【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。   作:土ノ子

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推奨BGM:DAYBREAK FRONTLINE

太陽を撃ち落とせ。最前線を駆け抜けろ。




冥府開拓く原初の星(キガル・エリシュ)

 

 宝具の真名を口にする。

 それをキッカケにドクン、ドクンと霊基(カラダ)の奥底から湧きだす『力』が脈打ち始めた。

 取り込んだ数多の神性の欠片が息を吹き返し、俺自身の霊基を急速に侵食していく。

 神性複合霊基として自らの存在を根幹から改造しつつあるのだ。

 

 自己が拡張する。

 認識が狂いだす。

 感覚が暴走する。

 

 広大な冥界がまるでミニチュアのジオラマのような、そこに無力な霊魂となって漂うガルラ霊が小さな人形のような。

 逆に冥界に存在するあらゆる霊基を霊子の一つに至るまで精密に捉えられるような。

 超が三つ付くほどの広範囲に渡っての事象が、これまた超が三つ付くほど精細に知覚()()()()()()

 そして知覚出来る()()であり、一切の制御が出来ない。

 氾濫する情報量に頭が破裂してしまいそうだ。

 

(ぁ…、ぅ…?)

 

 己の霊基(うつわ)が際限なく広がっていき、その分自己というあやふやな認識が引き伸ばされ、薄まっていく。

 寄る辺なき自己が酷く頼りなく、うすら寒い。

 自分という存在が薄まっていくが痛くも、心地よくも無い。

 いっそ強烈な痛みが在った方が己を強く保てたかもしれない。

 広がる、広がる、際限なく広がっていく。

 まるで世界という巨大な海洋に、自身が一滴の黒墨としてほどけていくかのよう。

 

(俺、は…誰だ?)

 

 際限なく拡張していく霊基に薄まる自身に、己という存在を問いかける。

 だが答えられない、溢れ出る『力』に反比例して薄れ逝く『自分』を必死に搔き集めても己が一体何者なのかなどというあやふやな問いを答えられる気が…。

 ダメだ、もう自分で自分が分からない。

 恐怖する。

 

(嫌だ!)

 

 背筋に怖気が走る。

 

(俺は、まだ何も―――)

 

 その怖気すら秒単位で薄れていく。

 

(何も、何か…、することがある()()なのに!)

 

 果たすべき使命すら最早それがあったことしか分からない。

 ()()()()()()―――それはある意味『死』よりも恐ろしい結末。

 

(誰か、助け―――)

 

 こんなにもおぞましい感覚に襲われても成し遂げるべき何かが、俺に全てを託してくれた誰か達がいたはずなのに、最早それすらも思い出せない。

 恥も外聞もなく、溺れる者が藁に縋るように必死に助けを求め―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『流石は()()眷属ね!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、『声』が聞こえた。

 俺にとっての原点、全ての始まりである少女の声が。

 思い起こすは花が綻ぶようにあの娘が笑う懐かしい光景。

 俺の守るべき女神、助けるべき少女の顔を思い起こす。

 

(あ…)

 

 そして聞こえるのは少女の声だけではない。

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 出会えたことを心から幸運と思える仲間達の声が。

 

『どうか…幸せに―――』

 

 最期までただ俺の幸せを一身に願った親友の声が。

 

()()()。負けることは許さん。意図せずとも貴様は英雄…この(オレ)の背を追う者なのだからな』

 

 俺の価値を認めてくれた偉大なる王の声が。

 

『ガルラ霊殿は、エレシュキガル様を深く愛しているのですね』

 

 誰よりも柔らかく微笑む優しい彼女の声が。

 

『ガルラ霊殿』

『我らが同胞よ』

『どうか、我らもともに』

『今度こそ、冥界とともに』

『勝利を―――』

 

 古代シュメルという原初の時代を共に生き抜いた人々の声が。

 声が聞こえた、たくさんの声が。

 俺と絆を結んだ、たくさんの人々の声が。

 俺の霊基(カラダ)の奥底に刻まれた無数の人々の声が、後から後から湧き出るように俺の胸の内に浮かび上がってくる。

 

「あ、ああぁ―――」

 

 聞こえる。

 今度は俺自身の肉声が。

 取り込んだ神性の欠片に侵食されつつあった俺の霊基(カラダ)の制御を一部取り戻した証拠だった。

 そしてその感覚を起点に薄れつつあった『自分』を一気に取り戻す!

