【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。 作:土ノ子
戦場に嵐が吹き荒れる。
地獄の業火に等しい火炎が戦場に荒れ狂い、無数の眼球から魔力砲が放射される。
超弩級の暴力と暴力がぶつかり合った。焦熱が弾け、大気の温度が上昇する。
戦場の主役は魔神柱フラウロス、そしてアーチャー、キガル・メスラムタエア。
『ぐ、が、が、がああああああああああああぁぁぁっっっ――――!! 何故だ、何故変性したワタシが英霊如きに――!?』
「その如きに焼かれて消えろ、塵芥!」
容赦なく浴びせられる太陽光線に魔神柱が豪快に燃え上がり、巨大なたいまつの如し。こけおどしではない証拠に魔神柱は苦痛に身を捩り、狂乱と痛苦の叫びを上げ続けている。
戦況は一見するとアーチャーに有利だが、
『彼の全力はこれほどか!? 流石の天才もちょっと真似事は難しいな、ちょっとだけど』
『張り合ってる場合かい? それよりマズイぞ!』
『マズイ……確かにね。一見魔神柱とやらを景気よく燃やしているようだが……』
『計器上の内蔵魔力に揺らぎがない。聖杯か? このままじゃカルデアの電力の方が先に底を突く!』
『アーチャーの魔力消費、結構エゲツないからね! お陰で他のサーヴァントを召喚・運用するのを断念したくらいだし!』
『今のマリーじゃあの消費を支え切れない……っていうかまともな魔術師じゃ無理だ!』
普段の物腰穏やかな言動に騙されがちだが、キガル・メスラムタエアの霊基出力は
やろうと思えば
後先考えずにフルスロットルを回し続ければ魔神柱が相手でも圧倒出来るが……足りない。圧倒出来ても、決着を付けるには決定的な
マシュやネロも奮闘しているが、魔神柱の巨体には有効打と言える程ではない。極めて単純に火力が不足しているのだ。
かといってここでアーチャーが手を緩めれば、今度は魔神柱が攻勢に転じ、その圧倒的質量でカルデア側を粉砕するだろう。
一見戦況は優勢ながら、その実カルデアは追いつめられていた。
◇
「ぁ……ぁ……。ぁ……」
放心しながら神話的ですらある戦場を焦点の合わない瞳で眺める少女が一人。
スパルタクスによって引き起こされ、地面に力なく座ったままのオルガマリー。彼女は戦場を見詰めながら、その実ただ心の内に閉じこもっていた。
(たすけて……たすけて、あーちゃー……アーチャー? レフ? れふ? あ、あああぁぁぁ……っ!)
オルガマリーはレフ・ライノールを信じていた。依存していたとも言っていい。その男から手酷い裏切りを受け、記憶を封印し幼児退行するほどの
挙句、心が癒えぬまま特異点に挑み、レフと早すぎる再会を果たし、この有り様。頭の中はぐちゃぐちゃ、精神はズタズタだ。
呆然自失するのも当然で、錯乱して自傷していないだけ大分マシだった。
そしてそんな有り様を責められる者は誰もおらず、責めようとする者もまたいなかった。
故に――彼女が我に返ったのは彼女自身の功績なのだろう。
彼女の耳に、生々しい液体が
それだけではない。頬にヌルリとした感触が伝わり、無意識の内に手で生暖かい液体を拭う。
自然とその手に視線を落とせば深紅の液体で彩られていた。
(あかい……あったかい、ち……血? ――血ッ!?)
