【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。   作:土ノ子

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推奨BGM:君の願い(Fate/Grand Order Original Soundtrack I)

これまで存命だったシリアスは無事死亡。みんな、いつものノリが戻って来たゾ!




「■■ろ!」

 

 声が聞こえる。

 

「■きて! 起■てよ!」

 

 聞こえるはずのない声が。

 守るべきあの娘の声が。

 

「お願いだから―――」

 

 あの娘が呼ぶのならば、起きなければ。

 騒がしく、愛おしい声に意識が覚醒に向かおうとし、

 

「起きなさいって、言ってるでしょうが―――!?」

 

 ()()()、という凄まじい衝撃が頭蓋を揺さ振り、意識が強制的に覚醒段階まで登らされたのはその数秒後のことである。

 

 ◇

 

 ズキズキと痛む頭蓋を撫でさする。

 はてさて、これは夢か幻か。

 それにしては痛覚や実感があり過ぎる。

 目の前には腰に手を当てて「わたし、怒ってます」のポーズを取ったエレちゃん様。

 そして荒れ果てた冥府の一画に座り込み、彼女からの説教を受ける俺。

 久しぶりに見る愛すべき女神様の姿に思わず頬が緩む。

 

「な、に、を! ニマニマしてるのかしらー! 私の言うことを聞かない悪い眷属()の口はコレかー!?」

 

 だがその笑みを気の緩みと取ったらしい。

 本人的には大まじめに、傍から見れば可愛すぎるプンプン顔で俺の頬をつねり上げてくる。

 あ、ヤバイ。

 地味に女神のピンチ力で遠慮なしに引っ張るので洒落抜きに頬の肉が取れそう…。

 

「無茶をしたお仕置きはこんなものじゃ済まさないんだからね! よく覚えておきなさい!!」

 

 おこである。

 激おこなのだ。

 それも今まで見たことが無い程にお怒りである。

 

「無茶はしなくていいって! 私なら大丈夫だからって! 貴方達の身を第一にしろって! 私は言ったわよね!? なのにあんな無茶な宝具を使う真似をして!」

 

 完膚なきまでに頭に血が上っていた。

 しかも涙目である。中々良心が痛む光景だった。

 いやまあ、確かに天界へ攻め入る前にそんなことも言われましたが。

 冷静に考えろ。

 エレちゃん様は俺達のために、俺達はエレちゃん様のために自らを犠牲にすることを許容した。

 言ってることもやってることも立場をあべこべにしただけでお互い変わらないのだ。

 

(つまりやったもん勝ち!)

 

 内心で確信犯的な結論を出すとジロリ、と酷く冷たい視線が向けられた。

 

「邪念だわ、邪念を感じるのだわ…。この先百年ほど片時も離さずにコキ使ってあげようかしら」

 

 それ、我々にとってはただのご褒美では?

 とはいえ…。

 

(真面目に考えても…やっぱり()()()()。そんな未来は許容できない)

 

 これ以上の重荷、彼女が負うべきではない負担を背負うのは絶対にダメだ。

 そのために命を張った甲斐はあると俺は確信している。

 例え俺の消滅が引き換えだとしても。

 ―――とまあ、口に出せば互いに譲らない議論はここまでにしておくべきか。

 

「エレシュキガル様、どうかしばらく」

「む…」

 

 頬をつねられながらでは格好がつかないので、目線でなんとか摘まんだ指を離してもらう。

 話したいことがある、と前置きをするとまだまだ言いたそうな気配であったが、渋々だがこちらの話を聞く体勢になってくれた。

 いい加減真面目な話をしよう。

 そもそもだ。

 

「何故、私はまだ消滅していないのですか?」

 

 純粋かつ根本的な疑問を問いかける。

 俺は最終宝具の負荷による霊基崩壊で消滅に瀕していたはずなのだ。

 この光景が俺の見ている今際の際の幻でない限り、実現には正しく奇跡が必要な程に。

 

「!? 貴方、やっぱり最初から消滅するつもりで―――」

 

 『最終宝具(キガル・エリシュ)』発動に伴う俺の消滅。

 あまりにも当たり前の前提過ぎて無感動に問いかけたのだが、どうやらそれが怒りの火に更なる油を注いだらしい。

 ますます眦を吊り上げて烈火の如く怒り狂おうとしたそこに。

 

