【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。   作:土ノ子

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「エルキドゥからの言伝はあるか?」

 

 日暮れすぐの夜入り、冥府の時間。

 ウルク、ジグラッドの謁見の間にて。

 挨拶より何よりも先に、俺が辿り着いた瞬間にかけられた第一声である。

 それだけで王が何を重要視しているか伺えた。

 

「……ございません。話すべきは全て地上にある時に話したと、エルキドゥは」

「だろうな。そういう奴だ」

 

 ただそれだけを呟き、後はフンと鼻を鳴らすとすぐに次の話題へ移った。

 機嫌は良いとも、悪いとも判断が付かない。

 何となくギルガメッシュ王は()()を確認したかったのだろうとだけ思った。

 そしてそれはもう済んだのだ。

 

「……何を黙り込んでいる。疾く語れ、貴様らが為したことの顛末を。全てな」

 

 訂正、ややナーバスにはなっているようだ。

 これは気を抜いていたらどやされるな。

 

「失礼をいたしました。改めまして、ネルガル神が冥府に攻め込んでからの経過ですが―――」

 

 改めて意識をこの謁見に集中し、此度の争乱で起きた全てを報告した。

 ネルガル神の呵責なき侵略。

 冥府の皆と力を合わせ、その軍勢を打破したこと。

 エルキドゥ含む皆が稼いだ時間によって最終宝具(キガル・エリシュ)を発動し、ようやく勝負の土俵に立てたこと。

 苦戦、死闘…逃れられないはずの消滅を誰であろうネルガル神に救われたこと。

 ネルガル神と最後には和解を果たし、名を得たこと。

 そして、エルキドゥとの二度目の別れ。

 

 エルキドゥのくだりはどうしても声に感情が滲み、時間をかけてしまった。

 謁見の間にいた者達も、エルキドゥの話にはつい涙腺が緩んだのか、そこかしこで嗚咽が聞こえた。

 だが決して込められた感情は悲嘆や哀惜だけではない。

 ウルクの民がエルキドゥの死を乗り越えて前に進んでいることの証左だった。

 

「以上となります。此度の勝利は王より賜りしウルクの大杯があればこそ。改めて深くお礼を申し上げます。なればこそお預かりした至宝をお返しすべく参りました」

 

 聖杯があればこそ起こせた奇跡の数々だった。

 だがもうエレちゃん様が戻った冥界に聖杯は必要ない。

 聖杯の返却も視野に入れての謁見だった。

 

「善い。アレは貴様にくれてやった物。貴様の手元に置いておけ」

 

 と、あっさり返却を不要と断ずる王。

 正しく至宝と呼ぶべき聖杯を貸与ではなく下賜と言い切る辺り、流石はギルガメッシュ王らしい思い切りの良さと言うべきか。

 あるいは単に気にしていないのか。ギルガメッシュ王ってそういう図太いところあるよね。

 

「しかし…」

「二度言わせるな。それだけの価値はある見世物だった」

 

 驚く。

 露悪的な物言いで分かりづらかったが、今のは褒め言葉だ。

 ()()ギルガメッシュ王からの。

 

「真正の神と合一することで神に至り、生を得るとはな。全く、つくづく我の予想を覆す奴よ」

 

 玉座からクツクツと愉快そうな笑い声が漏れる。

 予想外と語る言葉の割に何とも楽し気だ。

 

「貴様がネルガルを打ち倒す未来も、その逆の未来も視えていた。だが貴様が生き残る未来は―――クク、如何ほどに細い道筋であったか…千里眼の極みを持たぬ貴様には分からんだろうな」

 

 そのことを思えば聖杯なぞ惜しくはない…って愉悦に満ちた口調で言われると今更ながらに背筋に寒気が走るというか。

 ……すいません、俺の生存ってどれだけの綱渡りだったんですかね?

