【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。   作:土ノ子

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 エルキドゥとネルガル神が激突した同時刻。

 ウルク及び古代シュメルの全ての都市の上空に、冥界の命運を賭けた決戦を映し出す巨大なビジョンが浮かんでいた。

 ネルガル神が冥界に攻め込んできてから今の今まで、途切れることなく中継は続いている。

 無論これは冥界の…《名も亡きガルラ霊》の仕込み。

 ネルガル神襲来までの準備期間に仕込んだ、冥界の戦況をリアルタイムで映し出すだけの大仕掛け。

 巨大なビジョンに映る死闘を食い入るように見入るのは民草―――力なき人類たち。

 

「奴め。中々に味な真似をする」

 

 と、玉座に座って呟くはギルガメッシュ王。

 《名も亡きガルラ霊》から聞いた時は果たして何の意味があるのかと訝しんだものだが、こうして古代シュメル諸都市の民草達の様子を見ればその狙いは一目瞭然。

 民草達の、今にも冥府へ向けて飛び出そうとしかねないほどの『熱』。

 それほどの奮戦、それほどの大戦。

 誰もが冥界の眷属達が見せた奮闘に興奮し、熱狂し、尊さを感じ、何よりもその力になりたいと願った。

 これこそが奴が望んだ祈り(モノ)なのだろう。

 

「聖杯()()では遂に魔力を賄いきれなくなったか。その上で民草達の祈りを束ね上げ、霊基の改竄に利用する気だな」

 

 聖杯、万能の願望機。

 とはいえその器に湛えられた魔力リソースは有限。

 冥界の命運を賭けた一戦程の規模ともなれば、枯渇するのはさして遠くないだろう。

 

「一度は対神呪詛に堕ちかけた奴だからこそ気付けた手段だな…。ただでは転ばぬという訳か」

 

 《名も亡きガルラ霊》の狙いを評価する余裕を持ちながら、文字通りの高みの見物を決め込んでいた。

 ある瞬間までは…。

 

「王よ…。アレは…あの人は…!」

 

 ()()()、異質などよめきが民草の間を走り抜けた。

 それはギルガメッシュ王の隣に侍るシドゥリですら例外ではない。

 いいや、あるいはギルガメッシュ王こそが最もその光景に震えた一人だったかもしれない。

 奇跡のような光景がそこにあった。

 

「エルキドゥ…?」

「エルキドゥだ」

「エルキドゥだぞ! 間違いない!」

「エルキドゥが冥界に…!」

 

 民草が()()()と信じたい光景を目にして口々に騒ぐ。

 無理も無い。ギルガメッシュ王ですら胸が痛くなるほどに強い動揺を覚えたのだ。

 

「エルキドゥ…!」

 

 ギュッと瞼を固く瞑る。

 意識して強く息を吐き出す。

 全身の力を弛緩させ、ゆっくりと玉座に背中を預けた。

 そうしなければ自分は玉座を放り出して冥界へ向かっていただろうから。

 ()()()()()()()()()()()()()()と、理不尽な怒りすら湧いてきたが、王としての自覚がそれを抑えた。

 そうしてギルガメッシュ王が自らの昂ぶりを抑え込んだ次の瞬間に、玉座の間へ続々と人が入ってくる。

 

「王よ!」

「我らが王!」

()がいます!」

「エルキドゥが、冥界で戦っています!」

 

 堪えきれなくなった戦士達の一部が玉座の間へと押し寄せたのだ。

 警護の兵たちが構えた槍を交差し、押し留めるが、構わず押し寄せた者達は口々にギルガメッシュ王へ言葉を投げかけた。

 一歩間違えれば反乱と誤認されてもおかしくない所業だが、抑えるべき衛兵達ですら両手に力が入らず、ちらちらとギルガメッシュ王の様子を見ている。

 それほどにウルクの民達はこの光景に心を揺らしていた。

 

「見えているし、知っている。やかましいわ、騒ぐな!」

 

 叱責を加えるも、それどころではないと戦士達は口々に言い返した。

 元より限界だったのだ。

 誇り高きウルクの民が冥界からの助けを忘れるはずが無い。

 エルキドゥの存在がキッカケとなって爆発したが、その燃料となったのは冥界へ抱く友愛と助力に行けない後ろめたさだ。

 

「ならば行きましょう!」

「あそこへ!」

「冥界へ!」

「美しい緑の人を、冥界を助けに…!」

 