「そこまでにせよ、エレシュキガル。折檻なり寵愛なりは主従水入らずの時に済ませよ。余もそこに立ち入るほど無粋ではないのでな」

 

 どこか呆れたような声がかけられる。

 なおその声はエレちゃん様の怒りを鎮めるどころかむしろ悪化させた。

 

「あんたねぇ…! 誰のせいでこんなことになっていると…!!」

 

 と、地獄の底から陰々と響くような。

 俺に向けられた怒りなど大火の前の火の粉と思わざるを得ないような激情が滲む声音がエレちゃん様の口から漏れる。

 その怒れる様は控えめに言って鬼女、高尚に例えるなら復讐の女神だろうか。

 要するに極めてデンジャー。

 比喩抜きに地獄の責め苦に襲われかねない。

 ギルガメッシュ王すらいまのエレちゃん様の前に立つくらいなら真顔で逃亡する選択を選ぶだろう。怒れる女神(オンナ)になぞ付き合っていられるかと愚痴をこぼしながら。

 とても賢い選択である。

 なお俺にそんな選択肢は許されていない。自業自得なんですけどね。

 

「フハハッ! 無論余の侵攻が全ての発端であるな! だが余は謝らんぞ!?」

 

 なおそんなエレちゃん様の前で全力でイイ息を吸っている男神。

 最早慣れ親しんだ感すらある俺様節を披露するネルガル神の姿が在った。

 だが…気のせいか。

 随分と感じる魔力が弱い。

 両断され、焼け爛れていた見た目こそまともに取り繕っているが、その内実は見る影もないと言い切っていいだろう。

 俺が与えた深手の件を差し引いても、目も当てられない程に弱体化していた。

 そしてその割に自身の零落に無頓着…あるいは、いっそ愉快そうな気配すら纏っている。

 

「この男…! この子のことがなければ今すぐ冥府の深淵に叩き込んで自我と神核ごと溶かし崩してやるのに…!?」

「止めよ、エレシュキガル。流石の余でもそれは死ぬ。死んでしまう」

 

 お互い一切洒落抜きのガチトーンでどこか気の抜ける会話を繰り広げる女神と男神。

 だが続く言葉は無視できない重大性を孕んでいた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それは貴様も本意ではあるまい」

 

 こやつ、のところで俺を視線で指し示したネルガル神。

 不穏な台詞、下手すれば脅迫の様にも取れる言葉だが不思議と嫌な気配の一切が感じられない。

 いや、そもそも何もせずとも俺は霊基崩壊で消滅していたことを考えれば、事実はむしろ逆のはずで…。

 

「それはどういう…。いや、まさか…ネルガル神よ。貴方は私の命を…」

 

 一応はエレちゃん様の前ということもあって口調を取り繕おうとする俺に。

 

「止めよ、むず痒い。貴様には特別に余と対等な立場として口を利くことを許す。なにせ貴様は我が強敵(トモ)にして義弟(オトウト)なのだからな!!」

 

 いつも通りの尊大な口調だが、超絶ご機嫌モードで意味の分からない妄言をのたまうネルガル神。

 いや、本気で意味が分からない。

 いま話の流れを何段かすっとばして意味の分からない結論まで行ったよな?

 

強敵(トモ)? 義弟(オトウト)?」

 

 一つ目はまだ分かる。

 半分場の雰囲気に流されたとはいえ俺自身も口にした言葉だ。

 純粋な友情というには大分血と煙の匂いがするが、ネルガル神に抱く感情も割合好意的な部分も多い。絶対許さねぇという思いもまだまだ残ってはいるが。

 だが二つ目の義弟云々は本気で意味が分からないんだが?

