【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。 作:土ノ子
この星に生まれたこと、この世界で生き続けること、その全てを愛せる様に。
目一杯の祝福を、君に。
「いやっ!!」
カルデアの医務室に子どもの甲高い癇癪が鳴り響く。
子ども、そう子どもだ。本来カルデアにいるはずのない幼い子ども――に、成ってしまったオルガマリー・アニムスフィアが駄々っ子のようにベッドの上で頭を振っていた。
「所長、どうか聞き分けて――」
「ぜったいにイヤ! とくいてんなんて行かないわ! 死ぬわ、死んじゃう! わたし、死にたくないっ!?」
見ての通り、言動が完全に幼子のそれに退行してしまっている。肉体的には十代前半だが精神面は一桁程度。加えて記憶もあやふやで、父親が死んだことは覚えているようだがレフ・ライノールやカルデア所長だった過去は忘却……いや、拒絶している節がある。
当然カルデアの指揮を執ることも出来ず、次席であるロマンが臨時でリーダーの役目を務めていた。
「アーチャー! たすけて、アーチャー!」
「はい、
ベッドでシーツを被って闇の中に逃げ込んだ我がマスターの呼びかけに答え、苦笑を溢しつつベッド脇に置いた椅子から立ち上がる。
彼女は何故か俺について「酷い夢から助けてくれた」と語り、依存に近い信頼を置いてくれている。そのためか、俺が自身のそばにいないと落ち着かないらしかった。
俺もその要請に応え、出来るだけ彼女と一緒にいるようにしている。
「そういう訳なので、ドクター・ロマン?」
「……アーチャー。君も分かっているだろう?」
「ええ、ドクターの言いたいことは分かっているつもりです」
困った顔のロマンに苦笑とともに頷く。
俺、キガル・メスラムタエアはカルデアの最大戦力。だが俺を動かすために、事故で俺のマスターとなってしまったオルガマリーもまたレイシフトに同行せねばならなくなってしまった。
これは俺の不手際であり、本来俺が責任を取るべき話だったが、俺は一貫してオルガマリーの側に付いていた。
「なら」
「だからこそ、彼女にもう少し時間を与えて頂きたい」
「……はぁぁぁー」
頭を下げてお願いするとロマンは深々とため息を吐いて肩を落とした。
「分かった。君ほどの英霊がそう言うならここは引き下がろう。だけどもう時間はあまりないことは理解して欲しい」
「ええ、第一特異点へのレイシフトの準備が完了するまで確か」
「あと二日だ。それまでに彼女を説得してくれ」
「さて、それは保証しかねますな」
「……本当に、頼むよ」
最後に縋るような目つきでの一瞥を投げ、ロマンは去っていった。
雑務をこなす人員に余裕はあるが、ロマンにしか出来ない仕事が大量にあるのでそれを処理しに戻ったのだろう。
(スマンな、ロマン)
ロマンが全力でこの人理焼却という異常事態の解決に取り組んでいることに疑いの余地はない。
加えて彼自身明らかに異常な状態のオルガマリーを担ぎ出すことが不本意なことも知っている。それでも必要だから憎まれ役を買って出てオルガマリーを説得しようとしているのだ。
本当に、彼には申し訳ないことをしていると思う。
(それでも、俺はこの娘の側に立つと決めた)
入れ込んでいると自分でも思うが、こうなってしまった責任の一端が俺にある以上、オルガマリー・アニムスフィアを放っておくことはできない。
少しずつでも彼女が自分で立ち上がれるよう、力を尽くさねばなるまい。
「……ロマニ、いった?」
「ええ、行きましたよ」
「そう……」
ぴょこりと被ったシーツから顔を出したオルガマリーの問いかけに頷くと、彼女は
「…………」
「…………」
沈黙が続く。
「…………」
「…………」
オルガマリーがベッドの中でシーツに包まり、俺がその傍で静かに読書しながらゆっくりと時間が過ぎていく。
「……ねえ、アーチャー」
「はい」
シーツに包まっていても元から眠っていなかったのだろう。不意にオルガマリーの方から沈黙が破られた。
「……アーチャーは、どうしてわたしに「やれ」って言わないの?」
「誰かに「やれ」と言われたから出来る程この
「そう……」
困難を貫き通すには意志が要る。冥府のガルラ霊がいい例だろう。
見ろ、気合い一つで冥界を発展・復興させたキチガイどもだ。面構えが違う。
いやまあ、冗談ではなく今のカルデアには実際に冥府のガルラ霊達がそれなりの数活動中なので実際に面構えを拝めるんですけどね。
(他の奴らもカルデアを気に入ったようだし。人手があれば単純作業だけでも随分と違うだろう。一部はスタッフからカルデアの技術系統まで学ぶつもりらしいし)
そのカラクリはシンプルだ。俺の『継承躯体』を分離・細分化した上で、俺の霊基に混ざり込んだ意志持つガルラ霊をぶち込んだ。理屈はオルガマリーと変わらない。