 

「何だ、詳しく聞くか?」

「いいえ、結構です」

 

 つい好奇心が刺激されたけど、要するに99.9%死ぬことが確定していたもしもなんで好んで聞くものじゃないわ。

 

「それが良かろう。所詮切り捨てられたもしもだ。いま貴様は我の前に立ち、そしてこれからも在り続ける。それ以上に意味あることではない」

「はっ…」

 

 それでよい、と鷹揚に頷く。

 そのまますっくと玉座から立ち上がり、改めて鋭い視線で俺を見据えた。

 

「冥府の太陽、キガル・メスラムタエア」

 

 呼びかけるは俺が得た神名、俺に与えられた役割。

 黄金の王に向けて即座に畏まる。

 

「此度の争乱で貴様の魂の輝き、しかと見定めた」

 

 投げかける言葉は此度の争乱に関わるもの。

 

「その祈りは途切れず、大神すらも退け、挙句の果てに仇と呼んだ神を自らの側へ引き入れた。我がくれてやった宝物があれど、元を辿ればただの人に過ぎぬ貴様がそれを為した」

 

 俺が為した働き、成し遂げた勲功を認め、称賛の言葉を惜しみなくかけてくる。

 百年に一度あるか無いかの椿事である。

 

「その働き、見事である。瞠目に値する」

 

 なんと…。

 ギルガメッシュ王からかけられたと思えない純粋な賞賛の数々。

 傍に控えたシドゥリさんが口元に手を当てて目を丸くしている辺り、どれほどの椿事か窺い知れる。

 

「我が許す。誇れ、己を。手を取り合った同輩達を。貴様は自らの手で我が後進に相応しいと認められる資格を得たのだ」

「私一人で為し得たことではなく」

「それも含めて、だ。貴様を慕い集った者の力は、即ち貴様の力でもあるのだからな」

 

 確かにと頷きそれ以上の謙遜は止める。

 この時代、謙遜は必ずしも美徳ではないし、俺達が為し遂げたことは事実として()()()()()なのだ。

 そうではないと俺が否定するのは自分だけではなく、それを助けてくれた皆に泥をかけることに等しい。

 

「……お言葉、ありがたく。冥界に帰り次第、疾くみなにも王からのお言葉をお伝え致します。みな、生涯の誉れと誇りましょう」

 

 絶無と言っていいギルガメッシュ王からの褒め殺し。

 思わず面映ゆくなり、つい気を緩めてしまったのはもうやむを得ないだろう。

 しかし。

 

()―――」

 

 その一語で空気が変わった。

 想わず顔を上げてギルガメッシュ王を仰ぎ見ると、そこに

 

「エルキドゥの件は別よな。うむ、奴の姿をこの目に捉えた時は流石の我も焦ったぞ」

 

 嫌に穏やかな調子のお言葉だ。

 その癖こちらを見据える眼光は据わっているのだから始末に負えない。

 

「全て、詳らかに話せ。今聞いた話では全く足らん。ウルクの民どももな。

 安心せよ、ウルクの盟友である冥府の勝利を祝う用意は出来ている。ついでにエレシュキガルも呼ぶが良い。夜は長いのだ、()()()()()()()()()()?」

 

 逃がさん、と副音声が聞こえたのは気のせいか。

 そのために面倒極まりない仕事も全て片付けた、と嫌な覚悟が伺える台詞のオマケ付きだ。

 

「冥府はいま、大変忙しく…」

「ほう…」

 

 ネルガル神との神争いによる人的・物的被害が大変なことになっており、冥界はいま修羅場だ。

 それを盾に逃げようとしたら呟き一つ、視線一つで身体を縫い付けられる。

 逃げたらそっちの方がヤバイと判断し、すぐさま前言を翻す。

 

「喜んでお招きに預かります! エレシュキガル様へお声がけするので少々お時間を頂きたく―――」

「うむ、それで良い。疾く済ませろよ? 意外かもしれんが、我はさほど気が長くない」

 

 以外でも何でもなく、嫌というほど知ってます。

 むしろ知らない奴はいないんじゃないですかね。

 王のそばで苦笑いをしているシドゥリさんの申し訳なさそうな笑顔だけが救いだよ。

 

「聞いたな、民ども。盟友の勝利を祝う宴だ! 王の名のもとに蔵を開け、ウルクに相応しき豪勢な宴を催して冥府の者どもの度肝を抜いてやれ!!」

 

 そして臣下たちに一声をかければ、謁見の間にいたウルクの民が歓声を上げ、即座に動き出すとウルク全体に歓声と人の動きが波及していく。

 既に準備は済ませていたのだろう。

 宴会の準備は素晴らしくスムーズに進み、エレちゃん様にも連絡を入れるとすぐに向かうと連絡が入った。

 祝勝会に出るためというより、決戦で冥府に向けて祈りと魔力を送ってくれたウルクの民に礼を告げるのが主目的っぽかったが。

 そして戦勝の宴が始まった。

 俺とエレちゃん様と多くのガルラ霊、そして全てのウルクの民が参加する盛大な宴だった。

 


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