 ネルガル神がどれほど強大か、その神威がどれほどに酷烈か。

 冥界の決戦、その一部始終を見たウルクの民達は無論知っている。

 それでも怯んだ様子を一欠けらも見せず、ただ戦意を昂らせて参陣を望む姿は流石ウルクの民と称えるべきだろう。

 とはいえそれは半ば理性を外した誇り高さ。

 王として決してその一線を見誤ってはならない。

 

「ならぬ」

 

 気持ちは分かる。

 だがそれは許されない道だ。

 故にギルガメッシュ王はただ一言で斬り捨てた。

 

「しかし!」

「このまま座して見ているわけには…!」

「余りにも、余りにも忍び難く…! どうかご再考を!」

 

 王の言葉に忠実なことこの上ないウルクの兵士。

 彼らが明確な王の意志を受けてなおそれでもと言葉を荒げるのは珍しいを通り越して皆無に近い。

 それだけで彼らが抱いた心情が多少なりとも窺い知れる。

 

(たわ)け」

 

 が、ギルガメッシュ王はただ一喝のみ下す。

 

『―――』

 

 殊更に声を荒げてもいないただの一言に、思わず生唾を呑む兵士達。

 彼らも悟った、()()()()()()だと。

 これ以上食い下がれば容赦のない王の怒りが彼らに下るだろう。

 だが、それでも…。

 言葉には出せず、さりとて大人しく引き下がれもしない兵士たちを見たギルガメッシュ王は溜息を一つ吐いた。

 

「此度の戦、手出し無用。その理由は既に語り聞かせたはずだ。援軍は出さぬし、出せぬ」

 

 冥界とは結局のところ生者の領域ではない。

 どれほど民草達が望もうとも、冥界へ向かうと言うことがまず出来ないのだ。

 いや、抜け道もある。

 あるが…自ら命を絶ってまで冥界へ助太刀に赴く程気合いの入った者はウルク民とは言え流石にいない。

 

「なにより」

 

 と続けた。

 

「奴は言った。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とな」

「…っ? それは…?」

 

 察しの悪い奴らめ、と苛立ちつつも端的に必要な言葉を紡ぐ。

 

「祈り、願え。奴らの勝利を。貴様らの思いはただそれだけで奴の力となるだろう」

 

 元より民草達の祈りを束ね、神性へと至った存在(モノ)

 それこそが『名も亡きガルラ霊』だ。

 民草達が冥界の勝利を強く願えば、その分だけあのガルラ霊の力となる。

 

「我らの祈りがあの方の、冥界の、エルキドゥの力に…」

「そういうことだ。他の者達にも疾く伝えよ。貴様らのような奴らに次々と押しかけられてはたまらんわ」

「王よ。その役割、どうか私めにもお許しを」

「シドゥリ…。良かろう、貴様の裁量でウルク…いや、叶うならばシュメル諸都市を回れ。その程度の援護はしてやっても構うまい」

「はい。ご配慮、ありがたく!」

 

 満面の笑みと共にシドゥリや兵士達が駆けだしていく。

 彼らの働きが基点となって人が走り、その知らせがさざ波の様に広がっていく。

 ウルクに、時を置いてやがては古代シュメルの大地に。

 気運が高まっていく。

 神を倒し、友を助け、人が立つ。

 そんな人と神の決別を推し進めるような気運が。

 この流れはギルガメッシュ王にとっても評価すべきものだった。

 

「……ま、及第点をくれてやろう」

 

 と、辛めの評価を下す。

 親友(エルキドゥ)と戦場で肩を並べるあのガルラ霊へ、若干の嫉妬も込めて。

 

「彼方からの客人(マレビト)()()()者よ。この神代のシュメルを駆け抜けたガルラ霊よ」

 

 今も冥界の奥底で戦い続ける後進へ向けて言葉を送る。

 

「この(オレ)が認めてやろう。貴様は最早異物ではない…。余分でも、余計でもない。この世界に根付き、人と共に歩む者だ」

 

 もっと自信を持っていい、傲慢になっていいのだとギルガメッシュ王は思う。

 あのガルラ霊は、ガルラ霊と心を一つにした者達は、いまこんなにも世界から受け入れられているのだから。

 故に精々その背を押してやるとしよう。

 

()()()。負けることは許さん。意図せずとも貴様は英雄…この(オレ)の背を追う者なのだからな」

 