俺は冥府のガルラ霊の元締めであり代表者。その霊基にはほぼ干渉力のない意識レベルの存在だが、冥府のガルラ霊達が混ざりこんでいる。それ故の裏技だ。
「ねえ」
「はい」
そんなことを考えていれば、再びの問いかけ。
さっきよりもさらに生真面目な気配を感じた俺は本を閉じ、彼女の方へ向き直る。彼女の縋るような視線と目が合った。ゆっくりと頷く。
「アーチャーは、わたしを守ってくれる?」
「はい、全身全霊を懸けて」
「アーチャーは、わたしを助けてくれる?」
「我が非才の叶う限り」
「アーチャーは、わたしとずっと……ずっといっしょにいてくれる?」
「貴女がそれを望むなら」
それは依存と紙一重の問いかけ。
だとしても、俺に否定や拒絶を言葉に出す選択肢はなかった。ただ魂に誓い、成し遂げると告げる。
(苦難の時に自分一人で立ち上がれない者はいる。この娘も
心が挫け、諦めそうになり、俯いた時。己を奮い立たせて立ち上がる者を勇者と呼ぶのなら――オルガマリー・アニムスフィアはどこまで行っても凡人だ。
(だけど誰かの手を借りて立ち上がることは決して恥ずかしいことじゃない)
誰の助けも受けずに立ち上がれる者を称賛こそすれ、そうでない者を蔑むことなど冥界の者達は決してしない。
彼女には立ち上がるまでもう少しだけ手助けが要る。それだけのことなのだ。
「やっぱりアーチャーはみんなとちがうわ。わたしが信じられるのはアーチャーだけ」
「……………………」
そんなことはない、と言いたいが。
今の彼女はきっと聞き入れてくれないだろう。俺は曖昧な笑みを返すだけに留めた。
「オルガ」
「?」
「わたしのこと、オルガって呼んでいいわ。アーチャーにだけ、とくべつよ?*1」
シーツで真っ赤に染まった顔の下半分を隠しながら上目遣いにそう許すオルガマリー。
可愛い(確信)
(――――っは!? いかんいかん、尊さで思わず霊基が崩れそうに……)
「光栄です、オルガ」
「ん……。ね、もっと
「オルガ、こうですか?」
「もう一回」
「オルガ」
「……エヘヘ」
フニャリと笑うオルガに尊みで霊基が崩れそうになるのをなんとか堪えながら俺は威厳を保つためにもっともらしい真面目な顔を取り繕った。
「……とくいてん、いってあげてもいいわ。その代わりずっとわたしのそばにいて、はなれないで」
ポツリと。不意にオルガは言った。
見るからに嫌そうな、言ってしまったというしかめっ面だったが、それでも彼女自身の意志でそう言ったのだ。
「はい、お供します」
だが俺に驚きはない。予定調和のように頷き、同行を誓った。
「……なんでいまさらって、アーチャーは聞かないの?」
ビクビクと、怒られることを恐れているように下を向いての問いかけに苦笑を一つ返す。きっとここまでロマンの要請を拒絶していたことに、罪悪感を覚えていたのだろう。
そしてそんな彼女だからこそ、俺も全力で支えようと思ったのだ。
「まさか。貴女はきっと
「……いみが、分からないわ」
ああ、オルガ、君ならばきっとそう言うだろう。
「たとえどんなに怖くて、辛くて、やりたくないことでも……貴女はそこから目を背けない。折れた方が、間違った方が楽だと分かっていても、それを選ばない。あるいは強さではなく、弱さかもしれない。ですがそれは確かに貴女に備わった、貴女の美点なのです」
だから君は、気高く高慢に振る舞っていても本当は自分に自信がなく、誰かに頼りたがっている君は――君自身が思っているより、実はずっと凄い女の子なのだ。
「“俺”はね、頑張る人が好きです。頑張る人には報いがあって欲しいし、叶うなら助けてあげたい。本当なら神が個人に肩入れするのは良くないことです、が――」
ここにいて、貴女の隣にいて、君の手助けが出来ることが嬉しいのだと示すために。
「今の俺は貴女のサーヴァントだ。なら、貴女に全力で肩入れして何が悪い?」
悪戯っぽく片目を瞑ってウィンク。
座に帰った後が恐ろしいが、エレシュキガル様もきっと理解してくれるだろう。多分、きっと……八つ裂きで済めば御の字かなぁ。
それでも後悔はしないだろうと確信している辺り、俺は実にチョロいなと思う。
『……………………』
再びの沈黙。
だが最初に降りたモノよりも今度の静寂はずっと優しかった。
「わたしね」
「はい」
「こわいのはイヤ、死んじゃうのはイヤ、みんなから嫌われるのがイヤ、誰もわたしを見てくれないのが……ほんとうにこわくてこわくてたまらない」
「はい」
「でも、でもね……あなたがいるから、あなたが褒めてくれるから、少しだけ頑張ろうって思えたの。だから――ありがとう、アーチャー」
そう言ってベッドから身を起こして笑うオルガは……ほんの少しだが、昨日より大きく見えた。
ちなみに各特異点の構成ざっと考えたのだが、副題がオルガマリーの逆ハー珍道中になりそうなのが最高に草