 

「フハハッ! そうかそうか。偉大なる余の義弟に迎え入れられると聞けば栄誉の余り自失するのも無理は無かろう。戦場の振る舞いの割に随分と可愛げがあるではないか、義弟よ」

「ふ、ざ、け、る、なー! 百億歩譲ろうがこの子をあんたなんかの身内にやるつもりなんてこれっぽっちもないのだわ!」

 

 こちらの困惑を良いように受け取ってうんうんと頷くネルガル神。

 対してネルガル神の宣言にブチ切れるエレちゃん様。

 今この場はすさまじいカオスに吞まれつつあった。

 

「失礼、お二方」

「別にもっと砕けた口調でいいのよ、私の貴方。ネルガル(こいつ)は別だけど」

「偉大なる義兄と言えど気安く口を利いて構わんのだぞ。まあ主たる女神相手には難しいかもしれんが」

 

 すいません、お二人とも。

 意味の分からないところで張り合って意味の分からないガンの付け合いで火花を散らすのは本気で勘弁してくれませんかね?

 俺の頭の中身がおかしなことになってますよ…。

 

「この場で私に起きたこと、その一部始終について。どうかご説明頂ければと思います」

 

 これ以上場のカオスに巻き込まれたくない。

 マジトーンでの質問に男神と女神は視線を合わせ、休戦とするかと通じ合い、頷き合った。

 

「……そういうことなら、こいつに聞きなさい。貴方が消滅を免れたのは、悔しいけどこいつの功績だから」

 

 色々と不本意そうな、苦虫を嚙み潰したような顔でネルガル神を指し示すエレちゃん様。

 指名されたネルガル神もあっさり頷いて軽く話し始める。

 

「然様、余が語るのが適任だろう。とはいえ難しい話ではない。あの時消滅の危機に瀕した貴様だが、あのまま言いっぱなしで消え去っていくのに腹が立ってな。多少の無茶をして貴様の霊基崩壊を止めた」

 

 と、さらりと説明するネルガル神。

 凄まじくふわっとした話だったが、どうやらネルガル神が死の淵へダイブ一直線だったはずの俺を引きとどめてくれたらしい。

 とはいえ一体ったいどうやって? という疑問は残る。

 洒落抜きに俺の霊基崩壊は聖杯ですら覆せないとの計算結果が出ていたはずなんだが…。

 

「多少…? あんた、見栄を張るのもいい加減にしておきなさいよ。半分に斬り裂かれた神核をこの子に分け与えて霊基を再生するなんて無茶、下手を打たなくてもあんたまで巻き添えで消滅しかねなかったでしょうに」

「エレシュキガル! 貴様、義弟を前にちょっと良い恰好をしたい余の兄心を汲もうとは思わんのか!?」

「知らないわよ!? 女神(わたし)に男心の理解なんて求められても困るのだわ!」

 

 なお即座にエレちゃん様に裏事情をバラされ、空気読めと切れるネルガル神。

 対し、そんなの私が知ったことかと真正面からブチ切れるエレちゃん様。

 何と言うべきか、お二方仲が良いっすね。

 

「ネルガル神の…神核を?」

 

 だが暴露された奇跡の種は軽い雰囲気にそぐわない重大なものだ。

 自らの内に意識を向けると、確かに霊基(カラダ)の中心部に燃え盛るような熱を放出する核を感じ取れる。

 司るは火と熱と光…《太陽》の属性を有する凄まじい力の塊だ。

 今まで気付かなかったのが不思議なくらい凄まじい力が脈を打っているのを感じる。

 

「余は日々地平の彼方に沈み、また夜明けを迎える『死と復活』の権能を司る。死に瀕する者を生の側へ引き戻すことなど容易い…と、言いたいところだが」

 

 と、苦虫を嚙み潰したような顔で続けるネルガル神。

 

「あの時の貴様は例外だ。あまりに霊基の損傷が激しすぎた。あのまま見過ごせば貴様、()()()()に溶け崩れた原型留めぬ死霊の残骸になっておったぞ。それは、余りに…惨い。余に勝利した者が得るべき未来ではない!」

 

 神霊の権能。

 ネルガル神有する『死と復活』の権能こそが俺の身に起きた奇跡だったのか。

 確かに、論理的に考えれば頷ける話だ。

 聖杯、万能の願望機。

 だがその奇跡としての格は神霊の方が上なのだ。

 曰く、地上で神霊レベルの奇跡を起こせる生物が居たとすれば、そいつにとって聖杯など不要なのだから。

 

「だが偉大なる余をして貴様の復活は至難の業であった。貴様に負わされた深手もあったからな。猶更よ」

 

