【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。   作:土ノ子

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『■■■■■■■■■■■■――――――――――――!!!!』

 

 天地を喰らい尽くすような咆哮が轟き渡る。

 咆哮の主は邪竜ファヴニール。最強の幻想種、(ドラゴン)。その最上位に位置する、いわば『最強の邪竜』である。

 

(こわい、こわい、こわい、こわい――――!!)

 

 その咆哮は大気を貫く衝撃となり、絶対的強者による原始的な恐怖を叩きつけるある種の兵器と言っていい。

 咆哮の衝撃に打ちのめされたオルガマリーの生存本能がニゲロニゲロと()()()()()()

 うずくまり、手で耳を塞ぎ、目を瞑っていやいやと首を振ることしかできない。

 事実、オルガマリーを守るサーヴァントがいなければ、彼女の命は雑草を刈るよりも容易く切り取られる芥の如き軽い存在に過ぎない。

 だが、

 

「ハ、アアアアアァァァ――――ッッッ!!」

 

 最早天災の具現としか思えない邪竜に真っ向から立ち向かう者がいる。

 ファヴニールに比べれば芥子粒のようにちっぽけな英霊(ヒト)が、爪楊枝のように見える魔剣バルムンクを手に奮戦していた。

 

 ――凶爪の振り下ろし、躱す、指に斬撃、鱗を削る、竜の吐息(ドラゴンブレス)、炎に耐えて耐えて耐えて、大上段からの振り下ろし――

 

 だが分が悪い。最強の剣士(セイバー)の一角であるジークフリートですら押されていた。

 絶え間なく振りかざされる凶爪が、強靭な顎による噛みつきが、地獄の炎に等しい竜の吐息(ドラゴンブレス)がジークフリートの悪竜の血鎧(アーマー・オブ・ファヴニール)を貫いて無数の切り傷を、刺し傷を、火傷を負わせていく。

 

(ごめん、なさい。ごめんなさい。ごめんなさい、ジークフリート。見ていろって言ったのに、見ているって言ったのに。約束を守れなくてごめんなさい)

 

 俺を見ていてくれと言った彼に、見ているとそう約束したのに。

 戦っているのは彼なのに、守っているのは彼なのに。

 

(やっぱりわたしじゃ、わたしなんかじゃ……)

 

 自分は頭を抱えて丸まったまま、その背中を()()()()()()()()()()

 みっともなくて、恐ろしくて、情けなくて、身体が震えて、涙がこぼれそう。

 

(やっぱりわたしは、英霊(ジークフリート)とは――)

 

 彼女の胸の内で決定的な一言が紡がれかけたその時、

 

「――違いませんよ」

 

 戦場の狂乱の中、その声は不思議なほどはっきりとオルガマリーの耳に届いた。

 

「あー、ちゃー」

 

 声の主はオルガマリーのサーヴァント、アーチャー。

 比較的後方でオルガマリーを守りながら、無限に湧き出すかのような海魔の群れの殲滅しつつ、対ファヴニール戦含む()()()()()()()()()()()()()弓兵。マルチタスクの権化のような神業だった。

 意識の間隙を縫い留めたその言葉に束の間恐怖を忘れ、オルガマリーは顔を上げた。

 

「英霊と人間。その違いはなにか、知っていますか?」

「……英霊は『英雄が死後、祀り上げられ精霊化した』存在。つまり英雄は――」

「不正解です」

 

 恐怖を忘れる現実逃避か、オルガマリーは投げかけられた問いへ魔術師としての知識から機械的に回答する。だがその回答は途中で切って捨てられた。

 

()()()()()()()()()()()

「――――は?」

 

 何を言っているのかと、オルガマリーは一瞬恐怖を完全に忘れ、ポカンと口を開いた。

 

「英霊とは人類史に名を刻まれた者達。言い換えれば()()()()()()()()()()()()です」

 

 強い者がいた。賢い者も、恐れを知らない者も、悪辣な者も、神に近い者も。あらゆる属性とあらゆる能力を揃えた英霊は万華鏡の如く千変万化。ただの一騎も同じ存在はない。

 そして彼ら全てが人類(ヒト)の可能性であり、その範疇に収まる。時に可能性を踏み越えた例外、理解を超えた超越者もいるが、それらを含めて人類(ヒト)の可能性なのだ。

 故にアーチャーは言う、英霊と人間に差はないと。

 

