのだと。

 

「土に還ったお前がどうやって…? 躯体(カラダ)が冥界の片隅に眠っていようがお前の心はもう…」

「呼んだのは君だろう? 君の声は世界の果て、時の果てすら超越して()()()()に届いた。フフフッ、心の無い兵器である僕もまた人類史を守る英霊として認められたようだ。驚きだね?」

 

 まるで気の利いた冗談を聞いたようにクスクスと笑うエルキドゥ。

 その台詞の中に混ざるキーワードが俺の頭の中で組み合わさり、一つの推測に辿り着く。

 

(そうか、俺の第二宝具は…!)

 

 あらゆる可能性を通じ、俺と縁を結んだ存在へ呼びかけてその力を借りる召喚宝具。

 エルキドゥが眠る英霊の座にも届き、この冥界に呼び招く疑似的な英霊召喚術式として機能したのだ。

 

「君が呼び、僕が応えた。君の願い、君の積み重ねがこのひと時の再会を許した。()()()()()()()()()()―――なんという幸運、なんという幸福だろう。だから、言わせてほしい」

 

 透明な笑顔に真っ直ぐな感謝を乗せて、エルキドゥは俺に言った。

 

「僕を呼んでくれてありがとう、友よ」

「……馬鹿がっ! この、唐変木! 何と言うか、何を言えば良いのか…ああクソ! 俺の台詞を取りやがってこの野郎!?」

 

 相変わらず過ぎるほどに相変わらずなエルキドゥに心のうちで暴れる感情が制御できずに溢れ出す。

 零れ落ちようとする涙を何とか堰き止め、滅茶苦茶に熱くなった顔の熱を吐き出そうとつい乱暴な言葉を吐いてしまう。

 畜生め、先に礼を言われるなど、どの面下げて何を返せばいいと言うのだ!

 

「この戦いを終らせてから冥府のガルラ霊全員でお礼巡りするまで英霊の座になんて返さないからな! 覚悟しとけよ!」

 

 結局俺が言えたのはそんな悪態にも似た感謝だけ。

 我ながらなんという捻くれ具合か。

 だがまあ、俺とエルキドゥのやり取りはこれくらいのほうがお似合いなのかもしれない。

 

「うん、覚悟しておこう。さて―――」

 

 俺の悪態に鷹揚に頷くエルキドゥが、視線をネルガルに向ける。

 ただそれだけで空気がヒヤリとした冷たさを帯びた。

 

「大神ネルガル。天に輝く太陽の君。貴方の目的を僕は知らない。だが貴方は僕の友を傷つけた」

 

 氷柱に似た冷たさと鋭さを帯びた無表情。

 エルキドゥはいま静かに猛っていた。

 

「僕が報復を行うには十分な理由だ。異論はないだろう?」

「クク…。十全に程遠いその身でよく言った。《天の鎖》の影法師よ」

 

 静かだが強烈な敵意を向けられたネルガル神は、むしろ嬉しそうに笑った。

 

「その躯体(カラダ)、貴様が本来持つ真物にあらず。あくまで神秘と魔力で形作った仮初の肉体に過ぎぬ。さて、貴様の全盛に比べていま振るい得る力の程は如何程だ?」

「さてね。だが貴方の目的を挫くには十分だ。()()()()()()()()()()()

「ほう?」

 

 片頬を歪め、意味ありげに俺とエルキドゥを見遣るネルガル神。

 嘲笑しているようでもあり、問いかけているかのようでもあった。

 だがそんな意味深な笑みに付き合っている余裕など俺達にはない。

 

「友よ。教えてくれ」

 

 エルキドゥは静かに問いかけた。

 

「僕は何をすればいい?」

 

 ただ真っ直ぐに、全幅の信頼を乗せて。

 ならば俺はその信頼にそれ以上の信頼を返し、とんでもない無茶を頼むだけだ。

 

「時間を稼いでくれ。あと五分…三〇〇秒だ。それだけあれば後は俺が全部なんとかする」

「承知した」

 

 ネルガル神を相手に十全ならざるコンディションで三〇〇秒。

 冥界の全軍を以てなんとか一時間稼ぎ出した超抜級最上位神性を単騎で相手にする時間としては永遠に等しい。

 

「君に任されたこの三〇〇秒、仮初の命を賭して食い止めよう」

 

 だがエルキドゥは何でもないことのようにあっさりと頷いた。

 これ以上なく頼れるアルカイックスマイルを浮かべたその頬を―――灼熱の光線が掠める!

 掠めた頬は朱く焼け爛れるが、すぐに癒える。

 軽微な負傷…だが、あれは()()()外した一閃。ネルガル神がその昂ぶりを鎮めるためのガス抜きのようなものに過ぎない。

 

「話は終わったか?」

 

 熱線を放った主たるネルガル神は最早待ちきれぬと笑みと視線を俺とエルキドゥに向けていた。

 

「エルキドゥ…。かつてありし心持つ兵器の影法師よ。いまの貴様は十全に程遠かろう。

 だが全力で抗え。貴様らの希望、繋いで見せよ。余はそれを望む。完全なる決着を望む。

 余は許す、貴様の反逆を。

 余は望む、貴様の全霊を。

 そして余は誓う―――余が振るう神威の全てを以て貴様と相対することを!」

「……なるほど。冥府(キミたち)は随分とネルガル神に気に入られたようだね」

 

 俺に向けて、呆れたような口調でエルキドゥは言った。

 これは冥府へのネルガル神なりの激励なのだと。

 即ち―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。完全なる決着を付けるために。

 

「君も、彼も。随分と無茶を言ってくれる。油断の欠片も無い、本気の最上位神性を相手に不完全なこの躯体で向き合うのは大分骨が折れるね」

「……スマン」

「いいさ。()()()()()なようで何よりだ。いっそ安心した」

 

 力には力を、全力にはそれ以上の全力を。

 良かれ悪しかれ正々堂々の正面突破こそがネルガル神の流儀であることは嫌というほど思い知っている。

 これほどネルガル神が戦意を昂らせているのも、冥界が見せた奮闘がその一因なのだろう。

 

「さあ、出し惜しみ無しで行くよ」

「来るが良い。天の鎖の影法師よ」

 

 あるかなしかの笑みを互いに浮かべ―――黄金の鎖と日輪の輝きが激突した。

 

 


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