 だろうな。

 言っては何だか当分の間、神格としてろくな活動が叶わないレベルでネルガル神の霊基をズタボロにした自信がある。

 だがだからこそ不可解だった。

 

「何故そこまで無茶をした? あんたに俺を救う理由はないはずだ」

 

 本神からの許可も出ているので砕けた口調で率直に疑問を尋ねる。

 この神様が相手なら下手な腹芸よりも正面から問い質した方がよほど話が早い。

 あと何故ネルガル神はドヤ顔をしてエレちゃん様は悔しそうな顔をしているのかそれが分からない…。

 

「気に入らんからだ」

 

 そしてネルガル神は余計な言葉を使わず、明瞭簡潔に答えた。

 全ては己が思いに依る行いだと。

 

「勝者とは! 勝利を誇るもの! そして敗者を笑い、鞭打ち、時に掬い上げる者なり!!」

 

 大声で堂々と勝者のあるべき姿を語る。

 それはネルガル神なりのポリシーなのだろう。

 自らが敗者たる身に堕ちてもなおその在り方を貫くネルガル神は、ある意味で一本筋を通した偉大なる神なのかもしれない。

 

「だのに!? 貴様が?! 余に勝った…この、偉大なる余に打ち勝った、余には劣るが偉大な貴様が!! ただ貴様の言う報いだけを抱えて死んでいくだと!?」

 

 そこに理不尽への憤怒と例えるべき感情が混じる。

 だが同時に憤怒以外の感情も感じ取れるような…?

 

「そんな結末は気に入らん。クソ食らえだと余は思った。いや、違うな…」

 

 一度は結論した己の憤怒に疑問を挟み、言葉を探すように沈黙する。

 そしてゆっくりと心の内を確かめる時間を挟み、何故か俺を眩しい者でも見るかのように目を細めながらネルガル神なりの答えを示した。

 

「貴様が示した()()()()。それをもう少し眺めていたかった。そうだな、余はきっとそう思ったのだろう…」

 

 フン、と照れ隠しのように鼻を鳴らすネルガル神。

 だがその頬は笑みの形に緩み、不思議と納得と充足の気配が感じ取れた。

 自らの行いを狂気の沙汰と認めつつ、そこに何の後悔も疑問もないのだと誇るように。

 

「そうなれば後は無我夢中よ。深手の身でただ権能を使っても貴様の復活は叶わぬ。ならば両断された我が神核の片割れを貴様に移植し、太陽の属性を埋め込んだ。『死と復活』の権能は太陽の属性を持つものにこそ最も効果があるからな」

 

 神核の移植。

 さらりと言っているがとんでもない難行だ。

 絶対に成功よりも失敗の公算の方が高かったと思うのだが…。

 

「なる、ほど…。だが一つ間違えればあんたも俺に引きずられて消滅する危険性があったのでは?」

「貴様の霊基に聖杯が埋め込まれていたのは幸いだったな。貴様の蘇生は能わずともその程度の奇跡は叶った」

 

 奇跡の種を明かされ、なるほどと腑に落ちる。

 聖杯は万能の願望機、可能性があるならば道理を無視して辿り着ける形を持った奇跡なのだ。

 移植した神核を適合させるという確率は極小だが実現可能な難行を奇跡でもって実現させたのだろう。

 

「とはいえ一つ間違えればどころかいまも貴様と余は一蓮托生よ。最早我らは二人で一つの命を共有する太陽神なのだ。貴様を指して義弟(オトウト)と呼んだのはそういう訳だ」

 

 事も無げに付け加えられた言葉に、思わず己の霊基に埋め込まれた神核を意識する。

 熱く脈動する力の塊。

 その力が流れる先にネルガル神がいる。

 二人で一つの命を共有している事実が腑に落ちた。

 だからこそ解せない。

 

「何故、そこまでして…俺にこだわる?」

 

 恐らくは先ほど零した人の輝きという言葉がカギを握るのだろうが…。

 

「意外か?」

「正直に言えば。()()()()()()()()()()

 

 傲岸不遜、弱肉強食。

 尊敬すべき点も多いが、死にゆく者へ慈悲をかけるタイプではない。

 

「で、あろうな。無理も無い。余の意図するところは余のみ知っておればよい。そう思い、誰にも聞かせたことは無かったからな」

 