「ただの、ひと? そんな――そんなわけない!」

 

 何を馬鹿なとオルガマリーは叫ぶ。

 目の前に広がる惨状を見れば一目で分かる。天災そのものが荒ぶる地獄に、一人の戦士が抗っている。アーチャーの援護込みとはいえ、それを為す(ジークフリート)がただの人なはずがない。

 

「だったらどうして、どうして英霊(あなた)達はあんな――あんな、()()()()()とたたかえるのっ!?」

 

 オルガマリーの絶叫は何よりも重い実感が籠っていた。

 天が哭いた。

 地が震えた。

 人が散った。

 戦場に渦巻く暴虐、触れれば命を奪われる恐怖の具現――ファヴニール。あんなものにただの人間が立ち向かえるはずが――、

 

「怖い、ですよ」

(あ……)

 

 オルガマリーは思わず息を呑んだ。

 自身の前に立ち、指揮者のように攻勢端末(ビット)を操り続けていたアーチャーが振り向いた。

 その横顔に刻まれたいつもの飄げた笑みが、僅かに引き攣るように歪んでいた。不敵に笑おうとして取り繕いきれていなかった。

 

「英霊だろうが怖いモノは怖い。世界最強の竜殺し(ジークフリート)でも、一度は乗り越えた障害(ファヴニール)が相手でもそれは変わらない」

 

 見るがいい、ジークフリートの顔を。歯を食いしばって恐怖を押し殺し、勇気を振り絞って剣を振るう雄姿を。

 あるいは恐怖を感じずに勝てるほどファヴニールはヌルくないと言うべきか。感じる恐怖の種類が多少違っても、その点で英霊とオルガマリーにさして違いはない。

 

「俺など言わずもがなです。なにせ、元が戦士ではなく、ただの文官なので」

 

 そうだ、これまで堂の入った戦いぶりに忘れていたけれど彼は冥府の宰相であり、戦う者ではないのだ。戦うための訓練を受けていない彼が戦場を恐れるのは当然だ。

 だがアーチャーはそれでも、

 

()()()()俺達は戦いました。恐怖がないからじゃない、恐怖に負けるよりもっと恐ろしい未来を恐れて戦った」

 

 俺達。

 彼がいつも笑みとともに語る同胞たるガルラ霊達。彼とともに神代の冥府を切り開いた開拓者達を語る彼の横顔はいつも暖かい。

 

「勇気じゃなくていい。空元気でもいい。何も出来なくたっていい――それでも立って、見てください。必ず俺がそばにいます、だから」

 

 勇気や確信なんて始まりのガルラ霊であるキガル・メスラムタエアですら最初から持ち合わせていた訳ではない。

 ただ困難に挑む理由があって、走り出したらそれらは後から勝手に付いてきたのだ。

 だから彼はマスターにも求めるべきところは求める。

 

「……アーチャーは」

 

 ポツリと。

 うずくまり、震える身体を抑えながらもオルガマリーがいった。

 

「やさしいのに、きびしいのね」

「昔、同じことを言われました。ずっと昔に」

「…………」

 

 その答えにオルガマリーはムッと頬を膨らませた。

 懐かし気で、愛おし気なアーチャーの横顔に理由もなく確信する。女だ、彼の昔の女に違いない。

 

(わたしが、わたしがアーチャーのマスターよ!)

 

 腹の底が焼けるほど怒りが湧いてきたが、そのお陰か多少恐怖は薄れた。

 まだ怖いけど、恐ろしいけど……みっともなく、恐怖で足が震えているけれど、涙が溢れて止まらないけれど――約束だから。

 

「ジークフリート。わたし、見ているわ」

 

 オルガマリーはゆっくりと立ち上がった。

 何も出来ない彼女は、何も出来ないままただ勇気を振り絞って、前線に立ち続ける不器用な男の背中を()()

 




 推奨BGMに選定するか迷いましたが、執筆中ずっと『不器用な男』をエンドレスで流していました。

 追記
 英霊の定義について首を傾げられる方もいるかと思いますが、設定的に見ると縁ができたならほぼ何でも召喚できるカルデア式召喚術式が異常です。
 反英霊や神霊や擬似サーヴァントや謎のBBちゃんやら多過ぎて麻痺してますけど、アレらは基本的に“例外”です。
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