【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。 作:土ノ子
奴と俺に面識はない。だが俺個人に焦点を当てた粘つくような悪意は何らかの因縁の存在を確信せざるを得ないほどに生々しい。
「貴様は知るまいよ。だが我らは知っている。貴様の怠惰、愚劣、不足をな! ああ、我が王に許されるなら今すぐ殺してやりたいほどの愚かさだとも!」
「……怠惰と罵られたのは初めてだな。では勤勉なレフ教授に問う、何をするつもりだ?」
「ゴミ掃除さ。元より2015年の担当は私なのでね」
「ゴミ、掃除? それに2015年の、担当……?」
意味を判じかねたマシュが首を傾げ問い返すも別の叫びに遮られた。
「そんなことどうでもいいわ! レフ、本当にレフなのよね? ああ、良かった……」
「やあオルガ、元気そうで何よりだ。君は本当に、相変わらずだねぇ。少し感心してしまったよ」
縋り付くオルガマリーを、顔をしかめて見遣るレフ教授。互いに向ける感情の温度差に、オルガマリーだけが気付いていない。
射るべきか、否か。迷った。射れば彼女を巻き込みかねない。
「ええ、そうなのレフ! 酷いことばかりで頭がどうにかなりそうだった! でもいいの、あなたがいる、あなたならきっとわたしを助けてくれる! そうでしょう!?」
絶対的な信頼、いや依存とすら言えそうな言葉にレフ教授は嘘くさい程に明るい笑みを浮かべる。
「ああ、もちろん……と、言いたいがね。ここまで愚かしいと嬲る気さえ失せるな。うんざりだ」
言葉通りうんざりした顔でドンとオルガマリーを突き放すレフ。一方拒絶されたオルガマリーは信じられないという顔でなおもレフに近づこうとする。
「レフ? レフ、何を――」
「カルデアの事故は私の仕込みだよ、オルガ。綺麗に皆殺しにするつもりだったが、これほど生き残るとは予想外だ」
「レ、フ……?」
「その中でも最も予想外なのが君だよ、オルガ。爆弾は君の足元に設置したのに、まさか生きているなんて」
「――――、え? ……レフ。あの、それ、どういう、意味?」
「今すぐその口を閉じろ、レフ教授」
クソッタレめ、人が話すタイミングを見計らっていたことをペラペラと……!
無理やり止めようにも奴とオルガマリーの距離が近すぎる。せめてもう少し離れた位置なら!
「ハハ、なんだその顔は――嫌だね。懇切丁寧に教えてやろう、この愚かな小娘に、自分の末路をな」
ニヤニヤと奴が
「黙れ、さもなければ――」
「嘘、よね。アーチャー? 私が死んでるなんてありえない……」
「……………………」
「うそ」
その呟きを俺は否定できない。その事実が彼女を追い詰めると知っていても。
「オルガ、君はもう死んでいる。少なくとも肉体はとっくにね」
「馬鹿言わないで! ならここにいる私は何だって言うの?!」
「簡単だ。トリスメギストスはご丁寧にも残留思念になった君をこの土地に転移させてしまったのさ。君は生前レイシフト適性が無かっただろ? 肉体があったままでは転移できない」
言葉通り丁寧に、一つ一つオルガマリーの反論を潰していく。
「分かるかな? 君は死んだことで初めてあれほど切望した適性を手に入れたんだ。だからカルデアにも戻れない。だってカルデアに戻った時点でキミのその意識は消滅するんだから」
「消……滅? 消滅する、わたしが? ちょっと待ってよ……カルデアに戻れない?」
「そうだとも! ようやく理解できたようで私も嬉しいよ、オルガ!」
ニコニコと、嬉しそうに、喜びすら交えて笑うレフは丁寧に丁寧に彼女の生存の可能性を潰していく。
「え……え? ――――――――、え?」
絶望。
その一瞬の表情を切り取って名付けるならその二文字しかなかっただろう。レフはようやく満足そうな顔を見せた。
「だがそれではあまりに君が哀れだ。生涯をカルデアに捧げた君のために、せめて今のカルデアを見せてあげよう」