 天上天下に英雄とはこのギルガメッシュただ一人。

 英雄とは即ちギルガメッシュであり、その価値もまた世界にただ一つ。

 その()()が揺らぐことはあり得ない。

 だが時に英雄(ギルガメッシュ)の背を追い、偉業を成し遂げる者がいる。

 その偉業を、歩んだ道程の尊さを否定することはない。

 英雄王はあのガルラ霊もまた()()なのだと認めていた。

 

 ◆

 

 夢のような時間が過ぎていく…。

 エルキドゥにとって、夢のような時間が、刻一刻と。

 

「……やはり君の宝具で(カタチ)を成したこの躯体(カラダ)では全盛期には程遠いか」

 

 躯体の性能は地上に在りし頃と比べて酷く劣化している。

 実のところ『いまだ遠き幽冥永劫楽土(コール:クルヌギア)』で再現できる肉体の性能は正式な英霊召喚術式のソレにすら及ばない。

 時間をかけて可能な限り真作に近い性能の躯体を造り出したとはいえ限度はある。

 

「でもまあ、いいさ。悪くない。これが僕だ、今の僕だ。君と絆を紡いだ僕がいたという証だ」

 

 (ひらめ)く。

 天蓋に輝く日輪から無数の熱線が放たれる。

 大地から生み出した黄金の鎖を迎撃に回し、自らは超音速域の戦闘機動速度で以て最小限の熱線を回避。

 太陽神の懐に潜り込み、袈裟懸けの斬撃を浴びせる。

 

「思い返せば君にウルクを任せることはあっても、キミと同じ戦場で戦うことは無かったね」

 

 太陽の王笏と天の鎖の光刃が鍔迫り合いを交わすはほんの数秒。

 極めて単純なスペック差による力負け。

 強烈な衝撃に弾かれながらも受け身を取り、そのまま回避行動へ移行。

 

「ならば最初で最後のこの一戦、勝って気持ち良く終わりを迎えるとしよう」

 

 無数の熱線がさながらレーザーライトのように呵責なく放射される。

 その数は限界など無いかの様に増え続け、エルキドゥが翔ける空を奪っていく。

 なんという底力か。

 エルキドゥをして強大にして偉大としか呼べないほどのその『力』。

 冥界の闇を切り裂き、猟犬の如く獲物を狙う余りにも恐ろしい暴威(ヒカリ)が―――遂に、エルキドゥの躯体(カラダ)を捉えた!

 

「そう思えばこの仮初の命を」

 

 右腕が千切れる―――回復に回す魔力なし。戦闘力低下を確認。戦闘を続行。

 

「賭ける、価値がある!」

 

 左足が千切れる―――機動力が低下。残った片足を起点に跳躍。無数の張り巡らせた黄金の鎖を足場に回避行動に専念。

 

「さあ―――」

 

 左腕が千切れる―――必要な時間はあと僅か。それまで持てば十分だ。

 

「出し惜しみは無し…。文字通りの、全力だ!」

 

 大跳躍。

 幾つもの熱線が躯体を半分程度消し飛ばしながらも、ネルガル神を射程に捉えた。

 自らの躯体そのものを黄金の鎖へと変換。

 残存魔力の大半を込めて『人よ、神を繋ぎとめよう(エヌマ・エリシュ)』を劣化再現。

 

 己そのものを弾丸と化して、ネルガル神へと吶喊する!

 

 最早後先は考えない。

 この一撃の後、躯体が維持できなくなっても良い。

 その思いで撃ち込んだ一撃は、太陽の王笏で受けたネルガル神を全力の防御へと追い込む威力を誇った。

 

「ガ、ァ…アアアアアアアアアアアアァッ―――!!」

 

 大神が、咆哮する。

 ネルガル神もまた、この土壇場に至って負けてなるものかと意地を叫んだ。

 強烈な衝撃。

 大地を割り砕き、ネルガル神を押し込んでいく程の威力。

 両の足では踏ん張り切れず膝が落ちかける。

 やはり衰えても《天の鎖》―――だが、勝つのは(オレ)だ!