 だがいまこの場でならば語るにやぶさかではない。

 そんな風な気配を漂わせ、ネルガル神は語り始めた。

 少しばかり回りくどく、遠回りな話を。

 

「余はな、此度の戦で冥府を得ることで余の神威を強め、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 まず語り始めたのは冥界侵攻の意図。

 ただ富と領土、美しい女神を狙う欲心からと思っていたが、それだけでは無かったようだ。

 そして俺達冥界側の機嫌を伺うような様子もない。

 あくまでただ淡々と本心を語っているという印象だ。

 

「神代終焉の阻止、ではなく…あくまで先延ばしが望みであると?」

 

 ネルガル神が意図するところを汲み取り、問いかける。

 すると我が意を得たりとネルガル神は頷く。

 

「然様。最早神代終焉は避けられぬ。だが少しでも先延ばしにすることで()()()()()()()()()()()()()()

「―――…。それは、本当に? そんな真意が…」

 

 ネルガル神が、この傲岸不遜な神が、人類を守ろうとしていた?

 本神の口から飛び出した言葉でなければ、眉に唾を付けて疑ってかかる話だった。

 

「余はな、強き者が好きだ。強き意志を持ち、この過酷だが美しい世界を生き抜かんとする者が好きなのだ。余の放つ眷属どもに負けず、打ち勝ち、より逞しく成長する者を余なりに愛している。

 だから貴様のことは高く評価しているぞ。余に打ち勝った事実、まこと天晴れである」

 

 見事なり、とうんうん頷きながら上から目線で評価してくる。

 へへーっ、と頭を下げる気は一欠けらも無いが、その純粋な賞賛は受け取っても良いだろう。

 

「我が『試練』…それも、突破させる気など欠片も無かったものをああも見事に破られてはな。恩寵の一つも与えねば沽券に関わるというもの。強き者、勝者には相応の報いがあるべきなのだ」

 

 この言葉だけ聞けば厳しくも愛のある善神に聞こえる。

 だが続く言葉はやはりネルガル神がただ優しいだけの神ではありえないことを示していた。

 

「だが逆に弱き者は好かんな。故に我が元へ連行し、鞭打ち、弱き者が得る理不尽を舐め尽くさせる。弱者が奮起し、強者であることを望むようになるまでな」

 

 ま、大体はそこまでいかずただ心が折れてしまうがな、とこともなげ続ける。

 酷く退屈した、詰まらなさそうな顔は演技ではあるまい。

 なんというありがた迷惑な神様だろうか…。余計なお世話過ぎる…。

 

「あんたねぇ…! そんな理屈で冥界で預かるべき魂を横から分捕ってんじゃないわよ!? 苦しみ抜いて果てた霊魂に死んでからも責め苦を与えるなんて真似、これ以上絶対に許さないのだわ!!」

「相変わらず甘い女神だ。好きにせよ、最早余にはその程度の我が儘を通す力すら残っておらん。此度の冥界に連れて来た霊魂どもを縛る軛も砕けた。そのうち自然と冥界への道を見つけ、下り始めるだろう」

 

 閻魔大王もかくやという所業にブチ切れるエレちゃん様。残念でもなく当然の反応である。

 その怒りを受け流し、淡々と自らの無力を悟ったように語る様子に虚偽も誤魔化しも感じられない。

 一連の言葉に偽りはあるまい。

 ネルガル神はネルガル神なりに、人類を愛しているのだと思った。

 

「余は太陽の神。だが特に司るは炎熱と病魔…即ち、人類に『試練』を課す神でもある」

「……『試練』? それは御身が放つ熱暑や病魔のことか?」

「然様。余が課す『試練』を乗り越えた者は皆須らく今より一段強く成長する。逆境を跳ねのけ、打ち勝った者どもの魂は強く輝く。その輝きにこそ余は愉悦を覚えるのだ」

 

 ……つまりはアレか。

 言うなればネルガル神は『王道漫画的展開大好き神様』という訳なのか?