神話的な絢爛たる戦場ではなく、どこまでも生々しい命の温かさを宿した血を見て、触れて彼女は正気を取り戻した。
怖がり屋で痛がり屋で他人の痛みがよく分かる少女は、
心の強さではなく弱さ故に、彼女は一時的にせよ心神喪失から立ち直った。これもまた人の多様性だろう。
そして、見上げた先へ映る光景に呆然と呟いた。
「スパル、タクス……」
両手を広げての仁王立ち。
己に向かう攻撃を全て庇い、全身から血飛沫を上げるスパルタクスを見た。
オルガマリーを気遣うアーチャーはともかく、魔神柱が放つ攻撃は戦場全体に破壊をもたらす大規模なもの。戦場で力なくうずくまるオルガマリーが無傷だったのは、彼がオルガマリーの盾となってくれていたからだった。
「なんで……? なんでわたしなんかを」
だってオルガマリーは出来損ないだ。不出来で、不要な存在だ。スパルタクスに庇われる価値なんてない、ちっぽけな女なのだ。
◇
【推奨BGM:Rebellion(Fate/Grand Order - OST)】
◇
その問いかけに振り向いたスパルタクスは、どこまでも弱者の盾である己を貫いた英霊は、
「おかしなことを言う、小さな叛逆者よ」
微笑んだ。
血を流し、肉を抉られながら、幼き少女を背に庇い、慈愛の心を以て少女へ向けて笑っていた。
「私が君を庇うことに、どうして理由が必要だろうか。傷ついた自分を差し置いて私を気遣う君を守ることに、どうして躊躇するだろうか」
スパルタクスは純粋なまでに英雄だ。
「立ち上がるのだ、オルガマリー」
「え……」
「立ち上がり、叫ぶがいい。圧制者よ、倒れよと」
「そ……そんなの」
そんなの無理だ、と諦めが口を衝きかける。彼女は悪意に反撃する術を知らなかった。いや、大人ですらそれは難しいのだ。
だが、
「その後は任せたまえ――
「あ……」
自分がいると、決して負けないと、
「あ、あ、ああぁ――!」
その笑みを見たオルガマリーは、訳も分からず熱い涙が次から次へと湧き出してくる。何の利益も、何の意味もなかったとしても、自分の味方をしてくれる“誰か”がいる。
それはなんて幸福で、温かくて、心強いのだろう。
「スパルタクス……スパルタクス!」
「うむ」
叫ぶ。頬を伝う涙を放り、ガラガラに嗄れた喉を気にせず、少女は精いっぱい叫んだ。
「おねがい……
「素晴らしいぞ、小さき
自分ではなく弓兵への助力を頼んだ少女に、英雄は快なりと叫んだ。
心弱く他力に縋り、しかし自身の責任から目を背けず自分ではなく他者を助けよと示す。ありふれた弱さと強さを併せ持つ少女こそ彼の守るべき未来、明日を切り開く人類に他ならない。
「節穴なりし圧制者よ、見るがいい! 貴様らが取るに足らぬと踏みつけた弱者が牙を剥かんとしているぞ!」
『――下らん。下らん、下らん、下らん! 言葉ごときで我は倒せぬ。無力で愚鈍な輩の力なき言葉にどれ程の価値があると言うか、英霊!』
スパルタクスの叫びに魔神柱の目が
「弱者の輝きを一蹴せんとするその醜悪、まさに圧制者なり! このスパルタクスが貴様を抱擁してやろう!!」
『話が通じん! これだから
「圧制者よ、我が叛逆を喰らえぃ!」
魔神柱の叫びを意に介さず、スパルタクスはその筋肉を怒りと魔力で膨れ上がらせた。
「スパルタクス、わたしもいっしょにがんばるから」
「うむ! ともに歩もうぞ、小さな叛逆者よ!」
「うん!」
ただ頷くだけでなく、オルガマリーはともに戦うと行動に移った。
オルガマリーの額に魔術刻印が浮かび上がる。全身に張り巡らされた魔術回路を魔力が巡り、魔術行使の輝きが浮かび上がる。
緑の光がボロボロだったスパルタクスの肉体から拭い去るように傷を消していく。
『実戦じゃ失敗続きだったのに!?』
『だが彼女は一流の魔術師だ。なら何かのキッカケさえあれば――』
カルデア側のロマン達が評した通り、この時のオルガマリーは
「それだけじゃないみたい!」
「ドクター、見てください!」
今度は藤丸達が驚きを叫んだ。
全快したスパルタクスの肉体に今度は攻撃的な赤い魔力光が宿る。オルガマリーの魔術回路の輝きに比例してスパルタクスに宿る光もまた増していく。
「アレは所長の
マシュの言う
だがオルガマリー・アニムスフィアは心弱くとも、超一流の資質と研鑽を積んだ魔術師だ。その精度と効果は素人である藤丸の比ではない。
さらに
「
その全てを合算した
スパルタクスの肉体が輝き、ほんの短時間だが山をも動かす途轍もない膂力を宿した。
復仇の時は今と前進、否――驀進を開始する。
『馬鹿な!? 何故我が睥睨を意に介さぬ!? 何故歩みを止めぬ!? 何故!? 何故!? 何故――』
「クハハハハハッ! 快、快なり! この痛みこそ我が誉れ! まさに勝利への前進!」
スパルタクスの進撃を当然魔神柱フラウロスは迎撃。無数の眼球が睨みつければ、すなわち膨大な数の魔力砲となり、スパルタクスを撃ちのめす。
だが剣闘士は耐久EXという常識外のタフさで全ての攻撃を受け止め、笑って跳ね返す。そして受けきって魔神柱の根本に辿り着いてからの――
『何故、
「醜悪なる圧制者よ、我が抱擁を受けよ!!」
天を衝く巨大な肉塊を、
倒壊する建造物、吹き荒れる落下片、地に鳴り響く轟音。
それほどの破壊、なんというデタラメか。まさにスパルタクスの底力だった。
彼こそが