 

「俺、は」

 

 誰だ?

 最前の問いかけは酷くあやふやで、恐怖を伴っていたのに。

 今度のソレは、ただ確信だけを俺にくれた。

 この確信を抱いたのも全て、みんなのお陰だった。

 俺と絆を紡いでくれた、みんなのお陰だった。

 

「俺は、俺だ…! 《名も亡きガルラ霊》だ! 多くの人に助けられ、多くの人の代わりにここに立つ、主人(マスター)を助ける従者(サーヴァント)だ!」

 

 そうあれかしと、自らのアイデンティティを咆哮する。

 言葉は『力』を持つ。

 ならば俺の背を押すみんなの声はどれほどの『力』を持つか―――それは俺の霊基(カラダ)を渦巻く、俺自身の完全な制御下に入った地を震わせる程に莫大な魔力を制している事実が示していた。

 そして俺の言うことを聞かない『力』に命じる。

 

 いいから黙って俺に従え、と。

 

 その啖呵を契機となり、タガが外れたように脈動していた聖遺物による霊基の浸食が止まった。

 俺の頸木から逃れようと暴走しかけていたありあまる『力』が俺の手の内に収まったのを感じ取る。

 

「次だ」

 

 次はこの今にも溢れそうな『力』の塊をより戦うために特化させなければならない。

 冥府に鳴動する膨大な魔力が取り込んだ聖遺物を核に収束する。

 無尽蔵とすら思えるほどの真エーテルを吸収した聖遺物はその魔力を糧に物質化し、俺の霊基(カラダ)を纏う戦装束となった。

 

 其れはハデスより剽窃した漆黒に僅かな藍が混じった夜空に似た色合いの『鎧』、そして髑髏(ドクロ)を模した『兜』。

 其れはラーより剽窃した暗き冥界を照らす黄金の『炎』。

 其れはヤマより剽窃した罪に対する罰を与える『裁定』の概念を宿した『剣』。

 

 その悍ましき威容を何と評すべきか。

 悪鬼、幽鬼、あるいは…死神か。

 前身を覆う鎧の各所に血管の様に赤黒いラインが不気味な光と共に明滅し、髑髏の兜から覗く両眼には青白く輝く鬼火が宿った。

 その背には『ラーの翼』を模した紋章を(かたど)る炎が燃え盛り、右手に握った無骨な大剣は鈍い光を宿して敵の血潮を浴びる好機を今か今かと待ち望んでいる。

 

「天に輝くべき太陽が、地の底を支配する。我が女神の領分を侵すその傲慢、許し難し」

 

 急速に霊基に馴染んでいく聖遺物の影響か。

 随分と古めかしく、厳めしい口調で戦線布告が口を衝いて出る。

 自分の中にこれまでとは異なる自分が入り混じっていることを直感するが―――問題はない。

 ネルガルを倒すまでの間、この霊基(カラダ)が持てばいい。

 そのために全てを燃やし尽くして得たこの刹那、決して無駄にはしない。

 

「冥府の全てに代わり、応報の剣を執らん―――その罪を数えよ

 

 黒の戦装束に身を包み、最上位神性とも渡り合う、冥府の全てを背負って立つ決戦存在がここに誕生した。

 

 ◆

 

「ようやくか、待ちかねたぞ…!」

 

 霊基改竄の無防備な間を狙えば…いいや、これまでも幾度となく勝利する機会はあっただろうに。

 それら全ての好機を一顧だにせず、しかし決して手を抜くことも無くネルガル神は俺達の企みを全て正面から受け止め、粉砕し続けて来た。

 だが多くの犠牲を払い、ようやく最後の切り札を切ることが出来た。

 無理と無茶を押し通した霊基改竄。

 神性に達した俺の霊基(カラダ)を根本から弄り回し、ほんの短時間だけ最上位神性とも渡り合える性能(スペック)を引き出す最終宝具『冥府開拓く原初の星(キガル・エリシュ)』。

