【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。 作:土ノ子
「ああ、それでいい。オルガマリー、小さく幼い君が見てくれているからこそ――
戦場の喧騒に掻き消されて聞こえないはずの声が、ジークフリートの耳に届く。
髪の毛一つ分間合いの運営を誤れば仮初めの命が消し飛ぶ戦場で――剣士は不器用に、嬉しげに笑った。
「俺の夢を叶えてくれたこと、感謝する。報恩のため、俺の全てを懸けて戦おう」
ジークフリートは
それは生前を願望を叶える存在として稼働し続けた彼が得たエゴ、彼が抱いた願い。
(世界を救い、人類の未来を取り戻し、幼き少女を守る。俺には過ぎた
故にこの特異点修復の旅は――不謹慎の極みだが、彼にとって幸いであった。
守るべき存在を背に立ち上がる彼は、だからこそ震えそうなほどに恐ろしい眼前の強敵にも、胸を張って立ち向かうことが出来るのだ。
「決着を付けよう、ファヴニール。我が宿敵、俺が打ち倒すべき災害よ」
これまで剣と爪牙を交わしていた間合いから大きく飛び退る。その視界に巨体全てを捉える距離で魔剣を構えた。
魔剣の柄を力強く握ると身体をねじり、全力で振り切るためのタメを作る。更に柄に嵌め込まれた青い宝石から刀身に沿って半実体化するほど濃密な真エーテルが噴き出していく。
「――――――――!」
明らかな宝具発動の前兆にファヴニールが唸る。最低でも人間以上の知性を誇る彼が訝し気な空気を纏った。
眼前の
その優れた頭脳が理由を求めて高速回転を始めるが、
「…………■■ル」
すぐに放棄した。
力には力を。奴がそれを望むならば我もまた応えよう。そこに小細工や罠があっても関係ない。
小細工を力で圧し潰してこその竜。最強の幻想種の礼儀なれば。
『■■■■■■■■■■■■――――――――――――!!!!』
ただ呼吸するだけで魔力を生み出す規格外の生物、竜。
その竜種の頂点たるファヴニールが全力で吐息に魔力を込めて撃ち放てばただそれだけで街一つを焼き払う。
その超熱量をただ一個人を殺し尽くすために、ただ一息に余すところなく注ぎこみ、収束し、ぶつけていく。
それは星を焼く災厄の一振り。
下手をすれば特異点を横断し、焼き払い、破壊しかねない程の絶大威力なる
本来ならバルムンクの全力開放、そして
「アーチャー!」
「承知!」
後方の弓兵へ助力を叫んだ。
そうだ、彼は一人ではない。
ファブニールとジークフリート。叙事詩に謳われた死闘の再現。だがそっくりそのまま同じではないのだ。
「
展開された無数の攻勢端末がジークフリートの前面へ盾となるかのように集う。攻勢端末は六機一組で正六角形となるように配置され、さらに正六角形同士が組み合わさってさらに大きな鏡の如き巨大な魔法陣を生み出した。
輝く鏡面の如き陽光吸収陣が紅蓮の獄炎を受け止め、吞み込んでいく。
「――宝石の華々よ、光を呑め!」
宙を舞う無数の
かつて
「炎熱掌握、最大出力!」
さらに太陽の権能を発動。あらゆる光・炎・熱はキガル・メスラムタエアの掌握下にあるものならば、ファヴニールのドラゴンブレスすら例外ではない。
(これは、賭けだ。だが賭けるに値する賭けだ!)
ジークフリートはそう確信する。
キガル・メスラムタエアが防げればジークフリートの勝ち。防げなければ霊基の欠片も残さず焼き尽くされて負け。これはそういう勝負だ。
そして――
極めて単純な話、彼我の出力勝負で敗北した。
いかにキガル・メスラムタエアとはいえ、サーヴァントの枠内に収まる出力では最強の邪竜たるファヴニールが放つ渾身のブレスに及ばなかったのだ。
「ッ!? ジークフリート!? ジークフリートぉぉっ!!」
地獄の獄炎が宝石の如き攻勢端末を次々と熔解させながらジークフリートを飲み込んだ。その光景にオルガマリーが悲鳴を上げる。
「ご案じ召されるな、オルガ」
が、その肩にポンと手を置き、落ち着けと宥めるアーチャー。よく見ろという風に獄炎に満ちた視界のただ一点を指さす。
「ご存じでしょう? 奴は不死身です」
やがて紅蓮の炎が収まり、視界が開けたそこに一人の男が立ち続けていた。
大地が熔解し、大気が赤熱する地獄のただなかに、ジークフリートは一人屹立し続けていた。
纏った鎧は焼失し、全身に火傷を負いながらも鋭い眼差しを宿敵へ向け続ける。
「
焼け溶けた鎧ではなく彼の肉体そのもの。ジークフリートが
Bランク以下の物理攻撃と魔術を完全無効化。たとえAランク以上の超攻撃でもその威力を大幅に減少させる破格の防御宝具がジークフリートの命を繋いだのだ。
「鎧だけではお前の全力のブレスには耐えられなかっただろうが、アーチャーの助力があれば話は別だからな」
アーチャーの陽光吸収陣と炎熱掌握の二段重ねの防御策によって弱体化したブレスならば己の命に届かない。そう計算しての賭けだった。
言い換えればこれだけの防御策を重ねたうえで賭けになるほどファヴニールのブレスはとんでもなかった。
だが、彼は賭けに勝った。それが全てだ。
「黄金の夢から覚め、揺籃から解き放たれよ」
血塗られた逸話とあらゆる希望を背負った呪われた聖剣が咆哮する。柄の宝玉から噴出した青き真エーテルの嵐がさながら火柱のように立ち昇り、天を衝いた。
「■、■、■……!!」
悪足搔きのような咆哮、地を震わせるはずの邪竜の息吹はどこか弱々しい。
最大火力を放出した直後だ。防御に回せる魔力はなく、強靭無比なる
「邪竜、滅ぶべし!
竜殺しという一点にかけて世界屈指の一振りが無慈悲に振り下ろされ――青き真エーテルの奔流が、最強の邪竜を打ち倒した。