 しかも神の機能としてその『試練』を乗り越えた者は乗り越える前よりも強くなると言う祝福(ギフト)付きの。

 さながら病気から快癒した者がその病気に耐性を得るような。

 

「余は選別する。生き延びた強き者をより強め、生き延びること叶わぬ弱き者を排する。この世界という原初の地獄を生き抜くに足る者を選び、それが叶わぬ弱き者を殺めることで余は余の責務を全うするのだ」

 

 真夏に燃え盛る太陽は恐るべき熱暑と疫病を齎し、幼き者、弱った者、老いた者に容赦なく襲い掛かりその命を奪う。

 だが同時にそれは弱者を淘汰することで必要な資源(リソース)を有効な箇所へ効率的に注ぎ込む援けにもなっていた。

 彼はその権能と在り方に沿う形で彼なりに人類を庇護していたのだ。

 

「だからと言ってそれは…」

 

 それは神の理であって人の情に沿っていない。

 付き合わされる人間の身にもなって欲しい。

 人間側から見ればいい迷惑だろうに。

 

「戯け。人の視座から神を語るか。貴様も骨身に染みて知っているだろう―――()()()()()()()()()()()()()()

 

 人にとって地の魔獣怪異に脅かされ、天の神々に庇護という名の搾取を受け、同族同士ですら争い合うこの世界は地獄であると、ネルガル神は言う。

 それは遥か昔、天上から人々の営みを眺めつづけて来た神々だけが持てる視座だった。

 

「《天の楔》たるギルガメッシュの背任が決定的だ。最早神代の終焉は定まった。我ら神々もまた消え去る宿命(サダメ)にある。

 やがては人類(ヒト)が我らに代わり、この世界が歩む道行きを決める先導者になるのかもしれぬ。だがな、例え人類(ヒト)がその地位についても地獄は終わらん。決してな。長き時を天上から彼奴等を見続けた余が断言しよう」

「それは、確かに」

 

 確信的ですらあるその言葉に俺も思わず頷く。

 人類に搾取と紙一重の庇護を与える神が消え去り、人の世が到来したとしても、待っているのは決して安穏とした未来ではない。

 幼年期を脱して独り立ちした人類を待つのはより良い明日を夢見て荒野を歩み続ける苦難の道だ。

 故に、とネルガルは言う。

 

「人類にはいましばし、時間が必要だ。人は弱い、劣弱と言っていい。だが絶え間なく歩み続け、親から子へ、時には無関係な筈の他者にすら己が生きた証を手渡し続ける生命(イノチ)だ。余が与える『試練』と『祝福』もある。時間が経つ程に人という種族は強くなる。

 人はいずれ神の元から巣立つだろう。だがそれは今ではないと余は考える」

 

 透徹とした視線をここではない未来へ向けながら、超然とした言葉で己が信じるより良い未来を語るネルガル神。

 

「神代終焉を先伸ばしにするためにも冥界とそれを崇める民どもは莫大な魔力資源(リソース)として喉から手が出る程に欲しかったのだがな。

 我が企みを砕かれ、太陽の神威は最早見る影もない。いましばし人間に『試練』を課し、その在り様を眺めつづけるという我が欲心は無に帰した」

 

 詰みだ、と結論づける。

 悔しそうな顔で己が敗北を語りながら、どこか肩の荷を下ろしたような清々しさがあった。

 

「冥界に再侵攻するつもりは無いと取っても?」

「無い」

 

 やはりキッパリと迷いなく答える。

 

「何故かな…。余が為すべき使命とすら考えていたというのに、不思議といまはそれほどの熱が余の中に無いのだ。敗北により、余を作る何かが変わったのかもしれん」

「それは…」

 

 何となくだが、ネルガル神が変わった理由が分かる気がした。

 それは俺がネルガル神を相手に戦い抜くことが出来た理由と同一だったからだ。

 

「それは、きっとあんたの中で『人』の捉え方が変わったからだろうさ」

「……貴様は、余の中で何が起こったのか分かると言うのか?」

「恐らくは」

「善い、話せ。余は余に起きた不可解を解きほぐしたい。そのために耳を傾ける価値はあろう」

 

 分かったと一つ頷き。

 息を一つ、深く吸って―――吐いた。

 これから話すのは神代では異端とすら言える考え。

 だがネルガル神ならば、いやネルガル神だからこそ理解は得られるはずだ。

 

「あんたが言う通り人間は弱く、醜い。だけど、あんたが思っているよりもほんの少しだけ()()