 今や俺の霊基に宿る『力』は大神ネルガルと比較しても遜色はない。

 

 ここまでやってようやく五分五分。

 

 言い換えればこれまで圧倒的有利……いや、確定的勝利を誇ったネルガル神の牙城は崩れた。

 最早これまで見せたような余裕は無いはずだ。

 だがそれでもなおネルガル神は純粋な喜悦と闘志に満ちた笑みを浮かべる。

 

「勝利とは! ただの結果にあらず、勝者が得る栄誉なり! なれどその価値には貴賤あり! ただ強き者、意志を抱く者、遺志を背負った者―――彼奴等に打ち勝ち、手にした勝利こそ最上最高! 至上の価値ある男子の勲章である!」

 

 得て当然の、あるいは掠めとるかの如き勝利に興味は無いと傲慢と紙一重の誇りを込めてネルガル神は咆哮した。

 

「余は嬉しいぞ、名も亡き者。いまこの時、全てを懸けた貴様は遂に余と死生勝敗を競うに相応しい強者と成った」

 

 歓喜を語るネルガル神に嘘は無いのだろう。

 その頬にはただ獰猛なまでの闘争と喜悦の色があった。

 

「貴様から奪い取った勝利の栄誉、我が戦歴にひと際輝かしき軌跡として刻まれよう。民草が、詩人どもが永劫語り継ぐに相応しき物語と成ろう」

「死生勝敗を競う戦場(いくさば)にて未来を語るは愚か。心せよ、結末は未だ誰の手にも渡っていない」

 

 勝手に決めるな、まだ勝負は着いていないと言おうと思えばやけに堅苦しい物言いに変わる。

 今も俺の霊基で脈動する聖遺物の影響だろう。

 この聖遺物の主たちはきっと謹厳実直でしかつめらしい性格だったに違いあるまい。

 

「クハハ…! ああ、その通りだ。最早大言、不遜とは言うまい。貴様はそれを許される『力』を宿した」

 

 俺の物言いに文句を付けるでもなく、鷹揚に頷くネルガル神。

 この霊基(カラダ)に宿った『力』をネルガル神は決して侮っていない証左だった。

 

「故に」

 

 ギン、とネルガル神の両眼に力強い光が宿る。

 俺に向けて突き付けた王笏からネルガルの闘志を表すように炎が舞い上がった。

 

「死力を尽くせ。その全霊、尽く飲み干してやろう。それこそが余に相応しき勝利である」

 

 その魂の輝きはまさしく太陽の如く。

 時に酷烈な日差しを以て恐るべき災害を振り撒く太陽。

 だがそれでも人は天上で輝くその姿に畏敬の念を抱くのだろう、俺のように。

 

「……その威風と度量、まさに天に輝く太陽に相応しい。感服つかまつる」

 

 その堂々たる立ち姿に礼を示す、

 例え憎むべき神であっても、恐るべき敵であっても。

 絶対強者として筋を通した潔い振る舞いには純粋な敬意を抱かざるを得ない。

 

「なれど」

 

 それでもこの一線だけは譲れない。

 

「最後に勝つのは()()だ」

 

 ここだけは俺の言葉でなければ意味が無い。

 古めかしく厳めしい言葉が衝いて出るのを抑え込み、俺の言葉で意地を語る。

 それが伝わったか、ネルガル神もまた莞爾と笑った。

 

「良き啖呵だ! ああ、つくづく貴様が名を亡くしたことが残念でならぬ。名とはその者を思い起こす善き(よすが)なのだがな」

「―――不要なり。我はただ一人名も亡きガルラ霊。皆に助けられ、皆の代わりにここに立つただ一騎の代行者」

 

 だからこそ俺ではなく、俺達と称したのだ。

 

「貴様は我に敗れるのではない。貴様を拒絶する冥府に敗れるのだ」

 




 《名も亡きガルラ霊》最終形態のビジュアルは概ね、
 初代"山の翁"×ランスロット(狂)×髑髏の騎士(ベルセルク)の3人を
 足して3で割った上で色々小物を付け足した感じです。

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