セイバーが遺した聖杯をレフが手に取るとその莫大な魔力を励起する。一瞬、非物理的な震動――空間を無理やり接続する大魔術の痕跡を残し、俺達の眼前に破壊された近代的な空間とその中心に佇む赤色に染まった地球の似姿が現れる。
「なんだ、あれ……?」
「カルデアス? まさか、カルデアに空間を繋げて……!?」
「察しがいいね、その通りだ。聖杯があればこんなこともできるからね」
事もなげに告げられる大魔術。聖杯込みとはいえ神代でも稀な秘術に俺の中で奴の警戒度が上がる。
「な、なによあれ。カルデアスが真っ赤になってる? あんなのウソ! ありえない、ただの虚像よ! だって、だって……!」
「いいや、これこそが現実だ。さあ、よく見たまえア二ムスフィアの末裔。アレがお前たちの愚行の末路だ」
嘲弄する。人の愚かさを笑い、怒り、
「人類の生存を示す青色は一片もない。あるのは燃え盛る赤色だけ――あれが今回のミッションの結末だ。良かったねぇマリー、今回もまた君の至らなさが悲劇を呼び起こしたわけだ」
「ふざ――ふざけないで!? わたしの責任じゃない、わたしは失敗していない、わたしは死んでなんかいない……!?」
理不尽すぎる糾弾にオルガマリーが叫んだ。
「アンタ、誰よ!? わたしのカルデアスに何をした!」
「アレは君の、ではない。まったく――最後まで耳障りな小娘だったなぁ、君は」
嚇怒を示すオルガマリーへもう用済みと手を振れば――、
「なっ、身体が宙に――何かに引っ張られて――」
「言っただろう、そこはカルデアに繋がっていると。最後に君の願いを叶えよう――
「ちょ――なに言ってるの、レフ? 止めて、お願い。だってカルデアスよ? 高密度の情報体よ? 次元が異なる領域、なのよ?」
信じられない、信じたくないと顔を振るオルガマリー。その懇願をレフ・ライノールがニヤついた笑みで叩き潰す。
「ああ、ブラックホールと違わない。それとも太陽かな? どちらにせよ人間が触れれば分子レベルで分解される地獄の具現だ。遠慮なく生きたまま無限の死を味わいたまえ」
「それを俺が黙って見ているとでも?」
両者の距離が空いた好機に
奴の介入を阻むため、魔術師風情を殺すに余りある火力で焼き尽くした。
「ハハハハハハハハハハハハハッッッ!! なんだ、ア二ムスフィアの小娘風情にこうも心を動かすか、キガル・メスラムタエア!? 滑稽だな、愉快極まる! よかったねぇ、オルガ。君は最後に一つだけ私の役に立てたよ!」
その肉体を無数の熱線で射抜かれ、
「残念だったな! アレを助ける猶予は
身体の半ばを焼き尽くされながら捨て台詞。自身の命など歯牙にもかけない底なしの悪意が俺を
「そも助ける術など最初からない! アレはカルデアに戻れば消えるだけの思念体なのだから!」
「いや―――いや、いや、助けて、誰か助けて!」
彼女が叫ぶ。絶叫し続けている。
涙を頬に溢れさせ、いやいやと首を振りながら、カルデアスに引き寄せられる身体は止まらない。
「どうして!? どうしてこんなコトばっかりなの!? 誰もわたしを評価してくれなかった! みんなわたしを嫌っていた! やだ、やめて、いやいやいや……! だってまだ何もしていない!」
本当に、酷い話だ。
彼女が、オルガマリー・ア二ムスフィアが心の底をぶちまけられたのが、こんな――こんな、最期の時になってようやく……なんて、
「まだ、誰にも褒めてさえもらえなかったのに―――!」
そんな結末、誰が認めてやるものか――!!
「オルガマリー! オルガマリー・ア二ムスフィア!!」
「ッ!? アーチャー……」
呼びかける。
諦めるなと伝えるために、すまないと謝罪するために。
「助ける! だから、諦めるな――!」
「アーチャー、た、助け――」
弱々しく彼女が叫んだ刹那――ドスッ、と肉を裂く鈍い音が響いた。
「――――、え?」
呆然と、オルガマリーが自身の胸を見下ろす。
そこには矢があった。俺が――オルガマリー・ア二ムスフィアを殺害したことを示す、太陽の矢が。
違うことなく、狙い通りに、彼女の心臓を射抜いていた。