 

 ああ、確かにこの世界…古代シュメルは地獄だ。

 数多の危険が人類に牙を剥く、あまりにも過酷な時代だ。

 神の庇護が、英雄の活躍がなくしていまの人類の繁栄には辿り着かなかったかもしれない。

 だがそれは人類という星の開拓者達のポテンシャルを甘く見過ぎている。

 俺は知っている。

 この時代に生きる人々の強さを。

 人類は既にその二本の足で立つだけの自力を得ているのだ。

 

「人類は自分達が弱いことを知っている。それでもより良い明日を迎えるために毎日を全力で生きている」

 

 時に理不尽に襲われ、命を落とす人もいる。

 それでも総体としての人々は逞しく生き抜いている。

 神々や英雄が不在だったとしても、総数が今よりも減ったとしても絶えることは無いだろう。

 何せ英雄が必要な時に都合よく現れるなんてことは滅多にない。

 だが苦難に襲われても多数の生き抜く者がいる事実こそが人間の強さを証明している。

 

「それは彼ら自身が思うより、貴方が思うよりもずっとずっと凄いことなんだ」

 

 俺とネルガル神が繰り広げた一騎打ちこそがその証明だ。

 

「ネルガル神、あんたと戦う俺の背中を押したのは冥府のガルラ霊と聖杯だけじゃない。地上の民草達がくれた祈りもまた一番大事な時に俺を支えてくれた」

 

 祈りという形で捧げられた魔力は一人一人から微量でも、総数で見ればウルクの大杯にすら匹敵する莫大なリソースとして俺の最終宝具(キガル・エリシュ)の発動を支えてくれた。

 人類最古の文明発祥の地であるメソポタミアの大地に生きる人類の力は伊達ではないのだ。

 

「冥府の眷属である俺自身も元を辿ればただの人だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 人類はそれだけのポテンシャルを秘めた種族であり、ただ神霊に踏み躙られるままの弱者ではない。

 いいや、例え弱くてもその弱さを飲み込んで強さへ向かって一歩を踏み出すことが出来る生命なのだ。

 その事実を見届けたからこそ、ネルガル神は深層心理の奥底で納得を得たのだろう。

 既に人類は神々の庇護が無くても立てるほどに成長したのだと。

 

「だから」

 

 と、続ける。

 

「だからもういい、もういいんだよ」

 

 人類が『試練』に挑む様を見続けたい。

 その欲心こそが原動力だったと語るその言葉に嘘は無いだろう。

 だが言葉の裏にネルガル神の肩に彼自身も気付いていない重荷が乗っているように見えて…。

 その肩の重荷をもう下ろしても良いのだと、人類はもう大丈夫なのだと教えたかった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()。人は神がいなくても、歩んでいくことが出来るんだから」

 

 その言葉にネルガル神は虚を突かれたように俺を見た。

 絡み合う視線に人はもう大丈夫なのだと思いを込めると、()()がネルガル神の中で腑に落ちたらしい。

 地上へ思いを馳せるように仰ぎ見、最後に何かを確かめるように己が掌に視線を落とし―――笑った。

 

「そう、か…。そうかもしれんな。余はいつしか人の在り様を愉しむことを忘れ、その未来を案じるばかりとなっていたか。だが全ては杞憂であったのだな。笑い話にもほどがあるわ」

 

 晴れやかに、雲間から顔を出した太陽のように笑ったのだ。

 

嗚呼(ああ)―――安心した」

 

 そうしてフハハッと、どこか吹っ切れたような軽やかな笑い声が冥界に木霊したのだった。

 




 ネルガル神が何故冥界に攻め込んだのか、その裏話的な。
 賛否両論あるかと思いますが、このルート以外だと主人公は死にます(無慈悲)。

 聖杯を超える奇跡が無ければ消滅するなら神霊が顕す権能を持ってくればいいじゃない。

 己と仲間達が魅せた輝きで仇と呼んだネルガル神すら自分達の側へ惹き寄せる。
 この超絶難易度のウルトラCを意図せずこなしたのならそれは聖杯を超える奇跡と呼んでいいんじゃないかと思います。

 愛・勇気・絆は何時だって最大の奇跡なのだというお話でした。
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