 

「余は、ネルガルである!」

 

 神を支えるのはその傲慢と紙一重の誇り。

 だがその誇りはネルガル神の落ちかけた膝を支え、猛反撃を加える礎となる。

 

「消し飛べ。誇れ。貴様もまた強敵(トモ)だった」

 

 ()()()()()()()()

 強烈な熱量に、死の誘いとも呼ぶべき凶悪な呪詛が混ざる。

 (コレ)即ち太陽が振りまく『死』への誘いに他ならない。

 

「これは、流石に無理かな」

 

 宝具が解除され、強大な黄金の鎖から美しい緑の人へと戻ったエルキドゥ。

 その無防備な胴体部を狙う『死』そのものの一撃が放たれる。

 (ジュウ)、と何かを燃やす悍ましき音が響き、その胸から下の躯体の大半を漆黒の炎が焼き尽くした。

 

 エルキドゥ、戦闘能力の大半を喪失。戦闘継続不能。

 

 やはりこうなったか、と力なく大地に転がりながら苦笑を漏らす。

 痛覚を切断(カット)し、平静な声で敵手を称える。

 その価値はある強敵だった。

 

「ネルガル神。貴方はやはり、強い」

「知っている」

「でもね」

「フン」

()()()()()()()()

 

 不敵に笑うエルキドゥが()()()()

 そう、この結末はエルキドゥにとって勝利に等しい。

 何故なら、

 

()()()()()

 

 凌ぎ切ったからだ。

 黄金よりもなお価値のある三〇〇秒を。

 

「ああ」

 

 そして応えるは、この世にただ二人きりの親友。

 

「選手交代だ」

 

 その声の主を中心に恐ろしく莫大な魔力が胎動し、渦を巻く。

 今にも()の淵から溢れ出し、冥界の全てを飲み込みかねない危険な気配。

 恐らくは、親友の()()()()()を擲ってようやく切れる切り札なのだろう。

 それと知っても、後悔はない。

 

「フフ…」

 

 微笑(わら)う。

 ただ信頼を乗せて。

 

「後は、任せるよ」

「……おう!」

 

 いまこの一瞬に全力を尽くす。

 それ以上のことを一体誰が出来ようか。

 最早エルキドゥに出来るのは信じることだけで、そして彼は信じることが出来る親友なのだから。

 その思いを受け取った《名も亡きガルラ霊》もまた、親友を振り返ることなく前へと進む。

 

「行くぞ、ネルガル神。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 極めて単純な事実を大敵に告げる。

 これより為すは乾坤一擲。

 自らの霊基を代償に、ただ一度きりの大博打に挑む。

 勝っても負けても、己に()()()など存在しない。

 故に最強ではなく、()()の宝具。

 

冥府開拓く原初の星(キガル・エリシュ)

 




 冥府開拓く原初の星(キガル・エリシュ)
 めいふひらくはじまりのほし。

 冥界という一つの世界を開拓する物語は一騎のガルラ霊から始まった。
 あらゆる可能性を開花させ、あらゆる冥府の要素を剽窃し、結果として世界にただ一つ類例のない(あるいはあり過ぎる)冥府へ変貌した。
 全ての冥府に似ていながら、全ての冥府と異なるその様相を覗いた後の学者たちは、後世にてとある評価を後付けした。
 即ち、メソポタミアの冥府こそ()()()()()()()()であると。
 その象徴であるガルラ霊はあらゆる神話体系の冥府に属する要素を取り込み、聖杯によって付与されたEXランクの自己改造(偽)によって自らを最上位の神性へと改竄する。

 エジプトの太陽神にして冥府神ラーから太陽の権能を。
 閻魔大王の前身、《最初の人》ヤマから罪に応じた罰を下す司法神の権能を。
 ギリシャのハデス有する『姿隠しの兜』に等しい存在確率操作の権能を。
 その他、種々の権能を継ぎ接ぎに束ね…。
 
 聖杯と信仰という二種の莫大な魔力リソースを燃料に、他神話から剽窃した聖遺物を核に数多の冥府神の神性を霊基に取り込むことで霊基出力を劇的に向上。
 その霊基出力は対ビースト決戦存在、冠位英霊(グランドサーヴァント)のソレを凌駕する。
 だがその実態は事実上の自爆宝具。
 風船に空気を吹き込み過ぎて破れようが、空気が抜ける以上の速度で吹き込み続ければ風船が萎むことは無い。
 そんな狂った思想の下、術式を組み上げられ、自壊するまでのほんのひと時だけ許された冥府を明日(ミライ)へ繋げるための『力』。
 この宝具を使用した後、《名も亡きガルラ霊》の霊基は崩壊する。

 この霊基崩壊は聖杯ですら止めることが出来ない。
 少なくともエレシュキガルを含む冥界及びギルガメッシュ王では対処不可能。
 祈れ、聖杯を超える『奇跡』が起きることを。










 追記
 スマナイ…。
 書き貯められたのはここまでなんだスマナイ…。
 仕事で使う資格試験の勉強で忙しくなるので、
 申し訳ありませんが、お時間くださいますようお願いします。

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