【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。 作:土ノ子
「……効いたぞ、アーチャー。騎士王たる私ですらこれほどの火力は記憶にない。まさに太陽に等しき炎だ」
両の手を地に突き立てた聖剣の柄に重ね、威風堂々と直立する騎士王。黒に染まった鎧は砕け、全身が赤黒く焼け爛れ、戦装束はボロボロとなにながらなんと力強い立ち姿であることか。
「キガル・メスラムタエア。女神を伴侶とした冥府の太陽にして”人”よ。その弓の輝き、見事。いいものを見せてもらった」
「光栄。聖剣の輝きも我が魂に刻まれました」
「フフフ、いずれまた再会の時には今日以上の輝きを馳走することを約束しよう」
セイバーの賛辞に一礼を返すと、大変物騒な約束を押し売りされた。勘弁頂きたい。
「!? アレだけの宝具を受けて、まだ倒れないの!? まさか、不死身――」
「騒ぐな、心の未熟な魔術師よ。私の霊核は彼の炎に焼かれ既に亡い。ここに立っているのはただの意地のようなもの」
つまりは、と瞑目した彼女が静かに告げる。その足元には霧散していく魔力の輝きが……。
「私の負けだ。どう運命が変わろうと、所詮私一人では結末は変わらないということか」
「そりゃあどういう意味だ、セイバー。てめえ何を知ってやがる」
と、ここでキャスターの声が大空洞に響く。見れば上半身の衣装が破け、激戦を伺わせる姿のキャスターが立っていた。
「キャスターか。随分と遅い到着だな。あなたが手こずっている間に全て終わってしまったぞ」
「うるせー。随分皮肉が上手くなったな、騎士王」
「フッ、槍兵から魔術師となったあなたほどの変わりようではない。それに、私に問う意味もない」
「あ?」
セイバーの視線がキャスターから外れ、俺、マシュ、オルガマリー……最後にマスターへと留まる。
「みな、いずれ分かる。グランドオーダー、聖杯を巡る旅路はまだ始まったばかりということをな」
消えていく。セイバーが魔力となって霧散していく。
霊核を失ったサーヴァントは消滅する。至極当然の結末だ。
「チッ、最後まで分からんことを――おい、俺もかよ!?」
さらにキャスターまで特異点からの退去が始まる。
瞬く間に霊体が魔力へと霧散していき、猶予はもう何十秒とないだろう。
「マスター、お嬢ちゃん! アーチャーに気の強い方のお嬢!」
彼も順繰りに俺達へ視線を送り、ニヤリと笑いかけた。その笑みには別れの湿っぽさなど欠片もない。
「縁があったらまた会おうや。その時はランサーで呼んでくれるよう頼むぜ」
「キャスター!」
「キャスターさん……」
「キャスター、共闘に感謝を」
「……助かったわ。あなたのお陰よ、キャスター」
俺達は口々にキャスターへ礼を伝えた。
「なぁに、いいってことよ」
そしてキャスターは最後まで不敵な笑みを浮かべたままこの特異点から退去した。
◇
最大の難関だったセイバーは打倒した。
あとはこの特異点の要である聖杯、莫大な魔力を湛えた水晶体を回収しようと話が出たその時。
パチ、パチ、パチ、パチ、と空虚な拍手が地下空洞に鳴り響く。
その出所を追えば――
「いやまさか君たちがここまでやるとはね。計画の想定外にしてわたしの寛容さの許容外だ」
モスグリーンのタキシードとシルクハット。ボサボサの長髪ににこやかな笑みを浮かべる紳士――の、出来損ないがいた。
身に纏う空気から即座に分かる。危険人物だ。
「レフ教授!? どうしてここに?」
「レフ・ライノール教授? まさか、彼がそこにいるのかい!?」
口々にレフという名を口にするカルデアの面々。マスターに視線を遣れば「カルデアの人」と短く答えが返ってくる。なるほど、獅子身中の虫か。
「ロマニ? ロマニ・アーキマンか? 君も早く管制室に向かうよう伝えていただろうに従わなかったのか? どいつもこいつも統率の取れていないクズばかりで吐き気が止まらないな」
「レフ、教授……?」
爛々と見開いた眼に敵意を、歪んだ笑みに嘲りを浮かべるレフ教授にマシュが信じられないと目を見開く。
だがすぐに彼女も目の前の男は敵だと察し、険しい目でレフ教授を睨みつける。マスターも同様だ。
しかし全員ではない。
「レフ、レフ、生きていたのねレフ! 良かった、あなたがいなくなったらわたし、この先どうやってカルデアを守ればいいか分からなかった!」
「お待ちあれ、レディ・オルガ。どう見ても奴は危険です、お下がりを」
レフ教授の登場に最も分かりやすく取り乱したのがオルガマリーだった。
奴の言動が耳に入っていないかのように無防備に近づこうとする彼女の手を掴んで引き留める。よほど奴を信頼していたのか。だがこの状況を考えれば自殺行為に近い。
だが彼女から返ってきたのは、
「離して、手を離してよアーチャー! ……離せっっっ!!」
拒絶、だった。
強烈な反発が籠った視線で睨みつけられ、思わず手の力が緩む程の。
「触らないで、わたしはあなたの
「ッ――」
ガツンと頭を殴られたような衝撃だった。動揺に彼女の腕を離し、レフの下へ駆け寄るのを許してしまうくらいに。
そんなつもりは無かった……とは到底言えない。だが彼女がここまで傷ついていたことを察せられなかったのは、俺の未熟であり不徳なのだろう。
「ハハハ! いやこれは愉快だな、キガル・メスラムタエア! エレシュキガルの代用品扱いの挙句、その代用品に拒絶されるか!? これほど滑稽な喜劇を見たのは久しぶりだよ! 愉快、実に愉快だ!」
「……もしやどこかでお会いしたかな? プロフェッサー・レフ」
駆け寄ったオルガを無視し、奴の高らかな嘲笑が地下空洞に響き渡る。
奴との面識はない、はずなのだが。俺個人に焦点を当てた粘つくような悪意は俺と奴の間に何らかの因縁があると思わざるを得なかった。